再会と、とりとめのない話。
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数時間も経たぬうちに、古代生物研究所の周辺は騎士によって封鎖される。
こんな夜更けに何があったんだと、野次馬のように人々は集いだしたのだが、アインをはじめとする関係者は、誰一人として口を開いて説明することは無かった。
雪は勢いを弱め、空は少しずつ星空が広がっていった。
が、対照的に、気分が滅入っているアインとクリス。
二人は建物の入り口付近に立ち、中に入っていく騎士や文官を眺めていたのだ。
「――アイン様。今、何をお考えになられているんです?」
卵の殻を、地下の隠された研究所を見つけてから数十分。
ここにくるまで、アインの口数は少なかった。
何かを考えているのが明らかで、クリスも邪魔をすることが無かったのだ。
壁に背を預け、腕組みをしている彼に尋ねる。
「……海龍騒動の時とは違って、色々と厄介だなって思ってさ」
「厄介、ですか?」
「海龍が現れるのは……っていうか、海龍の被害を受けるのは、海に近い地域だけなんだ。でも――」
今回の件は話しが違う。
龍というぐらいだ、確実に空を飛ぶぐらいはできるだろう。
襲来することでもあれば、なんて考えていると頭が痛い話だった。
「正直言えば、俺個人としては脅威って思ってないんだ」
白い息を吐きながら、アインがうつむき気味にそう言った。
「……簡単に倒せるって意味ですか?」
「戦う前から舐める気はないよ。でもさ、仮に赤龍だったとしても、数百年前には、シルビアさんがあっさり撃退したって話だし」
これまた当然な話だが、シルビアも一角の実力者だ。
少なくとも旧王都勢は皆が皆、現・イシュタリカ勢が束になろうとも勝てない者しかいない。
例外としてアイン、そして、双子の存在があるが、今回は除外するべきだろう。
そして、アインはそのシルビアよりも強い。
それどころか、魔王アーシェと比べても強いのだ。
こうした現実を思えば、個人的な勝負では脅威には感じるはずがない。
「だからさ、問題なのは、戦力が揃ってない箇所で暴れられることなんだ」
つまり、アイン個人が勝てたところで意味は無い。
イシュタリカに住む人々に被害があること、これが大きな問題なのだから。
「――私では……いえ、ロイド様やディル……黒騎士などが居ても、まだ力不足でしょうか?」
クリスは悔し気に顔をゆがめてアインを見つめる。
冬の寒さが、その感情をより一層高めた。
「変な事言わないの。そんなことは無いよ、俺はみんなが居てくれて頼もしいって思ってる」
近頃は習慣になってる、彼女を落ち着かせる仕草。
アインは自然と手が伸び、彼女の金髪をそうやって撫でた。
しかしながら、クリスも内心では理解してるのだ。
「私も……あの日のような……海龍の時と同じ醜態は晒すつもりはありませんから」
当時、クリスは死ぬ気でマグナへと向かって、艦隊を率いた。
結果を言えば、無茶をしてやってきたアインに助けられ、なんとか生きて帰ることができたのだ。
自分もそれなりの実力者という自負はある。
しかし、アインという存在は、到底手の届かないところに居る存在に違いない。
そうは言っても、彼女が抱くのは矜持だ。
クローネがアインに抱く感情とはまた違う、クリスなりの価値観だった。
騎士としての自分があり、おんぶにだっこは心が寂しい。
彼女は最後、強く手を握りしめてアインをみつめたところで、落ち着きを取り戻す。
「ご、ごめんなさい……。その、気持ちが高ぶってしまっていたみたいで……」
一度謝罪をはさんで咳払いをする。
すると、彼女は視線を古代生物研究所へと向けた。
「えっと……これからどうしましょうか」
これからというのは、この研究所に関連することだ。
「準備が出来たら、あの研究者……ノイシュのことを、全ての都市に伝える必要があると思う。後は細々としたことだけど、痕跡を追ったり、周辺に聞き込みをしたりっていうのは、騎士たちに任せようかなって」
「――ですね。後は、アルベロ男爵家への聞き込みも、ってところですね」
「うん。だから俺たちは、俺たちに出来る事をしていこうって思ってるんだ」
