学内対抗戦[前]
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そして、王都に戻ってきたアイン。
アインは皆の後押しもあってか、対抗戦への出場を心に決めた。
水を差したくないという気持ちもあったが、やはり、最後は自分も輪に入りたい。その想いが勝ったのだ。
本来は学園が休日の日。
アインはその日に学園を訪ね、寄り道せずに、一人の男の下へと向かって行った。
「——カイゼル教官。俺も出場します!」
後日、申込期限が終了する直前に、アインは参加申し込みを行った。
担当はカイゼル。アインは彼の下を尋ね、参加するとの意思表示を行う。
「……おう。ならアインの名前も書いとくぞ」
ここはカイゼル専用の職員室で、カイゼルは机に向かい、アインの参加について記入をはじめる。
「俺の予想なら、お前は参加しないと思ってたんだけどな……っと」
言葉とは裏腹に、なんとも気分が良さそうなカイゼル。
「俺も楽しみにしてるぜ。お前がどう戦うのかをな」
「……水を差す結果にならないか、心配でしたけどね」
アインは苦笑いを浮かべ、こう返事をした。
「お前も学生だろうが。実力差があるからって萎える奴なんて、この学園には必要ねえだろ。大体、今更な話だ」
「今更ですか?」
「おう。だってそうだろ?お前が強いのなんて皆が知ってることだ。海龍を討伐した英雄なんだからな」
よっこらせ、と声を出して席を立ち、アインの近くにやってくるカイゼル。
「それに、アインは未来の王だ。王が強さを示すことに、なんの間違いがあるってんだよ」
「……似たようなことを、先日言われたばかりです」
「ならよ、だったら腹くくれ。優秀であることに問題はないが、大人になる必要はないだろ。さっきも言ったが、お前はまだ学生だ。いくら王太子だろうとも、この学園にいる間は、俺にとっても生意気な生徒なんだからな」
そう言うと、カイゼルは楽しそうに笑みを零す。
「ちなみに、出場者が多いから予選もあるぞ。……アインは関係ないんだけどな」
何故関係ないのか、それが気になったアイン。
「不思議そうに思ってるな。だが、話を蒸し返しようで悪いが、結局は実力差だ。剣術の成績に関して、優秀な成績の持ち主は予選を免除。アイン以外には……バッツと、ロディ。まぁ、3人だけなんだけどな」
久しぶりに聞いた、ロディという名前。
クローネに恋慕していた一歳年下の男だ。
「ロディ、ですか」
「色々あったのは聞いてる。だがまぁ、成績は十分だ。この学園で上位3人を決めるなら、あいつが3位になるだろうさ」
「あれ、カイゼル教官がそんな評価するなんて珍しいですね」
「あぁ……。あいつもいい線いってるからな。んで、予選落ちた奴らもそいつら同士で対抗戦がある。だから、そいつらだけ蚊帳の外ってことにはならないぞ」
バッツが仕入れていた噂。
ロディが優秀だという件は、どうやら本当だったらしい。
そして、勝者と敗者で分ける辺り、この学園らしさを感じさせるばかりだ。
「それじゃ次だ。規定について説明するぞ」
カイゼルがペンを取り出す。
「1つ目は、総当たり戦っていうことだ。勝ち抜きじゃねえぞ、いいな?」
「ってことは、バッツともロディとも戦うってことですよね?」
「そういうこった。楽しめよ、アイン」
二人の剣を確実に見ることができる、それは嬉しい情報だった。
「2つ目は、武器についてだ。実物と同じ重さのモノを、俺の方で用意する。当たり前だが、刃は付いてねえからな」
「りょーかいです」
「最後に戦いについてだ。体術やら武器に関するスキルは使っていい。だが、飛び道具みたいな技はダメだ。目つぶしとかも無しな」
「騎士達の訓練と同じようなもんですかね?」
「あぁ、そういうこった。それと、3本先取で勝敗を決めるからな?腰より上か、手をついたら一本だ」
随分とシンプルで分かりやすい。
余計な事を考えずに済むので、むしろ有難かった。
「勝てば3点、引き分ければ1点、負ければ0点。合計点が高い順に順位を決める。悪いが、今年は試験的な部分があるからな、多少の穴とか粗末な部分は許せよ」
「十分ですよ。お陰で楽しめそうです」
点数の計算は必要ない。
ただ勝てばいい、勝ち続ければ、必ず頂点に立てるのだから。
「……卒業前の最後の祭りだ。楽しめよ、アイン!」
「——……はい!」
学園生活を締めくくるのに、最高の祭りとなるだろう。
すぐそこまで迫っている対抗戦。アインはその日を、今か今かと心待ちにしていたのだった。
*
王立キングスランド学園。
そこに所属する者達が競い合う、それが噂にならないはずが無かった。
たかが一つの学園、いわばその学園内での対抗戦だというのに、学園都市の賑わいは、壮絶の一言に尽きる。
