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学内対抗戦[後]

今日もアクセスありがとうございます。

 二人が向かった選手控室は、広さの割には人が少ない。

 それも、出場者が少ないという理由からだ。



 そもそもとして、王立キングスランド学園は生徒数が少ない。

 その中でも選ばれた者達しか来ていないため、その人数も比例して少なくなる。



 参加者は12名。

 その中でも、優勝候補とされるのがアイン、バッツ、そしてロディの3名だ。



 無機質な石畳を歩く音が響き、アインとバッツの訪れを、皆が注目して見つめた。



「お、ロディの奴、もう来てるな」



 バッツが見る方向に目を向ける。

 するとそこには、装備を整えて、リラックスした状況で待つロディの姿があった。



「なんだよ。あいつ、全く緊張してねえじゃねえか」



 つまらなそうに声を出し、アインに視線を戻す。



「……どうだろうね」



 アインが抱いた感想は、バッツとは真逆の感想だ。

 目を凝らしてロディの様子を見てみると、手足が強張っているように思える。



 足元を見ると、ごつごつと指の形が浮かび上がっている。

 きつく握られた手元と同じく、足の指にも力が入っているのだろう。

 時折、指を弄る仕草は、彼なりの緊張の現れかもしれない。



「ん?まぁ、いいけどよ」



 バッツはそう口にすると、アインの側を離れていった。



「俺も支度してくるわ。……じゃあな、アイン。また後でな!」


「りょーかい。それじゃ、また後で」



 そしてアインも、身近の椅子に腰を掛け、荷物を床に置く。



「そういやバッツ、引き分け無いとか言ってたけど、引き分けは1点だから一応あるんだけどね……」



 立ち去っていく友人の背中を見て、彼の口にした言葉にツッコミを入れるアインだった。とはいえ、ルールの性質上、なかなか引き分けにはならないと思うが……。

 しかしながら、彼の意気込みは感じ取れたので良しとしよう。



「まぁいっか。俺も支度しよ」



 独り言を口にして、アインは用意された防具に手を掛ける。

 尚、武器に関しては後ほど支給されるため、この場には用意されていない。



 一つ一つ、大きさを確認しながら慎重に装備していく。

 騎士達との訓練で慣れたもので、順調に防具を身に着けていく。アインが想像していたよりも、支給される防具は質が良かった。



「意外とお金かかってそうな装備……。安全に越したことはないけど」



 安物の皮などではなく、魔物の素材や金属を用いた防具。

 もしかすると、冒険者の装備としても通用するのではないか?アインはそう考えた。



「……よしっ、と。装備終わり」



 ただ防具を身につけるだけなので、それは数分程度で終わってしまう。

 距離を空けて用意を始めたバッツを見ると、彼も慣れた動きで装備をしていた。

 参加者たちに目を向けると、偶に目線が重なるのを感じる。だがそれも一瞬の事で、すぐにアインから目をそらされる。



「別に、気にしなくていいのに……」



 アインという男。

 海龍を討伐した英雄の様子を窺っていたのだろう。場合によっては無礼かもしれないが、アインとしても、それを指摘するつもりはない。



『——!——……!』



 控室の外から、大きな音で挨拶が始まった様子。

 開催式のようなものだろう、声が反響したりで分かりにくいが、外が興奮の坩堝(るつぼ)にあるのは理解できる。

 他の参加者もその様子に気が付いたらしく、外の様子に耳を傾ける。



『——……っ!——!』



 外の興奮が最高潮に上った瞬間、その怒号も大きく伝わった。

 短いながらも、観客を盛り上げる挨拶でも繰り広げられたのだろう。



「ほらほらー。参加者共ー!こっちみろー!」



 そろそろか。

 皆がこう感じ始めた頃、控室に一人の男がやってくる。



