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長と最後の邂逅。

本編は次話から次章予定です。

本編を進めるか閑話を投稿するかは未定ですので、ご了承ください。

申し訳ないです。

「――だから、何度も言っているだろう!陛下の名の下に、我ら近衛騎士は行動している!」



 里の入り口では、殺気立った近衛騎士達とエルフの戦士が対峙していた。

 エルフの戦士たちも森の中の生活をし、狩りをして魔物や大きな動物と渡り合ってきた者達。

 しかし、近衛騎士は、大陸イシュタルの優秀な騎士が集まった事実上の最高峰の集団であり、彼らの殺気立った態度は、エルフの戦士に強い威圧感を与えた。



 ……先頭に立ち、声を荒げるのはディル。

 もはや、クリスやロイドを抜かせば太刀打ちできる騎士が居ない程の騎士で、アインの専属護衛を任される若者。

 齢四十に至った近衛騎士達もいるが、その誰よりもディルのオーラが突出していた。



「わ、わかっているっ……!だが、長の許可が無ければ里に招き入れることは……」


「くっ……イシュタリカの民であるというのに、陛下のお声よりも大切なものがあるというのか!」



 エルフたちにとっても言葉の意味は理解していた。

 ただ、今まで住んでいた環境では、長が誰よりも優先されることであり、それゆえの戸惑いが生じていたのだ。

 今にも剣を抜きそうな近衛騎士を見て、もう限界だと言わんばかりに困惑している。



「……くそっ!」



 黙りこくったエルフを見て、ディルが珍しく暴言を放つ。

 強く地面を蹴ると、一度下がって近衛騎士の場所へ向かった。



「ディル護衛官。やはり、平行線で?」


「――あぁ。頑なに拒否されてしまった」


「となれば、出来たのは手紙を渡すぐらいですか……」



 近づいた近衛騎士に伝えると、近衛騎士も残念そうに俯いた。

 その様子を見てか、共にやってきた他の騎士達もディルの傍に寄る。



「ですが、ディル護衛官。これは緊急事態……これより数十分に渡って殿下が来ることがないのであれば、手紙すら手渡してもらえてないのかもしれません」


「わかっている。そうなれば、別の手段も考えるさ。……こんなことになるのなら、無理を言ってでもメッセージバードを持ってくるべきだったな」



 緊急連絡用にも使えるため、メッセージバードは何時何処であっても重宝するだろう。

 ただ、費用が馬鹿にならないということが問題で、今回の件には偶々持ち込まれなかった。

 次回からは、何があっても持ち込む許可を取る。とディルが心に決める。



「別の手段、といいますと?」


「本当に最終手段だ。いざとなれば、武力行使で殿下の許へと向かう」


「……支度をしておきますか?」


「あぁ。そうしてくれ」



 こんな時、クローネやウォーレン……そしてアインならばもっと上手くやるだろう。

 その想いがあったディルは、こうした部分での自らの力のなさに、皮肉を込めて笑みを浮かべた。



「大義名分は……難しいな。いくらでも考えられるが、エルフの反感を買うのは避けたい」



 ……が、武力行使となれば、反感を買うのは避けられない。

 アインや近衛騎士からエルフの里を訪ねておきながら、こうして強引な事をしようとしている。