通りに並ぶ出店の数に、緊急で増やされた、学園都市への水列車の本数。
学園都市の対抗戦と同じか、それ以上の賑わいを見せている。
「ねー、すごかったよねー!」
「うん!あれで一部っていうんだから、二部はどうなるんだろ……」
剣術に関しての対抗戦は、一部と二部の二つの構成で進む。
一部は午前中に行われ、内容は予選落ちした面々の対抗戦。
そして二部こそが本命の、王立キングスランド学園の最強が決まる対抗戦だった。
すでに昼下がりの今。
つい先ほど、一部の対抗戦が終了し、その熱気は収まることを知らなかった。
「あ、急がないと!そろそろあっちが始まっちゃう!」
「ちょっと、あっちって何よ!」
対抗戦を見に来た女学生が、冷めやらぬ熱気の中、楽しそうに会話を続ける。
「弁論に決まってるでしょ!レオナード様もいらっしゃるんだから、急がなきゃ席無くなっちゃう!」
「そ……そうだった!急がなきゃ!」
天気にも恵まれ、今日の対抗戦は絶好の日和。
多くの賑わいの中、その日程は続いていく。
——……そして、道端でその様子を眺める二人組が居た。
「いやー。すげえ人だかりだな、アイン!」
「人来すぎでしょ。どうかしてるってばこれ」
出店で買った食べ物を頬張りながら、この空気を楽しむアインとバッツ。
「それにしてもよ、案外バレないもんだな、アイン」
「……確かに。自分でもびっくりなほど、自然に溶け込んでるよ」
特に変装もすることなく、アインはバッツと路肩に立つ。
だが、そのアインに気が付き、声を掛ける者は居なかった。
「まぁ、いいんじゃねえのか?その方が、アインも楽しめるだろ?」
「実際その通りなんだけどねー、っと」
手に持った食べ物を口に運び、その味を楽しむアイン。
「お、おいアイン!俺の分まで食うなよ!」
「弱肉強食ってやつだよね、うん」
「ば……馬鹿野郎!その手を止めろって、おい!」
おざなりに返事をしながらも、手は止めないアインに対して、バッツが詰め寄る。
「バッツ。これも戦いなんだ、こうして栄養を取ることによって、最高の戦いが出来るってわけだよ」
「っ……な、なるほどな。さすがはアインだぜ……」
「まぁ、嘘だけどね。ただ食べたいだけ」
「はぁ……。いつにもまして、自由な奴だなアイン……」
ヘラヘラと笑い、バッツとのやり取りを頼む。
バッツも案外、この掛け合いを楽しんでいる節があった。
「こんな締まりのねえ会話してんのに、この後は戦うってんだからな」
「いいじゃん、別に。憎しみ合ってる敵じゃないんだからさ」
「その通りなんだけどよ、だけど随分と余裕そうじゃねえか、アイン」
「……別に。ただ楽しみなだけだって」
こう語るアインの顔には、本当に楽しそうな表情が浮かんでいた。
「ったく。俺たち相手なら余裕ってか?」
「そういう意味じゃないって。本当に楽しみだし、それに……するべき事は、変わらないからさ」
「するべき事?」
アインの言葉、その真意を尋ねるバッツ。
「勝つ事だよ。相手が誰でも、負ける気はない」
その想いは、マルコを倒した時から確固たるものとなった。
彼を倒した自分が負けること。それは、マルコを倒した自分には許されない……そう考えていた。
「……そういうことかよ」
強く語ったアインを見て、バッツも気を引き締める。
この男は、自分たちを相手にしてない訳じゃない。それが分かっただけでも、嬉しさが募ったのだ。
「そろそろ行くか。レオナードとロランの弁論でも見に行こうぜ」
「うちの生徒向けの席あるしね、ゆっくり行こうか」
そして二人は、友人たちの晴れ舞台を見るために、その場所を目指して歩いていった。
*
力の抜けた表情で、バッツがレオナードに語り掛ける。
「おい。あんなのって有りかよ?」
「……知らん。実際、あのような得点だったのだから、有りとしか言えないだろう」
レオナードとロランの弁論。
それを聞き終えた後は、合流し場所を移す。
行き先は闘技場の一席であり、そこで座って会話をしていた。
話題となっているのは、その弁論の結果。
当事者たち以外にも、それを見ていたアインとバッツまでもが驚く結末となった。
「いやー……正直言ってさ、俺もこうなるとは思わなかったかなーって」
苦笑いを浮かべるロランが、バッツにこう返事をする。
「そりゃ、あんなこともあるんだろうけどよ……でも、まさか——」
「あぁ。まさか、私とロランが同率優勝とはな……全く、予想できないものだ」
そう口にするものの、どこか嬉しそうなレオナードの表情。
すると、隣に座っていたアインが口を開く。
「レオナードが政治的な話題。ロランが技術的な話題。どっちも甲乙付け難かったしね」
こう語ると、アインは続けて考えを口にする。
