秘境を求めて。
一応、赤狐が終わった後も、青年期編的な感じで話は進める予定です。
これからもどうぞよろしくお願いします。
「ニャー……わからないニャァ」
城の地下。カティマのために作られた研究室では、カティマが床を転がり回っている。
というのもエウロで出現した謎の生物の調査が進んでおらず、あまり多くの成果が上がってないからだ。
「あ、これ美味しいじゃん」
「――ニャアアアアッ!?そ、それ私のおやつニャ!」
「おかわりも貰おう」
「フギャアアアアアアッ!」
ソファに腰かけ、テーブルにあったジャーキーを口に運ぶアイン。
カティマはたまらずアインに飛び掛かるが、当たり前のように頭を掴まれ、向かい側の椅子に座らされる。
すると、アインは残ったジャーキーを掴むと、それをカティマの口に運ぶのだった。
「――ッはぐはぐはぐ!」
疲れが溜まっていたのか、おやつを一心不乱に齧るカティマの姿。
眺めていると、どうにも双子の食事風景と重なるのが憎らしい。
「はぁ……。行き詰ってるのはわかったよ。だけどさ、まだソレが持ち込まれてから三週間しか経ってないじゃん」
「……プライドだニャ」
ムスッとした顔でこう答えると、ジャーキーのおかわりを口に運ぶ。
「それで、最近のハイムはどうなってるのニャ?」
「え?カティマさん、状況とか聞いてないの?」
「報告書は受け取ってるニャ。だけど、私はこっちの研究で精いっぱいだニャ」
そう口にして、カティマは近くに置かれた大きなケースを指さす。
厳重に封印加工をされたそのケースには、例のネズミの死体が保管されていた。
サンプルとしてカティマの下に持ち込まれてから、既に三週間が過ぎたのだが、目ぼしい調査結果は上がっていない。
報告書はちゃんと読め。
文句の一つでも口にしたくなったが、カティマの頭脳が役にたってる事は事実のため、アインもそれをとやかく言うつもりは無かった。
「じゃあ、教えるけどさ。――……結局、ラウンドハートの犯人捜しは成果なし。赤狐とかの事を告げ口するっていう意見もあったけど、それをハイムの貴族にバラしても効果は無さそうだから未定。最後に、ティグル王子とエレナさんの失踪に関しては、例の暗殺事件と同様の犯人の犯行だ……って言われてるね」
ここ三週間で動いた話をカティマに伝える。
一方、それを聞いたカティマは口をぽかんと開けて、首を傾げた。
「はニャ?なんなのニャ、そのつまらない三文芝居は」
「……そりゃ、ハイム王にも影響出てるみたいだし、どうやってもこうなるんじゃない?」
「ふむ……。なんかもう、ハイムもぐだぐだなのニャ」
楽しそうに笑い声をあげると、カティマはソファから降りる。
「あれ?それで、あの二人は今何してるのニャ?」
というのも、エレナとティグルの二人についてだ。
「えー……。それも知らなかったの?」
「ニャハハッ。ほら、さっさと教えるニャ」
「――エレナさんはオーガスト商会の、っていうか、グラーフさんの所だよ。ティグル王子は、オーガスト商会所有の小さな屋敷に、見張り付きで住んでる感じかな」
聞いた話によれば、エレナはグラーフの仕事を手伝っているらしい。
ここだけの話という事でグラーフから聞いたが、むしろ、このまま亡命してくれた方が助かるそうだ。……主に仕事の効率的な面で。
そして、ティグルに関しては、ここしばらくは静かに過ごしているという話。
最近では、イシュタリカ産の食事を素直に褒める程度には落ち着いたとのこと。ウォーレン曰く、彼は一人であれば無害な人格という話だ。
「ほあー……なるほどニャー」
「場合によっては、ハイムに攻め込む可能性。それも説明したけど、二人ともそれは"仕方ない"部分があるって感じみたいだね。ただ、一般市民とか関係ない人を無為に殺生しないでほしいとは言ってたけど」
「うむ。それは私たちもする気がニャいから、問題無いのニャ。赤狐とあの面倒な関係者たちの首だけでいいからニャ」
アインも素直に同意する。
場合によっては、全体を攻撃する必要もあるのかもしれないが、現状ではそのつもりがない。
「それにしても、こんなに研究進まないと、私もげんなりしちゃうのニャ」
「資料とかないんだよね?」
「無いニャ―……。――魔王の情報とか、赤狐の話を調べるときはこの本があったから良かったのニャ」
本棚に近づくと、カティマの生涯最高級の買い物だった、古いエルフが書いた本を手に取る。
灯台下暗しとはよくいったもので、クリスの翻訳をカティマが書き直した専用の資料書となっている。
「まぁ、それのお陰で助かったよね」
「ふっふっふー。どうだニャ?私のおかげニャろ?」
