夜の会話。
今日もアクセスありがとうございます。
「……頭を冷やしに来たつもりなんだけど」
――今日はなんて日だ。
帰って早々、こうした話の連続でアインの頭の中は暴発寸前。
珍しくカティマがみせる不機嫌そうな顔を眺め、アインは腕を上げて頭を強く掻きむしる。
「でもニャ。この技術自体はすごいモノだニャ。使い方によっては、人間の治療にも大いに役立つはず……だけどニャ」
「もう、さっさとハイムを攻め落とすべきだと思えてきたよ」
「――正直、私がイシュタリカ王だったらそうしてるニャ。心に宿った懐疑的な慈悲なんてものは捨て去って、手っ取り早く決着つけるべきだニャ。……それこそ、あの大陸を亡ぼすぐらいのつもりで構わないニャ」
カティマは呪詛を口ずさむように語ると、机に置いていた飴玉を口に放り込んでかみ砕く。
堅い物を砕く音だけが研究室に響き、オルゴールの音のように気分を落ち着かせる。
「ま、そんなことは出来ないけどニャ。いざとなったら、さすがの私も良心が痛みそうだしニャ」
「……そっか」
「――それで、本当はなにしにきたのニャ?何か用事でもあったんじゃないのかニャ?」
意外と勘の鋭いカティマが尋ねる。
アインは不器用に笑うと、取り繕うように答えた。
「あー……。あったんだけど、忘れちゃった」
「はぁー?なんなのニャ。まったく……」
こんな話をしてるのは、本当に偶然の産物。
まさか、こうしてカティマが研究成果を見せてくるとは夢にも思わなかったアイン。
「ま、別に教えたくないのならいいけどニャ。――って、ああああああああああああっ!?」
どうやら、カティマはアインが何かを隠していることに気が付いた様子。
だがそれを指摘しないところに、なんだかんだと彼女の優しさが感じられる。
……すると、突然カティマが叫び声を出した。
「っな、なに!?」
「や……やってしまったのニャ……。貴重品箱が倒れちゃってるのニャ」
床にゆっくりとへたり込むと、壁際にある一つの戸棚に目を向けた。
アインも同じく視線をむけると、他の資料棚と違って、棚すらも高価な品に見える。
前方の床には、中身が散乱した透明のケースが散らばっており、その惨状が良く分かる。
「え、ええっと。大事な物なんだよね?」
「――大事どころか、貴重品の魔石とかも入ってたのニャ……。中身は入ってないけど、それでも重要な研究材料だニャ……」
カティマが指さすものを見つめると、確かに、ケースの中で何かが割れてるようなものも目に映る。
なるほど。ありゃ使い物にならないな……とアインも苦笑いを浮かべた。
「てか、なんで研究成果が出たからって部屋荒れてるの?」
「……機材に無理させたら、ほんのちょっぴり暴走しちゃっただけだニャ」
この戦場跡のような光景を見せられても、ほんのちょっぴりなんて考えられない。
ただ、カティマが頑張ったのだけは理解したアインだった。
「もういいニャ。風呂に入って今日は寝るニャ」
「まだ明るいけど」
「うるさいニャァーッ!もう寝るのニャ!寝るって言ってるのニャッ!」
*
結果や内容は散々だったが、多少は気分転換が出来たアイン。
カティマがふて寝するとのことだったので、自分も部屋に戻って少し体を休めた。
「うーん。いつ見ても、夜は特にすごい場所だ。――てか、食べすぎたかもしれない」
夕食を暴飲暴食気味に食べたアインは、腹をさすりながら静かに歩く。
……謁見の間。
夜になってから足を運んだのは、恐らくあの時以来だろう。
というのも、アインが将来について悩んでいた時の事だ。
あの時はクリスと二人の時間だったが、今日これからはシルヴァードが待つ部屋に向かう。
きっと、そこにはすでにベリアも足を運んでいることだろう。
中央の絨毯が敷き詰められた領域を歩くアイン。
布を踏む静かな音すらも、静寂の一言に尽きる謁見の間では響き渡ってしまう。
高い天井で石造りの空間は、音を吸収することなく響き渡らせる。
造りの問題なのかもしれないが、この技術に詳しくないアインは、そういうものだと考えて前に進む。
「――ねぇ。教えてよ。どうするのが正解なの?」
一歩一歩を踏みしめながら、自分の中にいる二人に声を掛ける。
