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避難先。

今日もアクセスありがとうございます。

 空気が乾燥さえしていれば、数カ所で同時に火事が発生する。そんなことは、ハイムに住むエレナにとっても常識だった。

 ……であるならば、わざわざ慌てる必要はない。なにせ、煙が昇っているのは、エレナが立つ場所から離れている。

 だが、もう一度言うが、エウロに来た理由を思い出すべきだ。



「殿下っ……殿下ッ!」



 ティグルの身体を揺らすと、中々起きないことに業を煮やし、口調荒くティグルを呼んだ。



「……エレナ?どうしたのだ、随分と騒々しい――」


「エウロに到着しましたが。様子がおかしいのです」



 エレナはそう口にすると、馬車の入り口を指さす。

 すると、ティグルは慌てた様子で起き上がると、外套を羽織って外に出ていった。



「――どこに違和感を感じたのだ……っ!」



 寝起きのティグルは、まだ夜の暗がりに目が慣れておらず、エレナが見つけた煙に気が付くことができない。

 だからと言って、決して鼻が利かないという話にはならなかった。



「焦げた香り……?」



 風に乗る潮の香りの中に、焦げた匂いが混ざっているのに気が付くティグル。

 それに気が付くと、馬車から降りて来たエレナに視線を向ける。



「エウロの城下町でも、いくつかの箇所で煙が昇っております!」


「……何という事だ。これはまさか、エウロでも大きな事件になっていたとでもいうのか?」


「情報が少なすぎて、私にも考えがまとまりません。……ですが、一つ分かっていることは、ここに立ち止まっていては危険という事です」



 それを聞くと、ハッとした様子でティグルが馬車を見る。

 この状況ではどうするのが最善なのか、極度の緊張にありながらも、ティグルは必死になって頭脳を働かせる。



「……城下町に入るのはやめだ」


「賢明な判断かと。では、一度何処かに戻り、斥候を放ち……」


「――いや、それもダメだ」



 安全策を取ろうとしたエレナに、ティグルが否定の意を見せる。



「……私の目には、まだ煙は目に入ってこない。だが、別の姿は見つけたぞ」


「別の姿、ですか?」



 ――一体、何を見つけたの?



