1.零士からレインへ
第一章
1.零士からレインへ
長い間、眠っていたような気がする。
異世界に来て、何が何だか分からないうちに、飛ばされ、打ちだされ、胸に手を挿しこまれ、熱かったというのは覚えている。
その後、骨と美女の手の平に挟まれて、それから暖かくなって、暗くなって、それから、それから…。
最後の最後に見た、鏡に映る愛子の姿が一瞬脳裏に浮かぶ。
涙がこぼれそうになった時に、鼻先に、冷たい水の雫が落ちた。
ゆっくりと、目を開ける。
(うう、眩しい、ここ、どこだ、良く、見えない)
光の眩しさの次に感じたのは、口の中の血の味と、その鉄錆のような匂いだった。
「けふっ…。うぇ…。ぁー」
口の中がちょっと気持ち悪い。咳をしようとしたが、何だか上手くいかなかった。自分の口から洩れる声が随分と高く感じる。声が上手く出せない。
(歯が、無い…?)
自分の声に続いて聞こえてきたのは、どこか異国の言葉で話し合っている男女の声。
そして風の音。草の匂い。何か硬いものにパラパラと当たる水の音。
目が光になれてくると、良く見えないが、自分に向かって何事か話しかけている、すごいでかい男の顔がぼやけて見えた。怖い。
「ぁぅあぁ」
反射的に手を前に出し、身動きしようとしたが腕も足も上手く動かせない。というか、力が上手く入らない。そしてひどく身体がだるい。目覚めたばかりだからだろうか。眠気がひどい。
(巨人の国か、いや、転生って言ってたな。確か。という事は)
ぶにぶにとほっぺたを男に突かれながら、首を回して辺りを見ようとするが、やはりいまいち身体に力が入らない。
(赤ん坊スタート、か…超絶時空魔法使える死んだばかりの魔法使い。という線はこれで消えたな)
元々期待はしていなかったが。これは、帰るまでかなり掛りそうだ。というか今はいつなのだろうか。
とりあえず何か無いか、ここはどこかわからないか、と周りを見ようと思ってもぞもぞと動いていると、ギュッと抱きしめられ、少し身体に浮遊感を感じる。どうやら顔の近くに持ち上げられたらしい。
誰かに抱かれているらしい。さっきの男よりも近い位置にある顔。もうほぼ鼻先だ。
(こいつは…っ)
笑顔で何事か話しかけられているのは分かる。
とても優しそうな顔、眼鏡はかけていないが、
「あっ…ぁぅぁ…」
あの、俺を打ち出した魔法使いの、女だ。
(「こんにちは、私がママよ」か、そう言う、ことか。)
「ぁぁぁ…」
思わず、笑ってしまった。そして、納得した。
どうやらここは俺が飛ばされた所よりも過去らしい。
(あの日がいつかは分からないが、それまでに何とかしてあの扉を見つけて、帰らないといけないという事か。やることは、なんだ。場所と時間の、把握と、それと、それと)
何故だか妙に気だるい体と頭で、そこまで考えて、眠気に耐えきれずに、意識が再び落ちていく。
眠る直前。
何だか妙に興奮したような女の声、なだめるような男の声、そんな分からない言葉で言い合っている男女の声の中で、一つだけ
「レイン」
という言葉だけが耳に残った。
□ □ □
イデア歴2990年
ヴェルの月17日
徐々に、春の気配が強まって来ているとはいえ、その日の朝は冬に戻ったのか思う程の冷え込みだった。
昼前から空に暗い雲が混じり始め、今は空の大部分を覆い、今にも雨が零れそうだ。
国境の山岳地帯に近いこの土地は、高山からの吹き下ろしの冷たい風と、地表近くの暖かい空気が混ざり、天気が変わりやすい。元々曇っていた今日のような日は、確実に強い雨が降り注ぐ。
アレックス・リバエルは馬を走らせながら、額にかかる癖の強い黒髪を、同じく黒い武骨な篭手をつけた手でかきあげ、空を鋭い目で睨んだ。
「あー、くっそ、やっぱり降りそうだな」
「早めに見つけないと、これは拙いわね。生き残りがいたとしても、雨で濡れて体温が下がれば、助かる者も助からないわ」
