意外な一面。
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次話から次章です。
「バードランドが発展できたのは、偏に自由だったからでしょう」
と、グラーフが言った。
「あそこは聖域のような場所です。ご存知かと思いますが、ハイムやロックダム、エウロなどの国々が戦争をしていた時代、その終戦の調印を行った場所ですから」
「はい。知っています」
「だからこそ、ハイムやロックダムは、表立ってその地の利権を欲したことはありません。キナ臭いやり取りはよく耳にしましたが、それでもあの地は自由なのです」
言い方を変えれば、商人たちにとって都合のいい自由だ。
小うるさい役人が居なければ、邪魔をしてくる貴族もいない。
彼ら商人はそうしていくうちに、バードランドという楽園をつくりあげたのだろう。
「ですので、このシュトロムではいささか問題が多いように思えますが、アイン様はどうお考えですかな?」
「……そうですね」
問題、問題か。
アインはグラーフの言葉に、答えを考える。
(この町には、すでに俺という領主が居る。あとの問題は……法律?)
商人だけでなく、イシュタリカの民は税を納める必要がある。
そうした細かい決まりを排除することはできない。
――アインは考え込んでしまった。
「あるいは利権……でしょうか?」
ふと、その言葉が頭をよぎった。
「えぇ、アイン様の仰る通りかと」
グラーフが頷いた。
「多少の反発のほかに、失職する人も出てしまう……なるほど。これはいい話ではありませんね」
「その通りです。これは、一から都市を作ることではないからこその、弊害と言えましょう」
万全を喫して、慎重に事を進めなければならないのだ。
そうでなければ発展などとは程遠く、ただの愚鈍な領主となろう。
「ですので、商業化を進めるというのではなく、商業の方面が強く成長できるようにすればいいでしょうな」
アインは黙って耳を傾けつづけた。
貿易の覇者と呼ばれたグラーフとの会話は、一つ一つが貴重な時間だからだ。
「と、いうわけで――一つだけでも構いません。なにか、シュトロムの売りとなる要素が必要かと」
グラーフが居を正す。
そして、彼は一つの提案をするのだ。
「特産品、消費できる品がよろしいでしょう。シュトロムでなくば手に入らない……そんな特産品か何かがあれば、自然と商業というものは成長していくと思いますが、いかがでしょうか」
「……お爺様。その提案は素晴らしいと思うのだけど、シュトロムは特産になるようなものは……」
「む……クローネよ。そうして諦めるのは悪い考えに他ならない。儂がイシュタリカに来た当初は、はじめは古布の販売から手を付けたのだぞ」
知られざる、オーガスト商会の成り立ちを耳にしたアイン。
古い布の販売から、よくここまで成長したものだ。……そこに王家の手助けがあったとはいえ、グラーフの手腕には驚かされる。
「必要なものがないのなら作ればいい。作るものが無いのなら考えればいい。考えても駄目なら――」
「だ、駄目なら……?」
生唾を飲み込み、アインがつづきを尋ねる。
「学ぶのです。歴史に学び、そして、経験にも学ぶ。そこに無駄なことはございません。愚者というのは、学ぶことにえり好みをするものですからな」
「……心に響きました」
「はっはっは! それは何よりでございます」
アインの隣では、クローネがうんうんと頷いていた。
彼女もきっと、アインのように感銘を受けたのだろう。
「そうね……やる前からえり好みするなんて、確かに愚の骨頂だわ」
「クローネ、何か思いついたの?」
彼女顔つきが変わった。
なにやら、天啓を得たと言わんばかりの表情だ。
「えぇ。ただ、その……これを実行に移していいのか、っていう悩みはあるの」
手のひらを頬に当て、少しばかり色っぽく迷ってみせた。
この仕草は、クローネがオリビアから影響受けたものなのが一目瞭然。
「今は少しでも案が欲しいんだ。気にしないで、まずは教えてほしいな」
「ごめんなさい。その前に、お爺様に一つお尋ねしたいのだけど」
「……む? なんだ、クローネ」
申し訳なさそうな顔でアインに断りを入れ、グラーフに語り掛けた。
「貴族向けの品と、平民向けの品。このどちらか一方から手を付ける……というのは愚策になるかしら」
「ならん。貴族向けならば、平民が憧れるような品として売り出し、いずれは徐々に平民向けの安価な品も追加すればよい」
差別化は重要だ。そうでもなければ、お互いに魅力を見いだせないだろうから、ということらしい。
この答えにクローネは安堵する。つづけてグラーフは答えた。
