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魔石グルメ ~魔物の力を食べたオレは最強!~(Web版)  作者: 俺2号/結城 涼
十四章 ―因縁の終わり―

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220/623

因縁"は"終わりを迎える。

いつもアクセスありがとうございます。

すみません、書いてみたいのが多くなってしまい遅れてしまいました。

「で――でも、殿下!殿下だけをおいて私たちが下がるなんて……ッ」


(マジョリカさんは優しいなぁ……でも、本当にごめん……)



 アインがもう一度口を開く。

 今度は更に力強く、命令口調でそれを伝える。



「王族令を発する――足手纏いになる前に、ここから退室しろ」



 内心では多くの罪悪感を募らせる。

 ローガスの戦いを経て、グリントにすら言われた親殺しというセリフ。

 そうした心の不安定さを抱きながらのこれは、殊更にアインを揺さぶった。



 ……アインは魔王という存在に昇華していながらも、優しさ(甘さ)や人間らしさを滲ませる。



「ッ……」



 王族令という言葉に、マジョリカが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 すると、不満げな態度を見せながらも、振り向いて扉に向けて足を進めた。



「どうかご無事で……殿下」



 マジョリカがそう語ると、近衛騎士がアインの背中に向けて深く頭を下げる。

 続けてマジョリカに倣って足を進めると、謁見の間から速やかに退室していった。

 すると、謁見の間に残されたのは四人――ハイムの三人に加え、アインが一人で相対している。



「そろそろ……放せよッ!」


「っと……」



 アインの手甲から剣を抜くと、グリントはアインを足蹴にして距離を取る。

 すると、驚きに染まっているグリントへと許婚のアノンが近づく。



「グ、グリント様……」


「はぁ……はぁ……一体何なんだよ、あの化け物――アノン、危ないからもっと下がっててくれ」


「――お身体は大丈夫、ですか?」


「あぁ、何も問題ないぞ」



 グリントの身体を気遣うと、心の底から心配そうにグリントを見つめた。



「身体に産まれた聖なる力……それが崩れ去った場合、どうか一度退くことをお考え下さい」


「はは、負担が大きいからか?悪いが、俺はあいつを倒すまで終わる気はない――だから、ここで待っていてくれ」



 はじめのやり取りのように、グリントは自然体にアノンの言葉に否定の意を示す。

 その様子を見ていたアインは不可解だと言わんばかりに考えた。



(グリントは操られていないのか?どうして、さっきからアノンの言葉に逆らって……?)



 ローガスやレイフォン、そしてラルフの三人までも好きに動かしているというのに、グリントだけを野放しにする理由が見当たらない。



「待たせたな、化け物。再開……するぞ」



 グリントが眩いオーラを強める。

 アインのように体全体にそれを纏うと、剣を構えて走り出した。

 一段と早くなった動作で襲い掛かるのだ。



 ――だが、強化されたのはグリントだけじゃない。



「俺が彼らを下げた理由が分かるか?」



 アインは棒立ちで剣を構えると、それであっさりとグリントの一撃を防ぐ。

 じりじりと加わるグリントの力を受けながらも、アインは少しも後退することがない。



「いいから、さっさとくたばれよ……!」


(……きっとこいつは、身の丈に合わない力を得たんだ。技量と比較にならない膂力が……その証明だ)