葦毛の馬を駆るアレックスの後ろには、黒馬に乗った女性が続く。暗い灰色のフード付きのローブを着用し、長い節くれだった杖を持っている。いつも目深にかぶっているフードは馬に乗って走っているせいだろうか、今は取れて赤色がかったブロンドの艶やかな長い髪が揺れ、その隙間からは普通の人よりやや長く、先の尖った耳が見え隠れしている。エルフよりは短いが、人よりは長い。女性はハーフエルフだった。
「アーシェ、魔力の感知魔法は?」
「捉えてる。オークらしい反応が2、ゴブリンが9、かしら?後1カイル(1km)もないわ、多分あの丘の向こう。」
ハーフエルフであるアーシェの魔力感知魔法の制度は、エルフには及ばないものの高い。それに、元上級冒険者の魔術師だ。距離から言って、数と種類を間違う事は無いだろう。
昼前に街を出た行商人が、隣街までの街道でゴブリンとオークの集団が馬車を襲っているのを目撃し、大慌てで戻ってきたのが、つい一時間程前だ。
その行商人も、目の良いオーク二体とその部下ゴブリンの何体かに追われてはいたが、それは町の衛兵がなんとか倒したとの報告が上がっている。
丁度町に出ていた、次期領主アレックス・リバエルと妻アーシェは、その一報を聞き、直ぐに馬車の救出と、オークとゴブリン混合の集団の駆除をする為に、兵と共に出撃し、現場に向かっている所だった。
だが、一歩遅かったらしい。
丘の上に、兵と共に到着した時に見たものは、身体の大きいオーク二匹に囲まれて、最期の一撃を受ける護衛らしき男の姿。無惨に破壊された横倒しになった馬車と、その周りの商人らしき者達の死体。そして、馬車が逃げて来たであろう方角から、この付近まで、街道沿いに転々と倒れて動かない人達。それに近づく小柄なゴブリン達だった。
「アーシェ!」
「ストーン・バレット!!」
掛け声と同時に、アーシェの掲げた杖の先に展開された魔法陣から、幾つもの石の礫が恐ろしい速度で飛んで行き、馬車と死体に近づくゴブリンの何体かの頭に命中し、一撃で意識を、命を、撃ち抜く。
「倒れてる奴の中には、生き残りが居るかもしれん!倒れてる奴にも馬車にも当てるなよ!オーク共は俺がやる!」
指示を出しながら、腰に差していた剣を鞘から抜き、二匹のオークに突撃した。
「ふっ!」
馬に乗ったままオークの群れとすれ違い様に、速度の乗った一撃で、此方を向こうとしていた一匹の首を飛ばし、そのまま走り去る。
仲間をやられて怒ったのか、涎を飛ばし大声を上げるオークの声を聴きながら、馬を反転させる。
ドタドタと鈍重な動きで此方に走ってくるオークを見やって、その場で馬を降り片手で剣を構え、自身の身体と剣に魔力を纏わせ、オークに向かって走りだす。
オークは、走りながら木の棍棒を振りかぶる。
アレックスは、オークが棍棒を振りかぶる素振りを見た瞬間、魔力を足に込め、一気に速度を上げる。
一人と一匹の姿が重なったのは、一瞬だった。
そして、決着も一瞬だ。
「これでオークは終わりか。」
棍棒を振りかぶったままの姿で、地面に横たわり動かなくなった上半身を置いて、下半身だけでドタドタと数歩走り倒れたオークを確認すると、剣を一振りして血を払い、鞘に戻しながら馬車の方を見る。
「あっちも、大丈夫か」
魔法による第一射から一歩遅れて、兵が矢を射掛けたのだろう。頭や背中に矢を生やしたゴブリンが転がって射るのが見えた。それを一瞥し、オークと戦っていた人の方へ走る。
「駄目か…」
冒険者か、傭兵だったのだろうか、人相のやや悪い男が額を割られ息を引き取っていた。名や、身分の確認のとれるものはないか探しながら、仰向けに寝かせ、簡単に顔を拭いて胸の前で手を組ませていると、馬車の辺りから呼ぶ声が聞こえた。
「アレックスーっ!」
