多分すごい歴史。
今日もアクセスありがとうございます。
「次に、私がどうして暴走したのかを教えてあげる」
本題だ。
アインは生唾を飲み込むと、彼女の言葉をじっと待つ。
「私が嫉妬の夢魔だから、だから暴走したんだよ」
ふんす、と彼女は鼻息荒く腕を組んだ。
なんで強気なのかがさっぱり分からない。
「……っていうと?」
「だーかーら、私は嫉妬したんだよ」
ムスッとした顔を向ける彼女へと、アインはつづけて怪訝な目つきを向ける。
「イシュタリカができる少し前から、お兄ちゃんとお姉ちゃんの距離が近くなった。私はめでたいって思った。だけど、不思議と寂しく感じた。多分、これは立ち位置をどうすればいいのか迷ってたんだと思う」
「――カインさんの事が好きだったんですか?」
「や、それはないかな」
「……」
あっさりと否定されてしまい、むしろ、遠くに居るであろうカインに申し訳なく思う。
「小うるさくて、お肉ばかり食べると叱ってくるし、たくさん寝てると小言を言うんだよ。夢魔にそれってどうなの……って思うもん」
アーシェは珍しく、随分勢いのある動きで首を横に振った。
夜の静けさと、秋の終わりの寒さがこの虚しさを高めてしまう。
「別方向でお姉ちゃんも厳しいけど……うん、異性としては……聞かないで」
彼女は無意識のうちにバルトの方角を見て、過去の出来事を思い返しながら語った。
当然、何があったのか詳しくはアインも知らない。
長い間、共に生活してきた彼女たちの思い出ということなのだろう。
「だから、家族として好きだよ。スケルトンの時から面倒をみてた、子供だった相手を異性として好きになったお姉ちゃんは良く分からない。あ、これお姉ちゃんには言わないで。殺され――怒られるから」
どうやらシルビアの教育は厳しそうだ。
とはいえ、魔物や異人種は独特の価値観を持つため、分からないでもない。
頬を引きつらせてアインが笑うと、彼女はため息をついて続きを語る。
「本当はね、たくさんたくさん色んなことがあった。寂しくて喧嘩したこともあるし、おめでとうって思ってるのに、素直に喜べてない自分を蔑んだこともある」
「……えぇ」
「これはね、私が魔王になってからの話なの。国が落ち着きはじめた頃、ようやく二人は結ばれた。――まぁ、そのあとにマルクが拾われたり色々あったけど、まぁ今は別にいいや」
別にいいやで済ませてよいのかと聞かれれば、答えはいいえだ。
「すみません、それも重要な気がするんですけど」
「むぅ……ここは私が教えていいか分からないから、あの二人に聞いてみて」
また、なんとも重要な歴史の話をさらっという彼女。
ぼーっとしながらも、蓄積された歴史の重みはアインには察することができない。
知りたい、知りたいという興味の渦が、アインの内心で蠢いた。
(……そういえば、赤狐の調査をする前に――)
というか、幼い頃の話だ。
まだ、アインが学園に通う前の事、デュラハンが絶滅したという話は聞いている。
何故かというと、彼らの生態系にある。
彼らデュラハンは、魔物同士の交わりでも子を成せない。
さっぱりこの事を忘れていたアインは、さらっと語られた衝撃の事実に戸惑う。
「まぁ、そんな時期に、私たちの作った国にはたくさんの種族がやってきた。中には、あの女もいたってこと」
「あいつらは当時、何もしていなかったんですか?」
「頭がいい女って感じだった。特別問題があるわけじゃなかったけど、強いて言うなら、民に好かれやすい女だったよ?」
なるほど、確かに好かれやすいだろう。
彼女が力を使っていたのは明らかで、その時からだったのかと察する。
「でも、私はあの女が嫌いだった。あの女は好かれやすい、だから、お兄ちゃんとお姉ちゃんが取られるかもしれないって思った――あとは、分かるでしょ?」
「アノンの力が通じやすくなってしまった……ってことですか?」
以前クローネと相談していて分かった、その特性を思い出す。
「そういうこと」
計画的な犯行ではなくて、アノンは運が良かったのだ。
アーシェが寂しさを感じたのと、そこに降ってわいた負の感情が重なり、力は魔王アーシェに通じるようにまでなった。
「私は親に捨てられた。だから、お兄ちゃんとお姉ちゃん以上に大事な家族は居なかった。私は一人になったと思った。だから、私は寂しくてたまらなかった――こうなるとね? 誰とも仲良く話が出来て、いつも人に囲まれているあの女が羨ましくも思えてきたんだよ」
加えて、先ほど彼女が言った、カインとシルビアを取られるかもしれないという気持ち。
ここからアノンへの嫌な気持ちが積み重なる。