「……具体的に、何が出来そうってのはお考えなんですか?」
首を傾げて尋ねた彼女へ、アインは自信のある声と表情で答える。
「あるよ。王族として――っていうのもそうだけど、後は力を使うこと。それと……旧王都に行って、色々と教えてもらうことかな」
旧王都へ行くことは、元々この工程で予定されていたことだ。
その通りだなとクリスが頷くと、ふと、彼女はあることに疑問を抱く。
「そういえば、卵の大きさは恐らくですけど、双子の時と同じぐらいかなって思うんです」
「あー……言われてみれば、エルとアルの卵も同じぐらいだったね」
ロイドに割られる直前だったあの卵も、同程度の大きさだったことを思い出した。
「ですよね? ということは、仮に赤龍が誕生していても、別に驚異的な大きさではない……っていう気がしてるんです」
双子もそれなりの年月を経て大きくなったのだ。
時間的な猶予はそれなりにある、彼女はそう思って表情を明るくしたのだが、
「いや、それはあまり考えたくないかな」
アインがあっさりと否定したのだ。
確信めいた声色で、少しばかりの苦笑いで。
「双子の成長速度はすごいよ。カティマさんがおやつの名目で、馬鹿みたいに魔石を食べさせてるからだけど」
ある時期において、カティマの私費のほとんどがそれに投じられていた。
だからか、すでに年齢にあわない大きさに育っているのだ。
「……先日、ローブの男たちが双子を確認していたのと繋がるんですね」
「可能性として捨てきれないなーって話。それに、どうやってか卵を孵してたんだから、楽観視は出来ない気がする」
そもそも、絶滅したはずの龍の卵をどうして持っていたのか。
どうやって孵したのかなど、今だ疑問は尽きていない。
「その辺りも一緒に、シルビアさんに聞いてみないとね」
さて、そろそろ一度宿に戻ろう。
指示を出すため、打ち合わせも兼ねて。
アインが背もたれ代わりにしていた壁から離れたところで、久しぶりの声が届いたのだ。
「――お、何してんのかと思ったら……殿下じゃねえかっ!」
「あれ、ムートンさん?」
まばらになりかけていた人混みの中から、ムートンがエメメを伴って姿をみせた。
相変わらずの逞しい腕に、男らしいヒゲを揺らしている。
すると、殿下という言葉を聞いてか、周辺の者たちは分かりやすく距離をとっていったのだ。
「おうおうおう、さっきまでドワーフを馬鹿にしてた研究者が散っていくぜ」
「え……何かあったんですか?」
「まぁ、大したことじゃねえよ。頭のいい研究者たちなんてよ、結構、冒険者寄りの人間を馬鹿にする奴も多いからな」
「……あまりいい話じゃないですね」
ある種の派閥のようなものだろうか。
いわゆる、冒険者や鍛冶師のような体力よりの者と、頭脳勝負の研究者たちの意識の差だ。
全員がそうではないのは分かってるが、こうして話に聞くといい気はしない。
「がっはっはっは! 別に気にしねーでくれや! 技術の進歩なんてな、意見のぶつかり合いと喧嘩の結果だからな!」
しかし、気っ風のいい男だ。
アインはこめかみのあたりを掻いてから、少しずつ笑みを浮かべて語りだす。
「それで、ムートンさんたちはどうしてイストに?」
「おう! 用事があってな! その用事ってのは……あー、おい! エメメ!」
「はいっす! 私たちは新しい炉を買いに来てたんです!」
翼で敬礼すると、彼女とムートンは得意げに腕を組んだ。
「それって高いんじゃ……」
「おう! 馬鹿みたいにたっけーぞ!」
「でもだいじょーぶなんですよ。お城から仕事貰えるようになってから、実入りは結構いいんです!」
「あ、あぁ……なるほど」
最初はバルトの町から連れてきて、王都の暮らしを楽しんでもらえるか心配だった。
が、今では、随分と楽しそうにしてるようでアインも安堵する。
「ついでにバルトにある家にも、久しぶりに荷物取りに行くかなって思っててよ」
「そうなんですか? 実は俺とクリスも、イストの後はバルトに行くんですよ」
それを聞いて、ムートンが首を傾げる。
「おぉ? あんなしけた町になにか用でもあるのか?」
「この季節なんて、家から出るのすら一苦労でしたもんねー……」
「全くだ。軒先に魔石撒いて火つけたこともあったな!」
それって大丈夫なの?