 それなりの衝撃がアインの全身に走る。

 だが、どこか違う(・・・・・)のだ。



「それはな、俺もどこまでの力を出せるのか分からないからだ――ッ!」



 アインが腕に力を加えてグリントを押し戻す。



「何を強がってんだよッ!この化け物がッ!」



 グリントが吠えるのを横目に、腰を深くして構えるアイン。

 吸い込まれるかのような錯覚を覚え、グリントが足の指に力を籠める。



 謁見の間の床がひび割れ、壁がびしびしと音を奏でる。

 空気が泣き叫ぶように金切り声をあげると、ふとした瞬間にそれが収まる。

 全てがアインに吸収されるかのように引き込まれると、突然の静寂が訪れたのだ。



「受け止める気があるのなら受け止めろ。避けられるのなら避けてみろ。……諦めたのなら、神に祈れッ!」



 ――次の瞬間。



 暴風……まさに暴風だ。

 それでいて、幾重にも重なった刃のようだ。

 アインが横一線に振った剣が、グリントに――そして、奥に控えるラルフとアノン目掛けて牙を剥く。



「アアアァァァァ――ッ!」



 例えるならば、空間ごと切り裂いた……あるいは、空間そのものを爆発させた。

 それほどまでの巨大な衝撃が、数メートル程度しか離れていないグリントの全身に襲い掛かる。



「な――ッ!?うぐぅううう……ッ!」


「グ……グリント様ァ!?」



 一身に受け止めるグリントが苦しそうに声を上げた。

 すると、後方からはアノンの心配そうな声が届く。何一つ演技をしてい無さそうな、グリントを心から心配している声だった。



「こ……こんなのッ!俺なら……ァアアアアッ!」



 ガラスが割れるような音がグリントの全身から響く。

 すると、光芒でできた外装が一本ずつ崩れ去っていった。

 弦楽器の弦が突然切れてしまうかのように、崩れた外装が派手に飛び散った。



「はぁ……はぁ……ど、どうだ……受け止めてやったぞ……ッ!?」


「――あぁ、そうだな。だが、苦し紛れだ」



 しかしどうだ。

 グリントの姿はさっきとは比べ物にならないほどみすぼらしい。

 自慢の聖なる鎧は崩れ去り、埃で顔中を汚している。



 すると、グリントが勝ち誇った表情をした次の瞬間、謁見の間が崩壊をはじめたのだった。

 ……力を込めた一撃とはいえ、ただの一振りで出せる影響じゃない。

 それを見て、アノンが呟きながら考え出した。



「――嘘。あの(・・)デュラハンだろうとも、天騎士の鎧を一撃で崩し切るなんて真似は……」



 カインの事を思い、自らの知る事実に照らし合わせて、たった今のアインの一撃を振り返る。

 完全に想定外だったようで、愛するグリントに縋るような瞳を向けた。



「ッ……グリント様!消耗が多すぎます!一度下がって、お身体を……」


「ははっ……そんなことできるはずがないだろ!いくらアノンの言葉だとしても、それは受け入れられない!」


「なんでッ……どうして、どうして聞いてくれないの……!?」



 グリントは頑なにアノンの言葉に背く。

 つづけて、息を整えながら身体に力を籠め、もう一度同じ鎧を現出させた。



「父上の仇すら取ってない……!こんなとこで終われるか!」



 戦う姿勢を崩さず、グリントは更に闘気を高める。

 だが、彼の身体に異常が出始めた。



「……うっ……おぇ……」


「――グリント?」



 グリントが吐血したのだ。加えて、よく見てみれば、年を取ったかのように顔つきが変貌している。

 だが、グリントは赤黒い血液を漏らしながらも、強気な面持ちでアインに立ち向かうのだった。



「化け物、そろそろお前の首をとってやる――ッ」




 *




 戦いは続いた。

 アインの攻撃を警戒したグリントは、アインが力を貯めるのを防ぐため、細かな攻撃を繰り返す。

 しかし、グリントがアインに押されているのは変わらない。一方のグリントも引くことは考えずに、アノンの忠告を無視し続けた。

 何度も光り輝く鎧を生み出し、アインに攻撃を仕掛けては砕かれるを繰り返す。

 グリントはその都度、身体に深いダメージを追ったが、アインに抱く憎悪ゆえか、攻撃を止める事は無かった。