「逆に平民向けであろうとも、話題にでもなれば、貴族はその品の特別なものを求めるはず。であれば、その時に高価な品を追加するだけだ」
つまり、どちらから攻めてもそう問題にはならない。という返事だ。
クローネは、グラーフにありがとうございます。と礼を述べ、もう一度アインをみる。
「お待たせしました。あのね、私の案っていうのは――」
◇ ◇ ◇
グラーフとの対面から数日後。天気がいいある日の午前中。
屋敷へと、一台の荷馬車が到着した。
「お嬢様。こちらで以上となります」
「えぇ、ありがとう」
それはオーガスト商会のものらしく、御者はクローネにそう言うと、荷を置いて立ち去って行った。
「届いたの?」
やり取りを見ていたアインがクローネに気が付き、急ぎ足で屋敷から飛び出してきた。
「たった今ね。早速開けてみましょうか」
「あぁ、そうだね」
少し大きめの木箱に手をかけると、アインが自ら開封した。
すると、中に入っているのは、
「元気な苗木だね。これなら問題無いと思う」
アインは木箱に入ってたものを眺め、そう言った。
納まっていたのは数本の苗木だ。
それらはアインの膝より少し高い程度の苗木だったが、青々とした葉が、生命力の煌きを伝える。
「何の苗木だったっけ」
「バルト苺よ。バルトの冬の寒さにも耐える、すごく丈夫な木苺が成るの」
二人はその冬を経験済みだ。
真冬のバルトに足を運び、アインは旧魔王領――今では旧王都と呼ばれる地に出向いた。
そして、クローネも寒い町中を歩き、情報収集をしていたのだから。
「寒かったね……あの時のバルトは」
「いい思い出がたくさんあるけど、あの寒さは大変だったわね」
苦笑したクローネ。
しかし、彼女にとっていい思い出が詰まっているのは確かだ。
秘密でアインの使っていたベッドで休み、その後は枕をそっと交換した。
今でも言えない、彼女だけの秘密だ。
それに、疲労で寝落ちしてしまったときには、アインの優しさに触れて暖かな気持ちに浸ったのだから。
「アイン様ーッ! こちらに穴を掘ってありますよー!」
「わかった! 今そっちにいく!」
呼びかけたのはディル。
王家の獅子と呼ばれる彼も、今日は鉄製のシャベルを片手に一汗掻いた。
彼が立つのは庭園の一角。そこには、三つほどの穴が掘られている。
真っ白なシャツに、金色の体毛が存在を主張していた。
「よいしょ……っと」
アインは苗木を持ち上げた。
別に重いことはない。しかし、王太子が自らそうした作業をするのは、給仕や執事からみれば少しばかり気後れしてしまう。
「こういうのも、悪くないよね」
「あら、アインはお庭弄りが好きだったの?」
「割と好きだよ。なにせ、世界樹の魔王だからね」
「ふふ……随分と家庭的な魔王様なのね」
冗談を言い合い、苗木を運ぶ。
これは決して部下の怠慢ではなく、あくまでも分業の結果だ。
ディルは穴を掘り、そもそも、重い物をクローネに持たせるつもりは無い。
いつもは傍にいるマルコが居ないのは、彼は黒騎士の稽古を付けている最中だからだ。
「この服どう? 似合ってる?」
「可愛らしいと思うわよ」
アインは汚れてしまわないようにと、長いエプロンのようなものを着ていた。
そんなアインの言葉が面白くて、クローネは笑ってしまう。
「それならよかった。……あ、ディル? カティマさんは何してるの?」
「私に仕事があるというのを知ってか、朝の早い時間にクリス様を拉致――いえ、連れて、町に出かけて行きましたが……」
今日の生贄はクリスということらしい。
アインは何とも言えない表情を浮かべると、町の方に振り返って、遠い目で空を眺めた。
とはいえ、ディルの仕事を邪魔しなかったのはいいことだ。
クリスが生贄になってしまったが、きっと彼女なら大丈夫だろう。
「クリスのためにも、頑張っていい樹に成長させないとね」
――と、アインが今日の目的を口にした。
「え、えぇ……きっと大丈夫よ、アイン」
マグナでの植樹のときに分かったことだ。
アインが命令すれば、小さな樹も大きく育つ。とはいえ、アインの体内から魔力が吸い取られるのだが、それは些細な問題に過ぎない。
なにせ、魔王の持つ魔力は膨大だからだ。
「そもそも、成功させないと特産にもならないしね」
そう。先日クローネが提案したのは、アインが成長させた樹の果実を特産にするという案だった。
以前のリプルは、通常のものと比べてはるかに大きく、味も絶品だった。
ララルアですら気に入るほどで、今では城にもリプルの大樹が成っている。
「それにしても……バルト苺はいい選択だと思いますよ。アイン様」
「ありがと。っていっても、選定したのはクローネだけどね」