「おう!今行く!」
側に寄ってきた馬の手綱を引き、アーシェの元まで小走りで駆け寄る。アーシェは、小包か何かだろうか、布に包まれた物を両手で胸に抱えて待っていた。
「残敵は?」
「大丈夫。最初の魔法と、兵隊さん達の弓で殲滅したわ。反応もない。それより」
「ん?」
ゆっくりと、今まで大事そうに胸に抱いていた布に包まれた物を此方に差し出してくる。血に濡れた布の中には、この騒ぎにも起きずに、穏やかに眠っている赤ん坊の姿があった。うっすらと、額に大きめの傷跡が走っている。血はもう止まって居るようだ。
「生き残りは、助けられたのは、この子だけ…。他の人は、もう。この子の、多分、お母さんも…」
ゆるゆると首を降るアーシェは、目に見えて落ち込んでいた。
「そう、か…。ん?アーシェ、その腕」
ふと、赤子を抱くアーシェの左の手を見ると、血の滲んだ包帯が巻かれていた。良く見ると顔色も悪い。落ち込んでいるだけという訳ではなさそうだ。白い肌が今は青白いと言ってもいいほど血の気が引いていた。
ゴブリンの群れ如きがアーシェに近づけるとは思えない。とすれば、怪我の原因は一つしかなかった。
「発見した時、怪我してたの。この子。もう殆ど息もしてなかった。通常の回復魔法で傷は塞いだけれど。その、血が足らなくてね。魔力を込めて、飲ませたのよ。」
エルフの血は回復の術式と組み合わせる事で回復の秘薬となるのは有名である。そして此方は有名ではないが、ハーフでもエルフよりも効果はかなり落ちるものの、多少は回復効果があるらしい事も聞いている。成人を死の淵から生還させるには到底足らないだろうが、赤ん坊の失われた血を、回復させるならギリギリなんとかなったのだろう。ただ、赤ん坊相手とはいえ、ここまで回復させるには相当量の血が要っただろうが。
「やっぱりか…。また無茶を…。んで…、睨むなよ。分かってるよ。お手柄だったな、アーシェ。で、お前の体は大丈夫なのか?」
言ってる途中にちょっと睨まれた。小言の前に誉めて欲しかったらしい。
(歩いている時点で大丈夫なのだろうとは思うが…)
アーシェは昔から無茶をして隠す癖がある。子供が絡むと、特にだ。
「ちょっとクラクラするけど大丈夫。」
青白い顔で少し笑い、アーシェがそう呟いた時、雲から遂に降りだした雨の雫が、アーシェの抱いている赤ん坊の鼻の先に落ちてきた。
それが切っ掛けになったのか、赤ん坊がゆっくりと、薄らと目を開けた。
珍しい目だった。左右の目の色が違う。金と黒の虹彩が神秘的なオッドアイだ。
(先祖に、ハイエルフか魔族でもいるのかね。人族でもいないわけじゃないが。珍しい組み合わせだな)
色の組み合わせはともかく、この地方の迷信ではオッドアイは複数の神のご加護を受けた証で幸運の印であるとされていた。この辺りなら大抵は喜ばれるだろう。
襲われ、死にかけたのは不幸だとしても、死ぬ前に偶然自分たちが通りがかり、回復術式を使えるアーシェがいた事は、まさしく幸運であると言えるので、あながち迷信でもないのかも知れない。
「けふっ…。うぇ…。ぁー」
「おう、目、覚ましたみたいだな。おーい、大丈夫かー?」
そっと赤ん坊の顔を覗き込むと、赤ん坊がアーシェの腕の中でもぞもぞと動く。
「ぁぁあぅ」
「おお、言葉分かってんのか?可愛いな、こいつ。助かったんだぞー。もーだいじょうぶだぞー」
ぶにぶにと柔らかい頬を突いていると、赤ん坊が逃れるように顔を背ける。頭に結構危ない傷を負っていたと言う事だが、意外と元気そうだ。
「こら、やめなさいっ!怖がってるし嫌がってるでしょ!」
赤ん坊を抱きしめなおし、少し体をひねり、赤ん坊を遠ざけたアーシェは自分の鼻先に赤ん坊の顔を近づけてあやす様に話しかける。
「はーい、こわいおじちゃんはもういないでちゅよーだいじょぶーだいじょぶよー」
