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お断り&御守り

今日もアクセスありがとうございます。

「……すまなかった」



 会談三日目。

 とうとう頭を下げたのは、ハイム王のラルフ。

 屈辱的な顔を浮かべ、イシュタリカに対して頭を下げた。



 身の危険が迫るや否や、こうして頭を下げるのだから、どうにもイシュタリカとしては拍子抜けだ。



「も……申し訳なかった」



 ラルフが頭を下げた後、次にティグルが謝罪の言葉を述べた。

 彼の場合は、ラルフ以上に分かりやすく、顔を赤く上気させるのだった。



 そう語った二人の正面には、イシュタリカの重鎮たちの姿がある。

 シルヴァードにアイン、そしてウォーレンやロイドに、クローネとクリスの姿がある。

 当然のように、その背後には近衛騎士達が控えていた。



 ティグルとしては、クローネが居る場所で頭を下げることが、これ以上ない程の屈辱だった。



「謝罪を受け入れる。完全な国交断絶の前にそれが聞けて、余も肩の荷が下りた」



 それを聞き、シルヴァードが代表で言葉を述べる。

 どうせ、謝罪の気持ちは籠ってないのが分かり切っているので、悔しい顔をさせた時点で御の字だ。



 シルヴァードが謝罪を受け入れると、二人はすぐに席に着いた。

 二人とも、歯を食いしばっているのが一目でわかる。

 産まれてこの方、これほどの屈辱という感情を味わったことが無いのだろう。



 だが、ティグルはクローネを諦めきれていないのか、未だ視線を送り続けていた。



「すっごい見てる……」



 渇いた笑みをアインが浮かべると、机の下で、クローネがアインの足をとんっ、と蹴る。

 不満げな気持ちを表に出せない為の、ちょっとした感情の表れだ。



 後でクローネから、小言の一言でも言われるかもしれないが、そんなものは可愛いものだろう。

 他人事の様に振舞うアインの事が、若干不満に思えたのだ。




「では、エウロとの不可侵条約については、後日、エウロでの調印という事で間違いありませんか?」



 二人の王族が腰かけた事で、エレナが口を開く。



 少しばかり冷遇されていたエレナも、もはやティグルたちが頼らざるを得ない状況となっている。

 こうなるなら、最初から任せてほしかった。そうした感情をエレナは抱くが、今となっては遅い話だ。




「はい。日程については、エウロ経由でお伝えいたします。基本的には、そのエウロでの調印が、我々の最後の交流だと考えてください」



 すると、エレナの言葉を聞き、クローネがそれに答えた。

 母娘のやりとりがこんな話というのも、どこか寂しさを感じさせる。



「以降は、条約通りに交流を絶ち切ります」



 やはり、想い人から言われると苦しいのか、ティグルは苦々しい面持ちでクローネを見続ける。

 ……事実上の今生の別れとなるのだから、ティグルの長年の恋に、終わりが訪れる瞬間となるのだ。



「ク、クローネ……君はもう、本当にハイムに来ることはないのか?」



 ——またそんな話?



