馬車での出迎え。
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クリスは寝ぼけたことを自覚せず、ケロッとした顔で目を覚ました。
なるほど、気が抜けすぎていたんだな。
そう考えたアインは、それを特別思い出すことなく彼女と接する。
それからはカティマを交えてから、事務的なやり取りを交わす。
予定通り、夜が明けてからバルトを目指すため、三人は旅支度をすすめたのだ。
……というのが、アインがイストを出発するまでの話で、しばらく水列車に乗ったアインとクリスの二人は、冬の寒さ厳しいバルトへと到着していた。
相変わらずの厳しい地域で、アインは頬を引きつらせて息を吐く。
「……雪だね」
「えぇ、イストより……相当な雪ですね」
人が歩く道をそれれば、あっという間に雪だるまになれるだろう。
吐く息はより白く、踏みしめる雪は温度が低いせいか、イストのと比べて粉雪に近い。
時刻は夕方。
橙色の光が降り注ぎ、粉雪が光を反射して雰囲気は悪くない。
情緒あふれる光景ではあるが、今日のアインはクリスと二人っきり。
以前とは違い、大所帯ではないため賑やかさは無い。
「取りあえず、クローネさんが用意なさっている宿に参りましょうか?」
彼女はバルトの町中に目を向けた。
冒険者たちで賑わう今日のバルトは、そろそろ一番活気の出る時間だ。
夕方を過ぎれば、仕事に出ていた者たちも帰ってくる。
そうなれば、食事処や酒場は人で賑わうことだろう。
魔物の骨で造られた看板に、アインは懐かしさを感じた。
「――必要な荷物だけ置いて、すぐに出発しようか」
「……えぇっと、旧王都へでしょうか?」
クリスがアインの正気を疑う。
魔王城へは、バルトを早朝に出て、昼頃になってようやく到着できる場所だ。
今は夕方とあって、到着する頃には深夜になる。
「夜の雪道は危険です。魔物も出ますし、私は賛同できません」
「俺も普段ならそう考えるんだけど、今日はなんか大丈夫そうだよ?」
町の外、冒険者たちが出入りする箇所をアインがみた。
彼に倣ってクリスも目線を向けると、
「……道がある?」
道があるのは当然だ。
いわゆる街道が敷設されており、それは道以外の何物でもない。
が、彼女が感じたのは街道ではなく、まるで、夜のとばりが下ろされた街に、明かりの魔道具で進路を照らすようなもの。
空気というか、気配のような何かが二人を一直線に見やり、暖かくて、優し気な感覚を抱かせる。
まるで特等席のようなそれは、二人だけに向けられたもので、人知で理解できるような、技術的な何かではなかった。
「シルビアさんだと思うよ。昔、カインさんと二人で俺の中に居た時に感じた、暖かい雰囲気に思えるから」
「なるほど、アイン様が仰るのなら、きっとそうなんでしょうね」
おや? クリスが折れたことに、アインが驚いた。
てっきり、それでもダメだと言われると思ったからだ。
「もう、なんですかその顔? 私だって、いつも反対するわけじゃないですよ?」
ムスッとした顔のクリスに苦笑いを返し、アインの足が前に進められた。
雪を踏みしめる感触すら、イストのものとは違いがある。
「宿って前と同じなのかな?」
「はい、私が居なかった時の事を指しているのでしたら、その通りです」
「……棘がある気がするけど、気のせい?」
すると、今度は彼女が先だって歩き出した。
都合の悪いことを聞き流したアインに倣ってか、彼女も返事を返さないで笑ってみせる。
「――さぁ、行きましょう。シルビア様たちもお待ちのようですから!」
◇ ◇ ◇ ◇
宿に荷物を置いてから、二人は暗くなり出した山道に繰り出した。
正直言って、歩きづらさは半端ではなかった。
しかし、以前足を運んだ時に比べ、木々の隙間は増えているように感じるのだ。
「意図的に刈り取られているようですね」
「あ、クリスも思った?」
ニ、三人程度なら容易に進めるほどの、通りやすい隙間だ。
広めの獣道とでも形容すれば、きっとちょうどいい。
「しばらく前に私が来たときと比べても、すごく歩きやすくなってます」
「うん、俺が来たときと比べても同じだよ」
「誰かが整備した……というには杜撰ですし、やはり――」
思い浮かぶのはカインだ。
彼の剣で、町まで向かいやすくなるようにしたのだろう。
今のところ、旧王都とされている箇所について、足を向けるような冒険者は皆無だという。
王家の言葉があるせいか、悪戯で足を運ぶ者はいないのだ。
「カインさんだね。ぶっきらぼうな割に優しい人だし、自分で切ったんだと思う」
切ったというか、彼の場合、一刀で辺り一面を禿山にでもできそうだ。