 ――この状況を鑑みて、アノン(・・・)が参戦してきたのだ。愛しい男のため……グリントを勝たせるために。



「……貴方は歴史を繰り返すのね。イシュタリカの王太子さん……いえ、新たな魔王様、かしら?」



 ピタッ、とアインとグリント――二人の動きが止まる。と同時に、アノンが目を薄く金色に光らせた。

 不思議と澄んだ彼女の声が、戦いに集中していた二人にも影響をもたらす。

 グリントは魔王という言葉に少しばかり動揺したが、彼女の語る言葉に耳を傾けるのだった。



「何が言いたい」



 アインが答える。

 すると、心の奥底から声が聞こえてくる。

 ――≪頼るな≫

 ……という一言だったが、アインの心を強く揺らぶる。



「統一国家(・・・・)イシュタリカ、初代国王マルク……彼の事はご存知でしょうけど」


「アノン!今は俺とあいつが戦って――」


「彼は家族全員を殺したの。知ってるかしら?」


「……」



 アインが黙って耳を傾けた。グリントが語り掛けようとも、アノンは語るのを止めない。

 聞いてはいけない……赤狐の言葉に耳を傾けるな。頭の中で理解していたが、彼女の語り口調やその内容……そして、聞かなければならない(・・・・・・・・・・)という強迫観念に駆られる。



 加えて、繰り返される≪頼るな≫という言葉が心の中に漂い続けた。



「ドライアドの貴方ならご存知でしょう?根付く……というのは、一つの呪いだわ。でも、その呪いを使うことができた者も存在した……それが、エルダーリッチのシルビア。彼女が家族にもたらした呪いは、結局、家族全員を死に至らしめたんだもの」


「――やめろ。もういい」



 続きを聞きたくなくなり、アインがアノンにやめろと告げる。

 だが、アノンは薄ら笑い浮かべて語り続けた。



「マルクがアーシェに止めを刺した。するとあら不思議……カインとシルビアの二人も、アーシェと同じく命を落としちゃった。……あら?ということは、マルクは家族全員を殺した……そう言えるんじゃないかしら?」



 その言葉以上に心を揺さぶられ、アインの視界がうっすらと暗くなる。

 はぁ、はぁと息が荒れ、心に宿る感情がどす黒く変貌していった。



「……それは、お前が」


「私が原因とでも?そうかしら?――でも、人々を殺したのはアーシェで、そのアーシェを殺したのはマルク……そのせいで家族全員を殺したのもマルクで、貴方はその子孫。そして、ローガス殿という父を殺して、同じことをしているのよ?私が何か悪いことをしたのかしら」


「元凶が偉そうに何を言ってる……!」



 すると、アインの身体に異変が生じはじめる。

 徐々に徐々にだが、ドライアドの根が足元に生えると、デュラハンの鎧が少しずつ浸食されていった。

 だが、それは足元だけでおさまり、根はすぐに枯れてしまう。



「強がるなよ。たかが一度……魔王をたぶらかせたからって」



 そうは言っても、アインの心境は穏やかにならない。

 自分が悪いんだ……自分が悪いことをしたんだ。と、不思議な強迫観念が続く。



「心外ですよ?私はただ、彼女と仲良くしたかっただけなんだから。その後に彼女が何をしようとも、私に関係はないでしょう?」


「――ありがとう、アノン。君のおかげで、あいつは罪を理解したみたいだ」


「いえ、構いませんよグリント様。……ですから、貴方もその罪を認め、頭を下げて詫びなさい」



 最後にアノンが脈絡のない台詞を口にして、目をそっと金色に輝かせる。

 すると、グリントは笑みを浮かべて駆ける――目指すは混乱したアインだ。

 アインはどことなく鎧からも艶が失われ、全身がさび付いたかのように姿を変える。



「心の弱い男だな……お前はッ!」


「ッ――!」



 呆然としていたせいか、グリントへの反応が一瞬遅れる。

 おかげで、アインは手甲でグリントの剣を防御したのだが……。



「割れた……?」


「はっ!なんだ、お前も限界なんじゃないか……っ!」



 口の端から吐血を漏らしながらも、グリントは意気揚々とアインに襲い掛かる。

 二回目の攻撃からはアインが簡単に防御できたが、そこでも問題が発生した。



(鎧にひびが……?そんな、どうして……)



