プロローグ②
「おーい!謙、そろそろ時間だろ?」
「ん?あぁそうだった。行ってくるわ!」
俺はバレーシューズを脱いで体育館を出る。
八月の下旬
普通の3年生はもう部活を引退し、受験勉強を本格的に始めている時期だろう。
そんな中、本橋中学バレー部は東海大会出場が決定し、3年が唯一引退せずに部活を続けていた。
今朝、夏期講習のため校舎の方にいる生徒を煽りに行ってくるとスキップして体育館を出ていった泰明はボコボコにされて戻ってくるぐらいみんなピリピリしている様だ。
まぁこの場合、泰明が全ての原因なんだろうけど・・・
最後の大会、俺は県で最優秀選手に選ばれた。
去年は決勝で負け、優秀選手に選ばれたものの、悔いの残る大会だった。
先輩たちの為にも東海大会出場、そして本橋中学初の全国大会出場、という決意のもと始まった新チーム、みんな厳しい練習をこなし、去年の今頃じゃ考えられないくらい強くなった。
それは、俺自身も同じだった。
その結果、俺がずっと行きたかった憧れの高校でもある星条高校の監督さんが今日学校に来てくれたのだ。
「失礼します。」
俺は職員室のドアを開け、いつもの部屋に入る。
「おぉ、牧村くんどうも。星条高校バレー部監督の山岡です。」
「どうも。牧村 謙介です。」
監督は星条のオレンジのジャージを着ている。
俺は頭を下げ、椅子に座る。
「さっきまで顧問の成木先生とも話してたんだけど、まぁ君も気になっているだろうから単刀直入に話そう。私達は君をバレーボール特待生として星条高校に入学してもらいたいと思っている。」
「ほ、本当ですか?」
憧れの高校からの推薦、嬉しくないはずが無い。
「でも、君には先に伝えておきたいことがあるんだ。」
「何ですか?」
「星条高校は特待生の人数に制限があって、それぞれのポジションごとでしか特待生を取っていないんだよ。」
ここまで、聞いた時に俺の心臓がドクンッと鼓動した。
嫌な汗が頬を伝う。
「それで、僕はどのポジション何でしょうか?」
「うちは君をリベロの特待生として入学して貰いたいと思っている。」
「!?」
それから監督は俺を選んだ理由や高校の設備や練習時間について説明してくれたが、俺は動揺しているせいか、全く頭に入ってこない。
視界が歪むような感覚の中、何とか話す。
「な、何でですか?」
「ん?何でとは?」
「僕は自分で言うのはあれですけど、県内でも有数のスパイカーだと思ってます。それなのに何でリベロ何ですか?」
俺の言葉に驚く様子もなく答える。
「正直、君がスパイカーとして通用するのは中学までだと思っている。君がこれから多少身長が伸びようとも190cm相手に張り合えるとは到底思えないかだ。」
「!?・・・そ、そんなのやってみないとわからないじゃ無いですか。」
俺は食い下がる。
実際、今までもほとんどの高校の監督がリベロの特待生として、と話を持ちかけてきた。
でも、俺はスパイカーとしてやりたい。その思いが強く、他の高校は全て断っていた。
でも、星条は俺の憧れだ。
星条に行きたいという一心でバレーを始めてここまでやって来た。
「・・・そうか、確かにそれもそうだな。わかった。じゃあうちの練習に1度参加してみないか?」
監督は笑顔で聞いてくる。
「え、は、はい!」
俺は喜んでその提案を受けた。
俺は自分の実力に自信があったし、それに、これは監督がくれたチャンスだと思っていたからだった。
その年、本橋中学は東海大会1回戦で姿を消した。