 それがディルへと若干の自己嫌悪と虚しさを感じさせた。



「――ん?失礼。あれはもしや……殿下とクリスティーナ様では?」



 腰に手を当て考えていたディルが、一人の騎士の声に顔を上げる。

 どこだ、どこだ、と辺りを見渡すと、里の中から走ってくるアインとクリスの姿が見えた。

 ……よかった。心底安心した様子で胸に手を当て息を吐くと、天を仰ぎ見て深呼吸を繰り返す。



「整列だ。殿下がいらっしゃる」



 近衛騎士に命令すると、近衛騎士達はディルの後ろに下がり、膝をついて姿勢を取る。

 ディルだけがアインの到着を待ち、その場で立ってアインを迎えた。



「アイン様。ご歓談の最中、突然の連絡で失礼致しました」


「はぁ……はぁ……。だ、大丈夫。むしろ、町からここまで連絡に来てくれて助かった」



 体力的な疲れというよりも、精神的な動揺で息を切らしたアイン。

 ディルが待っていてくれたことに安心すると、どっと疲れが押し寄せた。



「手紙を読んだ。詳しくは分からないって……どういうこと?」


「それが、駅用の連絡網で届いた内容でして、本当に詳しい情報が届けられていないのです。――イストやマグナ、バルトのような都市ではありませんから、すぐの連絡も難しく……」



 それに加えて、ウォーレンが刺されたとあれば城も騒ぎだろう。

 連絡ができたとしても、詳細に伝える余裕はないと考えられた。



「――わかった。それじゃ、今すぐに王都に戻るために出発を……」



 謎の生物に関しての情報は少なかったが、オズに頼ればなんとかなりそうという事がわかった。

 もう少しゆっくりと調べたい気持ちは否定できない。しかし、ウォーレンが刺されたと聞けば、帰らないわけにもいかないのだった。



「アイン様。急ぎなのは私も分かります。ですが、今帰るのはお勧めしません。――ですので、朝一で出発することに致しましょう」



 すると、アインの言葉に異を唱えたのはクリス。

 今出発すれば辺りは真っ暗だ。なにせ、今は夜になったばかりの時間なのだから。



「視界が悪く、夜になれば魔物が出現する危険性があります。急いで帰るという事で、そのせいで事故に遭う可能性も高まるでしょう……ですので、どうか朝の出発に」


「クリス……」



 何かに耐えるように語ると、クリスは黙ってアインの返事を待つ。

 一方、アインは少しでも早く王都に戻りたかったため、できるなら今すぐにでも出発したかった。



「……アイン様。クリス様の仰る通りです。我々は野営をしますので、朝になったら急いで町に戻りましょう」


「ディ、ディルまで……」



 どうしようかと考えていたアインの耳に、ディルの声が続いて届く。



「――……俺も、みんなに危険が迫るのは本意じゃない。心配だけど、一晩休んでから町に戻るよ」



 その言葉に安堵すると、ディルが口を開いた。



「では、アイン様。我ら近衛騎士はこの入り口付近で野営を致しますので、何かありましたら何なりと――」


「い、いやそれはいいってば。お願いして、みんなも里に入れるように……」


「……はは。大丈夫ですよ。彼に歓迎されてないのは分かってますし、何より、我らが泊まれる場所が無いかと。その点、野営の支度もしてきてますので、外の方が快適な部分もありまして」



