誇りを知る者。
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四月中には日常回かけるような状況に戻るはずです。
「――む?いまの衝撃はいったい……?」
貴族街……ハイム王都に居を構える、上級貴族たちの住まいが立ち並ぶ地域だ。
そこを歩くロイドは、複数の近衛騎士や救出した二人を連れて歩く。
「あ、あの……ロイド閣下?」
すると、アウグスト大公家の跡継ぎ……リールがロイドに語り掛ける。
「こ……こら、リール。皆さまは任務の真っ最中なのだから、そう簡単に話しかけてはいけないとさっきも――」
「はっはっはっ!構わんさ。さて、どうしたのかな、リール殿」
「その、お母様やお爺様がたは、本当にイシュタリカに?」
「リールッ!」
「ハーレイ殿。そう怒らずともよいのだ。……さて、リール殿。質問の件だが、我々がアウグスト大公邸に突入した時に伝えた通り、お二方は我らがイシュタリカ本国にて生活している。グラーフ殿と言えば、今ではイシュタリカでも名高き豪腕であるぞ?」
リールの発言は少し軽率だった。
しかし、ロイドはリールの心情を察し、あくまでも暖かい態度で返事をする。
隣で聞いていたハーレイも、ロイドの声色に安堵した姿をみせた。
「だが、気にかかる――どうして、クローネ殿の事は尋ねないのだ?」
「……ええとですね、姉上でしたら、心配いらないかと思いまして……」
「……」
リールの答えにロイドが静まり返る。
すると、近衛騎士も同様に黙りこくると、次の瞬間には一斉に笑い出した。
「はっはっはっはっはっはッ!なるほど……クローネ殿ならば平気か」
ロイドが大声で笑い飛ばすと、
「くくく……いやはや、さすがはご家族と言ったところですな、ロイド様」
「その通りだ。確かにクローネ殿であれば心配はご無用でしょうな」
続けて近衛騎士が同調する。
だが、そんな朗らかな空気も終わりを向かえ、一人の近衛騎士が王都の異変に気が付いた。
「――ロイド様。さっきの衝撃は、おそらくあれのせいじゃないかと……」
「あれ?とは……ッまさか、ハイム城が崩れて……!?」
彼らが目を向けたのはハイム城。
ゆっくりとだが、確実に崩れゆく光景が目に移ると、ロイドは慌てた様子でアインの安否を案じた。
「皆の者ッ!お二人を安全な場所へと連れていけ!私は急ぎアイン様の元へ――」
「……行かせませんよ。お前たち蛮族も……ここで共に朽ち果てる運命にあるのですから。それに、船に戻ろうとも、お母様が用意した切り札がございますので」
「――エ、エドッ!貴様……今になってッ!」
突然あらわれたエドは、三対一で戦った時と同様に、濃く煌く紅いオーラに包まれている。
完全に体勢を整え直したようで、相対するロイドは苦笑いを浮かべて汗を流した。
引き返そうにも、通り道の前方にエドがやってきたせいで、後ろに下がっても意味をなさない。
「城で何があったのか、それを確かめに行かねばならないのです……申し訳ないのですが、加減をしている余裕はございませんので――ッ!」
(……年貢の納め時だろうか。まったく、最悪な頃合いではないか)
ロイドが心の中でつぶやく。
最悪な事態に頭を抱えたくもなるが、諦めることは許されない。
「奇遇だな、この私も――そろそろ本気を出そうと考えていたところだ……ッ!」
「――ロイド殿。皆さまはお逃げください。これは我らハイムの貴族が責任を取る必要がございます」
すると、ハーレイが震える脚でロイドの前に立つ。
自国を発端とした騒動に、彼も責任を感じていたのだ。
「どうか、お逃げを……!」
「……あはぁあ……なんとも、感動する話ではありませんか。これこそ、舞台に相応しき立ち居振る舞いだ」
エドはハーレイの言葉に喜びながらも、ハーレイの震える足元を見て笑い声を漏らす。
近づいた死に恐怖するリールという子供の姿すら、今のエドには一つの興奮材料でしかない。
だが、エドはそれ以上を望む。
「ですが、こんなものでは終わりませんよ」
突然エドが姿を消すと、次の瞬間には近衛騎士の首に槍を突き立てていた。
「っ……ロ、ロイド……さ……ま……」
目玉が飛び出そうなほどに見開くと、近衛騎士は首から血を噴き出して息絶えた。
(馬鹿なッ……先ほどの戦いよりも強くなっているというのか?)
