バードランドでの出会い。
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挟撃を仕掛けられたことには驚きを隠せなかった。
十分に警戒を重ねていたはずで、開けた土地でそれができると思えなかったのだ。
そうは言っても、イシュタリカの軍勢が正気を失い、自暴自棄になることはあり得ない。
彼らイシュタリカにとっての有利な状況はまだ変わっておらず、自分たちの強さに自信があったからだ。
「――くぅ……。あ、頭ばかりを狙うというのも体力がっ……」
ハイム兵は手ごわかった。
腕を切り落としても、そして足を串刺しにしても前に進む。
結局、ロイドが口にしたように頭を狙うのが最善の一手。
しかし、命のやり取りをしている戦場では、いちいち頭を狙うというのは体力を多く消耗する。
「この……さっさとくたばれ!」
「かはぁっ……――!」
苦労しながらもハイム兵を倒すイシュタリカの騎士たち。
ロイドは戦況が悪化しなかったことに安堵すると、近くにいた近衛騎士に声を掛ける。
「おい。お主の馬は選別された個体か!」
「はっ!ロイド様の馬には劣りますが、この場にいる他の馬には負けないかと!――ぜああっ!」
それを聞き、ロイドが頷く。
会話をしながらも、近衛騎士はハイム兵の頭を槍で貫く。
「ではお主に任務を言い渡す。急ぎロックダムへと戻り、イシュタリカ本国へとこの状況を伝えよ!新たな装備が必要だ!」
懸念は瘴気。それを無視して戦い続けるわけにはいかなかった。
「い、今からでしょうかっ……!」
「当たり前だ!事は迅速を要する!――……さぁ、行け!その馬ならば、ハイムの人ならざる者相手だろうとも捕まりはしない!」
頼んだぞ。ロイドがそう口にして近衛騎士の背中を強く叩く。
すると、近衛騎士は力を漲らせて手綱を引く。
「行って参ります!どうか、ロイド様方もご武運を!」
「あぁ。任せておけ!」
力強くそう告げると、彼は馬を走らせて一団から離れていくのだった。
「メッセージバードでは、やり取りに時間が掛かり過ぎるからな……。頼むぞ、無事に報告をしてくれよ」
伝令の意味で馬を走らせるならば、一晩もあればロックダムへの帰還を果たせることだろう。ロイドは近衛騎士の無事を祈る。
「さて、と。私も私の仕事をしようじゃないか」
額の汗を拭うと、背負った大剣の柄をそっと撫でる。
頼むぞ、相棒にそう告げると、ハイムの大軍の中でもひときわ目立つ騎士……彼らの大将軍に目を向けた。
「獣狩りとでも言えばいいか。――なぁ、ローガスッ!」
ロイドの突進を切っ掛けに、イシュタリカの軍勢も勢いを増す。
指揮官が敵将を討つ。その行動が、ハイム兵に辟易していたイシュタリカの騎士達の士気を高めるのだった。
*
――数分が経つ。
日常生活での数分はあっけない物だが、戦場においての数分は、日常生活の数日分に値すると言っても過言ではない。
背水の陣とでも言わんばかりに、イシュタリカの勢いは増すばかり。
これはロイドにとっても嬉しい誤算で、瘴気を漏らしてやってきた馬車から離れるためにも、騎士達は死に物狂いにハイム兵の首を取る。
「っ……さすがは、イシュタリカの騎士か。こうなるなら、やはりエウロには慎重に攻め入るべきだった……む?私たちは、いつエウロに攻め入ったのだ?どうしてそんな危険な真似を……?」
深く考えようすると、ローガスの記憶に混乱が見える。
「せ、戦場に身を投じ続けたせいなのか?――……私も未熟という事か」
なんらかの強制力なのか、ローガスは手ごろな理由でそれを片付けるが、彼の記憶に筋合いの取れない何かがあるのは事実。
徐々に減り続けるハイム兵たちを見て、ローガスは言葉に表せない憂いを感じた。
目の前に広がるイシュタリカの軍勢を見て、戦況の悪さにローガスも撤退を考えはじめた……その瞬間の事だ。
「――ぐっ……ぁ……」
「お、俺の腕が……腕があああッ!」
突然、ローガスの周りで悲鳴が鳴りはじめた。
何が起きたのかと思い、ローガスはその方角に目を向ける。
「待たせたな……ローガス。盛大な歓迎を受けて、少し遅れてしまった」
――短い時間で、ここまで攻め入ったのか……?
