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大国からの帰国。

今年も残りわずかですが、皆様いつもアクセスありがとうございます。

9月から連載を初めて、本当に多くの応援をいただけているおかげで、ここまで続けてこられました。

来年もどうぞよろしくお願いします。

 リリはエレナを差し置き、運ばれた朝食に勢いよく食らいつく。

 仕事の影響もあり、いい食事をとれていなかったリリ。その不満を解消するかのように、エレナを忘れて食に没頭した。



 その後、しばらくの食休みを取った二人。

 エレナがローブを着用した後、リリの案内で街に繰り出したのだった。



「やっぱり、お腹いっぱいだと元気でますねー」


「あれだけ食べれば、そりゃ元気でしょうね……」



 数人分を平らげたリリ。

 この華奢な身体のどこに、その数人分の食事が入ったのかと気になってしょうがない。



「ですので、案内するのにも力が入るってもんですね」


「……そう。それはよかったわ」



 様々な部分であきらめの境地にあったエレナは、ふぅ、と息を吐いた。



「とりあえず、造船所の区域に行きましょうか」


「造船所?あの、港に並んでる船を見に行くんじゃないの?」


「ちょっと広いので、軍港になってる部分と繋がってるんですよ。なので、端っこから見て回ろうかと」


「……本当にいろいろと見せてくれるのね」



 リリの言葉が、本当だったとの証明だ。



「わざわざ嘘をつく必要ありませんってば。とりあえず、地味に距離があるので……水列車乗りますよ」


「——水列車?」


「それじゃ私も、ウォーレン様の部下の証をつけてーと……さぁ、いきましょー!」



 そしてリリは胸元にバッヂを付けると、元気よくエレナにこう告げた。




 *




「ちょ……ちょっと待ちなさいリリ!」



 マグナに点在するいくつかの駅。

 その最寄り駅に向かったリリに、エレナは静かに伴をした。

 初めて耳にする、車両が線路を踏みしめる音。そして、その水列車に乗り込む多くの人々。



 ——なによ、この鉄の箱……!



 エレナがそう考えるほどに、水列車という乗り物が異端に見えた。



「はいー?なんですか?」



 相も変わらず、締まりのない笑顔でエレナに振り返る。



「ゴン、ゴンって音もすごかったけど、何よこの乗り物……!」


「あー。その音は、きっと線路を踏みしめる音ですね。それと、何よっていわれても……これから乗る水列車ですってば」



 クローネがイシュタリカに上陸した際は、エレナの様な反応はしなかった。

 だがクローネの場合は、イシュタリカの船に滞在した期間があることや、隣でグラーフが教えていたことも影響している。



 そのため、エレナにとっては間近で見る水列車が、普通の乗り物には思えなかったのだ。



「これに乗れば、移動時間短くて済みますからね。閣下から少し予算貰ってるので、支払いは大丈夫ですよ」


「……助かるわ。こんなのに乗れるほどのお金は持ってきてないもの」



 多くの人々が入っていくが、マグナは富裕層が多いのだろうか?

