professor.O
新年あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします!
リプルの大樹事件から、早数日。
徐々に活動を開始していたが、アインはもっぱら宿で待つ時間ばかりだった。
だが今日は珍しく、いくつかの施設を視察に回っていたアイン。
伴にはディルと、数人の近衛騎士を連れている。
「——というわけでして、こちらでは小さな部品を生産しております」
「なるほど。職人技だ……」
「左様でございます。そのため、ここで作られる部品については、イストで使われる研究機材にも使われるほどでして」
案内をする者から説明を受けながら、アインはその作業風景に目を凝らす。
目にルーペを付けて、手作業で作られる小さな部品。
職人の邪魔をしないように、アインは静かにその姿を見学する。
「ディル。すごいね、これ」
「えぇ。なんとも器用な手さばきかと。ムートン殿とは別方面での、技術力を見せつけられますね」
隣を歩くディルに、職人を見た感想を伝えるアイン。
「父上も申しておりましたが、マグナは港としての側面以外にも、部品加工に関しても一目置かれていると」
「そうだったんだ。でも実際見てみると、本当にロイドさんの言う通りだね」
数多くの職人たちが、精密な動作で部品を加工をする姿は、アインから見ても輝いて見えた。
「商人も買い付けにきてるのかな」
「はい。王太子殿下の仰る通りでして、大陸中の商人が買い付けに来るほどでございます」
アインの疑問に対して、すぐに答えを口にする案内人。アインもそれを聞いて、やっぱりか、と深く納得する。
「それにですね。イストの研究者の方が、わざわざ部品を確認に来るほどの代物でございます」
「なるほど。でも、そういわれても不思議じゃないね」
アインは詳しくない話題だが、それでもこうした部品が必要な事は理解できる。
研究なんて、普通以上に精密な動作が必要だろう……そう考えている。
「実は数日前から、イストから数人の研究者の方達がいらしてますよ」
「そうなんだ……。わざわざ自分の目で確かめに来るぐらいだ、さぞかし優秀な人たちなんだろうね」
うんうん、と頷いて、彼の言葉に同意する。
「それはもう。なにせその中には、特に有名な……っと、噂をすればいらっしゃいましたね」
案内の男がそう言うと、『あちらです』といって方角を示す。
アインもそれに倣い、示した方角に目を向ける。
「あ、あれ……?あれって……」
「予定を聞いたところ、あちらの研究者の方々は、本日夜にはイストに戻るとのことでした」
よく見ると、覚えのある顔が見えて、アインは目をこすって再度確認した。
「ご、ごめん。もしかして、あそこにいるのって……」
「さすが王太子殿下ですね。ご存知でしたか。あちらにいるのは、イスト大魔学の主任教授……オズ様でございます」
——やっぱり、オズ教授だったんだ……。
アインは咄嗟に足を動かし、オズの方に向かって歩き始めた。
急な再会には驚くが、それ以上に嬉しさが勝った。
「アイン様?オズ教授のところに向かわれますか?」
「うん。あんなに世話になった人なんだから、挨拶しないとね」
ディルの問いかけにこう返事をして、アインは歩を進める。ディルもその言葉に同意して、アインの隣を進んだ。
*
昼下がりの穏やかな時間帯。アインは視察を終えて、宿に戻って来ていた。
本当なら、もう少し視察する予定だったのだが、別途予定を加えてしまったので、急ぎ宿に戻ってきたのだった。
「では、お通ししますね」
「うん。お願い」
来客用に借りていた一室。
そこで待つアインの下に、一人の客人がやってくる。
今回の客は、アインの客だ。
そのためオリビアは同席しておらず、自室でマーサと共に休んでいる。
「失礼致します」
入ったと同時に、深く頭を下げる白衣の男性。
しばらくぶりに見る彼の姿は、イストであった時と全く変わらなかった。
「王太子殿下。お誘い本当にありがとうございます……っ!」
満面の笑みで近づくのは、研究者のオズ。
アインからしてみれば、イストで世話になってから、しばらくぶりの再会となる。
「こちらこそ。お忙しい時に来ていただいてありがとうございます」
「えぇ、えぇ!急な用事でマグナに来たのですが、まさか、王太子殿下がいらしてるとは知らず……。こうしてお会いできるとは、本当に感激でございます!」
興奮した様子のオズが、アインに再会できたことへの嬉しさを露にする。
「俺もですよ。まさか、オズ教授と再会できるなんて思いもしませんでした。ね、ディル?」
「はい。オズ教授には、大変お世話になりました。アイン様も、常々そう申しておりましたので」
イストでは、オズに多くの事を教えてもらった。
そうした過去を思えば、オズならば急な訪問だろうとも、アイン達は歓迎する準備がある。
「そう言っていただければ、気が楽になります。ところで、本当にお身体が大きくなられて……顔つきも、随分と凛々しくなられたようで」
アインを見て、オズが嬉しそうにそう口にした。