ロイドが驚愕したのには理由がある。
というのも、ロイドはエドの動きを見切れなかったのだ。
気が付くと近衛騎士に槍を突き立て、自らの死角で笑っていた。
「次は――貴方ダァァァァァアッ!」
すると、エドが体をひねらせ、ロイドの怪我をしている腕を蹴り飛ばす。
ぐぅ……と、声にならない叫びを口から漏らし、ロイドは数メートルは吹き飛ばされ壁に衝突する。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……ふん……!その、程度か……?」
「――強情ですね。痛いのでしょう?泣きたいのでしょう?もう休みたいでしょう?ほら、その気持ちだけでも私に教えてくださいよ」
「待て貴様ッ!ロイド様を――」
「やめろ!お前たちは二人を守っていろ!」
加勢に入ろうとした近衛騎士を止めると、ロイドはふらふらと立ち上がる。
「……我が名はロイド!ロイド・グレイシャーッ!この身、この剣――すべてが偉大なるイシュタリカに捧げしもの!滅ぼせるならば滅ぼしてみよ……赤狐ッ!」
「――雄々しいですねぇ。ですが、そんな身体で私に対抗すると?片腕で、片目で……私の命を奪うとでも?」
名乗りとは裏腹にロイドの構えはふらついている。
足元も痛みと消耗で覚束ない様子をみせ、もはや虫の息直前……といえるだろう。
「それが苛々するんですよ……この、下等種族がッ!」
エドが槍を大振りに構え、ロイドに襲い掛かる。
シュッという空を切り裂く音に加え、一瞬だけ聞こえる地面を蹴る音。
ロイドの耳元でエドの呼吸音が聞こえたかと思えば、次の瞬間にはエドの槍先がロイドの首筋目掛けて振り下ろされ……
「舐める――なぁぁぁぁああああああッ!」
エドは確信していた。
これでロイドの首が落ち、あとは近衛騎士をさっさと殺して、ついでにアウグスト大公家の二人を殺して終わり。
そう確信していたにも関わらず……結果はエドの想像を裏切る。
「なッ……まだ、そんな余力を……?」
新たに調達したロイドの剣とエドの槍が、強烈な金属音を奏でてぶつかり合う。
まさに神速と言わんばかりの反応速度で槍を防いだロイドは、してやったりという面持ちでエドを見る。
「くっ……ははっ……エドッ!私はまだ死んでは……ッ!」
……だが、ロイドはエドの膂力に負けて吹き飛ばされる。
二度に渡って吹き飛ばされたことで、ロイドの体力はまさに限界寸前……もはや立つ事すら厳しく思えてくる。
「ロイド様ッ!」
「げ……元帥ッ!」
近衛騎士が悲痛な声をあげたのが耳に届く。
が、今のロイドは彼らに気を使う余裕がない。
……すると、その時だ。王都に新たな異変が起きる。
「あれは、一体……?」
エドが追撃をやめ、貴族街の最奥……アウグスト大公邸の方角を見る。
「……大樹?」
すると、エドにならってロイドもそれを見る。
少しばかり惚けていた両者だったが、エドがふと上機嫌で笑いだした。
「あははははっ……どうやら、我らの勝ちのようですねッ!恐らくあれは、貴方たちの王太子が……お母様の手に落ちた、そういうことでしょうから」
「――ッ嘘をいうな!」
「何を嘘と言うのです。可笑しなことではないでしょう?なにせ、お母様は魔王アーシェすら手懐けた……ならば、たかが異人種の王太子ぐらい訳有りませんから」
その言葉は、ロイドにとってとても説得力のある言葉だった。
身体中からへたるように力が抜け、絶望が心の中に生まれだす。
エドの言葉を聞いていた近衛騎士も表情を変え、辛く涙を流しそうな顔つきで大樹を見つめた。
「はは……はははははッ!残念ですが、これでもう貴方たちもお終いです……ッ!」
――もうお終いだ。
ロイドは強くその気持ちに駆られる。
自分たちはイシュタリカに、そしてアインになにもしてあげられなかった……と、全てをあきらめかけてしまった。
「――諦めるのですか?」