どうしてリプルなどではないのか。そこには理由があった。
それは、収穫量の問題だ。
「木苺なら、それなりに収穫量を期待できるもの。アインの影響を受けて、果実も大きくなることを期待できるから」
自信満々にクローネが語った。
そうだ。リプルのように大きくなれば、たとえ小さな木苺だろうとも、それなりの大きさになるのを期待できる。
木苺は多くの果実を成す。だからこそ、今回のように、特産にするには向いていると踏んでいたのだ。
「あと、加工することもできるもの」
「そうですね、例えばジャムなど……使い道は多いかと思います」
そこに加工するための業者や、瓶を販売する商人、その瓶を作る者など……多くの者が関われる。
上手くいけば、間違いなく大きな話題となるだろう。
(それで、俺の評判……自分で評判って言うのは恥ずかしいけど、その評判を使うってことか)
アインの人気は高い。海龍を討伐した時からそうだが、それ以降も多くの逸話を作った。
先日クローネが迷っていたのは、アインのその人気を利用するということだった。
その考えは浅はかではないだろうか? 民は失望しないだろうか? クローネはその日、迷ったのだ。
だが、その売り上げがシュトロムのために使われるとなれば、話は変わるはず。
以前の植樹祭のとき、アインの行いはイシュタリカに豊穣をもたらす――とオリビアは宣言した。
今回の件も、アインはシュトロムのために力を使うのだ。
こうなってくれば、アインたちを悪く言う者もいないだろう。
できた苺が美味しければ、それを食べる者が喜ぶ。
そしてシュトロムは賑わい、繁栄のために一歩を進むことができる。悪くない話だ。
また、使える力を使わない――というのも、アインの性に合わないのだから。
「アイン様。植えつけおわりましたよ」
アインが考えているうちに、ディルが素早く苗木を地面に植えた。
隣り合わせに三本の苗木が並ぶ姿は、まるで兄弟のように可愛らしい。
「ありがとう。それじゃ、早速……」
「アイン、無理はしないでね?」
「大丈夫だよ。ただ、魔力を吸われすぎて倒れちゃったら、その時は看病してね」
あ、そうなったら、カインさんたちにも影響が出そうだな。出ちゃったらごめんね。
内心でそっと謝ると、アインは苗木に近づいた。
「……もう。看病はいくらでもするけど、倒れないように気を付けて」
「わかってる。冗談だよ」
そう答えて、アインはそっと手を伸ばす。
伸ばす先は苗木の葉だ。アインの手が葉に触れると、なんとなく意思疎通ができたような気がする。
「兄弟みたいって思ってたけど、君たちは本当に兄弟だったんだ」
ふと、アインの脳裏にその意思が届いた。
決して言葉ではない。だが、苗木の想いが届いたようなきがしたのだ。
「君たちに俺の力を流しても大丈夫? ……そっか、安心した」
後ろにいるクローネとディルには、何を語り合ってるのかは分からない。
分かったのは、苗木の葉が更に青々と輝いているようにみえたぐらいなものだ。
――アインの手が、真ん中の苗木に触れた。
すると、苗木は一気にアインの力を身体中に満たす。
土は盛り返り、根本が太く隆起した。
ぐぐぐっ……と、音を立てて幹が伸びる。
そして、両脇の苗木が、真ん中の苗木に近づくように伸び出すと、三つ編みのように交わった。
「あ、あれ……?」
一本ずつ、少しずつ大きくするつもりだった。
そう思っていたのに、目に映るのは一緒に大きくなる苗木だ。
予定と違う。様子を見ながらやろうと思っていたのに……。
「アイン? その、もう少しゆっくりやるかと思ってたんだけど……」
「お、俺だってそのつもりだったってば! ただ、なんか……勢い付きすぎちゃったっていうか……」
「勢い付きすぎちゃった……というには、すごい大きいと思うの」
アインは一本に交わったバルト苺の苗木をみた。
いや、もう苗木というにはおかしな高さだ。
目視でだが、恐らく10m程度だろうか? もはや大樹といっても過言ではない。
……しかし、
「ですが、アイン様。目的の果実は十分のようですね」
金色の体毛を靡かせ、ディルが言った。
「ほんとだ。クローネ、これならどう?」
「……うん。これぐらいの量が獲れるのなら、たぶん何とかなる……かしら」
といっても、この樹一本だけでは足りない。
少しずつアインが成長させる必要がある。だが、実った果実は豊富だ。
「――あ、落ちてきた」
すると、一つの木苺がアインの手に落ちてきた。
もしかすると、君がくれたの? 見事に手元に落ちてきたそれをみて、アインは樹に感謝した。
「これ大きすぎない?」
片手に落ちてきた木苺を持ち、クローネとディルにむけてそれを差し出す。