もしかすると、マルコもアインの中で生きてるかもしれないが、それについては定かではない。
「ふぅ……。ほんっと、何がきっかけで声かけてくれてたのさ。二人とも」
初めてエルダーリッチ……シルビアと会話をしたのは、エウロから帰国したときの事。
夫が悪いことしてごめんなさいと謝られた。
そして、次はマルコと戦う日の前の事だ。精神世界で稽古をつけてくれたのをアインは忘れたことがない。
だが、それ以降ぱったりと気配がなくなった。
「……まぁ、前々から気配を感じてたわけじゃないんだけどさ」
話しかけてるのだから、教えてくれてもいいじゃないか。
こうした文句も言いたくなる。
「あれ?というか、それなら二人はベリアさんたちの事知ってるんだよね?……うーん、分からん」
魔石の縁を辿れば、顔見知りが集まってるだろうと考えたアイン。
ちょっとした同窓会だな、とアインが苦笑する。
「ん。どうせ、今から聞けるはずだしね」
こうして、アインは小部屋の入り口に到着した。
ノックして自分が来たと合図をすると、中からシルヴァードの返事が届く。
「アインだな。待っていたぞ」
返事が届いた事で、アインは頬を一度叩いて中に入った。
すると、そこには思っていた通りにベリアも席についている。
「……食事はどうだ?」
「意外と、好き勝手食べることができましたよ」
アインの調子を尋ねたシルヴァードが、その返事にほっと一息つく。
こうしてアインは二人が待つ席に向かった。
「――殿下。もしよろしければ、こちらをどうぞ」
そう言ってベリアが手渡したのは、彼女が淹れた茶だ。
緊張した様子をみせ、アインに遠慮しているような態度だ。
「あぁ。貰うよ。ありがとう」
ウォーレンの部屋で話した時と比べ、いつものように落ち着きを取り戻せたアイン。
やはり、こうして時間をおいて正解だったな、と自分をあざ笑う。
「あれ?お爺様、ロイドさんがいるかと思ったのですが……」
「む?なぜそこでロイドが出てくるのだ」
「……さっき、私が部屋に入るように言ったので」
「さっき……?おお、ウォーレンの部屋でのことだな。アインにも考えがあったようだが、悪いが余の言葉を優先した。すまんな」
アインはベリアを警戒してロイドを近くに行かせた。
だというのに、どうやら様子がおかしなことにアインが困惑する。
「な、なぜですか……?どうしてそんな――」
ロイドがこの場に居ないという事は、ロイドには話を伝える気が無いという事だろう。
何があるか分からないというのに、アインはシルヴァードの考えに異を唱える。
「危ないことを、か?」
「……はい」
エルフの長の言葉があったとはいえ、アインまだ信用できていなかった。
だからこそ、ロイドを部屋の中に進ませ、途中で近衛騎士に声を掛けてきたのだから。
「アインのいう事は分からんでもない。だがな、余は、余の見た事と今までの人生を信じることにした」
「――どういう事、ですか?」
「簡単な事だ。今の今までのウォーレンとベリアの功績を信じ、先日、ウォーレンが余の身を守った事を信じることにしたのだ」
「不用心に過ぎますっ!」
テーブルに手を叩きつけ、シルヴァードを睨むように見た。
「アイン。いつもの落ち着きはどうした。余を言い負かした時の強さはどこにいった?……考えてみるといい。二人がイシュタリカに仇を成すつもりであれば、余の命を助ける必要はなく、ここまで多くの貢献をする必要もないだろう?」
「で、ですがっ……」
「……聞けば、アインは王族令を用いたとのことだが。間違いないな?」
アインの不満を前にして、シルヴァードは新たに尋ねる。
すると、アインは不満げながらも素直に頷く。
「そして、ベリアは王族令に答えた。ならばベリアはイシュタリカの民だ。それでよい」
あくまでも立場を変えないシルヴァードを前に、アインは不満げな姿勢を崩さない。
しかしながら、このままでは平行線と思い、一度落ち着くことに決める。
「――お爺様は王なのですよ。せめて、一言相談するぐらいはしてほしかったです」
「はっはっは!相談して居れば、アインは止めていただろう?」
「当たり前です。お爺様に万が一のことがあれば……」
