彼と共に。
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戦いから一夜明け、海龍艦リヴァイアサンがイシュタリカへと帰還する。
しかし、カインたちはハイム王都に残り、暴食の世界樹の見張りを行うこととなった。
帰ってきたのはロイドや乗組員たちのみで、彼らはアインの暴走が止まった――という報告をもってイシュタリカ王都へと上陸した。
……ところで、昨晩の戦いの余波はここ大陸イシュタルへも届いた。
不自然に強い風が多くの場所で吹き荒れると、海辺では高い波が押し寄せ、空はどんよりと暗く曇っている。
ロイドはこの様子に複雑そうな表情を浮かべると、急ぎ足で城に向かって行くのだった。
◇ ◇ ◇
「陛下。ただいま戻りました」
まだ水列車の始発すら動いていない時間帯だ。
しかし、そんな早朝だろうともシルヴァードたちには関係ない。シルヴァードのすぐ傍では、ララルアとクローネが控えていた。
「……待ちわびたぞ、ロイド。無駄な挨拶は省きたい。どうだ、アインはどうなったのだ……?」
シルヴァードに急かされ、ロイドは挨拶を省略する。
「はっ。アーシェ様、カイン様、シルビア様のご尽力が実り……アイン様の暴走は収束したとのこと。今は休眠状態に陥っているとシルビア様が仰っておりました」
「ッ――そ、それは本当なのだな……!? アインは、アインは助かったのだな……ッ!?」
「勿論でございます。陛下……!」
シルヴァードは立ち上がって喜びを表現すると、ララルアとクローネは身体を抱き寄せて安堵した。
「ですが、一つ懸念すべきことが」
だが、ロイドは水を差すように口を開いた。真剣な面持ちで顔を上げると、シルヴァードを見つめて語りだす。
「アイン様が自我を取り戻すための方法がわかっておりません。……というのも、暴走は抑えられアイン様のお命は救えたのですが、ハイム王都に立つのはまだ暴食の世界樹そのものでございますので」
「……あまり聞きたくない話だな」
「私も同意見です。……ただ、シルビア様が模索中とのことで、見張りを兼ねてお三方はハイムに残ったものですから」
「――暴走が抑えられてるこの状況を、シルビア殿はなんと仰っていたのだ?」
「シルビア様曰く、もしかすると、アイン様は心の内で抵抗しているのだろう。と」
すると、シルヴァードは眉間に皺を深々とつくり、ロイドに近づく。
「それはつまり、アインの意思と、魔王による意思……か何かが、ぶつかり合ってるとでもいうのか?」
「その通りでございます。アイン様は、ただ一人で心のうちの魔王と戦っている……とのこと」
アインが一人で戦ってる。この言葉には、クローネが誰よりも強く反応を示した。
「アインが、一人で……」
人知れず小さく呟くと、両手を胸元でぎゅっと握る。
謁見の間で安全に過ごしていたことに、大きな虚無感を抱いてしまう。
「――余にできることは、何もないのか?」
「……恐れながら、もはや我らは待つことしかできないのではないかと」
ロイドの答えに目を覆うと、シルヴァードは黙りこくってしまう。だが、間をおくことなくクローネが口を開き、
「ロイド様。私からもよろしいでしょうか?」
「む。クローネ殿……勿論、構わないが」
「アインが元に戻るという確証はなく、再度暴走する可能性や、下手をすれば……討伐、をする必要がある。これに関してどうお考えでしょうか?」
「……」
「元帥としてのご意見。お聞かせ願えますね?」
ロイドにとっては聞いてほしくなかった質問だ。
現地でシルビアから詳細に報告を受けていたロイドは、確かにクローネの疑問へと答えることができる。
クローネの隣では、ララルアが真剣な瞳を向けてきていたのに気が付き、ロイドは観念した様子で口を開いた。
「はっきり言えば、意識を取り戻す方法を見つけられなかった場合……そして、アイン様が魔王の意思に負けてしまった場合に関しては、その通りとなると思われる。その場合……世界が危機的状況に陥るのであれば、別のことを考えねばならんだろう」
別のこと、と濁したが、その意味は討伐に他ならない。
「ッ――イストだ! イストにいる研究者を王都に召集する! どんなことでもよい! 情報をかき集めるのだ!」
「ちょ、ちょっと……陛下……いえ、あなた! 落ち着いて!」
「ララルアも共に参れ! 国王と王妃の名によって、最大限の命令を下すのだ! 諸侯を城に呼ぶぞ!」