戸惑ったアインとクリスを置いてけぼりに、二人は賑やかに語りつづける。
「おっとと……火で思い出したぜ。実はな、ここまで来たついでに、俺とエメメは大陸の西側にも行くつもりなんだ」
「イシュタルの西側ですか?」
何かあっただろうか、アインが尋ねる。
「フオルン組の活動拠点があるからな! 覚えてるか? エメメの止まり木を作った職人集団だ」
「覚えてますよ。懐かしいです――けど」
で、どうして火が関係しているんだろう。
フオルンは木の魔物だ。フオルン組がフオルンで構成されている訳じゃないが、何か燃やすのだろうか。
「フオルン組は現地でしか売ってねぇけど、いい砥石とか素材売ってんだ」
「大陸西側って、大きな山とか湖が多いんですよー。なんで、東側とは結構別世界な感じなんです!」
職人特有の知識だ。
そうした細かい情報はまだ知らないアインは興味を抱く。
とはいえ、大陸が広すぎるが故、すべてを理解するのはまだ時間が掛かるだろうが……。
「うちの工房で使ってる砥石なんかは、全部現地のフオルン組から買ったものなんだぜ」
「へぇー……希少な素材なんですか?」
古代生物研究所の件が残っているが、ムートンとの会話は休憩がてら丁度いい。
クリスも気が落ち着いてきたのか、表情に余裕がみえてきた。
「おう。溶岩が長い年月と魔力で結晶化した宝石があってな、それがまた堅くていい砥石になるって寸法だ」
彼が火と言っていたのは、溶岩が関係していたからだ。
アインが納得したところで、不思議そうにクリスが尋ねる。
「溶岩ですか? 私が知る中では、そうした物が流れる場所は無かったと思うのですが……」
アインは足を運んだことすらないため、静かに耳を傾けた。
「違う違う。馬鹿みたいに昔、西側には巨大な火山があった……ってことらしいぜ。だからその名残で、地中に宝石が埋まってるってことだ」
「私はそれを初めて聞きました。そうした歴史があったんですね」
「ま、水列車も通ってない地域になるしな。優雅に馬車と徒歩で行くしかない場所だ、仕方ねえよ」
どんな場所なんだろうという想像が捗る。
当然、アインには足を運べる余裕はなく、本や人伝に聞くしかない。
「アイン様」
そうしているアインに気が付いて、クリスが語り掛ける。
「えっとですね……クリム男爵家のご子息はご存知ですよね?」
「バッツのこと?」
「はい。クリム男爵家の現当主が派遣されてる町があるのが、大陸西側なんですよ」
バッツの父が、魔物と戦う生活をしているとは耳にしている。
その町が今出てくるとは思わなかったが……。
「特別魔物が強いわけではありません。ただ、開発された箇所が少ないのもあり、出没頻度は高いですね」
「……大変な所で仕事してもらってるってことか。感謝しないとね」
アインがしみじみと声を漏らすと、彼は唐突に歩き出す。
「クリス、少し待っててね。帰る前に、何か発見があったか聞いてくるよ」
「い、いえいえ! そんなことは私がしますから……!」
「ムートンさんと一緒に待ってて。一応、自分の耳で聞いておきたいだけだからさ」
彼が去っていくのを三人は見送る。
「お、そういえば今度また、前に送ったナイフを追加で送るからな! 使ってくれや!」
アインが去ったところで、ムートンが思い出したように言った。
そういえばと、クリスも使用人たちからの評判を思い返す。
「使用人からも評判みたいですよ。切れ味が良くて助かるって、マーサさ……えっと、屋敷の筆頭が申しておりました」
「だろー? あれは俺の故郷のナイフなんだよ。ま! 故郷のことなんて覚えてねえんだけどな!」
故郷についてを忘れて高笑いをする。
そんなムートンの剛毅さが、今日も留まることを知らず、クリスもつい、苦笑いを浮かべた。
「ドワーフも長寿ですもんね……。大陸のどのあたりの出身かも忘れたんですか?」
「おうよ! というより、イシュタル出身って聞かれると、なんか違う気もしてるんだけどな。まー気にすんなって! がーっはっはっは!」
「さっすがししょー! 細かいことは気にしないんですね!」
決して細かくは無いのだが、彼らの価値観に踏み込むことはしない。
二人は冗談ではなく素でこの勢いなのだから、いつも賑やかに感じてしまう。
「覚えてんのは製法と名前ぐらいなもんだ! 別に困ってねえし、他の情報はいらなかったってことだな!」
「クリスさん、あのナイフって作り方面倒なんですよー。素材は土の中にある細かい鉄なんで、集めるのがまた……」
「あ、あははは……手間暇かけていただき、本当にありがとうございました……」
変な作り方だなー。
ぼそっと呟いた彼女は、戻ってきたアインと合流して宿へ戻る。
それからというもの、二人は日が開けて昼になるまで仕事をした。
ようやくになって眠れたのは、日が傾いた時間になってからだった。