普通なら、指先程度の大きさのはず。しかし、この果実はこぶし大はありそうだ。
瑞々しく光を反射し、鮮やかに赤く染まっていたのだ。
それでいて、甘酸っぱい香りが辺りに漂う。
「大きくてたくさんあるのなら、それに越したことはないわ」
「いや、まぁ……そうなんだけどさ」
アインが伝えたかったのはこの異常性なのだが、クローネは予想以上の成果に満足するばかりだ。
一方で、ディルは感嘆した表情で木苺を眺める。
それなら……。と口にして、アインが腰から剣を抜いた。
「二人とも。どうぞ」
アインは木苺を三等分にして、クローネとディルの二人に手渡す。
切ってみると、濃厚な香りが更に強まった。
「……これなら、貴族でも文句なしの味かと思います。それこそ、ララルア様もお喜びになるかと」
ディルが言った。その言葉にアインは安堵する。
しかし、クローネは、ただじっと木苺を噛みしめているのだ。
「あの、クローネ? 感想を教えてもらえれば助かるんだけど……」
だが、彼女はそれでも言葉を発しない。
ところが、突然アインの服の袖を掴むと、上目遣いになってアインを睨みつける。
「え、えっと?」
どうしたの。アインは目で尋ねる。
快晴の空から暖かな日差しが舞い降りる中、アインはクローネが何か答えるのを静かに待ったのだ。
「――はふぅ……」
突然、クローネの口から吐息のような声が漏れた。
いつもの彼女のような凛とした声ではなく、媚びるかのような色気がある。
すると、ディルは咄嗟に空気を読み、
「アイン様。私は水を運んでまいりますね!」
大きく育ったバルト苺のため、ディルは駆け足で水を汲みに行った。
……どことなく申し訳なさが募ってしまう。
「お……」
「お?」
ようやく言葉を発したかと思えば、それは『お』の一言。
しかし、彼女はゆっくりと言葉をつづけ、
「お……美味しかったの……!」
「えっと、今まで静かだったのって……それで?」
――コクリ。
と、クローネは静かに頷いた。
その顔は蕩け切っており、それほど美味しかったのだな。とアインに教えてくれる。
(まさかクローネ、もしかして)
アインはあることに気が付いた。
思えば、果実を実らせる樹を選ぶとき、これはクローネに一任していたということを。
「クローネってもしかして、木苺……好きなの?」
バルト苺が選ばれたのは尤もらしい理由だ。
多くの果実が採れ、果実が大きくなることも期待できる。
更にいえば、極寒の地でも死なない耐寒性を持つ。
……というのは、もしかすると後付けの理由なのかもしれない。
困ったように首を傾げるクローネをみて、アインはもう一度尋ねた。
「バルト苺はいい選択だったと思う。それはみんなが認めるから……だから、クローネの好みはどうだったのかなーって……教えてほしいんだけど」
いい選択だったのは事実だ。だから、もう細かいことはとやかく言わない。
これが彼女の好みなのかどうか。それを問い詰めないといけない。
アインは謎の責任感に苛まれたのだ。
「い……いじめなくてもいいじゃない……」
「いじめてないでしょ……。それで、どうなの?」
何も問題ないところに、自分の好みが含まれても仕方ないだろう、と。
別に照れなくてもいいんじゃないかな。アインは苦笑いを浮かべた。
「……き」
「――ごめん、聞こえなかったからもう一回言ってもらえる?」
「だ……だから……大好き……!」
アインの服の袖を握りしめながら、クローネは顔を赤く染め上げて語った。
ふと、新世界が見えた気がした。
どうして唐突な責任感に苛まれたのか。その理由が明らかになった瞬間だ。
なかなか破壊力のある一言をすぐ傍で聞けて、アインは一人、優しげな表情でクローネに答える。
「屋敷の人たちにも分けてあげたいから、もうちょっと採っていこうか。……それで、部屋でゆっくり食べよう」
今日この日、アインはクローネの好物を知ったのだ。
まさか、こんなにも喜ぶ一品になるとは思いもよらなかったのだが。
……その後、クローネはアインの言葉に歓喜する。
新たに取った木苺を部屋で食べるとき、クローネは満面の笑みで嬉しそうに頬張ったのだった。
彼女はきっと、仕事だというのに、自分の好みが反映されていることが恥ずかしかったのだろう。
これは、彼女の責任感によるものだ……と、アインは推測する。
何はともあれ、特産になりそうなものが一つできた。
これから頑張らないとね。アインは内心で強く決心すると、シュトロムの未来に想いを馳せた。
新世界を開くためにも、次話から次章になります。
また以前のように、ちょっとした騒動などなど……お付き合いいただければ幸いです。