 アノンの言葉を聞いてからというもの、全身に違和感が溢れてきた。

 どことなく身体が自分のものではないかのような、ふわっとした浮遊感をアインを襲う。



≪頼るな≫



 心の中で自分の声が響く。

 頼るなとは一体なんだ、頭を振って気持ちを切り替えようとするが、しきりにその声が届いた。



≪頼るな≫



 心を埋め尽くす頼るなという言葉に、アインは強い頭痛を感じる。



「やめろ――うるさい、やめろッ!」



 力任せに剣を振る。

 すると、グリントの頬に深い傷がつくられ、より一層の憎しみをグリントが抱く。



≪頼るな≫



 頼るなという言葉とともに、アインの鎧がぽろぽろっと崩れ去る。

 グリントはこれを絶対的な好機と感じると、アインの首元に向けて剣を突き立てた。



「『あぁ、頼らない』」



 すると突然の事だった。

 謁見の間に響き渡る、二つに重なるアインの声だ。

 頼らない、そう一言アインが口にすると、アインの足元から太いツタがあらわれる。

 ツタといっても、その先端には鋭い牙を持つ口があり、グリントの剣が突き刺さる直前に、ツタがグリントの片腕に牙を立てた。



「痛ッ……あ、うぁぁあああッ――!」



 這うようにツタが伸びると、天井にぶつかり、壁にぶつかり……そして、最後は口元を振り回して空中でグリントの片腕を噛みちぎる。



『――ッ!――――ッ!』



 ぐちゃぐちゃと音を立て、ツタがグリントの片腕を咀嚼する。

 口元からは赤い鮮血を漏らし、食べ終わると満足そうにアインの足元に戻っていった。

 一方で、アインはふらついて視点が定まっていない。



「あぐっ……あぁ……お、おれの手が……ッ」



 グリントは目元に涙を浮かべ、無くなってしまった片腕を撫でさする。



「――そ、そんな……どうして……!?」



 慌てた様子のアノンがグリントに近寄ると、着ていた服を裂いて傷をふさいだ。



「なんで、どうして私に刃向って……」



 予定通りではなかったようで、アノンが狼狽える。



「ア、アノン……ッ!身体が、身体がおかしいんだ……すごく重くて……ッ!」



 グリントの言葉を聞き、アノンが慌ててグリントの手をとった。

 その手は十代のグリントからは程遠い、四十代と言われても遜色ない年取った手をしている。



「グリント様。一度退きましょう。もう、身体が限界……だと」


「ははっ……だから、そんなことは出来ないって言ってるだろ?でも、ちょっと分が悪いな」



 するとグリントは立ち上がり、鎧を失ったアインを見る。

 アインはどこか呆然とした表情をしながらも、グリントの隣にいるアノンに目線を向けていた。

 というよりかは、アノンの身体に宿る、とあるモノに目を向けているようだが。



「――そんな目で、俺のアノンを見てるんじゃ……ねぇッ!」



 だが、皮肉なことに、アインの瞳がグリントに怒りを与えた。

 分が悪い事を察していたというのにも関わらず、精神的に未熟な部分を見せてしまったのだ。



「俺は……頼らない……自分の強さで戦いを……」



 何も障害は無かった。アインは頭痛に耐えるように頭を抱え、グリントに対しての抵抗を何もしなかったからだ。

 グリントが片手で構える剣は、吸い込まれるようにアインの胸を貫いたのだ。



「……勝った」



 グリントが呟く。

 完璧な手ごたえに加えて、このアインの様子だ。

 間違いなく、自分は父の仇を取って、兄に勝っていると証明できた――と、嬉しさを顔ににじませた。



 ――が、アインの耳元が赤く煌き、その宝石がガラスが砕けるような音と共に砕け散る。



「なんだ、この石……」


「ッ――グリント様!ダメ、離れてッ!」



 アノンには覚えがあったのだろう。その宝石に気が付くと、慌てた様子でグリントを呼んだ。

 そう。輝いたのは、アインがシルヴァードから譲り受けた……大地の紅玉だ。



「アノン?どうしたんだ、急に――」