「あー、うん。すごいすごい」
「もっと褒めるニャーッ!」
おざなりな態度に、カティマが足でどん、どんと床を叩く。
……と、それが数秒続いたと思えば、死んだようにカティマが静かになる。
「……どうしたの?足折れた?」
「違うニャ。というか、足が折れたと思ったなら、もう少し心配してほしかったニャ」
軽く文句を口にすると、納得した様子で何度もうなずく。
「アイン。資料になりそうな情報を見つけたニャ」
「――え?」
随分と急な話だ。
床を叩いて何が舞い降りたのか、アインはそれが不思議で堪らない。
「だーかーらー!あのよくわからないネズミの!情報を持っていそうな人を見つけたのニャ!」
「……それは良い事だけど。なんで急に閃いたの?」
「この本だニャ!良く考えてみれば、エルフなら古い情報に詳しそうだからニャ!」
なるほど。とアインも頷く。
ドヤ顔には反応しないが、その言葉には反応を返す。
「言われてみればその通りだ。……それで、どこのエルフに聞くの?」
「そんなの決まってるニャ。アインの護衛にいる、あのポンコツエルフの里を尋ねればいいのニャ」
「……クリスさん?」
「そうニャ!」
それが一番いいだろう。
思い返してみれば、魔法都市イストの調査に行った際、アインはクリスと話をしたのだ。いずれ、エルフの里を案内してもらうと。
むしろちょうどいい機会なのかもしれない。ハイムの情勢や、赤狐の影響を考えれば行動するのには難しい時期だが、例の生物に関して調べるのも大切な事だ。
……と言っても、当然ウォーレンやシルヴァードに意見を求める必要がある。
「うん。そういえば、俺も気になってたことあるから、エルフの里には行ってみたいかな」
里に行けば、クリスより古くから生きているエルフもいるだろう。
すると、魔王城で手にしたとある情報を調べることができる、こう考えた。
その気になっている事というのも、"ヴェルンシュタイン"という姓についての疑問だ。
カインやシルビア。二人から聞ければ一番早いのだが、二人が反応してくれない今では、こうして調べるしか方法はない。
「ニャ?何を調べるのニャ?」
「……秘密」
*
というわけで、アインはカティマを連れてシルヴァードの部屋を尋ねた。
途中、クローネの執務室に寄り、ウォーレンと共にシルヴァードの部屋に来るように声を掛ける。
本当ならクリスも呼びたかったのだが、クリスは訓練中のようだったので、後で話をすればいいだろう。
「――余は、今、恐ろしくて堪らない」
ハイムで疲れているというのに、まさかのアインとカティマのコンビがやってきた。
それも約束無しでの、唐突な出来事。今度は何を口にするのかと、シルヴァードも気が気でなかった。
「余がどうして恐ろしさを感じているのか。二人ならば、よく理解できよう?」
「ちょっと何言ってるのかよくわからないニャ」
「お爺様。相談事があってきたんです」
あっけらかんとした様子で、シルヴァードに語り掛ける。
自分は王だ。そのはずなのに、どうしてこんなことで苦労しなければならないのか。
いつもの事ながら、シルヴァードが苦悩してしまう。
「まぁまぁ。お父様、別に変な事をお願いしに来たわけじゃないのニャ。例の生物を調べていて、手がかりが少なすぎるから、別の方法を考えたってだけの事なのニャ」
「……その別の方法とやらが、余の心を乱して止まぬのだ。頼むから、あまり変な事は申さないでくれ」
――うん。少しだけ申し訳なくなってきた。
今までの行いがそう思わせているのだろうが、少しばかり気の毒に感じてきた。
……気の毒に感じるところに、他人事のように考えてしまっているアインの大雑把な部分が見えてくる。
「ほら、アイン。説明するのニャ!」
「え、カティマさんじゃないの?」
「私はどっちかっていうと、付いてきただけなのニャ」
本当にただの同伴だった。
無駄にシルヴァードの気を惑わせただけなことに、アインも頬を引きつらせる。
「――……エルフの里を尋ねてみようかと思ったんです」
「……エルフ?」
想定と比べて、シルヴァードの驚きはどうなったのだろう。
少なくとも慌てた様子は見せてないため、若干落ち着いてくれたのかもしれない。
「カティマさんが買った、エルフの書いた本があったと思います。それを見てカティマさんが閃いたらしく、クリスの故郷を尋ねるのはどうか?という話になりまして」
これを聞くや否や、すぐに安堵の表情を浮かべたシルヴァード。
なんだ、そんなことだったのか。と、胸に手を当てて大きく息を吐く。