 エレナは不思議そうに呟くと、ティグルの言葉を待つ。



「あぁ。先日は恐れを感じていたが、まさかその逆の感情を感じてしまうとはな……。皆、最低限の荷物を持ち、アレを目指して進むぞ!」



 私兵や給仕に対して、こう声を掛けたティグル。

 すると城の方を指さすと、エレナも、そこにあったティグルの目標に気が付く。



「っ……殿下!?ま、まさか殿下はアレを目指すというのですか……!?」



 エレナが一番に驚くが、私兵や給仕も同じく驚きに染まった表情を浮かべる。



「……少なくともアレは、私の知る中で、打ち崩せる存在は存在しない」



 焦げ臭さが漂う中、ティグルは深く深呼吸を重ねる。

 エレナと、無言という会話を数回繰り返すと、最後にこう口にしたのだった。



「無計画と罵ってくれても構わん。だが、今では他に頼れる存在もない。……総員、イシュタリカ戦艦に向かって進むぞ!」




 *




 ティグルの一番の強みは、行動力に他ならない。

 それはエレナが何度も考えて来た事だが、ここまで大胆な行動を取るとは考えなかった。



「さ、さすがに道が厳しいな……!」



 先頭はティグルの私兵が進むが、そのすぐ後ろを歩くのはティグル本人。

 絶壁に近い岬を下り、わずかに広がる平坦な道を進み、城下町を避けてイシュタリカの船を目指して進んでいた。

 踏み外しそうな足場を渡り、時折吹く穏やかな海風さえ、自分たちの背を押して海に落とそうとする。……そんな錯覚を覚える。



「殿下!今からでも引き返し、町の様子を伺うべきではっ……!」



 先頭を歩く私兵が、道の厳しさを感じて、ティグルたちの安全を優先する言葉を口にした。



「……駄目だ。状況がおかしいだろう!」


「な……何がおかしいのですか!?」


「決まっている!イシュタリカ艦隊が揃う都市だというのに、こうした異常事態にあるという事がだ!」



 イシュタリカは先制攻撃を仕掛けない。

 狂信的に信じていたことだが、ティグルは似た程度に信じていることがある。

 それは、今回の騒動にはイシュタリカは関わっていないであろうという事。



 仮に資源や侵略目的があったとしても、こうまで回りくどい行動をするとは考えられなかったのだ。



 イシュタリカの戦力があれば、ただそれを使って侵略すれば終わる事だ。

 面倒な策略や費用を投じる事は、宰相ウォーレンを見れば、イシュタリカは好まないというのは分かり切った事。



「ぬっ……!?」


「殿下っ!」


「だ……大丈夫だ!エレナこそ、足元に気を付けるのだぞ!」



 ティグルが足を踏み外しそうになると、遥か下方に小石が落ちていく。

 それは岩礁に衝突すると、欠片になって海に沈んでしまう。

 暗がりにあるため、そうした姿は目にすることがなかったが、どこまでも沈んでいくような小石の姿が、ティグルの恐怖を強く煽った。



「――っ」



 定まらない呼吸が、更に落ち着きを失う。

 足を踏み外しでもすれば、ほぼ確実に命も失う結果となるだろう。

 そう思えば、ティグルの足も徐々に感覚を失い、平衡感覚すら狂っているのを理解してしまう。



 ――はぁ、はぁ。



 その中でも、呼吸を整えようとする"努力"だけは続けることができた。



「殿下!これ以上は道が悪化します!道をかえて、少し城下町に近づきます!」


「そうしましょう!その方が、ここを進むよりは幾分か危険が少なくなるかと!」



 私兵の言葉を聞くと、エレナが強い様子で頷く。

 口にはしないが、エレナや給仕たちも精神的に限界が近づいていたのだ。

 昨晩からの騒動の疲れも抜けきっておらず、そうした状況でのこの道のり。

 むしろ、ここまで脱落者が居ないのが幸運だったと感じられる。



「殿下!城下町は半分以上抜けてきました!それに、城下町の中央を抜ける訳ではありませんから、きっと大丈夫ですっ……!」



 我ながら、こうした言葉選びには情けなさを覚える。

『きっと大丈夫』、あぁ、なんて力ない言葉だろうか。



 何一つ頼もしさが無い、希望的な思いだけが込められた言葉に、エレナは自己嫌悪してしまう。



「……わかった。これ以上の危険は避けたい、道を変更する!」



 私兵やエレナの言葉を聞き、ティグルもそれに同意する。

 岬沿いに進めれば、町中の目立つ場所は避けられる。そう思えば、危険に思えた町中の行軍も、若干の落ち着きを感じられる。



 すると、先頭を歩いていたが私兵が方向を変え、上に登るように進んでいく。

 幸いなことに、その選ばれた道は歩ける領域が広かったため、久しぶりに股の間にも隙間が出来る。



 こうして少しの余裕ができたことで、ティグルだけでなく、エレナたちも呼吸が徐々に落ち着いていった。

 普通に歩けるというのが、こんなにも幸せな事だったのかと、初めてこんな気持ちに浸れたのだった。

 気づけば額に大粒の汗をかいていたようで、ティグルは服の袖でそれを拭う。



「なぁ。お前たちは平気なのか?」



 気分でも変えようかと思い、ティグルは前を歩く私兵に声を掛けた。



「平気とは、何がでしょうか?」


「この道を歩くという事だ。私たちに比べて、お前たちは随分と落ち着いているように思えるのだが」


「……それは当たり前の事です。なにせ我々は、こうした不測の事態のために訓練をしているのですから」



 疲れた様子ながらも、小さく笑みを零す私兵の表情。

 それが随分と頼もしく感じられた。



「――なるほどな。頼もしい限りだ」



 ぶっきらぼうな、それでいて若干捻くれたように聞こえた言葉だが、私兵はその言葉に喜んだ様子を見せる。

 すると、若干軽くなった足取りで、ティグルたちを先導していった。



「しかし、エレナ。城下町に近くなったというのに、この静けさは一体なんだ?」


「えぇ。確かに静かすぎますね……。まるで、誰も人が住んでいないかのような感覚です」


「怖い事を言わないでくれ。エウロはハイムには劣るが、それでも城下町は賑わっていたはずだ」



 ただの深夜なら考えることは無いが、エレナが気が付いた複数の煙の姿。

 それが火事や何かの事故が発生しているということなら、この静けさは確実に異常だ。

 何せこの静けさは、虫の音の方が大きな音に聞こえる程なのだから。



「――だが、意外と早く広い道に出られそうだ」



 斜めに登る道は険しいが、先ほどと比べれば天と地の差だ。

 徐々に地上が近づいているようで、険しさが徐々に和らいでいく。



「皆!もうすぐだ!もうすぐ広い道に出られる、もうすぐの辛抱だぞ!」