 苦々しく声を漏らすと、後ろにいた近衛騎士達も同じく頷く。

 アインとしては、ここまで来てくれたのに、自分だけ里の中で過ごすのに違和感を感じてしまう。

 だが、彼ら騎士にとっては何があろうともアインが優先。それに、野営の方が過ごしやすいという、精神的な問題も否定できない。



「アイン様?その、ディルの意見を尊重した方がいいと思います。言っては何ですが、恐らく野営の方が居心地がいいのは事実かもしれませんから……」



 クリスがディルの意見に同調した。

 誰よりもエルフが排他的な種族だと理解しているため、言いづらそうにしながらも意見を口にする。



「……ごめん。みんな」



 つい、謝罪の言葉を漏らした。

 近衛騎士を外に放置したようで気分が悪く、素直に頷けない自分が居たのだ。



「はははっ。大丈夫ですよ、アイン様。言い方はあれですが、野外訓練のようなものと考えてますから。――そうだな?」



 明らかにアインを気遣っての一言だったが、近衛騎士達は声に出して頷いた。

 ……これ以上は皆を困らせる。アインはそう感じ、小さく分かったと答えるのだった。



「今度、みんなで食事でもしよう。労うぐらいはさせてもらうよ」




 *




 長やエルフの戦士たち……そして、支度をしてくれたシエラにはなんとも悪いことをしてしまった。

 罪悪感に駆られたアインは長の家に戻ると、まず一言目に皆に謝罪をする。

 王族として簡単に謝るべきではない。そんな自覚もあるが、もはや性分なのだろう。



 ご馳走をいくつかシエラが包むと、それをクリスに手渡す。

 なんでも、やってきた近衛騎士に振舞ってやってくれという長の計らいとのことだ。

 アインは更に感謝の言葉を口にして、長を困らせることになった。



 ――……そして、次の日の朝。



「あー……。なんだろ、お腹が空いてる感じがすごい」



 ようやく朝日が姿を見せ始めた頃。

 クリスより先に目を覚ましたアインが、強張った体をほぐそうと、クリスの家の手前に姿を見せた。

 するとそこには、アインを待つ先客が居たのだった。



「……長?」


「えぇ。おはようございます。殿下」


「ど、どうしてこんな時間にここで……?」



 先客は長。

 ただ一人で杖を片手に、アインがやってくるのを待っていたようだ。

 何時から待っていたのか、そしてどうして待っていたのか……いくつかの疑問がアインの頭に浮かんだ。



「一つ。お渡しするモノがございましたから」



 そう答えると、長がゆっくりとアインの近くに進む。



「今の今まで、ずっと私が保管していたモノです。ヴィルフリート様だけでなく、セレスティーナさんやクリスティーナさん……本当はそうした方達にお渡しするべきだったのかもしれません。ですが、ラビオラ様のお言葉がありましたから」



 懐からとりだしたモノは、絹のような光沢のある布に包まれており、長はそれを大事そうに抱える。



「曰く、ヴェルンシュタインが外を目指した時……ヴェルンシュタインを大事に思ってくれる者が現れたのであれば、その相手に渡してほしいとのこと。その財を持って、ヴェルンシュタインを愛してほしいという願いでしょう」



 黙って耳を傾けるアインに近づき、長がゆっくりと話を続ける。



「きっと、殿下にお渡しするべきでしょう。さぁ、お持ちください」



 杖を倒すと、両手で絹に包まれたモノを長が差し出す。

 アインは黙ってそれを受け取ると、長の瞳を見てから布を静かに除ける。



「――まさか、これって」



 現れたのは、淡い蒼の宝玉。

 木霊に貰ったドングリ程の大きさながらも、その存在感は今までに感じたことが無い。美術品のように整った形が、並ぶ物無いほどの美しさを印象付ける。

 ……いつもなら香りを感じたはずだが、今回はそれを感じる事が無かった。



「えぇ。お分かりですね?」



 分からないはずがない。

 アインの場合、他の誰よりもコレと縁があるのだから。



「ですが……ヴェルンシュタインを大事に思っていたのは、ライル様も同じことでは?」


「おや。殿下はライル様の事もご存じだったんですか?」


「――はい。実は、内緒でとある方に教わったんです」


「左様でございますか。……ライル様について……いえ、セレスティーナさんも含めてですが、事情(・・)を知るエルフも同じく緘口令を敷かれております」



 ……だろうね。

 アインがそう感じたのも、シルヴァードがライルの問題を危惧していなかったからだ。

 エルフの里に行けば、それを耳にする危険性もあったと思うが、シルヴァードはそれを気にすることなく、アインがエルフの里を目指すことを許可したのだから。



「さて、ライル様にお渡ししなかったという理由ですが……言ってしまえば、渡そうと考えた事もございます。ただ、クリスティーナさんの場合は、アイン様と古い儀式を行ったとのこと。ですので、なによりもそれを優先致しました」