「いや俺まだ26だぞ。お兄さんだろ。そこは。」
「おじちゃんがなんかいってまちゅねー。おなまえはなんでちゅかー?」
「おい…っ!ちっ…。俺がおじさんならお前は」
「あ?」
「かわいいよなーあかちゃん。」
歳の話しになると、いつも出てくるアーシェの怒りの波動で赤ん坊に泣かれては敵わない。ここでいつものごとく大声でやりあうわけにもいかない。今日は赤ん坊に免じて引いておこう。
多分、この二人と付き合いの長い者達がこんな事を思っている事を知ったら、「いつも引いてるじゃないですか」と苦笑いしながら言うだろうが。
「ぁぁぁ…」
「あっ!今、私見て笑った!ねえ、今私見て笑ったわよ!」
「聞こえてるよ。ああ、笑ったな。お前も笑ってるな。うん、まあ、笑えるなら、もう、赤ん坊は大丈夫だろ。良くやったよ。」
「レイン」
「は?」
いきなりの単語だ。自分の口が、間抜けに開いたのが分かる。
たしか大昔の勇者の故郷の言葉だったはずだ。意味は、雨、だったか。あの本は、子供の頃、好きで良く読んだから間違ってはないはずだ。
「赤ん坊じゃなくて、この子はレイン」
「どっか。布か服かに名前でもあったのか?」
「今つけたの。」
今度はさっきより大きく口が開いた。
「は?待て、おいちょっと待て。身元もまだ調べてないし、何処かに身内がいるかもしれないだろうが。勝手に名前付けてその子が覚えたらどうするよ。本当の名前だってあるかもしれねえだろ」
「レインを見つけるまでに兵隊さん達と、亡くなる直前の人の言葉も聴いたし、馬車とか、遺体を調べたけれど、多分、違法奴隷をのせた馬車よ。奴隷商の死体は見つかったわ。何人かからは、正規の物じゃない奴隷の首輪も。」
奴隷制度はこの国の中では借金等による生活困窮者等がなる借金奴隷と、犯罪者の刑期に相当する犯罪奴隷の二種類しかない。
借金奴隷の場合はある程度の人権は保証される。奴隷だから何をしても良いとはならず、魔法を付与した首輪による制限も、厳格に法により決められており、余りにも非人道的な制約や命令を魔法によって強制する事は出来ない様になっている。
だが、魔法の首輪自体を改造し、拉致等で違法な手段で手に入れた奴隷を強制的に労働させたりさせるという犯罪はそこかしこに横行していた。
恐らく、あの死んだ奴隷達の首輪には、そんな術式が掛けられていたのであろう。
「それに、レインの母親も、いたわ。一番離れた所に。レインを、庇うみたいに抱いてた。発見した時はもう…。」
馬車のある位置から、少し離れた場所に、転々と遺体が横たわっているのは、丘の上から見たときに分かっていた。
それが意味するところは、オークやゴブリンに見つかり、追われている時に、オーク達を気を引き時間稼ぎをする為に馬車から次々に捨てられたのだろう。屑のやる事だと心底思うが、元々が違法奴隷商だ。人を道具位にしか思ってないのだろうが。
だが、例え母親が亡くなっていたとしても、父親は居るかも知れない。
「ダメだ。」
「むう」
頬を膨らませた顔で、上目遣いで此方を見てくる。
「そんな顔しても駄目だぞ。例え直接の身内がいなくても、拐われた元の所に身内が居るかも知れないだろうが。それに、こういう場合は先ずは教会の孤児院だろう。」
特に自分達は身分もある。その子だけ特別扱いは出来ないと、思ってしまう。
「でも、孤児院に預けて私たちが里親になるなら、今からでも良いんじゃないかしら?」
アーシェはすっかり、引き取る気満々だ。
「新しい妾を取るか、養子か取るべきだってお父様や、周りがうるさいって、アレックスも言ってたじゃない。正直、嫌よ。私。貴女が側室とるの。それに、私達以外の人が決めた養子を取るのも。」
エルフと人の間に子は成し難いのと同様に、ハーフエルフとも又、子は成し難い。