「最初はあの女も私を警戒してたよ。でも、力が通じるって分かったからか、すぐに近しい態度で寄って来た。でもね、私はそれが不思議と心地よくて、引きはがそうとする気持ちなんて無かったの」
「……」
「少しずつだけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんから距離を取った。こうするべきなんだ、こうしなきゃ……って気持ちがあったけど、それも少しずつ変わっていって、二人は私を裏切った。私を捨てたんだ……って考えるようになってた――気がする」
彼女は俯き、石畳にある少量の砂を弄ぶ。
点を二つと弧を描いて笑顔を書くと、自嘲するように笑う。
「でも、それとは対照的に、あの女がすごく好きになっていった。彼女だけが自分の味方なんだって思わされた」
彼女はそう言うと、砂で遊んでいた手を止める。
「この時からだよ。私が全部嫌になって、いろんなことが憎くなって――嫉妬の夢魔になっちゃったのは」
まるで以前のハイム国王ラルフのようだ。
彼は王位にありながらも、ただの貴族令嬢の立場にあったアノンに対して、信仰のように強い気持ちを向けていた。
「後は少しずつ、心の中がどす黒いなにかに覆われていって……最後の方は、何を考えてたのかもあんまり覚えてない」
アインにも思い当たる節がある。
少なくとも、旧ハイム王都にそびえたつ世界樹の跡、あの姿の時のことは覚えていない。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんは、私の様子を不審に思ったんだけど、私が強引に避けたんだよ。裏切った癖に、捨てた癖にって面と向かって言ったぐらい」
「ッ――アーシェさん、もしかして、謁見の間で俺に対して圧力をかけていたのって……ッ!」
「ん。私とお兄ちゃんたちの最期の会話は、『他の村を任せる。だから、私には二度と会いに来ないで』だった。そんなことを言ったのに、あわせる顔なんてないもん」
彼女は懺悔していた。
それは、数多くの人々を暴走の結果で殺したからだ。
これとはまた別に、彼女は強く後悔していた。
家族だった二人に対して、そうした言葉を何度も言ってしまったからだ。
「……あと、特にあなたには、誰よりも顔向けできなかったから」
すると、彼女はアインに届かないように呟いた。
――さて、エウロから帰国したときのアインは、来ないで、とアーシェの意思と圧力を受け取った。
その意味を今はじめて知り、道理でそうだったわけだと納得する。
「私たちは根付きと同じような呪いをかけてる。三人のうち誰かが死ねば、その全員が息絶える。私はマルクにとどめを刺してもらった。つまりあの子はね、自分の両親を殺したと同じことなんだよ。だから――私はみんなに、謝っても謝り切れない」
昨年の戦争。
似たような事をエドに言われ、アーシェが語ったのと同じ言葉をアノンから伝えられた。
今この瞬間で、頭のなかで漂っていたすべてのピースが嵌る。
そもそも、ただの人間や異人種たちに、カインやシルビアを倒せるとは思えない。
天まで届く力を見せる男に、魔法に関して並ぶ者がいないエルダーリッチ。
さて、どうやって勝てばいいのか? 想像もつかないだろう。
むしろ、マルクという男がアーシェを倒せたことでも、奇跡がいくつも重なっている。
「魔石のとき、そんなに色々な事を考えていたんですね」
「んー……基本的には死んでる身だったから、器用に考えていたわけじゃないけど。あ、そういえば、魔石に関して面白いこと教えてあげる」
「……なんでしょうか?」
ふふっと優し気に笑う彼女は、見守るような穏やかな笑みを向けた。
「シルビアお姉ちゃんが言ってた。魔石って、生まれ変わっても持ち主は変わらないんだって。去年分かったらしいよ」
「……俺には理解が追い付かない情報みたいです」
「もう教えてあげないよー。これ以上は言わなくていいってお姉ちゃんいってたから」
彼女は訳知り顔で笑いながら、察しがつかないアインを楽しそうに眺めた。
少し経つとそれも落ちついたようで、手足をうんと伸ばして声を出す。
「んー……! なんか、何十年もかかった話をざっくり話したから、いろいろ情報が足りてない気がする」
彼女はそういうものの、あまり詳しく語るつもりは無いのかもしれない。
言われてみれば、人間たちとの開戦のきっかけなど――語られてないことはまだ山ほどある。
しかし彼女は意味深に頷き、どこか宇宙のように深い、不思議な瞳でアインを見る。
「……いえ、どういうことがあったのか、それでも俺には分かりました」
「ん。ならよかった」