ふと、エドとは別の方角から声が届く。
澄んだ声ながらも、力強く、つい頼ってしまいそうになる優しげな声だ。
「……あぁ。もう体も動かぬ」
すると、ロイドはその声に答える。
疲れ切った身体を抱き、すでに死に絶えかけている精神力でそう答える。
聞こえてくる声が誰なのか――それは、自然と気にならなかった。
「……ふむ。であるならば、貴方は忠臣失格だ――貴方が諦めたことで、仕える主君は死に一歩近づくのですから」
「ははは。耳が……痛いな……」
「――自らの目で見たことではなく、敵が口にしたことを信じて気を落とす。これは何とも比べられない愚の骨頂です。……ですが、耳が痛いと後悔できる気持ちがあるのなら、まだ忠義は死んでいない」
ロイドは縋りたくなった。
その声に、そして、自分を慰めてくれる彼の大きな器に。
俯いたまま彼の声に耳を傾けつづけると、もうひと踏ん張りしよう……という気分にさせられる。
「最後に一つ、この老躯からの助言です――例え手足が切り刻まれようとも、その命がある限り敵にしがみつきなさい。噛みつきなさい、のしかかりなさい――そうすれば、ご主君がその分生きられましょう」
「……あぁ、その通りだな。死後の世界に渡る前に……そうした話を聞けて嬉しく思う」
すると、ロイドの目の前で金属音が響く。
重厚な鎧が歩く独特の音が伝わり、新たな敵がやってきた――とロイドに思わせる。
……だが、その鎧はロイドや近衛騎士……そして、ハーレイとリールを守るように立ちふさがると、微笑むような声色でロイドに語り掛ける。
「常世の国――それがどんな世界かご存知ですか?」
「……わからぬが、私の場合は無念に溢れ、辛く切ない世界だろうな」
「ははは……それは誤解だ。でしたら、私がそれを教えてさしあげましょう」
エドが驚愕した。
無意識に一歩一歩を少しずつ後退すると、魚のように口を開け閉めする。
声にならない驚きをみせ、現れた男に槍を向ける。
「常夜の国とは、随分と温かみに溢れていた。……それに漂うことが我が幸せ、我が終焉。――と考えていたのは否定できませんな」
「っ……嘘だ。ふざけるなよ……?おい……ッ!」
エドが喚く。だが、彼は答えることなく語り続けた。
「ですが、貴方様はこの身を欲してくださった。五百年にわたる勤めを終えた私へと、新たなお役目をくださった……そう、これに勝る褒美はございません」
身体中に深く広く脈が広がる。
赤黒く、筋肉に力が伝わるかのように、激しく複雑に脈動した。
「――さすればッ!答えるのが我が忠義――我が騎士道……ッ!」
虚空を叩くと、ガラスのように景色が割れる。
そこから槍と見紛うほどの長さの巨剣が姿をみせると、彼は重さを感じない動作でそれを構えた。
「この老躯……爪の先に渡るこの全てッ――誇り高き御身が剣として捧げましょう」
そして、彼は威風堂々とした立ち姿をみせる。
剣を腕を広げるように持つと、開いた片手を胸元に押し当て、天を仰ぐように宣言する。
一方で、エドの心境は最悪だった。
(嘘だ。嘘だ……ッ)
エドが慌てふためきながら言葉を紡ぐ。
「……ふざけるな。こんな幕切れなんて求めたことが無い!……いや、求めていないッ!」
「ッ……ま、まさか……貴公は……ッ!?」
その時だ。
ついにロイドが顔をあげ、目の前に立った男の姿を目にしたのだ。
ロイドは彼を初めて目の当たりにする。だが、彼の名は自然と頭に浮かんできた。
「何とも不思議な活力だが、根底を辿るは粋ではない。……今はただ、忠義を果たせるという、至上の喜びに浸かるとしよう」
喜びに満ちた声だった。
彼はそう語ると、勇ましい足取りでエドに近づく。
誰の剣とも似つかない勢い強い力を籠め、巨大な剣を大きく振り上げた。
……そして彼は宣言する。
血管のように広がる筋を赤く黒く染め上げて……威風堂々と高らかにッ!