 エレナはそう考えたが、それはすぐにリリに否定された。



「はえ?いやいや、エレナ様でも余裕で払えますってば。これ見てくださいな」



 そう言って手渡したのは、小さな切符。

 リリが購入しておいたものを、エレナに差し出した。



「240G……?」


「それが、今回かかる一人当たりの運賃です。なので、別に気にしないでいいですよ」


「リ、リリ?何か特別な立場にあるからとかじゃないの?それで、利用するときはこれだけで済むとかじゃ……」


「イシュタリカの平民が使おうとも、どこかの色ボケ王子が使おうとも、値段は全て一緒ですよ。ほらほら、乗って乗って!」



 さらっと貶されてしまったが、エレナが反論する前に、リリに背中を押されてしまう。

 人混みが少ない車両に乗り込むと、すぐに扉が閉められる。



「さっきはもっと人が居たと思うのだけど。どうしてここは少ないの?」


「水列車を降りてから、出口に近い方が混み合うんですよ」


「……?たかが数十秒程度の距離じゃない。それでも、わざわざ人が多い所に行くってこと?」



 リリの説明に、いまいち納得できないエレナ。



「はぁー……まぁ、そう思う気持ちもわかるんですけどね。もしエレナ様がイシュタリカに住んだとして、どうせすぐに、エレナ様も同じようなことすると思いますよ」



 ハイムに潜伏していた際、リリはエレナの部下を務めていた。

 となると、エレナが城から帰らずに仕事詰めになることも知っている。



「な、なによそのどうせって!」


「家に帰る時間がもったいない。なんて言って仕事してたんですから、どうせすぐ、出口に近い方に行きますからね」


「む、むぅっ……!」



 今の言葉には反論が出来ず、ただ言葉にならない声を出すばかり。



「それに、仕事のために毎日使うともなれば……そうでしょう?エレナ様」



 エレナは、頭の中で考えてみた。

 すると数秒もしないうちに、そうなるであろうという自分に気が付く。



「そういえば、何分くらいで到着するのかしら」



 数年間、自分の部下を務めたリリは相手が悪い。エレナはそう考えて、一度話題を変える。



「あれ?露骨に話題変えましたよね?ねぇ、エレナ様?」


「あまり目視もできない距離だったから、距離感もつかめてないの。どれぐらいの距離を移動するのかしら」



 窓の外の風景を見ながら、エレナはリリにこう尋ねた。

 しかし、リリの質問には一切反応は返さない。



「……敵国にいるというのに、余裕そうな態度なのはすごいと思いました。はい」


「あら。ありがとう」



 クローネ同様、肝が据わってる部分があるのだと実感した。



「先程の話は置いて質問に答えると。大体20分ぐらいですかね」


「ふうん……あんまり速くないのね」


「町中走るんで、そんな速くはならないですねー」



 若干期待外れでもあり、エレナはなんとなく安堵する。



「距離は?どのぐらい進むのかしら」


「ハイムの港町から、王都の門より少し短いぐらいですよ」


「……え?」



 リリは当たり前のように口にするが、エレナにとっては、あまり聞きたくなかった言葉。ついさっき、期待外れと考えてしまったことを恥じる。



「長距離移動用の水列車とか、王家専用列車ならもっと速いんですが。所詮は市街地向けですから。まぁ、こんなもんですね」



 自分たちが数倍以上かける道のりを、イシュタリカの民は例え平民であろうとも、この短い時間で到達してしまう。

 それは技術や人口の差以前に、単純に国同士の貧富の差に思えてならなかった。



 それから間もなくして、エレナとリリを乗せた水列車が発車する。

 飛ぶように変わり続ける景色を見て、エレナはすぐに先ほどの言葉を撤回した。




 *




 一言に造船所といっても、港と隣接しているせいか、多くの加工所も併設されている。

 それは例えば海結晶の加工所であったり、はたまた海産物の加工所も、歩ける距離にあるほどだ。



 朝の業務が始まった造船所の区域は、ハイムで行われる祭りと比べても、遜色ないほどの人混み。

 これが皆、仕事に来ているというのだから、エレナの常識も崩れ去る。



 楽しそうに案内をするリリに付いて行き、エレナは多くの施設を見学した。



 一つ見るたびに常識が崩れ去り、また一つ見るたびに、国力の高さを実感させられる。



 快晴の空模様とは対照的に、エレナの心境は徐々に厳しいものとなっていった。



「あれあれ?エレナ様、ご気分でも優れませんか?」


「はぁ……。その理由が分かっていて、私に尋ねてるんでしょ?」