「聞こえたと思うが、たった今、開催の挨拶がされた。もう少ししたら、順番に試合を開始する」



 やってきた男はカイゼルだ。彼は、これからの流れについて説明を始める。



「武器も試せるようにした。隣の部屋がその場所になってるから、この控室では武器を振るんじゃねえぞー」



 カイゼルはこう説明すると、さっさとこの場を後にしていった。

 すると、支度が出来た者から立ち上がり、カイゼルが語った隣の部屋に向かって行く。



「アイン。もう支度終わっただろ?俺たちも行こうぜ」



 アインも同じことで、声を掛けてきたバッツと共に、隣の部屋に足を運ぶのだった。



 それからおよそ30分程してから、試合を行う者が呼ばれてった。

 総当たり戦となるため、一回戦っただけで終わりではない。



 アインはその様子を見て、脈拍が早くなるのを感じる。



 ——そして、いくつも試合が進むうちに、アインの名前も呼ばれるのだった。



「アイン!次はお前だぞ!」


「——……はい!」



 カイゼルの呼び声に返事をして、アインは戦いの舞台に足を運んだ。




 *




 会場に設置された、大きな大きな結果表。

 そこには、何本とって勝利したのか……その結果が、詳細に記載されている。



 アインだけでなく、バッツやロディも試合をこなし、この対抗戦も佳境に入る。



「おい……"また"だぞ?」


「あれが英雄の強さってやつだろ?相手だって弱くねえ。むしろ年代で言うなら、最高峰の奴らばかりなはずだ」


「あぁ。なにせ、学内対抗戦だっていうのに、学園都市の対抗戦より質が高いわけだからな」



 会場が幾度となくどよめく。

 そして大きな結果表に目を向けていた。



 7試合を終えて、全勝している者は僅かに3名。

 アイン、バッツ、そしてロディの3名だ。

 

 

 だが観客たちが見るのはそこだけでなく、もう一カ所。

 それはアインの戦績の一覧だった。



 7段に並ぶ戦績の文字は、すべてが3-0の文字。

 アインは今までの試合を、例外なく3本先取で勝ち続けて来た。



「……ったく、綺麗な戦績だなアイン」



 たった今、試合を終えたアインが、控室の隣の部屋に戻ってきた。

 そこで待っていたのはバッツ。アインの戦いを見ていた彼は、ただただ驚くばかりだった。



「ありがと。でもバッツだって、似たようなもんでしょ」



 バッツの戦績は、7試合の中で4本を取られたのみ。実際のところ、それでもかなりの好成績だ。



「そう言ってもらえると嬉しいんだけどな。でもこれで、優勝は3人に絞られたみたいだ」



 勝ち点は、上位3名が21点ずつを手にしている。

 つまり事実上の決勝戦が、この3名で行われることとなる。



「……また、3-0だったんですか?」



 同じくこの部屋にいたロディが、アインとバッツの近くに寄ってきた。



「ん?あぁ、ロディか。お陰様で、また3-0にできたよ」


「……本当に、想像以上に綺麗な剣でした」



 素直に褒めてくるとは思わなかったため、アインも若干戸惑ってしまった。



「あ、あぁ……。ありがと」


「お前も、さすがにアインの剣を前にしちゃ、素直になるしかなかったか?」



 バッツが冷やかすようにこう口にすると、ロディは苦笑いを浮かべた。



「えぇ。どれも想定以上でした。私自身も強いと思ってましたけど、まさかこうして、二人の壁が出来るとは」



 バッツの名前を口にはしないが、彼の事も認めている……そういうことだろう。



「ですが、王太子殿下。なぜ、騎士の剣ばかりを使うのですか?」



 だがロディは不思議そうに、アインに対してこう尋ねる。



「当たり前だろ。俺は城で騎士達に剣を習った。そうなれば、騎士の剣を使うのもおかしくない」


「……そうでしたか」



 うんうん、と頷いて、アインの声に耳を傾ける。



「では、私との一戦は、私にも勝機があるという事ですね?」



 ピク、とアインが反応する?