 皆を鼓舞すると、ティグルは意気揚々とこの道を進んでいった。




 *




 所変わって、イシュタリカ艦隊が立ち並ぶ城の近くでは、リリが騎士を指揮し、"避難"の誘導をしていた。

 そして、その中にはエウロの元首である、アムール公も含まれている。



「すまぬ。状況が分かっておらず、ただ甘えることになってしまった……」



 突如発生した騒動に、アムール公ですら状況の把握が出来ていない。

 そのため、こうしてイシュタリカに保護してもらえることに深く感謝している。



「あー、気にしないでいいですよ。ぶっちゃけると、私たちも何が起こってるのか理解できてませんから。とりあえず、避難を最優先してくださいねー」



 一国の元首ともあろうアムール公が、最後はリリに対して頭を下げた。

 リリは緩く返事を返すと、騎士達に命じて、アムール公を戦艦の中に案内させる。



「はぁ……。ほんと、派遣されて早々の騒ぎで、全く意味が分からないんだけど」



 アムール公の安全を確保できたことには、リリもほっと一息ついた。

 しかし、イシュタリカからエウロに到着してすぐの騒動だ。

 状況把握も追いついておらず、つい、こうして文句も漏らしてしまう。



「リリ様。ご報告に参りました」


「はいはい。――それで、状況は?」



 現在、エウロにあるイシュタリカの戦艦は三隻。

 この中には、先ほど案内されたアムール公を含め、多くの避難民が保護されていた。

 既に多くの人間が戦艦に乗り込んだため、リリやイシュタリカの騎士は、状況確認に追われている。



「避難状況は順調です。しかし、犠牲者の数は……その、数えるのが難しい程におりまして」


「……分かってたから、それは気にしないでいいかな。一々それに気を病んでいたら、これからの仕事に影響が出るから」



 冷たい態度かもしれない。

 それでも、大事なのは今生きている人たちだ。

 この事は騎士も理解していたため、リリの言葉を心の中で繰り返す。



「はっ。申し訳ありません」


「いーの、いーの。別に謝らなくって。それで、他にはなにかある?」



 すると、次の報告を求めたリリに対して、騎士が大きなネズミの死骸を見せる。

 その大きさは、十歳程度の少年と比べても、恐らく大差ない程の大きさをしていた。



「……いやがらせ?」


「そんな訳がないでしょう……。どうぞ、よく確認なさってください」



 騎士はそう口にすると、ネズミを裏返して腹の部分を見せる。

 気持ち悪いなー、とリリが口にしそうになった瞬間、その異常性に気が付いた。



「――こんなの、見たことが無い」



 そのネズミの中心部には、身体に似合わない巨大な魔石が存在を主張しており、そこから延びる管が、全身目掛けて伸び進んでいた。



「念のために、この魔石はすでに砕いております。同時に、脳も破壊しておりますので、ご心配はいりません」


「うん。それがいいかな」


「……このネズミによって、我らの騎士が一人犠牲になりました」



 ピクッ、と体を反応させ、リリが初めて驚いた様子を見せた。



「続けなさい」



 冷えた空気を纏い、騎士に続きを促した。

 連れてきた騎士は決して弱くない。近衛騎士に劣るのは仕方ないが、それでも一人前の騎士達を連れてきたつもりだ。

 だからこそ、リリの驚きもより一層大きくなる。



「このネズミに噛まれたことで、全身が萎びてしまったんです。例えるならば……全身の液体を全て吸収されたような」



 それを聞いても、どうにも想像ができない。

 一つ分かったことは、この騒動は、"人"以外の生物が引き起こしているという事だ。



「……それで、犠牲になったってこと?」


「その通りです。ですが、このネズミ以外にも異常な生物が数匹確認されました」



 すると、もう一つの死骸を取り出した。



「なにそれ、今度はウサギ?」


「その通りです。ちなみに、内側はネズミと同じくこのような姿に」



 大きなウサギの胸元には、ネズミ同様に大きな魔石が見受けられる。

 伸びている管も同じで、全身を目指して何本も伸びていた。



「こちらの場合は、我らの騎士を葬ったという事実はありませんが、同じく噛みついてくる仕草を見せたとのことです」


「――チッ」



 不機嫌に舌打ちを鳴らすと、爪を噛みはじめたリリ。

 魔物に関しては多くの知識があるリリも、こんな姿をしたネズミやウサギに心当たりはない。

 それも、突如の発生なのだから、何が影響しているのかも分からなかった。



「はぁ……私だけでもハイムに、いや、それだとウォーレン様の言葉に背く……」



 エウロに来るのだって、若干の無理を言ってやってきたのだ。

 いくらエレナが心配だからと言っても、独断行動でハイムに向かうことは許されない。



 ――と、こうしてリリが多くの事に苦悩していた時、別の騎士が慌てた様子でやってくる。



「リリ様!」


「……なに?今考え事してるんだけど――」



 不機嫌な様子で答えると、騎士はそれを気にせずに言葉を続けた。



「ハイムの騎士が、エウロ城下町で交戦中!襲われている様子です!」



 ――はえ?


 

 情けない声を出しそうになったのを、瀬戸際で食い止めたリリ。

 なんで、こんなところにハイムの騎士が来ている?

 そしてこんな時間に何をしている?……不思議に思う点はいくつもあったが、もしかすると……という希望を見いだせた。



「っ……襲われているのは誰!?」


「そこまでは確認できておりません!ですが、女性を含む団体とのこと!すでに騎士を向かわせましたが――」



 リリが知る中で、こうした遠征をおこなうハイムの文官の中に、女性は一人しか存在していない。

 元・上司が来ている可能性を期待して、リリはその上司を迎えに行くことを決める。



「私も行く!案内を!」



 するとリリは、地面に置いていた防具と武器を手に取りそれを身に付ける。

 頬をパンッ、と強く叩くと、報告に来た騎士を連れて、急いでその場所に向かっていった。




もうすぐアイン達も出てくるはず……。

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[一言] 読めば読むほどに面白く そう言えばラノベの電子版も購入して交互に楽しんでます。 様々な伏線と読者の感情の引き込み方が凄い。
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