ロイドとクローネが呆気にとられるような勢いだった。シルヴァードは大股で謁見の間を去っていくと、ララルアが急いで彼を追う。
「……ロイド! 詳細の報告を、私宛に紙にまとめて送ってちょうだい! 私はあの人を……!」
「はっ……はっ! 」
そしてとうとうララルアまで退室すると、残されたのはロイドとクローネの二人だ。
「で、ではクローネ殿……。私は早速、ララルア様に提出する資料をつくりに参るが……ディル、そしてクリスの様子は耳にしているだろうか?」
「……クリスさんはご自分のお部屋でお休み中で、まだ意識は取り戻しておりません。それと、ディル護衛官は、カティマ様の研究室でお休み中です」
クリスとディルの二人が無事な事にほっと一息つくが、カティマの研究室という言葉にロイドが疑問符を浮かべた。
「カティマ様の……? いったい、なにがあったのだ?」
「その、説明するのが難しくて……。研究室にはマーサ様もいらっしゃいますから、もしよければ様子を見に行っては?」
クローネにしては珍しく、要領を得ない答えだった。息を引き取ってないのは分かったが、それ以上の情報は皆無といえる。
「――あい分かった。では、先にディルの様子を見に行くとしよう」
「えぇ、それじゃ私は……」
すると、クローネも足を進めると、
「私は……ちょっと港に行ってきます」
と静かに口に出し、ロイドにつづいて謁見の間を出た。
こう口にしたクローネの顔は、一つの決意をした美しい表情だった。
◇ ◇ ◇
港に足を運んだクローネは、自らの立場を大いに利用し、オーガスト商会が保有する大型船に近づく。
「……アイン。大丈夫、私が傍にいくわ。だから、もう少しだけ頑張ってて――」
彼女は桟橋に立つと、仕事をしていた船員たちに目を向ける。一方で、突然やってきた令嬢に船員は驚かされ、何か用事かと丁寧に尋ねる。
「船を出して。ハイムに向かって」
クローネはハイムの方角を向いて、こう口にしたのだ。
「お嬢様……? そ、それは城からのご命令……でしょうか?」
「いいえ。私の命令よ」
「……では、会長からのご命令……だと?」
「もう一度言うわ。これは私からの命令なの」
複数人の船員たちが、一斉に不思議そうな顔を浮かべた。こんな時に令嬢がハイムに向かう。
自殺行為に等しいことに疑心暗鬼になり、さらに詳しく尋ねる。
「お嬢様。なぜハイムに向かうのか、それをご説明いただきたいのですが」
「……説明する必要はないと思うけど、強いていうなら、大切な用事があるからよ」
「ですから、その大切な用事とやらを聞けないのであれば、我々は船をお出しすることができません」
すると、クローネにしては珍しく、分かりやすい苛立ちを皆にみせる。
これは様子がおかしい。様子を窺っていた一人の船員は走り出すと、グラーフやアルフレッドの元へ報告に向かった。
「私の言葉でも駄目なのかしら?」
「……違います。むしろ、貴女様だからこそ慎重に事を運びたいのです」
「別に気にしなくていいのよ。私が判断して決めたことだもの」
「いけません。少しお待ちください。すぐに会長かアルフレッド様がいらっしゃると思いますので……」
港からオーガスト商会本店へはそう遠くない。
馬にでも乗れば数分もあれば十分な距離で、クローネはグラーフたちが来ることを危惧する。
「……お願い。時間が無いの。お願いだから、ハイムに船を出して」
いつもは冷静に相手をやりこめたクローネも、この切迫した状態に弱弱しい声色を漏らした。
船員たちはそれを不憫に感じたが、やはり危険な目にはあわせられないと首を横に振りつづける。
「――分かった。なら、私が自分で船を動かしていくから」
船員の隙を見てクローネが足を進める。船にかかったタラップに足を乗せ、勢いよく船へと歩いた。
揺れる感覚に戸惑ったが、彼女は足を止めずに船に乗る。
「お嬢様ッ!」
「駄目です――危ないので、動かないでくださいッ!」
無事にタラップを抜けたことには安堵するが、今のクローネは何をするのか分からない。
そんな恐れがあってか、船員たちは桟橋からクローネに語り掛けた。
「だ、大丈夫。碇も上げてない……お嬢様一人なら、動かせないはずだろ!」
だが、一人の船員がその事に気が付くと、彼らは一斉に落ち着きを取り戻す。
無理やり連れ戻しては危険と判断し、桟橋から声を掛けつづけた。
「――……これじゃ、船を動かせない」
彼らの声を聞き、クローネは船を一人では動かせない事を察する。悲痛な面持ちで船中を見つめるが、やはり打開策は見当たらなかった。