「……騎士の剣は、相手にするのが容易ってこと?」


「容易な一面もございます。なにせ、綺麗すぎる剣だ。私が付け入る隙も、無いわけではございませんから」



 自信満々な表情でそう語るロディ。

 バッツは深くため息をつき、アインの表情を覗う。



「……アイン?」



 てっきり怒るのかと思ったが、アインの表情は不快な感じではなかった。

 むしろ、若干嬉しそうにすら見える。



「ロディ。それはつまり、君には騎士の剣に対抗するだけの技があるってこと?」


「はい。恐れながら、そのつもりで語っております。私の双剣で、困惑させて見せましょう」



 あくまでも、自信あり気な顔つきのロディ。



「……そっか。わかった、それならその剣を楽しみにしてるよ」


「えぇ。では王太子殿下。後程、舞台でお会いしましょう」



 そうして去っていくロディを見て、バッツが口を開いた。



「……自由に言わせすぎじゃねえのか?」


「いいんだよ。俺が騎士の剣を使ってたのは事実だ。だけど、ロディは勘違いをしてる」


「勘違い?」



 首を(かし)げるバッツを見て、アインは笑って続きを話す。



「ロディが言うように、騎士の剣は洗練されている。だけどさ、ただ洗練された剣じゃないんだよ」


「い、いやそりゃ……わからねぇけどよ」


「つまりさ、イシュタリカの騎士達……。彼らの剣の本当の強さ、それをロディは知らないんだ」



 実際のところ、騎士の剣なんて普段は目にする機会が無い。

 そしてその本質も、同様に知る機会なんてほぼ無いのだから。


「なるほどな……。そうだとして、お前が嬉しそうなのはなんでだよ?」



 アインが言いたいことは分かった。だがそれでも、なぜ嬉しそうなのかは説明されてない。



「当たり前じゃん。騎士達の剣の本当の強さ。それを見せることができるからね」



 こう語ったアインの笑顔は、とても晴れやかな表情をしていた。



 ——それから少し経ち、アインとロディの名が呼ばれたのだった。




 *




 全勝同士の試合とあって、会場の熱気はうなぎ登りだ。



 二本の剣を構えるロディに、ロングソード一本を手に持ったアイン。

 両者の戦い方は大きく違っており、それも賑わう要因の一つ。



 段違いの技術を見せつけてきたアインに、二本の剣の勢いを見せるロディ。

 これが注目されないはずがない。



「……やはり、すごい注目を集めていますね」



 こう語ったロディは、会場を見渡してからアインに目線を向ける。



「緊張でもしてるのか?」


「実は最初はしていたのですが、数をこなすうちに全くしなくなりましたね」



 余裕そうな笑顔を浮かべるロディを見て、アインはその言葉を信用した。



「良い事だよ。ロディの強さを、しっかりとこの身で体感できる」



 アインはこう返事をしたが、ロディの目線が、どこか自分じゃない所に向いている気がしてならない。

 そう感じたアインは、咄嗟に後ろを振り返る。



 ——……あぁ、なるほどね。



 その方向は、クローネが座っている席があった。

 隣にはオリビアが座り、そのすぐ近くにクリスやディル、そして数人の近衛騎士が立っている。

 明らかに、ロディが見ていた方向は、クローネ達の座る席だ。



「これ以上ない舞台です」



 ようやく目線を戻したロディが、アインに語り掛けた。



「私の雄姿を見せるのに、これ以上の舞台はないでしょう」


「……そっか」


「全く気にしていませんね。自分が負けるなんて、片時も考えてなかったんですか?」


「そんなことは思ってない。でも、別の事は考えてたかな」


「別の事?」



 二人がこうして語り合っていると、徐々に開始の合図が近づく。



「そ、別の事」



 そしてアインは、始まりの合図に向けて、自分の立ち位置へと進んでいく。



「王太子殿下。別の事とは一体……?」



 ロディは、進んでいくアインの背中に向かって、それがなんなのかと問いかける。



「——……勝利は譲らない。俺が考えてたのは、これだけだよ」



 こうしてロディは、初めて体に寒気を感じた。

 アインがその言葉を語ると同時に、何か大きな重圧感を身に浴びたのだ。



「……私も、勝利を譲る気はありませんけどね」



 ロディが立ちすくんでいると、司会が声を掛ける。

 それを聞いたロディは、アインとの戦いに向けて、自分の立ち位置に足を運んだ。



「……」



 アインは反対側で、ロディの姿をじっと見つめる。