ローガスが驚いた。どれほどの突破力があれば、自分が待つ場所へとこの短時間で攻め入ることができるのだ、と。
「会談の日は私も残念に思っていた。どうせなら、ディルではなくこの私が貴様と剣を競いたかったとな」
「……先程も口にしたが、招かれざる客という奴だな」
「そう言うな。――我々も、背後に迫る醜悪な存在がある。前置きはこれぐらいにして、さっさと始めよう」
背中から抜いた大剣。
それを大振りに横に構えると、ピタッと微動だにしない剣先の姿。
どれほどの膂力に満ちているのだろう。ローガスはただそれだけの動きに、ロイドの強さを理解させられる。
――やはり、この男相手は分が悪すぎる。
大将軍の自分が倒れる事は、ハイムにとっての影響が大きすぎる。
万が一を思えば、ローガスはこの場を避けるべきと判断した。
「悪いが、戦いは始まったばかりだ。我らの舞台には早すぎるな――だから」
適当に言い繕うことにしたローガス。
……だが、この戦いを避ける事は許されない。
――くだらんな。
目元を手で覆って、ロイドが笑い声をあげる。
「はっはっは!……何を言うかと思えば、くだらないにも程があろう!」
すると、ロイドが剣を横に薙ぎ払う。
「……え?」
剣が直撃していないというのに、ハイム兵が数人、その薙ぎ払いで首を地面に落とした。
一瞬意識があったのか、首がずれる瞬間には不思議そうに声を漏らす。
「逃げるなら逃げても構わん。獣らしく尻尾を撒いて撤退でもするといい。だが、私は獣狩りが得意だという事を教えておこう。――……逃げるか!ローガスッ!最後には大将軍としての誇りすら失ってッ!」
ロイドが馬を蹴る。合図を受けた馬は一気に前方に駆けると、彼我の距離が一気に狭まる。
「っ……言うに事欠いて、大将軍の誇りを……だと!」
ローガスもとうとう剣を抜いた。
憎しみを込めた瞳でロイドを見ると、なんとしても首を取るという強い意志を込める。
「ロイドッ!貴様も貴様の息子同様に、この私がこの地に倒してみせよう!」
「抜かせ、獣風情が!我が息子に一度は破れた男が、随分と減らず口を叩くものだ!」
イシュタリカの騎士は勿論の事、ハイムの兵士たちもその迫力に押され、邪魔をすることができなかった。
戦場の空気が固まったかのように、二人の戦いに視線が集まる。
「ふんっ!」
「――うおあああッ!」
先にローガスが剣を振るう。
続けて、ロイドが遅れた様子で剣を振る。
ハイムの兵士たちは、勝負が決まった。そう考えて喜びの声をあげるが、イシュタリカの騎士たちは対照的に静かだった。
だが、彼らの表情は晴れやかなのが、ハイムの兵士たちの瞳には印象的に映った。
「……ぬぅっ!?」
馬同士の突進がすれ違った形で終わると、ローガスだけが落馬する。
「目測を見誤ったか。少し、振り下ろすのが早かったようだ」
「わ、私の馬がっ……!」
落馬したローガスは、自らの馬の様子を見る。
すると、あるはずのものが付いていなかったのだ。それは、馬の首から上の部分全て。
振り返ってみれば、物言わぬ塊となった馬の頭部が地面にごろんと転がっている。
切り口を見れば、まるで芸術のように美しい線をしており、数秒経ってから思い出したように血液が流れだす。
「実は馬上での剣術はあまり得意ではない。馬には悪いことをしたが、まぁ、仕方のない事だ」
ロイドが馬から降りると、ローガス目掛けて走り出す。
すると、ローガスは慌てた様子で体を起こした。
「っ――倒れた相手に切りかかるのが、イシュタリカの元帥なのか!」
「好きにほざけ。馬上で負けた貴様の責任だ」
ローガスは完全に立ち上がることが叶わず、中腰でロイドの一撃を受け止める。
煽るつもりで口にした言葉も、ロイドはお前の責任だろと一蹴した。
「チィ……ッ!」
むしろ中腰で受けて正解だったのかもしれない。
大地の力を借りて受け止めても、足腰が震える程の強い力で押しのけられる。
ロイドが与えた圧力に、ローガスは、感じたことのない感触を全身に迸らせた。