砂で絵をかいていた彼女は、最後に手のひらをザーッと滑らせてそれを終わる。
すると、立ち上がってアインを見た。
「あれ? 私、なんでこの話をしにきたんだっけ」
「――えぇー……何か俺に伝えたいことがあったんじゃないんですか?」
「ん……あった気がする、何か……伝えたいこと……あっ」
何かに気が付いてようで、ポンッと手を叩くと、なんとも自信満々な表情を浮かべる。
「力の良しあしは――使い方次第ッ!」
「……はい?」
「だーかーら……あの女の力だったとしても、今は暴食の世界樹のもの。貴方が使い方を間違わない限り――変なことにはならない」
アインはもしかして、と彼女の意図を察する。
どうしてこんな話をしだしたのか、不思議に感じていたのだが、
(慰めに来てくれた……って感じなのかな)
その割には、別の気になる話が多々あったが、気分転換にはなった。
彼女もまた暴走した経緯があるからか、アインに感じるものがあったのかもしれない。
「って……私が言えるような立場じゃないけど……はぁ、誰かのいい夢でも食べに行こうかな……」
呟くと、アーシェはすっと立ち上がる。
「止めるべきかなって迷ってるんですが」
「ん、だいじょーぶ。楽しそうな気分をおすそ分けしてもらうだけ」
果たして本当にいいのかと不思議に思うが、害をなす事は無いだろう――という確信がある。
アインは苦笑いを浮かべた。
「クリスお姉ちゃんはいつも楽しそうな夢を見てる」
――強烈に興味が沸いた。
聞いたらダメかもしれないが、少しぐらい……と、ポンコツエルフの夢へ心が動く。
「た、例えばどんなのですか?」
「……クリスお姉ちゃんは、意外とむっつ――」
と、ここまで言ったところで、彼女が誰かに抱き上げられた。
そのまま口元に手を当てられると、
「すみません、アーシェ様。アイン様の様子を見に来たんですけど……何を話していたんですか?」
月明かりに照らされ、以前も形容したような、月の女神然としたクリスの姿。
金の髪の毛が冷たい風にさらわれながら、彼女はアーシェを抱き上げた。
表情は……いつも同様に美しい。瞳の奥に眠る冷たさは置いておこう。
「……夜食の話」
なるほど、確かに夜食だ。
物は言いようなのだが、クリスはすぐにその意味を察する。
「ふふ、それはいいですね。では食堂に参りましょうか?」
「あ……大丈夫。やっぱり……そんなにお腹空いてない……かも」
身体をばたつかせ、クリスの拘束から逃れようとする。
だが、
「あ、あの――クリスお姉ちゃん? 自分で歩けるよ?」
「お気になさらず。逃げ……アーシェ様が迷わないようにするためですので」
(虎の尾を踏んだ……まさか聞かれてるとは)
他人面して見送るアイン。
だが、夢の内容を尋ねたアインを、クリスが見逃すわけもない。
「アイン様? 私、新しい服でも見に行きたいなーって思ってたんです。もしよければ、今度ご一緒してくださいませんか?」
彼女にしては珍しい誘いだ。
いや、むしろ、こうした誘いは初めてかもしれない。
妙な迫力がこもった声だったが、彼女はこれをいい機会に感じたのだ。
また、アインには後ろめたい気持ちがあるのもその通りで、
「……いつもお世話になってるから、付き合うよ」
女性の夢の内容を尋ねるなんて、そんな不躾なことはするもんじゃない。
分かっていた事だが、誘惑に負けたことを悔いる。
そして、クリスの要求に素直に応じたのだった。
連れ去られていくアーシェは、抱き上げられた猫のように、下半身をぷらぷらさせて運ばれていく。
果たして本当に食堂へと行くのだろうか、アインが新たに抱いた興味はこれだ。
(……隠された血統を持つエルフに連れ去られる、初代国王にして魔王)
なにか面白い物語でもはじまりそうだ。
いつの間にかスッキリした心を感じながら、アインはこの場をあとにした。
◇ ◇ ◇ ◇
――同時刻。
ある迷宮の地下に、その二人は居た。
「シルビア。大丈夫か?」
「……えぇ、もう平気」
ある場所の地下にて、カインがシルビアを気遣った。
辺り一面が青白く光る石材に囲まれ、表面は大理石のように磨かれている。
それは重厚な正方形を成し、いくつも重なり並べられ、どこまでも深い回廊を作っている。
「――引き上げよう。もう少し準備をするべきだと思う」
と、カインが苦々しい面持ちで語る。
地面にへたり込み息を切らす妻をみて、言いづらそうに語るのだ。
「あら、カインったら……音を上げるのかしら」
「馬鹿を言うな。出てくる魔物にじゃない。この……どこまでも続きそうなダンジョンについてだ」
もう何層分降りただろう?