……そして、とうとうグラーフがこの場にやってきてしまうのだ。
「クローネッ! そこで何をしているのだ……ッ!」
大凡の話を聞いていたグラーフは、クローネが何をするのかを察していた。そのため、鬼気迫る表情で声を上げ、
「何を考えているのかはわかっておる! ハイムに行き、彼の近くに向かいたいのだろう……!? だが、そんな危険なところにクローネを行かせるつもりはないぞ!」
「ッ……お爺様。私はもう一人の大人です。だから、私に判断させてください……ッ」
「ならん! いくら理論を並び立てようとも、今回ばかりは認めん!」
「お爺様ッ! アインは今、一人で戦ってるの……なのに、私がここで静かに待ってるなんて、そんなことはできないの!」
「もう一度言おう……駄目だ。一度落ち着いて、こっちに戻ってきなさい! 我が家に来て、保護されたばかりのハーレイとリールの二人に顔をみせるのだ!」
立て込んでいたせいか、クローネはまだハーレイとリールの二人と再会できていなかった。
グラーフはそのことを指摘すると、クローネを宥めるように両手を開く。
「クローネの事情もわかっておる。だが、久方ぶりの家族の時間を過ごし、一度落ち着こうではないか……そうであろう?」
「……もちろん、お爺様やお母様。それに、お父様にリールとの時間は大切です。でも、今の私は彼の――アインの傍にいるべきなの」
「何を根拠にそんなことを……!」
「そんなの、決まっているでしょう……?」
クローネはグラーフたちを見下ろした。頭の中では先日のクリスの事を思い出し、アインのために身体を捧げた彼女の行動が離れない。
自分は何をしてあげられた?と考えると、きゅっと締め付けられるような痛みを胸に感じ、クローネは何度か深呼吸を繰り返した。
「だって、私の想いは……」
走馬灯のように、アウグスト邸でのパーティの事が頭をよぎった。スタークリスタルを受け取り、アインの人となりを感じ、イシュタリカにきてからも育んだ感情を愛でる。
そして、皆が惚けてしまうような、そんな儚くも可憐で、胸を抉るような気持ちに溢れた声を口にした。
「ずっとずっと変わらないの――私の恋は……命懸けなんだから」
見る者、聞く者によっては呆れ果てる言葉かもしれない。
恋に溺れて他の事を忘れてしまったのか、そんな失望を抱くかもしれない。
だが、家名を捨て、危険をともなう旅を経て海を渡り、ただ愚直に努力をつづけてきた彼女にとって、この言葉には強い説得力が溢れていた。
最後にスタークリスタルも霞む微笑みを浮かべると、願いを込めてグラーフを見た。
「……分かっておる。クローネの想いがどんなものだったのか、そんなものは儂が一番理解している! だが、それでも儂は認められんのだ……。クローネ、戻ってくるのだ」
グラーフの想いも痛いほど伝わってくる。大切な孫娘を危険すぎる場所に送りたくないのだ。
「――お願いだから。私をハイムに向かわせて……お爺様……ッ」
今回ばかりはグラーフが折れない。そして、クローネも強引に海を渡れないとなったこの状況……もう諦めるしかないのか、と心によぎってしまった瞬間、
――ァァァァアアアアアアアアアッ!
迫力の籠った怒号が王都中に響き渡ったのだ。
それとほぼ同時に、港周辺の海が天高く舞い上がると、王都の港を囲うように海水の壁が出来上がる。
……そう。彼女のもとへと、最高の仲間が集ったのだ。
「ッ――な、なんだこれは……!?」
グラーフが慌てて馬から降りると、海上に広がる異変をじっと見つめる。
すると、すぐにその理由は明らかになった。
「……ありがとう。来てくれたのね……エル、アル」
飛び出したのは二頭の海龍――エル、とアルだ。クローネが乗った船を挟むように海面に現れると、美しい鱗が朝日を反射した。
二頭は器用に首を伸ばすと、クローネに頭を撫でさせる。その後は満足そうに鳴き声を上げ、自慢の海流操作を披露する。
「だ、だめだ! クローネ……戻ってくるのだ……ッ!」
ゆっくりと進みだした船を止めようと、船員とグラーフが船に近づく。
「グルゥ……ァァァアアアアッ!」
しかし、エルがそれを許さない。エルが威嚇すると、アルがタラップを水で断ち切り、船は完全に自由を得る。こうなれば、後はもう手に負えない。
海流操作でぐんぐん速度を上げると、クローネが乗った船は、沖に停泊するリヴァイアサンを追い越した。
――二頭の海龍を伴ってクローネはアインの元へと向かったのだ。