 次の場所に向かう際中、リリがこうして口を開いた。

 横を見ると、いくつかの完成済みの船が並んでいる。



「えぇ、分かって聞いてるんですよ?」



 ニマニマと笑いながら、楽しそうにエレナを見つめる。



「……ですから、ハイムのことは忘れたほうがいいですよ」



 その笑顔のまま立ち止まると、今度はこう口にしたリリ。



「あぁ、貴方。少しいいですか?」



 すると今度は視線を変えて、歩いていた作業員に声を掛ける。



「はい。どうなさいましたか?」



 一瞬考えた様子を見せた作業員が、リリの胸元のバッヂに気が付く。



「この並ぶ戦艦は、敵対戦力に対してどれほどの影響を?」


「魔物相手となりますか?それとも、人間相手でしょうか?」


「いえ。そうですね……例えば、港町相手では?」



 二人の会話を聞いて、エレナは首筋に冷や汗を流す。

 緊張と困惑で、頭がいっぱいいっぱいだった。



「……お言葉の意味がわかりませんが、例えば相手が、港町ラウンドハートであるならば。そうですね……完全装備をするならば、三隻もあれば一日とかからずに滅ぼせるかと」



 初代イシュタリカ王の言葉において、先制攻撃が許されない。

 そのため、作業員もわざわざ濁すような言い方をした。



 その後はリリが礼を口にして、作業員は立ち去っていった。



「ここにある艦隊はですね、"仮想"敵国に対しての防備として、新たに造船されている艦隊なんです」



 エレナの方を見て、真剣な瞳でそう告げた。



「海龍討伐の際に、多くの戦艦が失われました。そうなれば、当たり前ですが補充が必要となります。すると造られるのは新型で、旧型と比べれば性能が格段に違います」


「……」


「今までに無いほどの速度で、我が国は戦力の拡大が進んでおります。これは、ウォーレン様だけでなく……陛下のご命令でもあります」



 イシュタリカ王シルヴァードが、明確に戦力拡大を口にする。

 それが意味するところは、いざ戦いとなった時に、一切の隙を作らないための措置だった。



「ウォーレン様の手にかかれば、ハイムが先制攻撃を仕掛けて来た……なんてことにするのも、無理なことでない。そう思いませんか?」


「……最悪の場合、そうすることもできるでしょうね」



 実際のところ、いままでのイシュタリカが優しすぎた。

 ウォーレンの様な宰相を相手にするならば、今リリが口にしたようなことも、あり得ない話ではなかった。



「言いがかりをつけて、無理やりそうすることもできます」


「えぇ。そうでしょうね」


「だからエレナ様。もう"詰んでる"んですよ」



 いくら初代イシュタリカ王の言葉があろうとも、受け取り手の判断も影響する。

 その判断が厳しいものであれば、イシュタリカといえども、攻撃を仕掛ける可能性がある。



「ほんと、好き勝手言ってくれるわね……リリ?」


「怒りますか?それで、怒ってどうします?今の発言を否定でもしてくれますか?」



 何時になく挑発的なリリの態度。

 だがそれでも、エレナは口を閉じなかった。



「えぇ。確かにイシュタリカに劣っている部分があるわ」


「部分?部分じゃないでしょ。どこが勝ってるんですか?……面積?人口?あるいは文化?それとも技術力ですか?」


「ハイムにだって、長い歴史があるわ。それは大陸で覇を唱えるまでに……——」



 エレナは負けじと口を開き、苦し紛れの言葉を続ける。



「でしたら、我々は大陸を統一してできた国家です」



 真っすぐにエレナを見つめるリリ。

 その言葉は、深くエレナに突き刺さる。



「……エレナ様ー。昔から思ってましたけど、強情すぎません?」


「わかってたなら諦めなさい。何年間、私の部下を務めたのよ」



 挑発しても、怖がらせても、態度が変わらない。

 そんなエレナを見ていると、リリも諦め半分で笑みを零す。



「あのー?今だから言いますけど、エレナ様って働きすぎですよ。いつもいつも、私の寝る時間まで奪って……」


「お陰様で助かったわ。私もここだけの話だけど、新しい部下は、貴方と比べれば見劣りするの。戻って来てくれないかしら?」



 今度は逆に、リリを勧誘する始末だ。

 リリはキョトンした後に、満面の笑みで口を開く。



「あれれー?私が居ないと寂しいですかー?」


「仕事って意味ではね。昔の貴方は優秀だったもの、今は少し締まりがないのだけど」


「そりゃ、今は可愛いリリちゃんですからね」



 楽しそうにするリリを見ると、エレナも同じく楽しい気持ちに浸れた。



