進路指導
騒然。
その言葉だけがこの場の状況に適した表現なのだろう。
「……」
状況を報告するために文芸部一同、集まってもらったが報告するまでもなかったようだ。
なぜなら文字通り、目の前には燃やされた本があったからだ。
一人、高樹だけが燃えた本を持ち上げた。
「湿ってる……自然発火だったらよかったのに。状況で考えるなら、この本は誰かに燃やされて火が大きくならないうちに鎮火された。見事なまでに悪戯だね」
高樹は拾い上げた本を俺に渡した。
焼け焦げた本は辛うじて『シタと』だけが読める。
紛失した本は見つかった。どんな形であれ、見つかった。
部活終わりの電車は疲れた体をほぐしてくれる心地のいいマッサージのように感じるのだが今日は、そんな気持ちにはなれなかった。
そして、普段はロードバイクで登下校をする浅井も珍しく電車に乗車していた。
「唯さん。私がなんで電車に乗っているかわかりますか?」
「なんだ?」
「一人で帰ってたら泣いていたからです……」
浅井は、どんな物語でも本に対する気持ちは人一倍強い。まあ、浅井の叔父が小説家で身内から迫害を受けて自殺をしてるから尚更だろう。
「そうか……」
言いたいことはわかる。浅井の泣きたい気持ちは悲しみだとか辛さだとか怒りだとかが混ざって混乱してるのだろう。
そして、次に言うこともわかる。
「私、許せないんです。本を燃やした人が……」
その気持ちもわかる。
「だから、できることなら犯人を突き止め――」
「それは俺たちのやることじゃない。犯人を探すのは先生や警察の仕事だ」
浅井はさらに悲しさが積もるように目に涙を浮かべていた。
学校側が警察沙汰にするとは到底思えないけど。
「でも……いえ、なんでもありません」
「俺たちがやるべきことは、潔白を証明することだ」
俺たちは、燃えた本を先生に報告した。
担当は司書の先生と生徒指導の先生だ。しかし問題は生徒指導の先生にある。
近藤之久先生、五十六歳。昭和生まれ。
先生は、昔の方がいい時代だったと言い張るのが有名で、今の学生を批判する傾向にある。
生徒指導だから厳格な先生が担当するのはいいのだが、今回は一番最初に見つけ報告した俺たちも疑われている。
学校としては、素晴らしいまでの働きをする生徒指導なんだろう。
全く、迷惑だ。
「明日、朝に生徒指導室だからな」
そう言い残し俺は、波多駅で降りた。
気が滅入るが、俺たちはなにもしてない。
だが、生徒指導室で立たされて生徒指導の先生を待つと足がフラフラして潔白を証明できる自信がない。
今回、呼び出されたのは文芸部の代表者である部長と副部長だ。
まだ俺たちには、本を燃やした容疑がかけられている。
口裏を合わせないためにも複数回にわけて個別で事情聴取をするのだろう。
そんな、警察さながらの生徒指導に浅井は俺以上に震えていた。
『ガタン』
生徒指導の近藤先生はやや乱暴に扉を空けて生徒指導室に入ってきた。
浅井は震えすら止まり凍りついていた。
「昨日の代表者か?」
ドスを効かせた先生の声でハッと浅井がもとに戻った。
「は、はい。私が文芸部の部長です……」
めっちゃ声が震えていた。
「おう、お前は?」
先生が目を会わせようと顔を向ける。振り向くときの効果音は、ギロリっという音が似合いそうなくらいに睨まれる。
これは声が震える。と言うか、声が出るか心配だった。
「あ、はい。え、同じ部活の副部長です」
「おう」
声は震えていなかったと思うが、裏返っていた。
「まあ、座れや。それで説明してもらおうか」
怖い……。
進路指導室に用意された、会議用のなが机の席に座ろうとした瞬間。
バンっと近藤先生は、ファイルを叩きつけるように机においた。
怖い。
「俺個人の意見だで、言うことは二人の成績を比較するとな唯、お前が本を燃やしそうな成績しとるわ」
偏見だろ。
横目で浅井を見ると自分のことかのようにむすっとむくれていた。
「中間成績を見せてもらったら、殆どが七十点代。四段階評価なら全部良か可だでな」
ごもっともで……。できれば、浅井の前で成績を公開して欲しくなかったがまあ、成績を見られて判断するなら疑われるんだろう。
「先生、唯さんの成績の説教は後にしてもらえませんか……」
浅井が話すを進めるために言った。せめて成績の説教はうやむやにしてほしかった。
「おう、なら成績が殆ど優の浅井の話を聞こうじゃねえか」
先生に睨まれて怯える浅井が心配だ。
「は、はい。お話します。その私たちは最初から関与してたわけではありません」
ん? 関与? 一気に心配になってきたぞ。
「物語で言うなら私たちは起承転結の承の部分で登場しました」
ちょいちょいちょい、浅井さん!? ちゃんと説明して!