国境と辺境近くの田舎とはいえ、自分は貴族だ。しかも長兄が、婚約者はいたものの、結婚をせずに戦死し、自分が呼び戻されて領地を継いでからは、親からも周りに居る配下の者達からも、「早く子を」の催促は何度も来ていた。側室の話に至っては肖像画付きでだ。
確かに、アーシェの言う通りではあるのだが。
「いや確かにそうだけど待ってくれ。考えさせろ。というか、そんな大事な話、ここじゃ決められないだろ。それに、雨もぼちぼち強くなってきた。」
雨の勢いも無視できなくなってきた。それに、魔物の死体と、犠牲者の遺体、それに馬車の処理等、てきぱきと作業を進めてくれている信頼出来る兵達にも、これ以上の会話は聞かれたくない。
「そうね。レインが風邪ひいちゃう」
「お前もだ。魔力はまだしも、その体力でこの天候じゃ、満足に動けねぇだろ。遺体の処理と身元の確認は俺がやっとく。生き残りの捜索もだ。その赤ん「レイン」…レインの為にも、故郷やらなんやら、はっきりと出来るなら、そうした方がいい」
奴隷商人の身元はもう少し調べないといけないが、違法奴隷の奴隷商と言うなら、関はまともに越えて来てはない筈だ。この位置までオークとゴブリンが来ていたという事は、西の森の沿いに隠れて此方まで来ただろう。
「それなら私も行くわ。魔法、あった方がいいでしょう?」
確かに言う通りだが、魔力と体力を消費した今の状態のアーシェを連れて行くのは無理ではないが無茶だ。
「駄目だ。兵達に赤ん坊の世話は任せてもいいが、こういうのは女の方が良いだろう。乳母も探さないといけないし。赤ん坊も今は大丈夫だが、何があるか分かんないだろ。先に町に帰って孤児院かそこらで色々聞いてきてくれ。こっちはやっとく。早くしないと本降りになんぞ」
「むう」
又、先程の顔で抗議される。
「んな顔してもダメだ。俺も上級ポーション位は持ってる。生きてるやつが居たらなんとかなる。早く、レインと戻れ」
回復魔術を込めたエルフの血程ではないし、血も戻らないが、そこそこの傷も回復する高級品だ。これで治らないようなら、そもそもが手遅れだ。
それに、赤ん坊はまだしも、成人の人間を一気に治すほどの血の量を出せば、治す前にアーシェの命がなくなる。赤ん坊を治した今なら尚の事だ。
「…分かったわ…。レインのお母さんの事、お願いね。先に町で待ってる」
それを理解したのだろう、皆まで言わなくても指示には従ってくれた。
「おう。兵を一人連れて戻ってくれ。そいつに、荷馬車連れてここに来るよう言っとけ。俺は残りを連れて捜索と、後始末をする。夜には戻れるだろう。」
「うん、分かったわ。」
アーシェは、此方に一つ頷き、赤ん坊を優しく抱き直す。
「そっちも、気をつけてね。」
踵を返し、側に杖を持って走り寄って来た兵を伴い、赤ん坊を気遣いながら、ゆっくりと馬に乗って町に向かっていくアーシェの背中を見送り、兵に捜索指示を与えながら、考える。
(生き残りの捜索後は、親父への説得と、後は新しいメイド募集。爺へ相談してみるか。後は、赤ん坊の服とか、何処で売ってんだっけか。)
アーシェには色々言ったが、レインと目が合った時には、自分も情が移ってしまっていた。自分の子にするにしろ、それとは別に里親探して育てるにしろ、面倒は見る気にはなっているが、それもこれも帰ってからだ。
先ずは、生き残りの捜索だ。
「一人は残って何かないか調査しつつ、後から来る荷馬車を待て!残りはここから森まで捜索する!」
「「了解しました!!」」
もう空は暗くなりつつある。雨は徐々に勢いを増す。風も出てきたようだ。
多分、この嵐が過ぎれば、一気に暖かくなるだろう。
穏やかな春はもう目の前だ。
(さて、もう一頑張り、しますかね)
馬にひらりと騎乗し、腹を軽く一蹴りする。
葦毛の馬は雨に濡れながらも、馬上の人間と同じように、力強く、走り出した。
□ □ □