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大将軍の今

申し訳ありません。

仕事で帰宅が遅くなりました。

 待ち伏せを警戒せずに前進を続ける。

 これだけを聞けば、警戒しろと文句の一言も言いたくなるが、幸いにもバードランドまでの道のりは平たんで開けている。

 つまり、そうした策を考えたとしても、実行に移すのは至難の業。ましてや、弩砲をいくつも保有するイシュタリカには利があり過ぎた。



 今日も進軍を続けるイシュタリカの軍勢。

 一夜明け、朝から進軍を続けてすでに昼を過ぎた。

 小休憩を取り腹ごしらえはしたが、言ってしまえば、昨晩の戦いなんて疲労が溜まってるはずもなく、疲労の大部分が地面を踏みしめる足に集中していた。



「むしろ、怖いぐらいだな」


「――ロイド様?何か仰いましたか?」


「……いや。何でもない」



 例の生物が現れなかったこともそうだが、まるで捨て駒のようにリカルドを使ったのが不思議に感じてしょうがない。

 イシュタリカの登場を予想してなかった……といえばそれまでだが、それではあまりにも間抜け過ぎる。



 馬をゆっくりと進ませながら、ロイドは蒼天を仰ぎ見て考え込む。



「この大陸に棲む魔物は、魔王に進化するほどの素質は持っていないと聞く。では赤狐は、何を使って我らに対抗する?例の生物か?数で攻めるとでもいうのだろうか」



 考えても考えても答えは出ず、疑心だけが心に募る。

 指揮官としてのロイドは、騎士達に困惑が伝染しないようにと静かに悩んだ。



「元帥――……元帥閣下ッ!」



 ふと、馬に乗った一人の騎士が進軍する方向からやってくる。



「斥候、ご苦労。奴らの様子はどうだった?」


「いやはや。恐怖に駆られたのか、ものすごい速度でバードランドまで退いております。途中、何かの細工をする様子もなく、寝る間と休憩を惜しんでひたすら走っておりました」



 彼はロイドが斥候に向かわせた騎士で、任務を終えてロイドたちの許へと戻ってきた。

 死に物狂いということが分かる情報を聞くと、ロイドは一つの仮説を打ち立てた。



「そうなると、やはり奴らは本命の部隊ではなさそうだな。例の生物が居なければ、赤狐の痕跡もない。それに加えて、大将軍のローガスすらいない始末なのだから」


「えぇ。そのようですね」



 斥候をしていた騎士が頷くと、彼はすぐさま自らの配置に戻っていく。



「しかし……一つ気になってしまうな」


「……と、言いますと?」


「現状のローガスの価値だ。赤狐が台頭している可能性を考えれば、わざわざあの男を重用する必要はない。――強いていえば、彼の言葉には素直に従う兵士が多いという事があるが、兵士も含めて、それを利用する価値が赤狐にあるのかは分からぬ」