「あぁ……なるほど。例の儀式の事ですか」


理由(・・)はどうあれ、私はその事実を優先します。きっと、こうなる縁だったのでしょうから」



 アインは長の言葉を聞き、じっと受け取った宝玉を見つめる。



「……ラビオラ様の魔石か」



 思わず呟いたアイン。

 すると、赤子が母の母乳を吸うかのように、スーッとラビオラの魔石と体が繋がる感覚を得る。

 それでいて、最愛の女性を彷彿(ほうふつ)とさせる気配に、アインが一筋の涙を流す。

 最後は、母の乳房に吸い付くがごとく、アインの両腕が強くラビオラの魔石を握るのだった。



「――あ、あれ?」



 不思議な事に、数秒続いたそれが落ち着くと、アインの不満足感が収まった。

 ……寝起きのアインは空腹に戸惑っていたが、その感情も一瞬で消え去ったのだった。

 確実に魔石の中身を吸った。だというのに、魔石の様子は何一つ変わっていない。



「殿下?どうなさいましたか?」



 挙動不審なアインを見て、長が心配そうに声を掛けた。

 アインは涙を袖で拭い、表情を取り繕って長に目を向ける。



「い、いえ……美しくて驚いただけですから」


「――左様でございましたか。……もう殿下にお渡ししたものとなりますが、どうか大切にお持ちください。その布も、ラビオラ様の魔石を保護し、手に持つ者を守ってくれるよう作られたものです」


「はい。大切に、城に持ち帰ろうと思います」



 答えたアインは地面に倒れた長の杖を手に取り、それを長に手渡す。



「あら、ありがとうございます。殿下」


「――朝からお待たせしてしまったようで、申し訳ありません」


「いえいえ……私が勝手に足を運んだだけでございます。さて、ではそろそろ」


「屋敷まで送りますよ」


「とんでもございません。たまにはこうして、身体も動かさねばなりませんからね……では、またお会いできる日をお待ち申し上げております」



 長は満足した様子で振り向くと、ゆっくりとした足取りでクリスの家を去る。

 朝の空気はとても冷たく、うっすらと霧がかかった里の中を進んでいった。

 しばらくの間、長の姿を見ていたアインだが、手に持ったラビオラの魔石をもう一度見つめる。

 すると、おもむろに懐からステータスカードを取り出し、その中身を確認した。



「はは……相変わらず、数字は(横線)ばっかりだね」



 そのまま目的の欄に目を向けると、意外性のある文字に驚かされる。



「――、―――。……伏字すぎでしょ。なにこれ。てか、魔王の文字どこいった」



 久しぶりに見たステータスカード。

 不思議な事に、魔王の文字が消え去ると、伏字のジョブが追加されている。

 伏字だらけで内容が掴めないが、触ってみても擦ってみても文字が変わることは無い。

 そもそも、そんなことで文字が変わる機能が無い。



「スキルはー……これかな」



 ラビオラの魔石を吸ったことで、何か影響がないかと気になったのだ。

 スキル欄には一つ追加されており、『弱体化』の文字があった。

 気にすることなくそれを使ってみると、身体の節々に重さを感じる。その代わりに、アインの存在感が薄れると、自然に同化するように気配が薄れる。

 

 

 もしかすると、妖精のように隠れるために使えるのかもしれない。だが……。



「あ、でも自分を弱体化させるのか……。駄目じゃん」



 駄目じゃん、といったことを心の中でラビオラに謝罪すると、苦笑いを浮かべてカードをしまう。



「はぁ……。どうしたもんかと考えても、答えは出るはずがない……出せるはずもない」



 徐々に姿を見せる朝日を見つめ、諦めたように声を漏らす。

 明らかに不穏な伏字なことは気になるが、解決策なんてものは何もない。



「クリスを起こしにいこうかな。……そろそろ、出発の準備でもしよう」



 ひとしきり独り言を呟くと、ラビオラの魔石を大事そうに抱え、クリスの家を目指して足を運んだ。



今日もアクセスありがとうございました。

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