先生が頭を傾け、はてなマークが見えた気がした。大丈夫だ先生、俺もよくわかってない。
って、違う! なに言い出してんだこいつは!
「え、えーと、それでですねある時に図書委員会の園田さんが本が消えたと文芸部に依頼が舞い込んで――」
違う! そうじゃない……浅井さん、無駄に話を続かせるな!
先生が欲しいのは本が燃やされた事に関する前後関係だけで、俺たちの前後関係が聞きたいわけじゃないんだ。
「あ、説明を忘れました、文芸部っていうのはですね……」
「そんなことは聞いてない!」「無駄な話をするな!」
埒があかないので、突っ込みをいれた。
もし、先生と同じ文言で浅井に突っ込みを入れていたらきっとハモってたんだろう。
浅井は、二人から突っ込まれてきょとんとして凍りついていた。
「本当に優秀生徒か? じゃあ次、唯。わかりやすいように説明しろ」
浅井のお陰で、先生も俺も緊張というか集中が切れたのだろう先生も鋭い眼光ではなくなり俺も震えが止まった。
「さっきの浅井の話を踏まえて、同じ部活であり図書委員会である浅井に紛失した本を探すのを手伝って欲しいと言われて、本を探していたら実習棟裏で燃やされた本を発見しました」
ざっくり説明するならこんくらいだろう。
先生も理解してくれたようで次の質問を考えていた。
「じゃあ、燃やされた本は誰が燃やしたかはわからないのか」
「残念ながら。俺が探しに来たときには実習棟裏近辺に誰もいませんでした」
「ありがとう。実は疑っていたというのは最初の数分だけだ。
普段の生徒指導で相手の出方を伺ってたが、予想以上にいい反応するから犯人じゃないってわかった」
最近の生徒を批判する頭の固い怖い先生と思っていたが、根は優しい先生なんだろう。
ただ、第一印象を曲げたくないから根と言っても根先のほんの少しだけの優しさだが。
「もし、俺たちが犯人だったら?」
「ふざけろ! つまらん質問をすんなさっさと出ていけ。ホームルームが終わるぞ」
やっぱり根先も厳しいし先生だ。
俺は固まった浅井の手を引いて逃げるように生徒指導室を出た。こんな場所、もう二度と来るか!
「おい、大丈夫か?」
ホームルームが終わって一時限目のチャイムが鳴るなか、浅井を引っ張りつつ授業を少しでもサボるためにゆっくり廊下を歩いていた。
「え、あ、はい……」
やっと緊張から解かれたようだった。
「お前、もしかして説教とか怒られるのって馴れてないのか?」
「…………」
浅井は答えようともせず無言だった。流石に失礼なことを言ったんだろうか。
「その、唯さん……て、手を……」
手を握っていることに初めて自覚した。
「あ、ああ、ごめん。強く握りすぎた。痛かったか?」
「そんなわけでは……。ただ、異性の人と手を繋ぐのが初めてで……どうしたらいいかわからなくて」
浅井は目を逸らしながら言った。すこし顔も赤い気がした。そうとう馴れてなかったんだろうな生徒指導が。
「別に手を握ったからと言って、捕縛したつもりはない。離したいなら離したいで勝手に手を抜けばいい」
「はい。ただ……唯さんから手を握られたのが嬉しくて」
ただ手を繋ぐだけで嬉しいのかわからん。手を繋ぐことなんて、小学校でたくさんやって来ただろ。
「それより、生徒指導でフォローしてくれてありがとうございます」
フォローと言うか訂正だが。
「まあな……俺たちの疑いは晴れた。犯人が見つかるのも時間の問題だろ」
「唯さん、やっぱりダメですか? 犯人を特定するのは」
「ダメだ。それは俺たちがやっていいことじゃない」
それに、本を燃やすことをする人だもし特定できたとして、犯人を下手に煽ればどんなことをするかわからない。
「……そうですか」
「お前の気持ちはわかる。でも、犯人を見つけるのは俺たちのやることじゃない」
一年生の廊下にたどり着き、俺と浅井は自分の教室へ戻った。
俺は別に高校生探偵でも学園ミステリーもやりたくないんだ。
生徒指導の先生って、怖くて一癖も二癖もある生徒にモノ応じせずに指導してるから、
普段の先生よりもコミュニケーションがとりやすくて、普通に雑談をすると面白かったり優しかったりもしますよね。
僕が通っていた高校は、生徒指導を任されてた先生のストレス値が心配でした。
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