「我が子に勝ったからと言って、そう強がるものではない。貴様の目の前に居るのは――イシュタリカ最強の騎士であるぞッ!」
そのまま強引に押し切ると、完全に体勢を崩したローガスに向けて、ロイドの横一閃が振るわれる。
ロイド得意の一文字とは違った向きだが、空間すら断絶しそうな勢いに違いはない。
「このまま、どこまでも吹き飛べ……ッ!」
何かが破裂するかのような――それでいて、岩をぶつけ合ったかのような音が響き渡る。
寸でのところで持ち上げた大剣によって、直撃は免れることができた。
だが、勢いはそれだけでは止まらない。
「――ぬぅ……うおおおおッ!」
ロイドの力のこもった叫び。それが二人の戦いに緊迫感を加える。
挟まれた大剣をものともせず、ロイドの一撃はその大剣に抉りこむ。
「くぅ――ッ!?」
直撃は避けられた。ローガスがそう安堵したのも束の間。
ローガスの大剣が金属音を響かせると、瞬く間に姿を変えた。
「剣が、割れ……?」
ヒビが入ると、ロイドの剣を受け止めたカ所から大剣が割れてしまう。
こんな現象は初めてだ。ローガスは驚かされるが、先に警戒するべき事があった。
「うおらあああッ!」
無理やりに力を加えられたロイドの両腕。
その両腕が、大剣を止めることなくローガスの脇腹に叩き込む。
「かはっ……。げほぁッ――!」
分厚い鎧のお陰か、ローガスの胴体が真っ二つになることは避けられた。
だが、ムートンが研いだばかりのロイドの大剣は、ローガスの鎧を切り裂き、ローガスの身体に深い傷を刻む。
「……腐っても大将軍の装備か。仕留めるつもりで剣を振ったが、まだ生きてるとはな」
攻撃の勢いが強く、ローガスの身体が数メートル程吹き飛ばされる。
ローガスは脇腹を抑えながら、折れた剣を杖に膝をつく。
「っ……はぁ、はぁ……なるほど。貴様の息子とは、全く比べものにならんか……」
「当たり前のことを申すな」
ふん、と鼻でロイドが笑う。
すると、身体を起こすのすら辛いローガスに向けて、ロイドがゆっくりと足を進める。
「戦う気があるならば立ち上がれ。立ち上がったのであればこの剣で始末をつける」
「――では、立ち上がらなければどうなるのだ?」
「始末をつけるのに違いはない。ただ、貴様が最後に意地を見せたかどうかの違いだけだ」
「……本当に、口の悪い男だ」
「あぁ。そういえば、一つだけ聞きたかったことがあるな」
止めを刺す前に聞くべことがあった。
思い出せてよかったと安堵すると、ロイドが尋ねる。
「アノンという女について教えろ。ハイムにいるのだろう?」
――その瞬間だ。
ローガスの表情が変わり、急に声色に変化が生じる。
「貴様がその名を口にするなッ!我が息子グリントの許婚にして、エレナ殿に代わって、我らがハイムに知恵をもたらす大切なお方だ!」
「お方、か。なるほど……それを聞けただけでも十分に思えてしまうな」
まだ情報は少ないが、アノンが元凶と断定してもいいだろう。
納得した様子で頷いたロイドは、ローガスの様子を見て剣を振り上げる。
「もういい。死後の世界では、前のようなローガス殿に戻れるよう……祈ってやるさ」
そう口にして、ロイドが剣を振り下ろす。
ローガスが防御をしようとするが、ダメージが蓄積した身体が動かず、もう終わりか……と覚悟を決めた瞬間。
イシュタリカが探していた一人が姿を見せた。彼は姿を見せると同時に、ロイドの大剣を自慢の槍で受け止めるのだった。
「……まだそれは許されていないのですよ。申し訳ないのですが、脚本は守らねばいけませんから」
彼はロイドの大剣を受け止めた後、それを押し返してから着ていたローブを脱ぎ捨てた。
中から現れたのは初老の男性――ただし、髪の毛はところどころが赤毛に染まっているのが印象的な姿。
「初めまして、ロイド殿。私はエドと申します」
ロイドの大剣を軽々といなした後、エドは得意げな笑みを浮かべて槍を構えた。
たぶん、あと一週間以内には主人公も復帰する……はずです。