 思いのほか落ち着いていたロディを見て、彼も本調子で戦えそうだと喜んだ。



「すぅー……はぁー……」



 会場の空気を吸い込んで、体中に酸素を送り込む。

 熱気や歓声、多くの雰囲気を見に感じながら、アインは試合の開始合図を待つ。



 立ち位置に到着したロディも、身体の様子を確認していた。

 そして一秒一秒と経つ毎に、会場の声が少なくなっていった。



 最後は無音に近くなった頃。

 カイゼルが舞台に上がり、両者を確認する。




『——……始めっ!」



 大きく息を吸い込むと、会場中に響き渡る声で、始まりの合図をする。



 その合図を聞き、先手を仕掛けるのはロディ。

 素早い動きでアインとの間合いを詰めた。



 ……のだが。



「っ……また、随分と簡単に防ぎますねっ……!」



 苦々しそうに、アインを睨み付けてこう告げた。

 ロディが仕掛けた攻撃は、二本ともアインのロングソードに防がれる。



「でも速かった。速さなら、バッツより数段上だ」


「その余裕がいつまで持ちますかねっ……!はぁっ!」



 アインが何も動じてないのを見て、ロディは攻撃の速度を上げる。

 今の一撃は、決して加減をしたつもりが無い。だというのに、アインはあっさりと受け止めて見せたのだ。

 それがロディの自尊心を傷つけたことは言うまでもない。



「……」



 ——本当、器用に双剣を扱うな。



 アインが第一に感じたことだ。

 重心を崩しすぎることなく、一撃一撃をリズム良く重ねてくる。

 これが相手なら、普通の学園生なら一溜まりもないだろう。



 だがアインにも自信がある。



 城ではロイドやディルと、幾度となく剣を交わしてきた。

 それだけでなく、マルコという男の最後の相手を務めたのだ。



 だからこそ考えること。

 この舞台で負けることがあれば、マルコへの一番の侮辱になるということだ。



「ロディ。騎士の剣、その本来の強さを教えてやる」


「っ……随分と余裕そうですが、防戦一方ですよ!王太子殿下ッ!」



 確かに、様子見の意味も込めてロディの剣を見ていた。

 だがそれは、決して防戦一方とは言えない事だ。



「城の騎士が一番重要視することは、守る事だ。攻撃に関しても高い質を持っているとはいえ、一番の強みは"堅さ"なんだよ。……ロディ」



 するとアインが、攻撃の受け方を変える。

 今まではただ受け止めるだけだったが、まるで"抑え込む"かのように、巨大な人の壁となってロディに押し寄せる。



「っなに、を……!」


「崩れない壁って、きっとすごい恐ろしいよ。それが押し寄せるなんて、もっと恐怖を抱くと思うから」



 何処を見ても狭間が見当たらず、ロディはなんとか活路を見出そうと、アインに双剣で襲い掛かる。

 だがそれは、例えるならば巨大な岩に、細い枝を叩きつけるような貧弱なものだった。



「これが騎士の剣だ。どこまでも堅く、どこまでも高い壁だ。……小手先だけで仕掛けても、それでは壁を崩すのには足りてない」



 ほんの一撃、ただ一撃を間違えてしまった。

 アインに切りつけた時、腕に力が入らず、重心が横に逸れてしまった。

 目の前に立つアインがそれを見逃すはずもなく、必死になって引き戻した腕と、もう一方の手で剣を交差させ、アインの一撃に備える。



「ぐっ……ぁ……」



 余裕をもって振り下ろされた一撃が、ロディの双剣に大きな衝撃を与えた。

 ただでさえ重心が粗末な状況の今、その一撃は、ロディの膝を崩すのに何の障害もない。



「くそっ……嘘、だ……!」



 必死になって堪えるが、すでに片膝が地に付いている。

 手が地に付く事がないようにと、なんとか腕に力を込めた。

 だが、踏みしめて地面の力を得られない今、それはただの延命措置でしかない。



「っ……!」



 歯を食いしばって、目の前のアインをにらみつける。

 額に大粒の汗を浮かべ、体中に力を込める。だがそれでも、体勢の圧倒的不利は覆ることが無い。



 ——……トン。



 腰から地に倒れてしまい、アインにそのまま押され、とうとう背中が地面に付いてしまう。



()め!アインに一本!』



 カイゼルの言葉が届き、アインが剣をよける。

 ここまでの戦いで、ロディはほぼ一方的に勝敗を付けてきた。

 だからこそ、観衆もそのロディの剣に期待をしていたのだ。だがその期待は、海龍討伐の英雄が打ち砕く。



 アインは今まで見せることが無かった、攻めの剣で一本目を勝ち取る。