「随分と体が大きくなりましたけど、ちゃんとアインですよ」
「ははは……。本当に、話題に事欠かないお方ですね」
隣に立つディルが、大きく頷いた。
「まずはお座りください、教授。久しぶりの再会ですし、ゆっくりとお話でもさせてください」
「おぉ……これはこれは。なんという光栄でしょうか」
するとオズは、アインの正面に腰かける。
手に持っていたバッグを隣に置いて、腰かけてから『ありがとうございます』と口にした。
「オズ教授は、部品の確認に来てたんですよね?」
座ったのを確認して、アインがこう尋ねた。
「えぇ。まぁ、大した用事ではないのですが、研究に使う機材の素材。その加工をマグナで行っていまして、定期的に確認に来ているのですよ」
「わざわざオズ教授が、ですか?」
「ははは……よく言われますが、これも一つの性分なのです。どうにも、自分の目で確認しないと安心できない性質でして」
そう口にするオズは、恥ずかしそうな表情を浮かべる。
だがアインは、その性格もオズらしいなと実感した。
「いえ、そうして自分で確認するからこそ、オズ教授の研究はいつも成果があがるのだと思います」
「いやはや、そう言っていただければ私も嬉しく思いますよ。こんな偶然があるならば、こうして自分で確認にきて良かったと思います」
笑顔を浮かべて、アインの言葉に喜ぶ。
「そういえば、オズ教授。軽めのものですが、食事も用意しているんです。ご一緒しませんか?」
思い出したかのように口を開き、オズにこう提案した。
「それは光栄です。是非、ご相伴に預かりましょう」
すると、オズも快諾し、アインは嬉し気な表情を浮かべて、ディルに話しかける。
「ディル。外の騎士に、食事を運ぶように頼んでもらえる?」
「承知致しました。では少々お待ちくださいませ」
それから数分程で、この部屋へと食事が運ばれる。
アインは久しぶりのオズとの会話を、食事をしながら楽しんだ。
*
しばらくの時間、オズとの食事を楽しんだアイン。
時刻がもうすぐ夕方となろう時間になって、一つ気になった事をオズへと尋ねた。
「そういえば、オズ教授は何か趣味とかはないんですか?」
「趣味ですか……」
この質問に、大きな意味はない。
ただなんとなく気になっただけなのだが、考え始めた様子のオズを見て、アインは少し申し訳ない気持ちになった。
「……実は、1つだけありますね」
「聞いても大丈夫でしょうか?」
「えぇ、勿論です。——……私の趣味は、昔話を調べる事……ですかね」
それを聞いたアインは、更に興味を抱く。
「……俺って、あまり昔話を知らないんです。例えばどんなものがあるんでしょうか?」
「ふむ……。では、折角ですので1つお話しても?」
「いいんですか?なら、オズ教授のおすすめを聞きたいです」
人懐っこい笑みを見せるアインを見て、オズも気をよくして口を開く。
「ははは。では、僭越ながら1つお話致しましょう」
こうしてオズは、アインに1つの昔話を語り始めた。
「……昔の話です。ある所に、ある民族が存在していました。その民族には長と呼ばれる女性が居て、その長が、民族の初めの存在だったのです」
いきなりの興味を惹く内容で、アインはオズの語りに耳を傾ける。
「そしてその長には、3人の優秀な部下が居りました。一人は研究熱心な男で、もう一人は槍の名手。そして最後に、策を考えるのが得意な、頭のいい男です」
ディルもこの話が気になるようで、静かにその声を聞いていた。
「研究熱心な男は、父が大好きでした。それはもう、母から奪いたくなるほど愛していたのです。そして、槍の名手は演技するのが大好きでした。物語に溶け込むように、登場人物になり切るのが好きだったんです」
「最後に、策を考えるのが得意な男は、本を読むのが大好きでした。幼馴染の女性を連れて、よく本を読みふけっていたそうです」
3人が全員個性的な登場人物。
昔話のくせに、キャラクター性にも富んでいるのかと、アインは驚いた。
「そして長は、この3人を連れて、その民族を大きく繁栄させていったのです」
「ですがしばらく経って、近くに悪者達の集まる国を見つけたのです。すると長は勇敢にも、その悪者たちの国へと出向き、その悪者を倒すために奮闘します」
登場人物は印象的だが、話の流れはよくある内容。だがしかし、オズは語り方がうまかった。
引き込むような語り口調で、アインとディルの興味を惹き付ける。
「そして、長は成し遂げました。近くに住んでいた別の種族と協力し、悪者たちの国を滅ぼしたのです」
「ですが長は止まりません。もしかすると、別の大陸にもこうした悪者が居るかもしれない。そう考えて、長は別の地を目指すことを決めました。そして、長と共に何人もの仲間がそれに同意しました。」
「3人の部下も共に来る。長はそう考えていたのですが、2人の部下がその地を離れることを拒否したのです」
アインとディルにとっては、欠片も耳にしたことないほどの昔話。
だがそれでも、オズの抑揚をつけた語り方が、続きを早く!と、アインとディルの心を急かす。
「長と別れた二人は、研究熱心な男と、策を考えるのが得意な男です」