 振り返るグリント。すると、胸元をそっと押され、アインの身体から剣が抜ける。

 まだ生きていたのかと、グリントが止めを刺そうと剣をもう一度構えるが……。



「この、しぶといや――」



 しぶとい奴だ。

 きっと、グリントはそう語りたかったのだろう。

 だがそれを言い終える事は叶わず、グリントは振りかぶった聖剣ごと、真っ二つに切り裂かれる。



「グリン……ト……様……ッ?」


「後は、お前だけだ」



 アインの手元が小刻みに震えていた。

 何かにあらがうかのように、それでいて、弟グリントを殺したという事に対する罪悪感のように。



「嘘でしょ。グリント様……グリント様ァァアアッ!」



 物言わぬ肉塊と化したグリントへと近づき、アノンはグリントの顔を抱く。

 これまた演技ではないようで、アノンがグリントを愛していたのが強く伝わってくる。

 彼女は悲劇のヒロインらしく振舞うと、涙を流しながらアインを睨んだ。



「あはは……そう、親殺しの次は弟殺しね?」


「……だからなんだ?」


「だからなんだ?へぇ、そう。本当にただの化け物なのね……!」


「……ふざけるなよ。俺たちを散々弄んだ奴が被害者面するのかッ!?」



 さっきと比べ、アインは正気に戻ったようにみえる。

 気にしていないのか、それとも覚えていないのかは分からないが、ついさっきみせたツタに関しても触れる事は無かった。



「最初に弄んだのは誰よ……ッ!私を物みたいに扱って、好き勝手に汚してッ!」


「――もしかして、魔王城のあの部屋は……」



 嫌な記憶だが、魔王城の呪われた部屋というモノがあった。

 それは赤狐によって作られたとのことだったが、アノンの言葉がそれに重なる。

 詳しい話は知らないが、アノンの過去にも暗いことがあったのだろう。



「お前の過去は知らない。だが、俺たちに害を成すのなら……こうなるに決まってるだろ」



 アインがアノンに剣を向ける。

 もしかすると、一考する価値のある過去なのかもしれないが、彼女が仕出かしたことを忘れることは出来なかった。

 甘い性格だという自覚のあるアインですら、アノンを許すことは出来ないのだから。



「……可哀そうな人。親を殺して、兄弟を殺す。ねぇ、どんな感触だったの?暖かかった?気持ちよかった?ねぇ、教えてよ」


「もういい。もういいから……終わらせよう」


「教えてちょうだい?どうだったの?ねぇ、ねぇ?」



 ニタァっと笑い、白い歯を見せつけ、紅く腫れぼったくなった瞳でアインを見る。

 すると彼女はグリントをそっと床に置くと、アインに抱き着くように近づいた。



「――お、おい!こっちに来るな!」


「ねぇ、教えて……?」



 敗北してしまい、そして、愛しいグリントを失って狂ってしまったか。

 アインはそれを察し、剣を構えた。それ以上進めば身体に突き刺さる――そんな構え方だったのだが、アノンは止まることなくアインに抱き着いたのだった。



「なっ――お、お前……!?」


「……ほら。教えなさい」



 片時も予想したことのないことをアノンがみせる。

 身体に深く突き刺さった剣を気にすることなく近づくと、アインに体を密着させた。

 だが、それで話は終わることなく……。



「ッ――……ん……はぁ……」



 二人の唇が密着した。

 アインは一瞬わけもわからず身体を止めてしまったが、強くアノンの胸元を押して距離を取る。



「なっ……お前、いきなり何を……ッ!」



 汚らわしい、その一言に尽きる。

 唇を拭ったアインは、床に倒れたアノンに剣を突きつける。



「っ……ねぇ……祝福って、なんだと思う?」



 激しい痛みに耐え、アノンが笑って口を開く。



「私の祝福はね……私の愛なの。大きくなってほしい、強くなってほしい、そして……身体の奥底に眠る本質(・・)を高めてくれる……そんな祝福なのよ。私の呪いと……この祝福は……表裏一体の私の宝物……だったの……」