「……同じ国で生まれていたなら、きっとリリとはいい関係でいられたと思うわ」



 もし、自分がイシュタリカの生まれだったら。

 もし、リリがハイムの生まれだったら。



 そう考えてしまう程、エレナは寂しそうに呟くのだった。



「それにしても、本当にこの町は人が多いのね。なにか理由でもあるのかしら?」


「んー……。あるっちゃあるんですが、普段からも人は多いですよ?」



 湿っぽい会話も、そして刺々しい会話もしたくない。

 そう思って、エレナが会話の流れを変える。



「あるっちゃあるって……。はっきりしないのね、それじゃその理由って何よ?」



 あまり聞かれたくなかったので、リリは明言を避けたつもりだった。

 しかしながら、こうして聞かれれば答える気になるのだから、自分の性分に驚くばかり。



「実は現在、第二王女殿下がいらしてるんです。昨日からなんで、それで賑わいも一塩というか……」



 正確には王太子も来ているのだが、そのことは意図的に口にしない。

 だがその言葉を聞いたエレナは、驚きの表情に染まっていた。



「っ……オリビア様、が?」


「えぇ。そのオリビア王女殿下がいらしてますよ」


「な、なんでわざわざ港町に!?」


「オリビア様の場合は、ご視察とか色々と用事がありますね」



 ちなみに、アインの場合は赤狐の件です。……なんて言えるわけがない。



「……そう、なのね」


「当たり前ですが、お会いするのはできませんからね?」


「わかってるわよ。ただ、その……昔の事を思い出しただけよ」



 ハイムで暮らしていた時のオリビア。

 できることならば、歯車が狂う前に戻りたい。



「私の立場としては難しいですけど。今はそのことを考えない方がいいですよ、ね?」


「……えぇ、そうね」


「とりあえず、そういうわけで人が多いんですよ。だから貴族も多くて、てんてこ舞いですよ」



 一々締まらない態度のリリだったが、今のエレナはその態度に助けられた。



「……そういえば、貴方っていつから私の事を見ていたの?」


「エレナ様をですか?うーん……昨日の夕方頃ですね」


「それじゃ聞きたいんだけど、私に宿を紹介してくれた人の事、分かる?」


「……え、えっと」



 考え無しに、昨日の夕方と言ったことを後悔した。



「恐らくなんだけど、貴族か富豪の家の方だと思うの。宿の人も驚いてたから、きっと有名な人だと思うのだけど」



 ——そりゃ、有名でしょうねぇ……。



 口に出さずに、リリがしみじみと頷く。



「だから、もし知ってたら礼を言いたいんだけど、って……リリ?どうしたのよ」


「あー……顔までは見えなかったので、お探しするのは難しいかなーって」



 苦笑いを浮かべて、リリが返事をした。

 もはや、こうして言い逃れをするしかない。



「そ、そうよね。さすがに無理よね……」



 しっかりと礼をしたいという気持ちは尊重したいが、相手が相手だったので、今回ばかりは断念してもらうことにした。



「でも綺麗な茶髪だったわ。……そう、ちょうどオリビア様みたいに、澄んだ綺麗な色をしていたの」


「……な、なるほど」



 冷や汗が流れそうになるのを必死に耐えて、エレナの声に耳を傾ける。



「とりあえずエレナ様。そろそろ昼食にしましょうか!うん、それがいいです!」



 エレナの癖が移ってしまったのだろうか。

 リリはそう思ったが、会話を変えずにはいられなかった。



「どうしたのよ急に……。でもいい時間ね、それじゃリリの言う通り、そろそろ食事にしましょうか」



 素直に承諾してくれたことに喜んで、リリは足早にエレナを案内する。

 この日はそれ以外にも多くの施設を巡り、エレナが驚くたびに、リリが喜ぶ流れを続けていった。




 *




 充実した時間は、経過するのがあっという間だ。



 エレナの二日目は、久しぶりのリリとの再会。

 その後は、リリの案内でマグナの施設をいくつか訪れる。

 何をするにしても驚くばかりのエレナを見て、リリは何度も笑みをこぼした。



 そして三日目。

 三日目も二日目同様に、エレナはリリの案内を受けて、マグナの施設を見学する。

 していることは同じことだが、それでも巡った先は毎回違って、エレナは暇を感じる暇がない。

 宿に戻ったら資料をまとめ、ハイムに戻ってからの報告書を作り上げる。



 こんなにも堂々と見せる内容に意味があるのか。

 それを考えたこともあったが、それでもハイムの民であるエレナからしてみれば、報告しないというのは考えられない。



 途中、クローネの事を尋ねたこともあったが、当たり前のようにはぐらかされた。