 まさにお手本ともいえる、城の騎士の剣で勝ち取った。



 わあああ!という大きな歓声が会場中に響き渡る。

 一方、ロディはまだ驚きに染まっている様子だった。



 だがその様子を気にせずに、アインは立ち位置に戻っていく。

 ロディはただ、アインの後ろ姿を眺めていた。

 何故かは分からないが、その一挙一動に目を奪われる。



「ロディ。まだいけるか?」



 カイゼルが近寄って、ロディに体の様子を尋ねる。



「……」



 だが先程のショックが抜けきらないのか、ロディはそれに返事が出来なかった。



「おい、ロディッ!」



 強く体をゆすぶられ、ようやく正気に戻ったロディが、カイゼルに向かって口を開く。



「い、いけます。ちょっと強さに驚いただけですので、問題ありません」



 そう口にすると、ロディは体をすっと立ち上げる。



「……大丈夫そうだな。無理はするなよ」



 ロディの様子を確認して、カイゼルが元の位置に戻っていった。

 大丈夫だ、身体に大きなダメージは無い。だからまだ戦える。



「……ただの世間知らずだった。そういうことなのか?」



 自問自答をするが、答えはすぐには見つからない。

 立ち上がったロディは、そうして自らの立ち位置に進んでいく。



 自信があった双剣の扱いも、まるで児戯のように抑えられ、あっさりと組み敷かれた。

 こうした経験が初めてで、何が間違えてしまったのかも判断が付かない。



「身体は大丈夫?」



 立ち位置に着いたロディの耳に、自分を案ずる声が届く。



「……えぇ。驚きが勝った、それだけですので」


「そっか。ならよかった」



 その言葉を聞いて、安堵したように笑みを浮かべるアイン。

 そしてロディは、その微笑みを見て、数秒目が離せなかった。



「……えっと、どうしたの?」



 アインにもう一度心配されるまでそれは続き、放心してしまった自分を恥じる。



「い、いえ。なんでもありません。ですが……一つお尋ねしてもよろしいですか?」


「ん?なに?」



 たった一つ、気になったことがある。



「なぜ、王太子殿下は自らの剣で戦われないのでしょうか」



 正面からアインを見て、ロディがこう尋ねる。

 するとアインは、一瞬表情を固めると、苦笑いを浮かべて口を開く。



「……それって、今教える必要ある?」


「えぇ、あります。加減をされてるようで、どうにも気分が悪いので」



 強がりだった。

 おそらくアインは、先ほどの技ですら加減をしている。

 だというのに、自分はあっさりと組み敷かれたのだから。



「……怪我をさせるかもしれない。だから、極力怪我をさせないような剣を選んだ」



 そう口にするアインの顔は、決して冗談ではない。

 声色、表情、そして細かな仕草。どれを取っても、嘘を言ってるとは感じなかった。



「わかりました。そういうことなら——」



 そしてロディは、随分とあっさりと返事を返す。

 アインはそのロディを見て、アインは申し訳なく感じた。

 しかしながら、納得してくれたロディに感謝した……つもりだったのだが。



「では次は、王太子殿下の剣をお見せください。こうした舞台なのですから、それぐらいはしていただきたい」



 アインの返事を待たずして、ロディが続けて言葉を放つ。



「私も散々無礼を致しましたが、この舞台にあっては、王太子殿下も私を侮辱をしている……そうは思いませんか?」



 また、随分と好き勝手言ってくれるな。とアインは思った。

 だがアインとしても、思うところがゼロなわけじゃない。ここまで言われて引き下がるのも、不思議と受け入れがたく感じていた。

 クローネの件からいくつか、鬱憤のような何かが溜まっていたのも事実だからだ。



「……先手は譲る」



 そう口にして、アインは気持ちを改める。

 考えるのは自分が扱う剣。ある時はロイドに使い、またある時はディルにも使ったことがある。

 ……そしてマルコにも使った、自分だけの剣だ。



 ——会場の多くの者達が感じ取った。



 アインの纏う気配が、先ほどとは別の存在に変わったと。

 特に顕著にそれを感じたのは、クリスやディル。そして近くにいる近衛騎士達だ。



 舞台でどんな会話が繰り広げられたのか、それは分からなかったが、何かがきっかけとなって、アインの様子が変わった事は事実。



 審判をしていたカイゼルも額に手を当てて、『やれやれ……』と口にしていた。



「教官。お願いします」



