[求] まだ秘密 [出] 溜まった褒美全部
こんばんは。
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「ねぇお母様……」
「はい?どうしたのかしら?」
王都に帰還したアインは、ホワイトローズから馬車に乗って、無事に城へと帰ってくることができた。
なんでも今回ばかりは、王太子が調査に向かうということを発表していることもあり、ちょっとしたパーティが城内で催されていた。
オーガスト商会のグラーフも招待されており、クローネはそのグラーフのそばにいる。
アインはオリビアの側で料理を楽しみ、久しぶりの彼女との会話に花を咲かせていた……のだが。
「あの微妙な距離から、じっとこっちをみてる姿は……どうすればいいのでしょうか」
柱の物陰からこちらを窺う、ある女性の姿。絹糸のような美しい金髪が見え隠れし、時折チラッと視線を送ってくる。
「あ……あらあら。あの子ったらどうしちゃったのかしら」
あの姿だけを見れば、彼女が元帥だとは誰も考えることが無いだろう。
挙動不審なあの姿を見て、給仕達もどうしたものかと悩んでいる。
「う、うぅん……。久しぶりの"ご主人様"で、ちょっと戸惑ってるのかしら」
「エルとアルは狂喜してくれたんですが……」
そろそろ窮屈になってきた、城内の水路。そこで待っていた双子の海龍は、アインの帰還をまさに狂ったように喜んだ。
バルトに行く前より、更に大きく育った双子。双子が城内に居られるであろう時間は残り少ない。
「さっきは普通に話せたんですけど……」
「えぇ私も見てましたよ。心配で心配でしょうがなかったと思うの、だけどいつも通りに会話ができたから、なんとなく距離感を図り損ねてるのかしらね」
「えー……。それってどうすれば」
飼い主の顔を忘れた訳じゃないのだが、どう接していいのか迷うペット。
今のクリスは、まさにその状況に陥っていた。当然彼女としてもその自覚はある、だがどうしたらいいのか答えが見つからない。
「それに、どちらかといえばお母様の方がご主人様では」
「ふふ……そうね。でもアインはね、きっと別の意味でご主人様みたいなものだから」
「……?」
オリビアの言葉の意味。それが良く分からずに悩むアイン。するとオリビアが静かに微笑えんで、アインをそっと抱きしめる。
「そのまま聞いていてくださいね、いいかしら?」
「あっ……は、はい」
「あの子はね。たぶん自分で決めるのが得意じゃないの、どんなことに限ってもですよ?……だから、アインが命令してあげれば、それを素直に受け取って喜ぶわ」
「……それはつまり、多少強引にいけと?」
伝えたいことが終わったのか、オリビアが抱きしめた時同様に、そっとアインから離れていく。
するとアインは頬を少しばかり赤らめている。
「ふふ、アイン?お母様相手でも照れてくれるのですか?」
「あ、当たり前ですっ!」
そんな当然のことを聞かないでくれ、そう照れた様子の返事をするアイン。
「ありがとうアイン、私も嬉しいですよ。——……それと、クリスに対してはその通りね。あの子って待つタイプな割に、自分からは話しに行けない子だから。こういうところがダメな子なのよね……」
グラスを持っていない方の手を頬に当て、首をかしげるオリビアの仕草。艶めかしさの塊なそれは、当たり前のようにアインの目線を独り占めする。
「ところでアイン?私はこれからお母様のところに行ってきます。会場の熱気に当てられたのかもしれないわ、アインの頬が赤くなってるもの。……テラスにでも行って、少し涼んでくるのもいいと思いますよ」
違うんですお母様、この熱気は貴方のせいで……。
貴方のせいでこうなっている。それを伝えるのは勇気が必要だったため、アインはそれを口にすることができなかった。
だがそのオリビアが、自分に助け船を送ってくれたのは分かった。
「そう、ですね。お母様の言う通り、少し火照ってしまったかもしれません。せっかくなので、テラスで風に当たってきます」
「えぇわかりました。体を冷やしすぎないようにしてね?……それと、王太子が一人ってのも格好がつきません。誰か御伴を連れていくといいかもしれないですね」
こうしてオリビアは、口にした通りララルアの許へと進み始めた。
そこにはシルヴァードやカティマもいるため、オリビアもそこで少し休むことにしたのだ。
「さて、と」
母の言葉に感謝をし、手に持ったグラスから冷たいジュースを飲み干した。
絶妙な時間差で給仕がアインの側に寄り、グラスを交換していった。
「あれ、二つ?」
「……おひとつの方が、よろしかったでしょうか?」
給仕が手渡したのは2つのグラス。少し考えてみると、給仕の気遣いに気が付いた。
「なるほどね。……ありがと、じゃあ2つ頂いていくよ」
「畏まりました。何かありましたら、何なりとお声がけくださいませ」
頭を下げて、静かに下がっていく給仕を見て、アインはふぅと息を吐く。