「我が主君に仇なす醜悪な獣よ……一切が霧消と消え去れッ!――王家の剣が……これを宣告するッ!」
巨大な剣は、その姿に負けることなく巨大な力でエドに迫った。
「アアアアァァァッ!」
すると、エドは慌てながらも、攻撃を防ぐために槍を横に構える。
「マルコ……いや、鎧野郎……ッ……鎧野郎ォォォオオオオッ!どうして、なんで貴様がここにいるッ!」
「主君の呼び声に答えん騎士が何処にいるッ……!此度のわが身は、憎き獣を殺せることに滾るばかりだ!」
「き、貴公がマルコ殿……ッ!?魔王城にて、アイン様と出会った……」
「話している場合ではない。貴公は守るべき者を抱えているだろう!急ぎ港町まで……早く行きなさい……ッ!」
「だ……だが、アイン様が……!」
「――あのお方は生きている。いいから、早く逃げなさい!」
覇気に満ちた声に、ロイドたちが身を震わせる。
すると、ロイドは立ち上がって振り返り、近衛騎士へと声を掛けた。
「……好機を逃してはならん。このまま港町ラウンドハートまで退却する」
「ッは!」
「承知致しましたッ!」
「さぁ、お二人とも……どうぞこちらへ」
ロイドの掛け声に答え、近衛騎士が同調して足を動かす。
目指すは港町ラウンドハート……ロイドはマルコの言葉に甘え、撤退することを決意する。
去り際に頭を深く下げると、ハーレイとリールの二人を連れて退却していった。
「しかし、感謝の念が募るばかりだ。こうして、我らに残った因縁を終わらせる機会を頂戴できたのだからな。……む、どうした獣よ。気取った態度が台無しではないか」
「ッ誰のせいで……この、顔無しの鎧野郎がぁぁぁぁぁあああああッ!」
「また喚くのか?まるで幼子のようにしか見えぬぞ……赤狐ッ!」
「うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいッ!うるさいんだよ……うるさいんだよぉぉおおおッ!」
苛烈な攻撃を続けるエド。
魔王化――自称だが、その影響で強化された身体をいかんなく使い、狂ったようにマルコに槍を突き立てる。
だが、受け手となったマルコの様子はとても穏やかだ。
「……よく思い出すといい。貴様がどうして、あの女狐がいなくば……我らの前に立てなかったのかを」
「それ以上口を開くなッ――敗北した身で、私に偉そうにするんじゃないッ!」
「勘違いをするな。私は貴様らに敗北したのではない。私が負けたのはただ一人――あのお方……いや、アイン様のみなのだから」
すると、マルコは構えを変えた。
握力が人知を超えた段階まで高まると、煩わしいと言わんばかりにエドの槍を振り払う。
「よく思い出せ。過去……貴様が私と立ち会って勝てたことは――ただの一度も存在しない。背伸びして得た力だろうとも、本当の魔王どころか……今の私には遠く及ばんッ!」
「なっ……!?」
いとも容易く振り払われたことで、エドの身体が強く崩れる。
「さすがは狐だ。自らを化かし続けるとは、たいしたものだな……ッ!」
「黙れぇぇぇぇぇぇえええええええッ!」
……しかし、最後はあっけなく終わってしまう。
力量差……それが如実に表れた結果なのだろうか。
マルコは剣を振り上げると、エドが切られたと気づかない速さで振り下ろしたのだった。
「かっ……ぁ……っ……?」
「悔いることなく冥土に落ちろ。面前に在るは王家の剣……獣が適う代物ではない」
「……涙も流せない……欠陥……だらけの……存在……めぇ……ッ」
エドの身体の中心――脳天からはじまり、胸元……そして、下半身に渡るまでの一直線に、真っ赤な一筋があらわれた。
するとその筋からは血が滲み出る。地面に倒れたエドは、その筋を中心に、真っ二つに身体を切り開かれたのだった。
「――あぁ、確かに私の身体では涙を流せない。だが、そう欠陥ばかりではないぞ」
マルコはため息をつく。若干の切なさをにじませながら、倒れたエドの死体に語り掛けた。
「……涙が出ないならば、それは幸福だ。なぜならば、主君の前で無様な姿を晒さずに済む――……だが、主君のために涙を流せないのは、これ以上ない悲しみに違いないな」
すると、忠義の騎士は闊歩する。
肩に巨大な剣を乗せ、ハイムに蔓延る獣の手の者へと、終わりを告げるために……。