 せめて時間と場所を弁えてほしいものだが、今を逃しては聞ける機会が無いのも事実。

 クローネはあくまでも冷静に、イシュタリカの人間として口を開く。



「……それは、今は関係ない話かと思いますが」



 クローネとしても、一途に想い続けられる人は美しいと思えるが、すでにそれは間に合っているのだ。

 想い人……それこそが、クローネがイシュタリカに渡った理由なのだから。



「ですが、最後にお答え致しましょう」



 きっと自分自身で意思表示をしなければ、ティグルという男は納得しない。

 だからこそクローネは、ついにその一言を告げる決心をした。

 これっ切りで縁が切れるとはいえ、はっきりさせておかないのも気分が悪い。



「私は貴方の妻になりません。想いを寄せて頂いたことは光栄ですが、私の事は、もう忘れてください」



 今回の会談中、初めてティグルと目を合わせた。

 ティグルは一瞬、目線があった事に喜んだのだが、口にされた言葉は非情の一言。

 返事をすることも忘れ、ただただ呆然と構えるばかりだった。



 自覚したくは無かったが、これは明確に振られたということ。

 血の気を失ったかのように、顔色を赤から白に変える。



 王子がそう言われたことに、グリントは文句の一言でも口にしたかったが、立場や状況を鑑みて、それをなんとか我慢した。



「……では、会談は以上となりますね。三日間という短い時間でしたが、我々イシュタリカとしても、"有意義"な時間となったことを嬉しく思います」



 クローネはこう語ると、ハイムの重鎮たちに視線を向ける。

 このまま終わるならそれもよし。ウォーレンが予想した通りならば、昨日の相談通りにするだけなのだが……。



「待つのだ。最後に一つ、"交流戦"でもどうだ?」



 下品とはいわないが、見ていて気持ちのいい笑顔ではない。

 そんな顔を見せながらも、ラルフはイシュタリカに向かって声を上げる。



 一方、クローネは、想像通りか……と考え、軽くため息をつく。



「交流戦とは?」


「なーに、大したことではない。そちらの元帥殿と、我らの大将軍。二人に戦う様を披露してもらい、此度の会談を締めくくるのも悪くないだろう?」



 言い方は考えてきたようだが、結局のところは、ローガスに一矢報いてもらいたい……その一心なのだろう。

 クローネは一瞬エレナを見ると、エレナは小さく頷いた。

 恐らくは、その語り文句もエレナが考えた言葉なのだろう。



「あくまでも、真剣を使うのではなく、模擬剣を使ってということですか?」


「無論だ。私たちとしても、怪我をしたい訳ではないのだ」


「……でしたら、二つほど条件がございます」


「条件……?」



 不快な様子を見せかけたが、ラルフはどうにかしてそれを抑える。



「えぇ、二つです。……内容は三本勝負ということ、もう一つは、我々からはロイド様ではなく、ディル護衛官を向かわせます」


「……我らが大将軍相手に、一介の護衛で相手が務まると?」


「ローガス殿は、名の知れた名将でしょう。ですが、王太子殿下の護衛官も、近衛騎士では太刀打ちできない程の実力者です。分は悪いかもしれませんが、いい勝負が見られると思いますが」



 ラルフはどうしたものかと考え、エレナに視線を向ける。



「元帥殿が参戦なさらないのは、どうしてですか?」



 今度は、エレナがラルフに代わってそれを尋ねた。



「実はロイド様は、手首の調子が本調子ではありません。なので、怪我する可能性を思えば、我々としては遠慮したく思います」



 クローネがそれを口にすると、シルヴァードの傍に立つロイドがそっと頭を下げた。



 それを聞き、エレナは悪い気がしない。

 なにせ相手がロイドならば、負け方次第では、ラルフ達の機嫌が最悪なものになる。

 だからこそ、このまま進めたかったが、ラルフとティグルの感情を踏まえ、交渉するように話を続けた。



「では、近衛騎士団の団長殿ではどうでしょう?」



 クリスを見てエレナが尋ねた。



「申し訳ないのですが、クリス様は王太子殿下の護衛も務めております。ですので、安全面を考えましても、参戦は見送りたいところです」



 それを言ってしまえばロイドも同じことなのだが、エレナはそれに関しては指摘しない。

 エレナは考える様子を見せると、ラルフに対して顔を向ける。



「陛下。よろしいのではないかと。イシュタリカの護衛官殿に、ハイムの大将軍の胸を貸す……そう考えれば、悪くないのでは?」


「……そういう考えもあるか。なるほど、それならば悪い気はしない」



 ハイムの有利を語るように言えば、ラルフの気分は悪化することは無い。

 そして、エレナが語った事に納得すると、その旨をイシュタリカに告げる。



「それで構わん。我らからはローガスを、そちらからは王太子の護衛官を。その二人で交流戦を執り行うとしよう」


「では、夕方頃に始めましょう。場所は外の広場を使います。……では、その頃にまた集合するという事で」



 ラルフが納得したのを聞き、クローネは詳細を答える。

 こうして、ウォーレンの予想通り、戦いが決まってしまったのだった。




 *




 ローガスとの戦いが決まってから数十分後。

 それを伝えるために、ロイドはディルの下を訪れていた。



「……という訳で、お前にはローガス殿と戦ってもらう訳だが……何をしているのだ?」


「急すぎて意味が分からないのですが、戦うのは分かりました」



 プリンセスカティマにやってきたロイドは、ディルが居ると聞いた場所にやってきた。



 海風が心地よいデッキに居たディルは、背中にとある物体を背負っている。



「ニャ?ロイドじゃニャいか、何しにきたのニャ?」


「え、えぇ。ディルに仕事が出来たので、それを伝えに来たのですが……カティマ様は一体……」



 ——ディルの背中で、何をしているのですか?