「……クリスさん。テラスに行くから護衛を」
会場に響くような声ではないが、普通の話し声よりは少し大きな声で口にした。
アインの様子を窺っていたクリスが、それに気が付かないはずがない。
一瞬ビクッと体を震わせてから、そぉっと物陰から外に出た。
騎士服を着ている彼女は、今日はその上に鎧を身につけていない。珍しく公の場で髪を下ろしているその姿が、何よりも新鮮な姿に思えた。
「お……お呼びですか?」
「うん、お呼びしたよ。付いてきて」
オリビアの助言通り、少しばかり強引に話を進めるアイン。
彼女が何かを口にする前に、先に歩きながら『付いてきて』と告げた。
すると若干慌てたような仕草の後、クリスは髪を揺らしながら歩き始める。
「今日は髪下ろしてるんだね」
「はぇっ!?……は、はいっ……パーティなので、これぐらいは気を遣おうかと……っ」
騎士としての身分もある。となれば、当然ドレスに身を包むことができないのが決まり。
だが野暮ったい姿を見せるのも好ましくない。となれば小物やメイク、あるいは髪型などで華やかさを加えるしかない。
さっと髪を撫でるクリスを見れば、耳の上の髪を編んでいたりなど、創意工夫が見受けられる。
「うん、そういう髪も似合ってると思う。たまにしか見られないのが残念だけどね」
「ぁ……ありがとう、ございます……」
少しばかり強引にいきすぎたか?いつも以上に饒舌に褒めるアインの姿。一方クリスはそれに違和感を感じるどころか、照れて他の事を考える余裕がない。
そうこうしているうちにテラスに出た二人。
客はアインとクリスの二人だけで、パーティ会場の賑わいと対照的に、静かな夜を演出していた。
城下町の灯りが煌いて、満天の星空が2人を包み込む。
「やっぱり外は涼しいね。少し火照ってたから丁度良かった……クリスさんは平気?」
「は、はいっ……。私も少し涼みたかったので」
涼みたかったというよりは、迷い続けている頭を冷やしたかった。これが正解だ。
アインの強気な行動が功をなしてか、実はなんだかんだと少し落ち着けてきたクリス。
「はいこれ。少し飲んでゆっくりしてこ」
「それで2つ持ってたんですね……では頂戴します」
まだ少し硬いかな?
アインにそう思わせるクリスの言動だが、グラスを受け取りに近づくあたり、改善は見られたことに安堵する。
「王都は……何かあった?」
ここまで連れてきたものの、なにか話題があったかといえば特にない。
とりあえず世間話でもしてみようか、そう思って話しかける。
「……いつも通り平和な王都でした。城も同じでカティマ様が賑やかで、双子が可愛がられる。そこにアイン様が居なかったということぐらいです」
テラスの手すりに二人で並び、見た目にはいつも通りな様子で会話をする。
「もう帰ってきたよ。だからそれは問題ないね」
渇いた笑みを零し、グラスを口に付ける。クリスはステムに両手を付けたまま、じっと動かずに城下に目をやっていた。
「……アイン様。こんなことは許されません、ですが一つお願いしたいんです……聞いていただけますか?」
じっと城下を見ていたクリスだが、体をずらしてアインに向ける。懇願するような、そして頼るような眼をアインに向けて、少しばかり唇を震わせながらこう告げてきた。
少し強めの風が吹き、金色の生糸のような髪が靡き、まるで天使の羽のように広がった。
「クリスさんのお願いだから聞いてあげたい。だけど騎士をやめたいとかだったら止めなきゃいけないから、まずは何か教えてほしいな」
クリスの人間離れした気配に気圧されながらも、なんとかこう返事をした。
風が止むにつれて、天使の羽も静かに収まり始める。
「私はアイン様を守りたい。だから……今度からは、貴方の側に置いてください」
目を伏せて頬を赤らめる。唇が怯えるように震え、心なしか肩も揺れてるように見えた。
「……クリスさん。クリスさんは元帥だ、俺一人が独占するのは……——」
元帥の仕事は、決してアインのためだけのものではない。
城の安全は当然の事、王都や国全土に及ぶといっても過言ではないのだから。
「わかって……ます」
クリスは理解している。自分の言ってる言葉の意味と、元帥という立場の意味することを。
それでもこれを伝えたかった。他の誰でもなく、自分に守らせてほしい。そうアインに伝えたかった。
アインとしても、言葉にはできないが嬉しいのは事実。クリスがここまで自分を考えてくれるのが、嬉しく感じないわけがない。
とはいえ王太子としては、自分を律しなければならないだろう。国のため、そしてイシュタリカの民のため……元帥という立場をしっかり考え……——。
「っていうのはまあ、いい子の考え方だろうけどね」
自分勝手にならないよう。そして誰もが納得できる結末にできるように。……アインはそれを頭の中で考え始めた。
「ア、アイン様っ……?」
うんうんと考え始めるアインを見て、クリスはどうしたのかと不思議に思う。
