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レイジー・リバース・レイン  作者: かずず
序章 異世界へ。
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1. 止まる世界

 

 二〇一七年三月十四日

 ホワイトデー

 夕方六時


 昼前から徐々に厚く重くなっていた雲から、ぽつぽつと雨粒が零れ落ちる。

 その雨粒は、まだ少し肌寒い風の吹く中家路を急ぐ人たちの気分と服を少しずつ重くしていた。

 利用者数の割りに、数の少ないいつも行列を作る改札を出て直ぐの駅前のロータリー広場。

 そこから伸びる商店街には、恐らくは今日までなのであろう、青と白を基調としたハートとリボンの踊る広告と共に、ケーキやクッキー、チョコレートが所狭しと店先に並んでいる。

 その中の一軒、他の店よりも心なし多くの人が並ぶ店の中から、一人の男が店員に扉を開けられて外に出てきた。


 ぽつりと、男の鼻先に、重い雲から溢れた一滴が落ちてくる。


(夜まで天気は持つと思ったんだけどなぁ。帰るまで、ずっとこの程度なら、ケーキは無事だろうけど)


 夕方の街の、普段より僅かながらに浮かれたざわめきを聞きながら、学校帰りだろう、制服を着て嬉しそうに騒ぐ彼ら彼女らを横目に、地元では有名なケーキ屋の透明なビニールを被せられた紙袋を、大事に抱えこんでいつもよりは早足で歩き出した。

 愛する妻の待つ家に向かいながら、暗い青と灰色の空を見上げて、しかめ面で睨む。


(まあ、店員さんには感謝だな)


 年内で指折りの忙しい日の、更には忙しい時間帯に、一手間かけてビニールを被せてくれた優れた店員の人懐っこい笑顔が思い出されて、ふっと息を吐き出した。

 出来る店員は、天気を読む力にも優れているらしい。家を出る前に見た、テレビの予報には無かったしとしとと降る雨に、沈みそうになる気持ちを切り替え前を向く。


 雨河零士(あまかわれいじ)は今年で三十六歳になる。

 良くアイロンの掛けられた暗い灰色のスーツ。痩せ気味で平均よりはやや長身。日本人にしては濃い顔の上に、二ヶ月はカットしていない収まりの悪い髪が乗っている。いつも、美容院でしてもらっている黒染めしている若白髪が、時折強い風が吹く度に時折黒髪の下から「隠してももうそんなに若くないんだぜ」と、自己主張をしていた。


(取り敢えず愛子にケーキ届けて、遅くなるの謝って、駅までダッシュで、ギリギリ会社に19時前、くっそあの野郎、大した用でもないのに帰宅中に呼び出しとか、嫌がらせだろ…帰るの早くて22時か…今日は早く帰るって言ったのにな)


 時々、自分の退社後に緊急の仕事を突っ込んでくる上司に、心の中で毒付く。前に一度、報告がなくて大問題になった事を考えれば、ましな方ではあるが。

 そんな事を考えながらも、左手に持つ、妻の好きなケーキ屋の袋を見て、その薬指に鈍く光る指輪を見れば、その直後に妻の姿を思い出す。お腹がそろそろ目立つ大きさになってきている愛妻の顔を思い出し、自然と表情が綻ぶ。


(まあ、うん、今週末の連休は少し散歩にでも行こうか……晴れるらしいし、遠出は出来ないけど、美味しいものも食べよう)


 一緒にいるだけで幸せになる妻の笑顔を思い浮かべながら、点滅している青色の信号を見止める。片側二車線の国道を跨ぐ横断歩道の手前で立ち止まると、横から雨雲を吹き飛ばすような明るい声が聞こえて来た。


「ありがと! すっごい嬉しいよ! 一生大事にする!」


 声に誘われて横を見ると、自分の持つ紙袋と同じデザイン、そして少し小さめの袋を持っている高校生位のグループが楽しそうにはしゃぎ、じゃれあっていた。

 いや、まだ中学生だろうか。高校生というには幼すぎる容姿のショートカットの可愛らしく元気な女の子に、大人びた顔の背中まである艶やかな黒髪の女の子。

そしてその二人に囲まれた、線は細いが意思の強そうな目を持った美男子の三人組だ。


「いや、食べてくれ。俺が美咲(みさき)のおばさんに叱られるよ。そこまで喜んでくれて嬉しいけどさ」


 袋を持って笑顔でくるくる回り、喜びを表現している女の子へ向かって、困ったような話しかけている彼も、目は笑っていた。


「うーん、じゃ、一週間は、大事にする」


 残念そうに妥協案を示すショートカットの彼女に、今度は黒髪の少女が


「消費期限、今日までよ?」


 微笑を湛えて、からかうような口調で指摘する。


「むぅっ! じゃあ今日すごく大事に食べる!」


 そこまで微笑ましい気分で聞いて、あまり自分のような者が見てるのもどうかと思い、仕事で冷えた心を暖かな気分にさせてくれた美男美女の三人組に感謝しつつ、彼らに誘われていた視線を信号機に戻す。 信号待ちの間は、美男美女の元気な美声をBGMにでもしておこう。


楓香(ふうか)お姉ちゃんも、勇也(ゆうや)お兄ちゃんも4月から一緒の高校かーいいなー」


「でも、高校も中学も同じ場所にあるだろう? なにも変わらないさ」


「そうよ、それに来年は美咲も同じ高校でしょう?」


「そうだけどさー……やっぱり羨ましいよ。一緒なの。私も後一日早く生まれれば一緒だったのにーボクも一緒がいいよー」


(両手の花が仲良さそうでなによりだ、そのまま、最後までファイト。俺があん位の時分は、どうだったか……愛子可愛かったなぁ、高校の時)