 ただ聞けたことは、幸せそうにしているということだけ。

 リリが嘘をつくとは思えないが、その事実を自分で確認できなかったのは残念だった。



 グラーフに関しても、王都にいると教えてもらえるも、会えるはずがない。

 だが少なくとも、あの二人にとってハイムは小さすぎる。ここイシュタリカでも活躍できるほどの、一握りの人種だったのだろう……そう実感した。



「エレナ様ー?準備いいですかー?」



 回想に浸っていると、近くからリリの声が聞こえてくる。



「……えぇ、平気よ」



 港に立つエレナは、これからイシュタリカの船で帰国をする。

 とはいっても、エウロ経由での移動となるため、直通ではないのだが……。

 それでもバードランドに降りるよりは、エウロの方が安心できる。



 そう割り切ることにしていた。



「荷物はお部屋に積み込んでますので、中にいる案内に連れて行ってもらってくださいねー」


「本当に、何から何まで世話になったわね。……敵だというのに」


「できれば、敵じゃなくなってほしかったんですけどね」



 その言葉を聞いて、ただ苦笑いを浮かべることしかできないエレナ。



「でも分かったわ。私はハイムに戻ったら、いくつかのことを王子に伝えなきゃいけない」


「……なるほど」



 それを聞いたリリは、なんとも筆舌にしがたいような、不満げであれば悲しげにも見える表情を見せる。



「"予想通り"になってしまうことは、個人的にはとても残念です。でも、またお会いできることを祈ってますよ」



 ——予想通り?



 むしろ、予定通りのほうが正しいのではないだろうか。

 エレナはそう感じたが、それを指摘することはなかった。



「……そろそろ出航みたいですね。忘れ物はありませんか?」


「貴方も確認してくれたでしょ。大丈夫よ」


「ふっふっふー。それは何よりです」



 徐々に近づく別れが、二人の間に少しの沈黙を与える。



「……エレナ様。実は、エレナ様が王子たちに伝えると考えた時。ウォーレン様から伝えてよい、そういわれている事があります」


「……聞きましょう」


「我々は、半年もしない内……晩夏には、再会できるかもしれません」



 真面目な態度で口にするリリから、エレナは目を離せない。



「例の会談は、今年の夏に行われることでしょう。明日、我々は、正式に書状を送ります。『お会いできることを楽しみにしております』……と、ウォーレン様が仰せでした」


「なるほどね。私はそのために、利用された形となるということかしら」



 自分がイシュタリカの事を教えれば、ハイムとしても態度が軟化するかもしれない。

 エレナはそう思った。



「……」



 黙っているリリを見て、エレナは確信する。



「リリ。短い間だったけど、貴女と再会できてよかったわ。……また出会えることを、心より祈ってます」



 そしてエレナは、一歩ずつ船に近づく。

 だがタラップに足を乗せる瞬間に、静かだったリリがもう一度口を開いた。



「いいですか?エレナ様。……その船に乗り、到着して下船した時から、貴方は明確な敵となるんです。もし命令があるならば、私はその首を切らなければなりません」



 当たり前のことだ。

 それどころか、今も見逃してもらっているのだから文句も言えない。



「つまり、この船とタラップは国境線なのね?」


「仰る通りです」



 それを聞いてエレナは、数秒考える様子を見せる。

 だがそれから、すぐに一歩を踏み出した。



「……そんなの今更だったのよ、リリ。ここまで見逃してくれてありがとう」



 リリに見せた中では、一番の優しげな表情。

 まるで母の様な微笑みを見せて、エレナは一歩一歩進んでいく。



「どこまでもどこまでも……貴方は強情なんですね」


「あら、今更でしょ?」



 振り返らずに、リリの言葉にこたえるエレナ。それでも足は止めることがない。



「では一つ賭けをしませんか?」


「……いいわよ、案内をしてくれたお礼に乗ってあげる。内容は?」



 タラップを抜けて、船の入り口に着いたエレナが、リリの言葉を聞くために立ちどまる。



「もしもです。もしも、エレナ様がイシュタリカに住むことになればですよ?」


「そうね。もしもそうなったら、何をしてほしいの?」



 こんな状況でリリが何を言い出すのか。エレナはそれが楽しみでしょうがない。彼女の態度を見て、自然を笑みがこぼれる。



「イシュタリカに住むことになったら。私と閨を共にしてもらいますねー?」




 ——……っ!?