 聞こうと思ったのだが、なんとなく言葉にするのが躊躇われる。



「視線が高くて面白いのニャ。身体も無駄にゴツゴツしてないから、乗り心地も悪くないのニャ」


「……さすがにその様なお姿は、陛下がお怒りになるのでは?」



 いくらケットシーといえども、カティマは立派な第一王女。

 限られた者しか居ないとはいえ、あまり騎士達に見せるべき姿ではない。



「そーんな小さなこと気にしてたらダメなのニャ。大体、お父様からは許可出てるのニャ」



 第一王女の御守りと言えば、それだけを聞くならば光栄に思える話。

 だが、今の二人を見ていると、どこか力が抜けてしまうのは否定できない。



「ディル、本当なのだな……?」


「……はい」


「疑ってるのかニャ?本当だニャ。お父様が言ってたのニャ。『暴れないように相手を頼む』って、ディルに命令してたのニャ」



 誇らしい顔をしているが、シルヴァードの言葉は何とも言えない。

 しかしながら、不敬罪でないことは確認できたので、ロイドもとやかく言うつもりはなかった。



「よいニャっ……と」



 するとカティマは、抜け落ちるようにディルの背中を降りる。



「仕事の話みたいニャから、私は部屋で本でも読んでくるニャー」



 気を遣った様子で、カティマは鼻歌を歌いながら去っていった。

 そこに残されたグレイシャー親子は、顔を見合わせてから笑い声を漏らす。



「第一王女殿下を背負うとは、お前も出世したものだな」


「陛下のお墨付きですからね」



 ディルはロイドの言葉に、困ったように笑みを浮かべる。



「全く……立派に育ったものだ」



 ロイドがディルの頭を強く撫でると、そうして言葉を掛けた。



「……ところで、私がローガス殿と戦うとは一体?」


「あぁ、そのことだったな」



 会談で話した内容。

 それに合わせて、昨日のウォーレンが語った話をディルに伝えた。



 内容としては短い話だったので、ディルに伝えるのもすぐに終わる。

 ディルはそれを聞きながら、数度に渡って頷いていた。



「私が相手では、イシュタリカの顔に泥を塗りかねないと思うのですが……」


「騎士としての差は大きいかもしれん。だが、運がいいことに相性は悪くないのだ」


「相性、ですか?」


「うむ。なにせローガス殿は、私とよく似た手合いの剣を使う。となれば、あとは分かるな?」



 それを聞くと、ディルも合点がいった様子で笑みを浮かべる。



「なるほど。それはつまり、父上に勝とうとするならば……——」


「そういうことだ。お前が私を超えたいならば、ローガス殿にぐらい勝ってみせろ」



 言葉には出さないが、ディルも理解した。

 ローガスは、ロイドの下位互換に近い印象なのだろう、と。

 となれば、ディルも気持ちを切り替える必要がある。

 父を倒すという目標の前に、そうした相手を得られたことは、有難い限りだ。



「恵まれた機会を頂戴した。そのように考えるべきですね」


「うむ。その通りだ。他国の者と戦うというのも、ディルの財産となるだろう」



 イシュタリカは、大陸イシュタルにある唯一の国家だ。

 つまり、他国と戦うという機会は基本的には存在しない。



「……ですが驚きました。父上なら、ウォーレン様を説得してでも参戦したがると思ったのですが」


「ぬ、ぬぅ……。私にウォーレン殿を説得できるはずがないだろう」



 ディルはその返事を聞き、楽しそうに笑い声をあげる。

 父のそうした姿というのは、なかなか見られるものではない。



「では、父上。身体を暖めたいのですが、お相手していただけますか?」



 分が悪いかもしれないが、それでもディルは、三本全てを勝つつもりで向かう。

 そのためにも、身体を準備しておくことは重要だった。



「あぁ、任せておけ。装備を整えてから、ホワイトキングに来てくれるか?」


「承知しました。その旨をカティマ様にも伝えて参りますので、先に行ってお待ちください」



 そうしてディルは、支度をするために走り去っていく。



 その姿を見ていたロイドは、二人の戦いが楽しみで仕方なかった。

 ローガスという男を相手に、息子がどう戦ってくれるのか、それが楽しみでたまらないのだ。



 ……むしろ、ロイド自身が戦うよりも、ディルの戦いを見る方が楽しみな自分もいる。

 それを思えば、こうした結果になった事も、悪くないように思えた。




仕事の邪魔はしないレディ。

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