 漫画か小説のような微笑ましい三角関係を予想させる三人組へ、心の中で心ないエールを送りながら、顔を対岸の信号に向け、残り僅かな待ち時間に、20年も前の暖かい思い出へと気持ちを浸らせようとした時だった。

 シャツの胸ポケットに入れていた携帯が震え出した。


(この振動パターンは、部長かね)


 数あるマナーモードの振動パターンの内、一番良く掛かってきて、そして一番悪い話しを聞くパターンだ。さすがに覚えてしまった。

 また厄介事だろうか。少々うんざりするが、携帯を、手に取り出ようとした時、携帯の動きが止まった。


(ん、なんだ?取るの遅かった?いや、これは……)


 例えようのない違和感を、感じ。携帯の画面から顔上げる。

 その瞬間、大きな揺れと、光りが同時に巻き起こった。


「わっ!」

「きゃっ!」

「うわっ!」

「うおっ!」


 四者四様の驚きの声を上げ、いきなりの揺れにバランスを崩しながらも、脚に力を入れながら耐える。直ぐに首を回し周囲を見回すと、周りの状況が一変していた。


(なんだ、これ。雨粒が、見える? 周りの時間が止まってんのか? 光は、足元、ていうか、揺れ!? 愛子大丈夫か!?)


「なんだこれ! おい、大丈夫か!? 美咲! 楓香!」


 光の中心にいた美男子が、混乱している二人の手を取り呼び掛ける。


「うん、大丈夫…だけど、これ、なに? きゃっ!」

「ボクも大丈夫! じゃない! 足が、動かない!?」


 二人の少女が応えると同時に青白い幾何学模様が三人組の足元を覆うの光の中に浮かび上がり、広がり、1m程離れた所にいた自分の、左足の下まで範囲を広げた。


(おい、おいおいおいおいおい! まさか、これ!)


 嫌な想像が頭をよぎる、子供の頃の妄想、或いはつい最近読んだネット小説が現実になる、想像が。


(異世界転移ものとか、主役でも脇役でも巻き込まれでもマジで、今は勘弁してくれ! せめて愛子と出会う前にしといてくれ!)


 そんな、昔良く読んでいた小説の冒頭を思い出し、混乱している内に、三人組は光に飲み込まれていく。


(左足が動かない。というか、靴が魔方陣に張り付いてんのか? なら脱げば!)


 そう考えて、試そうとしていた時に、一つの細い腕が伸び、自身の左の二の腕を掴んだ。

 彼らと自分が立って居た位置的に、黒髪の少女だろうか、そちらを見ると、どんどん強くなる光に飲み込まれそうな彼女が、綺麗な顔を歪め必死の表情で叫びかけてきた。


「助けて……助けて下さい! お願い! 私も、彼も、足が動かないの、助けて!」


「おいちょっ! 待て! はなっ――」


 離せと言おうとして、どこか嫁に似た目と自分の目が合う。

 似ていると、思ってしまった。


「――すなよ! 離すな! 掴まってろ! やってみる! あと靴脱げ!! 動かないのは魔方陣に触れてるとこだけだ!」


 両手を使って、彼女の腕を掴み、引き抜こうと身体に力を込めたその瞬間。


 質量を持っているかのような一際濃い光が、魔方陣から立ち上ぼり、魔方陣の範囲ギリギリまで膨らみ、三人組と、少女が掴んでいた、零士の左腕の肩から先、少女の腕を掴んでいた右腕の肘から先、そして最初から魔方陣に入っていた左足が飲み込まれ…、


 飲み込まれたもの全てが、飲み込また()だけが、世界から消失した。


「がっっ! あ゛っあ゛あ゛ぁああああああああああああ!!」


 絶叫と共に、断面から血が吹き出し、光が消えた場所に、うつ伏せで倒れる。

 反射的に腕を前に出すが、その体を支えるはずの腕はもう、無い。


「がっ! うっあ゛、ぐ、うあ、なんだ。あ、腕、足が! 誰、か! 誰か居ないか! 助けて、、ぅあ!」


 傷口から吹き出す血が地面を濡らし、焼けるような痛みに苦しみ唸りながら辺りを見回すものの、自分と少し離れた所を歩いていた中年の男性も、その直ぐ側にいる自転車に乗った女性も、目の前の車でさえ、横断歩道上でピタリと止まっている。

 まだ、周りの時は止まったままなのだと認識した時、絶望的な状況だと理解してしまった。


(こんな、なんだ、これ、なんだよ! なんで俺、こんな! なんで、なんだ、何で、こんな目に……)


 両目から涙が溢れ、視界を濁らせていく。


「ぐ、あ、あ、たす、け……」


 傷口から血が溢れ、思考が暗く沈み、濁んでいく。


(痛い、寒い……眠い、愛子、今日俺早く帰るって言ったのに、ごめんな、子供、もうすぐ、なのに、ごめんな、ごめんな)


 命が、零れる。その寸前。死神の足音が、聞こえた気がした。


「ごめん、愛子、早く、帰れなくて、ごめん、出来るだけ、早く、かえ……愛し……」


 涙を流しながら目を薄く開き、無念の、苦悶の、醜く歪んだ表情を浮かべ、無意識にその日最愛の妻に言う予定の言葉を絞りだし、止まった世界の中で、その血濡れの体から、彼の魂は抜け落ちた。


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