少年期のエピローグ2
たぶん、あと一話か二話で少年期をまとめられるかともいます。
アインがようやくイシュタリカに戻る。だが、詳しい説明は王都民にされていない。
例えばアインが暴走してしまったことや、アーシェたちがこの場にいるということは、一先ず伏せる方が上策だ。
つまり、王都民に届いた情報といえば、アインがハイムから帰国する――ということのみとなる
ハイムで何があったのかという疑問ばかりが残っているが、一般的な王都民からしてみれば、そうした詳細よりも、英雄たるアインが戻る方が何よりも重要なのは違いない。
「……陛下。やはり感づかれましたね」
「致し方あるまい。余がここにおり、カティマやロイド……それに」
「えぇ。私もいるのですから、そればかりは避けられませんね」
王都民は決して城からの報告を受けたのではない。彼らは、シルヴァードやララルアといった、王家の人間が数人で港にやってきたことで気が付いたのだ。
王太子アインがついに帰国するのか、と。
「――エルとアルだニャ……!」
皆が港で待つなか、車椅子に乗ったカティマが双子の姿に気が付いた。
双子は我が物顔で海を進み、海龍艦リヴァイアサンを先導する。ときおり舞い上がる水しぶき……それがまるで祝砲のように光を反射させた。
◇ ◇ ◇
――わぁぁぁぁあああああああッ……!
「ッ――す、すご……」
リヴァイアサンから小船に移ったアイン。そのアインが姿をみせると、王都民は物凄い盛り上がりをみせた。
「マグナに調査に行ったときもすごかったけど、それ以上だ……」
「ふふ……英雄さまなんだから、当然でしょ?」
その英雄というのも、今回はハイムに渡って戦争を終わらせた……と追加される。
「言わんとすることは分かってるけど、クローネは落ち着きすぎじゃない?」
「私だって、前だったらもう少し驚いていたと思うわよ?」
そう。クローネも同じ歓声を浴びているのだ。だというのに、彼女は妙に落ち着いており、アインと対照的な態度をしている。
「――でも、アインを待ってた時の心境に比べれば、あとはもう些末事にしか感じられないもの」
「……なるほどね」
結局のところ、クローネも大物だったということだ。
すると、アインも覚悟を決めて深呼吸をし、
「クローネ。行こうか」
「……えぇ」
クローネに手を差し出し、彼女の手をとる。
滑らかで温かい感触がアインに伝わり、それだけでも舞い上がりたくなるような気持ちになれた。
一方のクローネは、珍しく照れたように微笑みを漏らし、軽く頬を上気させる。
「あれ? もしかして、照れてるの?」
「――ふふ。照れてたらどうするのかしら?」
だが、クローネはあくまでもクローネだ。
照れ隠しすら上品にこなすと、むしろアインにどうするのかと尋ねる。
「別にどうもしないよ。ただ、可愛いなって思っただけ」
「……もう」
軽口をたたき合い、アインがゆっくりとクローネの手を引く。
二人はタラップを進んで港に降りる――はずだったが、
「でも、手を引くってだけじゃ……凱旋らしくないかな」
「え……? きゃっ……ア、アイン……!?」
「怖かったら下ろすけど、だめ?」
「……お、下ろしたら私がアインを袖にしたみたいで、アインが笑われてしまうから」
いわゆるお姫様抱っこをされたクローネが、顔をアインの胸元に埋めながら答える。
アインを気遣ったようなセリフではあるものの、クローネが喜んでるのは言うまでもない。その証拠に、見え隠れする彼女の耳元が真っ赤に染まっていた。
「まったく。王太子の心まで気遣えるなんて、素晴らしい補佐官だよ」
「――分かってていってるんでしょ。もう……!」
アインが惚けたようにクローネに話しかければ、クローネは照れ隠しをしながらもアインの服をそっと摘まむ。
そのまま胸元で『ばか……』とつぶやくと、身体中から力を抜いて、全てをアインへと委ねる。
◇ ◇ ◇
「帰国そうそう何イチャついてるのニャーッ!」
「今日ぐらい大目に見てよ。って……な、なんで車椅子に?」
「……色々あったのニャ!」
一番に声を掛けたのはカティマだった。彼女はクローネを抱くアインをみて、茶化すように話しかけたのだが、逆にアインから反撃を食らう。
「い、色々?」
だが、色々と言われてもアインが知る由もなく、アインはクローネを下ろすと、シルヴァード達に目線をそらす。
「――お爺様。ただいま戻りました」
「……余の言葉を無視して向かった挙句、最後は暴走したとな?」
「返す言葉もありません。自分の力を過信した結果です」
アインは素直に謝罪する。自分が多くの迷惑をかけてしまったことは分かっている。
だからこそ、ここで赤狐を倒して大団円なんだから――と終わらせる気はさらさらない。
「とはいえ、暴走したのはクローネも同じことであるが」
「はい。私も理解しております」
「余は信賞必罰を信条としておる。よって、二人には罰を与えよう」
アインとクローネは神妙な面持ちで耳を傾けた。シルヴァードが語ることはもっともで、なぁなぁにするのは良くない事だ。
だからこそ、シルヴァードの罰を待ったのだが……