 ロディがカイゼルにこう告げて、カイゼルも始まりの合図を告げることにした。

 それから数秒、とうとうカイゼルが大きく声を上げて……。



『始め!』



 その合図をきっかけに、ロディがアインの懐に走り出す。

 一本目と比べ、若干速く見えるロディの動き。会場中が、ロディが本気になった……!そう感じたのだが、その対象はすぐにアインへと移る。



「——もらった……!」



 一本目とは違い、あまり防御するように見えないアイン。

 いつもなら切りつけられる、そんな状況となった事で、ロディが喜んだように声を出す。

 だがそれも、一瞬の喜びだった。



「駄目だ。許さないよ」



 ロディが振り上げなかった側の剣。そこに向かって鋭い一撃が襲い掛かる。急な攻撃に驚いたが、なんとかアインの一撃を防御できた。

 だがしかし、力を入れて振り上げていたため、アインの一撃もあってか、身体が流れるように進んでいく。



「っ……!?」



 一瞬驚いたが、動く方向に合わせて体勢を立て直す。

 だがその先には、いつの間にか移動していたアインが居て。



「——はぁっ!」



 下から切り上げるように、ロディの剣を弾く。前後に振られたロディの身体は、更に危険な体勢に移り変わる。



「駄目だっ……一度下がらないと……!」



 必死に足を動かし、背後に向かって一歩ずつ下がっていく。

 だがそれが見逃されるはずもなく、アインがすぐに距離を詰めた。



「後ろに下がると、もう前には戻れないよ」



 小さく語られたアインの言葉が、ロディの心に深く突き刺さる。

 一体何をするつもりなのかと、ただそれが不思議だった。



「落ち着け。大丈夫だっ……!剣を絡ませて、もう一度俺の間合いに!」



 つい声に出してしまうが、こうでもしなければ冷静でいられない。

 どう動いても、どう剣を振っても、何をしても成功する気がしなかったのだ。



 アインの動きを妨害しようとするが、力のない一撃に意味はなく、まるで丸腰のような錯覚を覚えた。

 意味が分からなかった。自分の攻撃は遠いのに、どうして相手の攻撃はこんなにも近いのかと。

 空間までも支配されてしまったのかと、頭の中を多くの考えが交錯する



「よくよく目にして受け止めろ。これが今の俺がみせることができる、ただ一つの"強者"の剣だ」



 デュラハン(カイン)から教わった多くの事。そこから引用し、ロディへとそれを打ち込んだ。

 何とかして交差させる双剣を構え、アインの一撃に備えるロディ。

 その一撃は、自分の臓腑にまで染み渡るほどの、感じたことのない衝撃を響き渡らせる。



「っ……ロディ!?」



 カイゼルが驚きの声を上げ、受け止めたロディの様子を見る。



 ロディはアインの一撃を受け止めると同時に、数メートルに渡って、背後に押し戻される。

 膝をつき、なんとか体が倒れないようにと歯を食いしばった。



 ……そして地面には、ロディが地を這ったような跡が残されていた。



「はぁ……はぁっ……っ!」



 訳も分からず、地面に残った跡を見る。

 アインの一撃を受けて、自分がこんな跡を残したのか、と呆気にとられた。



「くっ……ぁ……」



 両腕に力が入らず、両腕が力なく地に向かって下がっていく。

 すると、双剣が地に落ちて、柄を残してバラバラに砕け散った。



 力なく地面を見ていると、徐々に人型の影が近づいてくる。

 そしてその影は、ロディに剣を向けると、一言こう告げるのだった。



「……立つなら続ける」



 それを聞いたロディは、両手を地につけて、カイゼルに向かって口を開いた。



「……教官。降参です」



 こうしてアイン対ロディの一戦は、アインが2本を取った時点で、ロディが棄権となったのだった。



『しょ、勝者……アイン!』



 驚異的な光景を見た観客たちは、しばらくの間言葉を失っていた。

 だがカイゼルの言葉を聞いて、一斉に歓声を上げるのだった。



「ほら。手を貸すよ、ロディ」


「……ありがとう、ございます」



 こうして、敗者にも手を差し伸べるアイン。

 背後に陽を背をっているせいか、アインの身体の輪郭が、どうにも朧げに見える。



「……」



 差し伸べられた手を取るが、一向に起き上がろうとしないロディ。

 アインはそのロディを見ると、また心配そうな声を上げる。



「ご、ごめん。やっぱり怪我を……!」


「い、いえ!そういうのではなく……その——」



 ロディは言葉が見つからなかった。