「――む……難しいですね」


「うむ。私も、考えてると何が何だか分からなくなってくる。こういう仕事は、ウォーレン殿やクローネ殿に任せるべきだからな」



 開き直ってそう口にすると、ロイドは顔に笑みを浮かべる。

 近衛騎士も、『違いない』と口に出して返事をすると、先程のロイドのように青い空を眺めるのだった。




 *




 二日目をただ進軍するだけで終えたイシュタリカの一行。

 途中、何かしらの面倒ごとにぶつかることもなく、自分たちのペースで進み続けた。



 そして三日目の今日。



 ついにイシュタリカの軍勢は、大陸の中央……商人たちが仕切る町、バードランドの近郊へと到着した。

 今では、商人たちが仕切っていた町……という風に過去形になってしまうが、ロイドたちの認識はこうした感覚だ。



「全軍停止――ッ!」



 ロイドの指示を聞き、一斉に全体が進軍を停止。

 天気は晴れ、時刻は昼過ぎという事もあって、視界はとても良好だ。

 進軍によって若干の砂塵が漂ってしまうが、そんなものは些細な問題に過ぎない。



「おぉ、意外と悪くない街並みではないか。――それと……」



 ロックダムのように強固な石の壁を持たないバードランドは、ロイドたちからも町中の様子が確認できる。

 大陸の富が集まるとあってか、ロイドからみても立ち並ぶ建物の姿は悪くない。

 奥の方には、巨大な闘技場のような建物があり、今のような状況だろうともロイドの興味を引いた。



「想像通り、構えて待っていたか」



 いくつもの陣を組み待っていたのはハイムの軍勢。

 イシュタリカとハイムは、こうして真正面からにらみ合う事となった。



「弩砲の威力を味わったというのに、真正面から相手をする気になったんですかね?」


「さてな。何を考えているのかは分からぬが、戦う気があるというのは事実だろう」



 片腕をかざすように持ち上げると、イシュタリカ騎士達はその動きに注目する。

 弩砲の担当をしていた騎士は、皆が一斉にそれを押し出すように前に進めた。

 一気に放って勝負を決めよう……。そのつもりで合図しようとしたロイドが、ハイムの軍勢から出てくる一人の男に気が付く。



「――……なんだ、ここにいたのかあの男は」



 その男はローガス。

 イシュタリカとしても因縁深い相手の登場に、ロイドの身体にも力が入る。

 漲る筋肉を落ち着かせ、ロイドも馬を前に進める。



「ロ、ロイド様ッ!」


「気にするな。すぐに戻る」



 あんな男は相手にする必要ない。近衛騎士がそう考えたが、ロイドの思いは別のところにあった。



「アノンとやらの事。あの男に聞けばちょうどいいだろうに」



 赤狐と思われる令嬢の名を口にするロイド。

 ロイドとローガスの距離は徐々に狭まり、大声をあげれば声が届く距離になった。



「――我らがティグル王子だけでなく、エレナ殿までも攫っていった蛮族よッ!我らが大陸に何の用があって参ったッ!」


「……む?なるほど、そう来るのか」



 何を口にするのか興味があったが、なんとも言えない言葉にロイドが戸惑う。

 ロックダムでの報告を聞き、イシュタリカが来たのだと考えるのは至極当然の事。

 それに関しては驚く要素が何もなかったロイドも、その言葉には口をぽかんと開けてしまう。



「その挙句!アムール公の命まで奪ったという所業!我らハイムは許しはせん!」



 当然の事だが、ロイドたちには身に覚えがない。

 きっと、アムール公はイシュタリカでゆっくりと過ごしているに違いないからだ。



「――……何を言ってるのかわからんな!少なくとも、我らイシュタリカはそのような真似をしたことがないが」


「イシュタリカの元帥ともあろう男がそれを申すかッ!貴様らの所業を目にした者がいる!言い逃れなんぞ無意味な事だ!」



 ――あの男は、一体何を言ってるんだ。



 惚けた顔でローガスを見ながら、ロイドがその言葉を漏らす。

 ハイムの二人……ティグルとエレナを攫った。そしてアムール公を殺した。仕舞いにはそれを見たという人がいるとの話。

 まるで喜劇のような筋書にあきれ果てると、ロイドはどうしたもんかと鼻先をこする。



「貴様らが何を勘違いしてるのかは分からん!しかし、それでどうしてロックダムまで攻め入ったのだ!」


「そんなの決まっている!我らハイムが真なる大陸の王となるためッ!」


「ハイムが真なる王に……?――……あぁ、そうか。なるほどな」



 物悲しそうにつぶやくと、頭をがしがし(・・・・)と掻く。

 話の前後が繋がってるかどうか以前に、辻褄すら合ってない事を意気揚々と語るローガスの姿。

 一言で言えば、あまりにも不憫に過ぎる。



それも(・・・)末路というやつなのか、ローガス。随分と変わってしまったな」



 もうすでに、大将軍ローガスもその影響下にあるのだろう、と。

 情けをかけるつもりはないが、それを不憫に感じた。



「我らとの戦力差ぐらい、先日の会談で思い知ったはずなんだがな。……少なくとも、貴様は戦に関しては頭が悪い男ではなかった」


「……。何をこそこそ口にしているのかは知らんが。――ここで貴様らの進軍も終わりだ」



 得意げに語ったローガスは大きく手を振り上げた。

 すると、前衛に立つ兵士たちが色とりどりの外套を身に着けると、武器を構えて突撃体制をとる。



「貴様らの所業を見ていたのはエド殿だ!そして、そのエド殿はイシュタリカでも冒険者をしていた事がある!その経験を生かし、我らにこの助言をくださった!」



 一目見て分かる。

 彼らが手にした外套は、魔物の素材を用いて作られたものだろう。

 目を凝らしてそれを確かめるが、ロイドは複雑な感情を抱く。



 加えて、エドの言葉を狂信者のように信じているような言葉に、ロイドはもう一度ため息をつかされる。



「――あぁ、わかってる。弩砲の攻撃を軽減するためなのだろう?情報に間違いはないが、その程度の素材では下手すれば貫通されてしまうが」


「突撃する時間が出来ればそれでいいのだ。兵の数の差……単純だが、その影響力を思い知るといい!」



 ロイドはハイムの勢力を見る。

 数で言えば四倍は超えてくるかもしれない。だが、ロイドからすればまだ四倍(・・・・)にすぎない。

 もしも弩砲が封じられていれば、ロイドたちも立ち回りに変化を加える必要があったかもしれない。



 そうして、ハイムの軍勢がローガスの言葉で前進をはじめる。



 ……悪くない作戦だ。ハイムの軍勢は翼を広げるように散開する。

 弩砲の攻撃を全体が食らわないようにするためには、それが最善な事に違いない。

 それに、弩砲の次弾装填までの隙を縫って攻撃するには、これしか作戦が無いだろう。



 すると、ロイドはローガスが指示を出したことで、馬の向きを変えて自陣に向けて走らせる。



「どうせ戦うならば、以前のお主と剣を交えたかったものだが。――戦場でそんなものを望むのはいかんな」



 胸糞悪くなるような思いを募らせながらも、自らの欲をロイドは律する。

 馬を走らせながら振り上げた右手を見て、イシュタリカの軍勢も大きく声をあげるのだった。



「全く。驚かされたせいで、アノンという女について尋ねられなかったではないか――」




今日もアクセスありがとうございました。

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