 こう呟いたアノンは、満足そうな笑みを浮かべる。

 すると、覆いかぶさるようにグリントの身体に身を重ねた。



「なんで……貴方には通用しなかったのかしら……アーシェにはすぐに……効いた……のに……」


「……何故かは分からないが、俺はお前の呪いに勝てた……それだけだろ」


「ふふ……そう。まぁ、もうどうでもいいわ……さぁ、貴方に祝福がありますように……」



 弱弱しかった呼吸も終え、アノンが完全に息絶える。

 アインはその様子を確認すると、大きくため息をついて、蚊帳の外だったラルフに目を向けた。



「――後はお前だけだ。ラルフ」


「あっ……おほっほほぉ……呼び捨てとは、不敬であるぞ」



 戦いの間に影響が強まったのか、ラルフにも不可思議な言動が出始める。

 独特の気持ち悪さにアインが舌打ちをすると、ゆっくりとラルフの下に足を進める。



「『でも、その前に腹が減ったかな』」



 重なるアインの声が響くと、グリントの手を噛みちぎったのと同じツタが三本生まれる。

 アインの背中から生えたツタは一直線に伸びると、倒れたアノンに噛みついた。

 すると、アインは無意識に発した声に驚きを露にする。



『――ッ……!』


『――!』


『――――!――!』



 ツタが目指した場所は胸元だ。

 アインの剣でできた刺し傷に入り込むと、アノンの魔石を噛み締めるように咀嚼した。



「なッ……なんだよ、これ……」



 見覚えのない(・・・・・・)ツタに驚くアインは、ツタが勝手に動いてアノンに襲い掛かった事にも衝撃を覚える。

 すると、ツタは魔石を食べ終えて満足したのだろう――スルスルッとアインの身体に戻ると、何事もなかったかのように消え去った。



「――身体の奥底に眠る本質、か」



 死に際にアノンが口にしていた、彼女の持つ祝福の効果だ。

 もし、もしも……アノンによる呪いの影響を、実は少し受けてしまっていたとすれば、



「……歴史を繰り返す。そうか、お前はそれが言いたかったのか」



 相乗効果とでもいえばいいのだろうか。

 つまり、アインは逃げきれて(・・・・・)いなかった(・・・・・)となってしまう。

 この事を自覚すると、身体の奥底が不快に脈動していることに気が付いてしまった。

 切ない表情でアノンの死体から視線をそらすと、ラルフに向けて一瞬で近づき、戸惑うことなく黒い石を砕いた。



「ぁ……あああああああぁぁぁぁ……ッ!」


「ごめん。もしかすると、ラルフ王も被害者なのかもしれない。だけどさ、生かしてはいけないんだ」



 苦しみに満ちた叫び声をあげ、ラルフは萎れるように生命活動を停止する。

 腐臭を漂わせながら横たわると、最後は嬉しそうな表情で死に絶えた。



「――こうなるんだったら、クローネのご褒美、先に貰っとけばよかったかな……」




 *




 謁見の間から離れたところ。

 マジョリカや近衛騎士は、そこでアインの帰りを待っていた。



「……マ、マジョリカ殿!」



 一人の近衛騎士がやってきた男に気が付く。

 間違えるはずもない――やってきたのは、彼らの未来の王なのだから。



「殿下ッ!終わったのね!?」



 マジョリカがその声によってアインの姿に気が付いた。

 アインが戻ってきたという事は、アインが勝利したという事に他ならない。



「――ただいま。みんな」



 浮かない表情のアインが答える。

 すると、向かえた一同は、アインは疲れているのだろう……と労った。



「これで……私たちとあの獣たちの因縁は終わったのね?」


「さすがです。殿下ッ!」


「はは、これは帰国してからのパレードが楽しみですな!」


「……うん、俺も楽しみだよ」



 想像すればこれほど楽しいことは無い。

 帰国して祝い、帰りを待つ者達と顔を合わせる。



(……それに、クリスとディルの安否も調べなきゃ)