「なるほど、納得した。アインはドライアドの血を引いているという事で、世界樹信仰の強いエルフ族に対しても、受け入れてもらいやすい……ということだな?」
「はい。その通りです」
シルヴァードも知っていたようだが、アインはこの事実をクリスから聞いていた。
イストからの帰りの列車で、エルフの里で作られている香水について語り合った時、世界樹信仰についての情報を得ている。
つまり、他の騎士や文官が行くよりも、アインが行く方が情報を得やすいという事だ。
「ふむ……。大変な時期ではあるが、それも重要な話なことは事実。アインが王都を離れるのは難しく思えるが、致し方ないのだろうな」
「そうした話もするために、ウォーレンさんとクローネを呼んでおりますので」
「――全く。随分と手が早いではないか。なんだ?エルフの里に行くのが楽しみにでもなったか?」
あははー、と笑いながら視線をそらす。
あながち間違いでもなかったため、否定も肯定もしなかった。
「まぁ、よい。つまり名目としては、例の生物の情報収集……ということなのだな?」
「――そうなります」
実際の所は、クリスの姓についての疑問もあるのだが、これは万が一手がかりがあった場合にでも報告すればいいだろう。
今はカティマもいるため、アインはそれを口にすることは無かった。
ちなみに、静かにしているカティマと言えば、テーブルにあったお菓子に手を伸ばしていたので、もう放置することに決めた。
「クリスの故郷ともなれば、水列車に乗ろうとも三日ほどかかる距離だ。それから徒歩で半日の距離を踏破せねばたどり着けない。……はっきり言えば厳しい道のりだが、構わないのだな?」
「……え?」
つまり三日半かかるという事。
まさかこれほどの時間が掛かると思ってなかったので、自分の計画性のなさを恨む。
いや、今回の計画の元はカティマだから、むしろカティマが悪いのかもしれない。
「え、とはなんだ。アインまさか、道のりについて全く知らなかったのではないだろうな?」
「……知ってましたよ?」
「はぁ……。頼むぞ。お主は未来のイシュタリカ国王になるのだから」
呆れた様子で声を漏らすと、アインに厳しい目を向ける。
時折、こうして下調べが足りないことがある件については、シルヴァードもたまに指摘していた。
アインの強がりは、あっさりと看破される。
「アインがその道のりでも構わぬのなら、しっかりとした準備をしてからであれば、余も認めるのをやぶさかではない。つまり、ウォーレンとクローネの意見も聞いてからという事だ」
「――そ、そのぐらいで諦めたりはしませんからね!?」
そう。これぐらいで諦めるつもりはない。
ただ少しばかり、その道のりを考えれば気が滅入るというだけの話だ。
「ただ、分かってると思うが、里の近くまでしか騎士は付いていけぬぞ。恐らく、そこから先はクリスと二人で向かうしかあるまい」
心細くは無いのだな?
と、シルヴァードはアインに語り掛ける。
完璧な護衛体制は作れないという事の証明だ。
「余は思うのだ。ならば、クリスが余の手紙を持ち里に向かえばいいと。それならば、エルフの者達も手紙を邪険に扱うことは無いだろうからな」
「うーむ、それには私も同意するのニャ。別に危険な所に向かうわけじゃニャいけど、それならアインが王都を離れなくても済むニャ?」
「……とカティマも同意したが、アインが出向くのは悪い事じゃない。少なくともアインが歓迎されるのはわかっているのだから、その方がエルフの受け取り方も好意的になるだろう。このような一面を踏まえ、余は反対意見を申しておらぬのだ」
「なんというか、ドライアドの血を引くってだけで歓迎されるのも、少し切ないですけどね」
実際、ドライアド自体が個体数を減らしているのもあり、アインが歓迎されるのに疑いはない。
これに関しては、無条件でオリビアに感謝するべきだろう。
産まれ方はどうあれ、アインがドライアドの血を引いてるのも、すべてがオリビアのお陰だ。
――コン、コン。
「入ってよいぞ」
「失礼致します。ほうほう、なにやら賑やかな様子ですな」
ウォーレンが入ってくると、続いてクローネが部屋に入る。
「陛下、失礼致します。――……アイン?急にどうしたの?」
ウォーレンがシルヴァードの傍にやってくると、クローネはアインの隣に向かう。
「お爺様。私が説明した方が?」
「うむ。先ほどの話を二人にも説明しなさい」
その言葉を聞き、カティマと話していた内容を一から二人に説明する。
ウォーレンは楽しそうに。一方、クローネはまた何か思いついて……と、小言を言いたそうながらも、薄っすらと笑みを浮かべて話を聞いたのだった。
今日もアクセスありがとうございました。