「ふふ……人というには難しいところですが、私も同意です」
隣を歩くクリスも、楽し気な声色でそう言った。
――バルトの町を出てからおよそ三時間。
すでに辺りは真っ暗で、互いの表情すら確認するに困る時間だ。
だが、二人は楽し気に……過酷な環境を嘆くことなく進行することができている。
とはいえ、もうそろそろ折り返しだ。
……アインが額に浮かんだ汗を拭ったところで、ある音が二人に届く。
ガラガラガラ、という車輪が擦れる音に、馬のような動物の声だ。
「何の音だろう」
「……常識的に考えるなら、馬車な気がしてるんですが」
「問題は、常識で言うと馬車が走るような場所じゃない……ってことかな?」
雪道というだけでも考えものなのに、ここは山道だ。
何を思っても、馬車を走らせよう何て考えるはずもない。
二人がそう考えているうちにも、車輪と馬のような声は大きくなる。
「近づいてきてるみたいだけど……」
「……アイン様、念のために警戒をしてください」
クリスの忠告に従って剣を抜き、音がしてくる方角に意識を向けた。
それは二人の進行方向――旧王都の方角からで、この広い獣道の奥から聞こえてくる。
徐々に徐々に高まる音と共に、ぼぅ……と鈍く光る灯りが目に映りだす。
「ッ――本当に馬車みたいだ」
アインが驚いていると、クリスはすっと彼の手前に立つ。
守るためなのだが、アインも負けじと彼女を押しのけてしまう。
「なッ――ア、アイン様!? なにを……!」
王族としては不正解かもしれないが、アインが抱いたのは男の意地だ。
(何かあれば、俺が守るぐらいの気持ちでいないと)
こればかりは性格だからどうしようもなかった。
弁えろと言われれば間違いではないが、アインらしさで片付けるしかない。
二人は結局、隣り合って立って、近づいてくる光を待つ。
「私の前に立たれたら、護衛としてついてきた意味がないんですよ?」
「黙って守られる王太子なら、みんなに苦労なんてかけてないよ」
「……はぁ。ご自覚があるのでしたら、直していただきたかったものですが」
「はは、前向きに検討しておこうかな」
馬車がそろそろ二人の間合いに入る。
危機感も高まったころで、馬車は距離を開けた場所で停車した。
斜めになった山道に器用に止まり、睨み合うようにアイン達の正面にいる。
(……あれは、馬?)
アインが目を凝らして見ると、馬車は二頭の馬に引かれていた。
果たして馬なのかと疑問に思ったのは、体毛が白くて白馬のようだったが、どこか普通の馬ではなかったからだ。
(身体が大きすぎるし、鬣なんて――)
王都にある、王族が乗る馬車の馬も自慢の巨躯だった。
しかし、それ以上に大きく、雄々しい鬣が冷たい風に靡いており、頭にはねじれた角が二本生える。
体毛はよく見れば、水晶のように透けているようにも見え、足元を見れば、冷気のように、白いもやが浮かび上がっている。
「――アンデッドが馬車を引いている……?」
すると、クリスが馬の全貌をみてそう言った。
「アンデッドって、あの馬が?」
「……結晶馬という、希少な魔物です。私も実物をみるのは二回目ですが」
クリス曰く、ブラックフオルンが出没する場所よりも、更に人気少ない森の奥にしか存在しないという。
希少と言うだけあって、そんじょそこらの魔物と比べても力があるという話だ。
それを聞いて、アインの脳裏にある考えが掠めた。
希少な魔物という情報に加え、アンデッド……思えば、似た存在が二人も知り合いに居たのだから。
「あのさ、敵じゃない気がしてきたんだけど、どう思う?」
「あはは……はい。実は、私も同じ考えに至っちゃいました……」
こんな山道で馬車を使うような人物。
人間離れした感覚に、どことなく優雅さを失っていない者といえば一人しか居ない。
ここが旧王都近くと思えば、その予想も当然のこと。
二人が警戒を解いたところで、時を同じくして、馬車の扉がゆっくりと開かれた。
周辺の木々の葉が街灯のように光り、二人と馬車の周辺を明るくする。
「ふふ、アイン君とクリスさん――まさか、貴方たち二人が来るなんて思わなかったけど」
山道に積もった雪なんて関係ない。
馬車から降りた彼女は、夜会に参加した貴婦人のように姿を見せた。
自慢の黒髪を風に揺らしながら、やってきた二人を歓迎する。
「いらっしゃい、よく来てくれました。……まずは馬車にどうぞ。お城でカインも待ってるわ」
と、シルビアは二人を馬車に手招きした。
山道でこんなことになるなんて……。
アインとクリスの二人は、苦笑いで顔を見合わせてから、常識離れした出迎えに感謝した。