「二人に与える罰は、イシュタリカを余の治世よりも繁栄させよ――ということだ! この、愚か者共が……ッ!」
「お爺様ッ! それは罰とは――」
「陛下……ッ!?」
二人がシルヴァードの言葉に異論を唱えようとした瞬間。シルヴァードが二人をまとめて包み込んだ。
「よくッ……よくぞ帰ってきた! この、愚か者共が……ッ!」
「……ご心配をおかけしました。お爺様」
「陛下……」
シルヴァードは涙していたようだ。アインの首元に一滴の涙が流れていったのがその証拠となる。
彼はそのまま数秒二人を包み込むと、突然、身体を翻して歩き出す。無言で歩き出したことで二人は戸惑ってしまうが、
「ごめんなさいね。二人とも。……あの人はまだ王様だから、隠さなきゃいけないこともあるのよ」
すると、入れ替わりにララルアが近づいた。
「アイン君。お帰りなさい。……クローネさん。アイン君のために命を賭けてくれて、本当にありがとう」
ララルアはアインを抱きしめると、つづけてクローネを抱きしめた。彼女も涙を流すのを堪えているのだろう、目元が潤んでいるのがわかる。
「私と陛下は先に城に戻ってるわ。二人も、ゆっくり帰ってらっしゃいね――オリビアも城で待ってますよ」
「あっ……お、お婆様……!」
まだ何も話せていない。オリビアがここに居ないことも気になっていたアイン。
ララルアを引き留めようとするが、クローネがアインの手を強く握って合図をする。
「……お二人の気持ちも汲んで差し上げるべきよ」
「――わかった。城に帰るまで我慢するよ」
「えぇ。……あ、ごめんなさい。私もお爺様たちがあっちに待ってるみたいだから……叱られてくるわね?」
「それなら、俺も一緒に――」
「駄目よ。これは私の責任なんだから、ね?」
諫めるようにアインを止めると、クローネは小走りでグラーフたちの元へと駆けていく。
アインとしては、原因は自分なのだから共に謝りたい……という気持ちだったのだが、
「今度改めて会いに行こう」
この場はクローネの言葉に従い、場を改めることにする。
すると、一人になったアインの元へと新たな者がやってくる。
「――アイン様!」
その声は忘れるはずもない。昔から付き従い、アインのために命を賭けてきた男の声なのだから。
「ディルッ! 無事で……無事、で……あ、あれ……?」
だが、そのディルの姿が見えなかった。
アインは困惑した様子で辺りを見渡すが、一向にディルの姿が見当たらない。
「ここですよ。アイン様!」
「……えぇッ!?」
そこにいたのは、ライオンのような毛並みのケットシーだ。
腰に剣を携え、アインが見慣れた騎士服に身を包む。だが、どこからどう見てもケットシーだ。
「――グ、グレイシャー家は、他の種族に転生する秘法でもあったの……?」
「は、ははは……話すと長くなるのですが、カティマ様に助けていただき、ケットシーとなってしまったといいますか……」
――なにいってるんだこいつは。
意味が分からずアインは駄猫に目を向ける。が、駄猫は誇らしそうに腕を組むばかりだ。
奴は使いものにならない。アインはそう考えてディルに目線を戻す。
「ですが! カティマ様のおかげで命びろいできたのです!」
「あ、うん。それは感謝したいんだけど。なんかカティマさん……じゃなくて、駄猫の態度がイラッとしただけだから」
ディルは困ったように笑い茶を濁す。
「お話したいことがたくさんございます。ですが、私ばかりが話しているわけにもいかず……」
「ッ――と、ところで……ここに居ないけどクリスは!? クリスはどうしてるの……!」
「ご安心ください。クリス様は城で休養中でございます。もうそろそろ目覚めるのではないかと……バーラ殿が仰っておりました」
ようやくだった。ようやくアインはクリスの無事を確認する事ができたのだ。ハイム王都で合流するはずだったクリスを思い、アインは深く安堵する。
「アイン様。この度は、我々の……いえ、私の力が足りないが故、こうして多くのことを背負わせてしまい……」
「……ロイドさん。ロイドさんはよくやってくれたよ。俺の方こそ苦労をかけたから、むしろ謝りたいぐらいで――」
「そのようなことは……! む? ところで、アーシェ様方はどちらに……?」
「あぁ。あの四人なら、リヴァイアサンの中で休んでるよ。後で城に来るっていってたから、任せていい?」
「む……お任せくださいませ!」
すると、ロイドは挨拶軽めに歩き出し、四人を迎え入れるための連絡をしに行く。
「申し訳ありません。父上が相変わらず忙しなく……」
「いやいや。元気で何よりだよ。……さてと、それじゃ」
「――アイン! お爺様たちも城に向かうらしいから、そろそろ行きましょう!」
ある程度話し終えたのだろう。クローネが戻ってくると、城に行くことを提案した。先に向かったシルヴァード達を追うためにも、アインは素直に頷く。
そして、アインは歓声がつづく王都に目を向け、声高らかに言葉を口にする。
「……ただいま。イシュタリカ!」
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