 今のアインを見て、なんと言葉を口にすればいいのか分からなかったのだ。



 だが少しして、たった一つだけ言葉が頭に浮かぶ。

 陽を背にしたアインをもう一度見て、ロディはボソッと一言呟いた。



『……尊い』、と。




 *




 その後、ロディは体の自由が利かないという事で、バッツとの試合を棄権。

 つまり優勝は、アインとバッツの二人に絞られる。



 アインとロディの試合からおよそ一時間後。

 すでに陽が沈みかけた頃になって、最後の試合……決勝戦が行われた。



「なぁ、アイン。やっぱりこうなったな」



 大剣を手に、得意げに語るバッツの姿。



「……張り切りすぎて、さっきまで疲れてたじゃん、バッツ」


「お、おい!それは言うなって!」



 アインとの決勝戦と聞いて、誰よりも喜んだのはバッツ。

 正直なところ、ロディとの戦いも楽しみにしていた。

 だが棄権となった事で、アインとの戦いに全力を注ぎこめることは有難い。



「一時間近く前から、ずっと体暖めてて……」


「おい!?だからやめろって!」



 アインは笑みを浮かべ、バッツとのやり取りを楽しむ。



「それと、水飲み過ぎてトイレにも籠ってたし……」


「だーっ!やめろって!おい!観客席には届かねえけど、でもなんか恥ずかしいだろ!」


「舞台に上がる直前に、武器を忘れたことにも気が付いて……」


「精神攻撃はやめろって!?わかったからやめろって!な!?」



 ——そろそろやめてあげるか。



 ここまでやり取りを楽しんでいたアインだったが、最後に大きく笑ってから、弄るのをやめた。



「と、とりあえずだ!一つ頼んでもいいか?」


「いいけど。負けてってのは聞かないからね?」


「んな馬鹿な事言わねえよ。……ロディとの最後みたく、俺にもアインの剣で相手してくれよ。それだけだ」



 それを聞いたアインは、笑っていた表情を真顔に戻す。

 バッツも真面目な顔を浮かべていたため、本気なのだと感じたのだ。



「……残念だけど、言われる前からそうするつもりだったよ」


「っ……!はっはっは!そりゃいいな、さすがはアインだぜ!」



 バッツとの出会いを思い出す。

 訓練場で、自分の訓練を食い入るように見つめていた少年、それがバッツだ。

 あげく、レッドバイソンを正面から受け止めるという、アインの真似をしたバッツ。



 お互いに、それから大きく成長してきたものだと実感する。



「俺な、こないだ試してきたんだ。レッドバイソンを止められるかなってよ」


「……それで、どうだったの?」


「吹き飛ばされないぐらいには成長したぜ?それと、少しの距離なら動きを封じることもできた」



 なんと大きな成長だろうか。

 それだけでも、ただの学園生ができることじゃない。

 一人立ちした冒険者と比べても、そう大差ない実力という事だろう。



「さっきは手加減してたんだろ?」



 さっきというのは、ロディとの戦いだ。



「……さぁ、どうだろうね」



 加減してたとは口にしない。だがバッツは、アインのことを分かっていた。



「あぁ、別に答えは聞かねえけどよ。でも、さっき以上の強さを希望するぜ?」



 バッツはそう口にすると、身体を伸ばして準備運動をする。

 この期に及んでまた準備か、そう思ったが、バッツらしさに笑みが零れる。



「レッドバイソン程度だったら拍子抜けだぞ。わかってるだろ、アイン?」


「ならさ、アインバイソンってどう?強そう?」


「くっ……はっはっはっは!なんだそりゃ?力抜ける名前してんなぁ、おい!」



 ——……少し自信あったのに。



 だが楽しそうに笑うバッツを見ると、どうでもよくなるから不思議だ。



「なら頼むぜ。そのアインバイソンとやらで、特級の攻撃でもしてきてくれや!」



 二人の様子を見ていたカイゼルが、ついに開始の合図を放つ。



 決勝戦というにふさわしい力を、二人が会場中に知らしめた。

 それはアインの護衛であるディルですら、一目置くほどの強さだったという。

 観客もその壮絶な戦いを見て、二人の強さを全身で感じ取った。



 ——それから少し経ち、戦いは最高潮の興奮の中、その時間にも終わりが訪れる。


 最後にバッツが見せた姿は、大の字に倒れながらも、満足そうな笑みを浮かべた姿だった。



次話から次章となるか、いくつかの閑話を挟むかは未定です。

これからもよろしくお願いします。

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