先程までのおっかなびっくりな態度を消して、どうしたらいいの?という慌てた様子になった。
「うーん、まぁ理論としては考えがあるんだけど。あとはどうやって納得させるかだね、あと今回の褒美とか前回の褒美を含めて……あぁ、いけそうじゃんこれ」
「あ、あの……アイン、様?」
クリスに返事をするどころか、一人で喋って納得をし始めるアイン。
「あーっと、ごめんクリスさん。ちょっと考えてた、ごめん答える前になんだけど……一つ聞いてもいい?」
「え……?は、はい。大丈夫ですけど……」
未だ話についていけないのは仕様だ。なにせアインが何も語らず、ただ一人で納得した様子をみせているのだから。
「クリスさんは、国よりも俺を守りたい。そう言ってるってことだけど……間違ってる?」
真面目な顔になって、クリスに向かってそう尋ねた。
意地悪な質問をしてるなあ……と心の中で謝罪するが、これは聞いておかねばならないことだった。
それを聞いたクリスは一瞬驚いた顔をした。その後は固い表情となり、考え事を始める。それは数十秒……一分には届かない程度の時間続いた。
短い時間といってしまえばその通りだが、二人にとっては数時間に感じる程の、特別な緊張感が漂っていた。
「お答えしてもよろしいですか?」
「うん。ごめんね変な質問して」
ようやく意見がまとまったクリスが、顔を上げてアインを見つめる。アインの返事を待ってから、とうとう彼女は答えを口にした。
「……私はイシュタリカを愛しています。ですがもし、イシュタリカとアイン様のどちらかを選ぶ必要があるならば、私はアイン様のお側に参ります」
例えば近衛騎士としてならば、この言葉は正解なのだろうか?
近衛騎士の務めとは、王家を守ることにある。そうなればきっと不正解にはならないだろう。おそらく正解に近い何かになるはずだ。
だが元帥として、イシュタリカの騎士としてそれを口にするならば、これは恐らく不正解に近い。
国の前に王族があるのか、王族があって国があるのか……そんな問題は、何時何処の時代でも語られてきた話題だろう。
——……そしてクリスは意思を決め、そう口にした。
「なるほどね……。わかった、クリスさんの考えは良くわかったよ」
口に手を当てて思考するアインをみて、クリスは何とも言い難い感情に苛まれた。迷いや後悔、だが達成感も感じていた。
「うんうん、なら決めた。ねぇクリスさん?もうすぐパーティも終わる、終わったらお爺様のとこに行くよ。一緒に来てね」
「へ、陛下……ですか?」
そろそろ何か教えてほしい、そんな不満がクリスの心の中をよぎった。だが今日のアインはなかなか強引で、この振り回される感じも悪くない。
「うん。その陛下のところ、ちょっと用事が出来たんだ……えーっとね」
グラスに残った飲み物を一気にあおり、一息つける。テラスに吹く涼しげな風を全身に感じ、ようやく決めた結論を頭の中で整理した。
「溜まってる褒美。一気に貰いにいくよ」
イストでの褒美や、今回の調査で貰えるであろう褒美。その全てを請求しにいく、アインはそう言葉にしたのだった。
*
「失礼致します陛下。王太子殿下よりご伝言があって参りました」
シルヴァードの隣にはララルア、そして正面にはオリビアが立っている。この場にやってきたのはマーサで、彼女は会場の給仕たちを管理しているはず。そのはずなのに、この場にアインの使いとしてきたことに、シルヴァードが嫌な予感を募らせる。
「……聞かねばならぬか?」
「陛下のご命令とあらば、この口を開くことを止めますが……」
如何致しましょう?そうした表情を浮かべるマーサを見て、ララルアとオリビアが笑みを零す。
「あなた?聞くべきじゃないのかしら?」
「えぇお父様、王太子のことを無視するだなんて、王として褒められることではありませんよ」
二人の美女に諫められる。言葉をみればなんとも嬉しく感じる場面だが、シルヴァードの心境はそんなことで喜べる状況にない。
深く深くため息をついた後、強めの酒を飲みほした。
「……聞こう。アインはなんと?」
「ご用件としては、パーティの後時間がほしいとのことです」
「……では、その内容は?聞いているのだろう?」
「勿論でございます。……一言一句そのままお伝えしても?」
「構わん。覚悟はできておる」
何故ここまで苦労しなければならないのか。アインに助けられたことは数多く、アインを可愛がってるのも違いない。
もう少しだけ祖父の精神状況を鑑みてくれれば、何も文句はない自慢の孫なのだが。
「溜まってる褒美。全部頂きに参ります……とのことです」
その後シルヴァードは、マーサにきつい酒をじゃんじゃん持ってこいと命令した。
酔ってしまえば聞く必要がない。そして酔いつぶれて寝てしまおう、『こうすれば後回しにできる……』と。
だが嫁と娘にそれを止められ、覚悟してくださいと諫められた。
「——……パーティの日ぐらい、気持ちよく眠りたいものだ……」