「研究熱心な男は、父が残ることから自分も残りました。ですが、策を考えるのが得意な男は、恋をしてしまったのです」
「恋……ですか?」
アインは思わず口を開いてしまう。だが心の中では、口を挟んでしまったことを反省していた。
「えぇ、恋です。彼は戦いのときに協力した種族、その種族の王妃に恋をしてしまったのです」
なんという悲恋だ。
そんなのは、叶うことは無いだろう。
「当たり前ですが、その恋が成就することはありませんでした。でも彼は、近くでその王妃を見守ることに決めたのです」
「ですが、悲恋なのはもう一人いました。それは、彼の幼馴染の女性です。その女性は、自分の恋も叶わないと知りながらも、彼の下を離れなかったのです」
「それからというもの。長は海を渡り、研究熱心な男は研究を続けました。そして恋をしてしまった男は、王妃を支えるため、その国に命を捧げる覚悟をし、……最後は王妃の死を看取ったとのことです」
そう長くない話だったが、アインはなぜか、心に強く押し寄せる感情を抱いた。
語り終えたオズが、コップの水に口を付ける。
「すごく、興味深い話でした。なんというか、悲恋なのは悲しかったですが……」
「昔話なんて、全てが綺麗な終わりではありませんからね……。多少、脚色も入りますし」
苦笑いを浮かべるオズを見て、アインも同意した。
「ですが、ご静聴ありがとうございました」
そう口にすると、オズは部屋に置かれた時計に目を向ける。
「——おっと……申し訳ありません。楽しい時間はあっという間のようで、もう帰り支度をせねばならないようです」
時計を見たオズが、慌てた様子でこう口にした。
「そう……ですか。では残念ですが、今日はお開きですね」
それを聞いたアインは、残念そうな口ぶりでこう返事をする。
「えぇ。ですが、久しぶりに王太子殿下とお会いできて、宝のような時間をいただけました」
「こちらのセリフですよ、オズ教授。では、またお会いできる日をお待ちしてますね」
アインはそして、ディルに向かって視線で合図した。
「下までディルがお送りします。どうか道中、気を付けてお帰り下さい」
「これはこれは。何から何まで申し訳ありません。……では王太子殿下、本日はお会いくださり、本当にありがとうございました」
オズが立ち上がり、持ってきたバッグを手に取った。
「アイン様。では、オズ教授をお送りして参ります」
「うん。頼むね」
アインはディルとオズを見送って、ソファに座り直す。
まさか、こうしてオズと再会出来るとは思わなかったので、嬉しさ半分、驚き半分といったところだろうか。
「でも思いがけず再会できて、楽しい時間だった」
相変わらず、オズは話をするのがうまい。興味を惹く話し方がうまい人だと再確認した。
そうして先ほどの時間を思い返していると、部屋のドアがノックされる。
「ディル?もう戻ってきたの?」
ノックに対して返事をすると、入ってきたのはディルではなく、その母のマーサ。
「失礼致します。オズ教授が退室したと聞いたので、やって参りました」
「マーサさん。どうしたの?」
「ついさっき、王都から連絡が届きました。アイン様が気になっていた事ですので、すぐにでもお伝えしようと思いまして……」
「ん?何のこと?」
アインと話しやすいように、アインが座るソファに近づくマーサ。
「クローネ様とクリス様の件です。体調が回復に向かったとのことですので、明後日の便で、マグナにいらっしゃると連絡がありました」
「っ……ほ、ほんと?もう体調よくなったの!?」
「はい。丁度一週間ほどの期間でしたが、バーラ様の診断通り、もうほとんど問題ないとのことでした」
この報告を聞いて、アインは強く安堵する。
マグナに居ながらも、どうしているかと不安だったため、こうして、連絡をくれたマーサにも感謝だ。
「お二人とも、体調管理が出来ず申し訳ない、そう、アイン様に伝えてほしいと言っていたそうです」
「はは……。そんなこと、全然気にしないでいいのにね」
二人らしさに溢れた伝言を聞いて、アインは笑みを零す。
「きっと、賑やかになりますね」
優しく微笑むマーサの言葉に、アインは深く頷いた。
「というか、姦しいだろうなあ……って思うよ」
まずは、そうだな。
ちょっとした快気祝いでもしようかな。
といっても、食事を楽しんだりするぐらいしかできないのだが。
「ふふ、そうですね。——……さて。ではそろそろ、お部屋に戻られますか?」
「そうするよ。お母様はなにしてる?」
「アイン様がいらっしゃらないので、随分と暇を持て余している様子でしたよ」
そうしているオリビアの様子は、アインが想像するに難しくない。
「それはいけない。なら、早く戻らないとね」
「お部屋はこのままで結構です。ではアイン様、参りましょう」
掃除を任せるのは申し訳ないが、そんなことは今更の事。今までも何度も世話になっているので、素直に感謝の念を抱く。
「あぁ、わかった。一人で暇な時間を過ごさせちゃったし、次はお母様との時間だね」
こうしてアインは、足取り軽く、自室へと向かって行った。