 したいことはたくさんあった。

 だが、やはりアインの表情は一向に晴れる事がない。

 しかしアインは空元気で笑みをつくると、待っていたマジョリカと近衛騎士たちに命令を下す。



「マジョリカさん。悪いけどひとっ走りして、ディルたちの様子を見に行ってもらってもいい?そのまま、イシュタリカの勢力を港町ラウンドハートに退くように命令してほしい。もちろん、俺の名前でね」


「――え、えぇ、構わないのだけど……殿下はどうするの?」


「俺はゆっくり行くよ。ごめん、かなり疲れちゃってさ……」


「ご安心くださいマジョリカ殿。我々、近衛騎士が殿下をお守りして――」


「あー、それも大丈夫。実はウォーレンさんの部下が近くにたくさん控えてるんだ。だから、みんなはマジョリカさんと協力しててほしい」



 もちろん、アインが語ったような事実は存在しない。



(……ごめんね、嘘ついて)



 心の中で謝罪をするアイン。

 近衛騎士はアインの言葉を疑うことなく信じると、なるほど!と頷いてアインの言葉に従った。



「承知致しました!では、我々はクリスティーナ様……並びに、ディル護衛官の安否確認に参ります!」


「うん。頼んだよ」


「――わかったわ!それじゃ、先に行って待ってるわね!」



 こうして、アインはマジョリカと近衛騎士たちを引きはがすことに成功する。

 これから先に生じるであろうことを考え、皆を急いで退かせたのだ。

 走り去っていく仲間たちを眺め、アインは一度だけ『ごめん』と静かに呟くのだった。



「……そうだ。悪いけど、お邪魔しにいこう」




 *




 少し遅れてハイム城を出たアイン。

 たった一人で隠れるように歩き、目的の建物を目指して進んだ。

 十年前のことといえど、意外と覚えているものだ――と、笑いながら自分の記憶力を称賛する。



「お邪魔します……って、戦いでもあったのかな?……すごい荒れてる」



 建物に入ると、以前とは違い、荒れ果てたホールの様子にアインが驚く。

 だが、横を見れば、目的地は綺麗なままだったことに喜び、足を進めるのだった。



「……ここは変わらないんだな。あの時と同じで綺麗な場所だよ」



 不快な脈動を感じながらも、アインはそこを優雅に歩く。



「――アウグスト大公邸。その庭園……俺の人生は、きっとここから始まったようなもんだからね」



 アインがやってきた場所は、思い出深きアウグスト大公邸だった。

 今は人っ子一人いない静かな場所だが、お披露目パーティが開かれた当時は、それはそれは豪華で賑やかな席だったことを思い出す。



「ここでクローネに出会って、お母様とクローネの二人に想定外のプロポーズをして……港町ラウンドハートに戻ってからは、クリスと出会った。うん、どう考えてもここが始まりの地だ」



 華やかで美しく整備された庭園を歩き、アインは楽しかった思い出に浸り続ける。

 ……すると、この庭園でも最も思い出深い場所にたどり着く。



「やぁ。久しぶりだね」



 そぅっとブルーファイアローズを手に取ると、あっさりとそれをスタークリスタルに変貌させる。

 当時の再現をしてみるが、今は一人なのがひどく寂しい。



「少し疲れた、かな」



 身体に漂う倦怠感に負けると、すぐ傍にあったテラス席に腰かける。

 このテラス席も、三人で夜の茶会を楽しんだ時の思い出の地だ。



「――だいたいさ、クローネももったいぶりすぎだって思うんだよね。むしろさ、あそこでキスの一つでもされたら俺すごかったよ?多分もう数日前にはこの因縁終わらせて、ぱぱっと王都に帰ってたはずだし」