「リ、リリ!貴女何を言って……っ!」


「そんなに驚かないでくださいよー。3割ぐらいは嘘ですから、まぁ今度の楽しみにしときましょ?」



 本音が多すぎることにツッコミを入れようとしたが、リリの言葉でそれが止められる。



「では、エレナ様。……この度は、イシュタリカへのご訪問。お楽しみいただけたようで何よりでございます。代理ではありますが、宰相ウォーレンの名において、この感謝の言葉を届けます」



 急に様子が変わったリリが、続けて語り続ける。



「急な"ご招待"となりましたが、私としても実りある時間が過ごせました。お帰りに関しては、我々自慢の船でお送り致しますので、ご安心ください。……どうぞ、快適な海の旅をお楽しみくださいね」


「ま、待ちなさいリリ!貴女さっきから——」



 文句を口にしようとすると、外枠の扉が閉められ、すぐにエレナは船内に隔離された。

 もはやこの状態では、リリにこの不満を届けることができない。



「……最後の最後まで、してやられたのね」



 唐突に何を要求するのかと思えば、予想だにしなかった願い。彼女は確実に女性のため、つまりはそういう性癖なのだろう。



「お客様。宰相閣下のお客様と聞いておりますが、お間違いございませんでしょうか?」



 そばに寄ってきた給仕服の女性。

 彼女の言葉を聞いて、宰相が気を遣ってくれたのだと思ったエレナ。



「えぇ。そうよ」


「畏まりました。ではお部屋にご案内いたしますので、どうぞこちらへ」


「わかったわ。ありがとう」



 こうしてエレナは、案内について用意された部屋に向かっていった。

 この旅は確実に、行きの行程とは比べ物にならない程快適だろう。それを一目で感じさせる、素晴らしい船内だった。



「……王子への報告書、仕上げないとね」



 泳がされるどころか、相手に案内をされた始末。

 頬を軽くたたいて、少しばかり気合を入れた。



「さぁ、頑張りましょう」



 そしてエレナが乗った船は、エウロに向けて出港していったのだった。



 一方、外で出航を見守っていたリリ。

 彼女は一人、悲し気な声で呟きを漏らしていた。



「……ねぇ、エレナ様。予想通りって言ったのは、そのことじゃないんです」



 リリが考えるのは、ウォーレンの思惑。

 そしてエレナはすでに、その思惑に振り回されている。



「今回の旅でエレナ様が得た知識。それを報告しなければ、エレナ様は逆賊の烙印を押されることでしょう。なので貴女は、確実に嘘をつかずに報告をする。それも、詳細に至るまでの情報に付け加えて、自分が考えた話もです」



 そう。エレナは確実に、穏便に済ませられるようにと伝えるはずだ。それどころか、ハイムから折れるべきとも言うかもしれない。

 そしてそうなれば、全てがウォーレンの思惑通りになる。



「だって、あの王子にそんなこと言ったらどうなるかわかるでしょ?会談には連れて来ると思いますけど、エレナ様にはある程度冷遇されていてほしいんですよ」



 いかなる可能性であろうとも、危険な要素があるならば捨て去る。それがウォーレンの考えることだ。

 ウォーレンは、エレナの事を評価している。それはつまり、イシュタリカに害を与える可能性があるということだ。



 だからこそウォーレンは、エレナが冷遇されるように仕向ける。

 ハイムに残っているイシュタリカの隠密も、エレナが冷遇されやすいようにと動くはずだ。



「貴女はきっとこう話すことでしょう。イシュタリカと戦ってはいけない、イシュタリカを相手にしてはならない……と」



 それを聞いたティグルならば、ほぼ確実に、エレナに口を閉じろとでも文句を言うはずだ。

 その後は恐らく、重要な話以外は扱いが悪くなることだろう。



「どう転んでも、我々イシュタリカにとっては良い事ですしね」



 多くの国費を捻出しておきながら、こうした結末になる。

 なんとも愉快な話だろう、リリはそう笑みをこぼす。



「……自惚れるわけじゃありません。ですがエレナ様、貴女が目にしたのは、イシュタリカのほんの一部分です。……次に会う時まで、その首が繋がってることをお祈りしますね」



 だがそれでも、エレナの幸運ぐらいは祈りたくもなる。



「——……それに。首だけを愛するなんて、ちょっと物足りないですしねー」



 こうして一頻(ひとしき)り独り言を言うと、リリはそっと陰に消えていったのだった。



元旦の更新については、確約ができない状況です。

ツイッター上で報告すると思いますので、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] そういう事になる予想はつきそうですよね。 リリだけじゃなくエレナも。
[良い点] あっあっあっ(性癖に刺さる音)
感想一覧
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