「いいんじゃない?将来の重鎮同士の戦いだし。こういう決着も、きっと悪くないよ」
「……過分な評価、ありがとうございます。殿下」
「あ、あははー……。アイン様、ありがと」
二人としても、同率優勝でも悪い気がしなかった。
そのお陰もあってか、雰囲気は決して悪くない。
「けどよ、これからいいもんが見れるぞ、レオナード!」
「いいもの?何のことだ、バッツ」
得意げな表情で笑い、バッツがレオナードに声を掛ける。
「そりゃ、決まってんだろ!俺たちのする対抗戦は、引き分けなんて存在しねえからな。お前たちも楽しんでくれよな!」
それを聞いて、剣術の対抗戦のことかと納得する。
「あぁ、そういうことか。……勿論楽しみにしているさ。お前の剣もだが、殿下の強さも見ることができるのだからな」
「総当たり戦なんでしょ?二人の戦いは確定で見られるって聞いて、俺も楽しみだったんだよね」
「おう!任せとけ!」
力こぶを作り、筋肉を見せつけるバッツ。
3人はその様子を見て、楽しそうにしていた。
——そして、唐突に一人の男がやってくる。
「……失礼します。王太子殿下」
「っお、お前は……」
その声に最初に反応したのはレオナード。
やってきた男の顔を見て、すぐに嫌そうな表情を浮かべた。
「何の用事だ。お前はまた急にやってきて……」
「申し訳ありません。どうしても、王太子殿下に伝えたいことがありまして」
その男の名は、ロディ。
今日も今日とて美丈夫な、丁寧に整髪された銀髪をしている。
「レオナード、いいよ」
機嫌が悪くなったレオナードに声を掛け、アインが一歩前に進む。
「俺に用事なんでしょ?」
「はい。まずはもう一度……先日の事を謝罪致します」
すると深く頭を下げ、アイン以外の三人が、呆気にとられた顔を浮かべる。
「もういいって、俺も気にしてないからさ。ロディも、もう謝らなくていいよ」
——多少気にしてるけど。
なんて、口が裂けても言わない。
「……寛大なお言葉に感謝致します」
「いいって。それで、今日は何の用事?」
すると、ロディが咳払いをして居を正す。
「胸を借りるつもりで行きます。ですが、私は優勝を目指して自分の剣を振るいます」
力強い目で、アインを見つめてくる。
「あぁ、わかった。でも、どうしてそれを俺に?」
大凡の予想は付くが、声に出してそれを尋ねる。
「私の雄姿を見ていただきたい方がいるだけです。——……急に失礼致しました。では、私はこれで」
そしてロディは、足早にその場を立ち去っていく。
最後まで口を開かなったバッツが、ようやくになって、アインに語り掛ける。
「なんつーか、めげない奴だな」
「以前より礼儀は備えて来たようだが、それでも不十分だ。全く……不敬罪で断罪されても、何一つ文句を言えないのだぞ」
レオナードも苦言を呈する。
「うーん……さすがに、俺でもアレは危ないってわかるけどなぁ」
最後にロランが、苦笑して先ほどの事をこう評した。
「でもさ、今日はいいんだよ、もう」
嬉しそうな口調で語るアイン。
3人は、そのアインに視線を送る。
「殿下?それは一体……」
「あぁ、アイン。お前、いくらなんでも甘いんじゃねえのか?」
「少しぐらい罰するべきだと思うけどね……」
皆がこうして口を開いた後、アインが3人に向かってこう告げる。
「……だってさ、ロディは雄姿を見てもらうって言ったんだ。なら、俺がすることは決まってる」
すると、アインの纏う空気が一変する。
3人が初めて感じる気配に、一瞬体が硬直した。
「勝つのは俺だ。相手が誰でも、それだけは譲らない」
その声を聞いて、誰よりも感じ取ったものが多いのはバッツだ。
これが自分の相手なのか。そう思ったら、武者震いなのか怯えなのか……良く分からない震えが体を襲う。
「海龍討伐の英雄……か」
バッツは小さく呟いて、アインの強さを身体に感じ取る。
海龍を討伐したという男。その男はやはり、異質の強さを手にしているのだろう、と。
「ったく。屋台の食べ物を食い漁ってた奴とは思えねえな」
「……あれ美味しかったね。帰りも買って帰ろうかな」
どうにも締まらない終わり方だが、先ほど感じたことは嘘じゃない。
そう考えて、バッツは気を引き締めた。
「席も埋まってきたね。そろそろ、二人とも控室行く頃かな」
会場を見るロランが、アイン達に時間の訪れを告げる。
「それじゃ、そろそろ行こうか、バッツ」
すっと立ち上がり、アインがそう口にする。
「おう、そろそろ行くか」
「殿下!怪我には気を付けてくださいね!……それと、バッツ。お前も無理はするなよ!」
「二人とも、頑張ってねー!」
こうして、アインとバッツの二人はその場を後にする。
向かう先は、出場者たちの控室。一歩一歩進むたび、脈拍が早くなるのを感じる二人だった。