「いざとなればアインがいる。これだけ言えば無責任な言葉になるが、余はアインのお陰で、こうして強気な選択ができたのだ」
――本当に無責任じゃないか。というか、こんな時に孫馬鹿を発動しないでほしい
内心で文句を言うと、呆れた様子でシルヴァードを見る。
「……それで、話はどこまで進んだのですか?」
「二人がどんな種族なのか、ここまでは余も耳に入れた。しかし、その後の話は長くなるとのことだったので、今からとなる」
「わかりました。では、早速説明を」
アインが目線でベリアに合図をすると、ベリアが一度咳払いをして調子を整える。
緊張した様子なのは変わらないが、アインとシルヴァードの二人は、ただ静かにベリアを見つめた。
「――先にお伝えしたいのですが、私とウォーレンは、マルコ様と同様に記憶に欠損がございます」
「……マルコさんと同じ?ごめん。ベリアさんが言ってる言葉の意味が――」
「マルコ様が、アイン様に過去の事をお伝えしなかった……それがどうしてか、疑問に思われたりはしませんでしたか?」
思い当たる節があった。
一度目の出会いの時、その時に教えてくれても良かったじゃないかと恨み言を漏らしたこともある。
アインはベリアの言葉に頷いた。
「マルコ様のそれと、私の記憶の欠損。……この二つは、お母様……いえ、長の呪いが影響しています」
「っ――」
お母様、そして長という言葉にアインが驚く。
「例の……アーシェ様がご乱心なさったときの、孤独の呪いと呼ばれるものです。彼女の言葉に従わなかった私たちが憎かったのでしょう。気が付けば、私とウォーレンも同じく呪いを受けていたようです」
「ですので、私が覚えている範囲でお伝えいたします。どうかそのことをお許しください」
随分な前置きだが、アインはまだ素直に信じられなかった。
だが、シルヴァードが静かに聞いていたため、アインも素直に耳を傾ける。
「恐れながら、アイン様。エルフの里で耳に入れたのは、どのような内容でしたか?」
「……ヴェルンシュタインについてだ。あと、王家墓所で何があったのかを聞いたけど」
なぜそこでヴェルンシュタインが出る。シルヴァードが困惑した様子を見せた。
「でしたら、その内容を先に陛下にお伝えしても構いませんか?陛下が何もしらないところからと言うのも……」
「――わかった。頼むよ」
すると、ベリアが語り始めた。
内容はエルフの里で耳にしたのとほぼ同じことで、それの視点がベリアになっただけのこと。
本当に忘れているのか、それとも曖昧にしてるのかは分からないが、エルフの長が口にしていた事と、内容は全く同じ話だった。
「――……こうしてご誕生なさったのが、ヴィルフリート様でございます。私はお姿を拝見する機会に恵まれませんでしたが、ご立派に生涯を終えられたと耳にしております」
ヴィルフリートが誕生し、そのままエルフ族に預けられた。
ここまでは、アインも耳にしていた話になる。
だが、一方で初耳のシルヴァードは驚いた様子で、顔を氷のように硬直させていた。
「ま、待ってほしい。それはつまり、クリスは……王家の人間という事……なの……だな……?」
「その通りでございます。間柄を言えば、マルク様とラビオラ様の曾孫にあたりますので」
あまりにも濃い血のつながりを聞き、シルヴァードは腰を抜かしたかのように脱力した。助けを求めるようにアインを見ると、アインは肯定の意を込めて頷いた。
「なんということだ……」
旧魔王領の件をアインから聞いた時も驚いたが、今回はそれ以上に驚かされた。
枝分かれした王家の人間、それも自分より濃い血の持ち主が、まさか部下だとは思いもしなかった。
「――では、私とウォーレンがどうして多くの事を秘密にしてきたのか。……それをお伝えいたします」
シルヴァードとアインの二人が同じ情報を得たことで、ようやく本題に入ることができる。
まず初めに語られるのは、どうして秘密にしてきたのかという事。
「一つ目の理由は、マルク様のお言葉があったからです。マルク様は、ご自身が旧王都……いえ、旧魔王領の出身という事を秘密にしてきました。それは、当時のイシュタリカに混乱を招かないため……といった風に、いくつかの理由がございますが――」