 冗談めいた声色でアインが語る。



「そりゃさ、俺も奥手だったかもしれないよ?でもさ、俺だってクローネの香りとか感触に耐えるの必死なんだし、それを察してほしいよね――あ、もちろんお母様のキスもなんだかんだ色々やばかったなぁ、マグナで一緒のお風呂、ってのもきつかった。それに、思えば、魔王城に行く前のクリスとやった儀式……?とかも、今だにあの感触が残って……こんな時に何考えてんだろ俺」



 不快な脈動が高まった。

 楽しい思い出に浸り続けることで避けていたが、それを強制的に自覚させられてしまう。

 すると、アインの足元からは無意識に根が生まれ出る。

 地中ではもうすでにアウグスト大公邸を飛び出し、ハイム王都中に広がろうとしていたのだった。



 どこかで何かを吸っているのだろう。

 アインの身体には、これまでないほどの充実感が募り続ける。



「あとはそうだなー……駄猫にもなんだかんだ世話になった気がする。割合としては俺が世話したのが多い気がするけど、この辺は気にしないで上げようと思う」



 ――ボト、ボト。



 地面へと、いくつもの宝石が身体を落とす。

 ブルーファイアローズが自然と変貌し、すべてがスタークリスタルとなって地面に落ちた。



「まぁ、みんなに世話になったよね。特にお爺様には……うん、心労掛け過ぎたのは割と申し訳なく思ってる」



 と言いつつも、へらへら笑いを止めないアイン。

 ひとしきり笑い終えると、頬杖をついて微笑んだ。



「――でもほら、やれることなら最後に責任ぐらいとっておくべきだよね」



 するとアインは思い出す。

 一人の忠義の騎士から受け継いだ、とある大切なスキルの事を。



「それに、今なら使えるかなって思ってるんだ」



 心の中で強く念じた。

 考えるのは三人の大切な人たちで、念じれば念じるほどに、身体の中から魔力が失われるのを感じる。

 それが数分ほどつづくと、アインは達成できたことを強く察する。



「ふぅ……やっぱりさ、自分のケツは自分で拭けっていうからね。ったく、いい子に育ったもんだよ俺ってば」



 もはや立ち上がる気力もなく、五感も薄れ、一番感じるのは不快な脈動ばかりだ。



「俺が思ってたのは、ラスボス(・・・・)は赤狐――あと、セオリーに沿うなら、グリントが立ちはだかるんだろうなーって思ってたんだ。……あれ、よく俺ラスボスなんて単語思い出せたな……すごいじゃん」



 すると、アインは自らの手で作ったスタークリスタルを見て、柔らかく微笑んだ。



「アーシェさんが、嫉妬の夢魔……でしょ?だったら、俺なら……うん、どうせならカッコいいのがいいな。――あ、それじゃ……!」



 意外と名前はすぐに思いついた。

 自分で自分に名を付けるのはどうかと思ったが、今はこれぐらいしか考えられることが無かったのだ。







「――【 暴食の世界樹 】とかどうかな。名前だけならすごいカッコいい気がする。……っと、そろそろ危ない感じか……ごめんね三人とも、頼んだよ」



 胸元を抑え、アインが頼むと口にする。

 すると、目の前で三つの光が生まれた。

 


「はぁ……」



 生まれた光は飛び上がり、王都へと――そして、港町ラウンドハートに向かって飛び去って行く。







「『……腹減ったなぁ』」



 この言葉を最後に、アインは意識を失った。

 それから間をおくことなくアインの身体が木に包まれると、その木はみるみるうちに成長していく。

 瞬く間に巨大化をつづけたそれは、すぐに数百メートルを超す、巨大で太く……禍々しい大樹へと変貌していくのだった。




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― 新着の感想 ―
この辺りのストーリーはなんか違和感しかないよな。 読んでてはぁ?みたいなのが多い。 書籍版では改善されてるんだろうか…。カインとシルビアの名前が違うのは知ってるんだけどな。
[気になる点] 赤狐のアノンへとヘイトを向けたかったのかも知れませんが、今回の話は完全にアインへの失望感しかありません。 ホント何やってんだよ主人公
[一言] マジで主人公馬鹿だな。
2022/02/20 13:52 退会済み
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