三十ぐらいまでは数えていたが、もう数える気にはなれなかった。
「……分かってる。ごめんなさい、冗談を言ってる場合じゃなかったわね」
すると、シルビアは立ち上がり、身体についたほこりを手で払う。
「正直に言う。俺はこんなに深いダンジョンだと思ってもみなかった。もう一度言うが、準備が必要だ」
主に、食料等に関してだなと、彼は最後にそう口にする。
ため息交じりにそう言うと、彼は来た道を戻る。
カツン、コツンと、足音が辺りに響き渡ったのだ。
「歪と綻びの回廊。こんなにも深いなんて、シルビアだって想像していなかったのだろう?」
そう、二人が居るのは別名、神隠しのダンジョンと呼ばれる迷宮だ。
二人の実力をもってすれば魔物相手は苦にならない。
大変なのは、終わりが見えないこの迷宮の攻略にあった。
「……えぇ。正直言って、舐めてたのかもしれない」
カインに指摘され、シルビアが苦々しそうに笑う。
「とはいえこれは致し方ない。神がいる場所に繋がる――なんていう逸話持ちだ。そうやすやすとはたどり着けないだろう」
「で、でも……元はカインが行こうって言ったんじゃない。あの子……クリスの姉の行方と一緒に、赤龍のための何かをさぐるためにーって」
彼女がそう言うと、カインは身体をピクッと止める。
やがて、若干恥ずかしそうに振舞いながらも振り向いた。
「あいつらには言うな。別に、調べが付いたら教えてやる程度で構わないさ」
「……親心? みたいなやつかしら?」
むしろ、アインから頼ってもらえないからこうしているのかもしれない。
アーシェを派遣したのは、素直に言えない心の表れだ。
「いいからもう言わないでくれ。ただ気が向いたからこうしているだけだからな」
素直じゃないなと、シルビアは彼の仕草を愛おしそうに笑う。
少しばかり距離が開いた彼を追って、彼女は急ぎ足で距離を詰める。
すぐ隣に立ち、そっぽを向いた良人の顔を窺った。
「でも、二人が去ったのはもう何年も昔のことよ? 痕跡が残ってるとは思えないんだけど……」
「だろうな。死んでるなら何処かに転がってるさ。生きているなら……別のどこかにでもいるだろう」
少なくとも、ここに来るまでにそんな死体は見つけていない。
つまり、二人はこのさらに奥まで向かったことは大前提なのだ。
「私たちでも面倒に感じる場所だもの。人が……エルフがいても、ここを踏破するのは絶対に大変よ」
「……だがエルフの方は、ただのエルフではなかったようだぞ」
ふっ、と笑い、カインが語る。
「俺は昨年――旧王都に帰る前、クリスに尋ねたんだ。姉についてをな」
「へぇ、いつの間にそんなことを……。それで、どうしてただのエルフじゃないのかしら」
「生まれ持ったスキルだ。なるほど、道理で歴代最高の天才と呼ばれていたわけだと……すぐに納得したさ」
彼が褒めるというのが珍しく、シルビアは惚けたように彼の横顔を見やる。
すると、彼は興味深そうに笑みをこぼすと、その答えを口にした。
「――セレスティーナ・ヴェルンシュタイン。彼女が持っていたスキルは勇者……だそうだ」
「ッ……ふぅん、マール君の力を受け継いでいたのね」
思いがけない言葉を聞いてシルビアが驚く。
「あぁ、マルクと同じ勇者の力だ。――だから、もしかすると、苦労しながらも踏破してるかもしれないぞ」
有り得ない話ではないだろ? カインに言われてシルビアが頷いた。
「ただ、踏破したところで……どこに消えたってことなのよね」
もっともな疑問だったが、その答えはカインも知り得ない。
「いわゆる、神のみぞ知るっていうやつだ。いずれ、準備をしてから出直そう」
二人は足音を重ね、この長く広い回廊を歩きつづける。
――さぁ、帰り道も長い道のりとなる。
少しばかり辟易としながらも、雑談をしながらこなしていく。
「ただ、聞けばジョブには昇華せず、あくまでもスキルで終わっていたという」
つまり、未成熟だったということだ。
「それなら当時の強さは、半端な魔王化をしたエドより強いぐらい――ってところかしら?」
さらっと言うが、その力量でも馬鹿みたいに強い。
アインや旧魔王領組、海龍の双子のような存在がいなかった当時なら、間違いなく並ぶ者はいないだろう。
「だろうな。そう言っても、十分すぎる力の持ち主だったわけだが」
クリスの姉は色々と規格外だったという話だが、ここにいる二人も同じく規格外だ。
そう強く驚く姿は決して見せず、冷静に、どのぐらい強かったのかと想像した。
その後、二人は丸二日と半日をかけて、この深いダンジョンをあとにした。




