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銀の天使とイツワリノカラダ  作者: 閲覧用
第一章 騎士の終わりと少女の始まり
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第五話:筋骨隆々なエルフ

 ターナは寝起きが悪い。眠りと起床の境を水面で例えるとしたら、腕だけを水から突き出した状態で短くない時間止まってしまう。強制的な新生活スタートである今日もその寝相の悪さを遺憾なく発揮し、ベッドの上でまどろんでいた。

 突然見知らぬ土地に投げ出され体まで変わってるのに何を呑気な、と言われそうだがこればかりはどうしようもない。

 普段と違う枕に顔を埋め、その感覚の違いに小さく唸る。そんな時部屋の外からバタバタと慌ただしい音が聞こえてきた。


「お……ねえ……ゃん!」


 その音源はついには部屋の中に侵入してきて可愛らしく何かを言ってるような気がする。しかし未だ夢の世界に捕らわれ続けているターナの耳には届かず、ほんの僅かに意識が浮上する程度だ。


「し……たない……なあ」


 ふと眠りを妨げていた騒音が止んだ。そのことを不思議に思うが普段の半分も働いていない頭は些細なことなどすぐに忘れる。邪魔がなくなったことによって再び意識を深く沈めていき、


「とりゃー!!」


「ぐへぇっ!?」


 腹部に落ちてきた衝撃で瞬間的に目を覚ました。間抜けな悲鳴をあげながら布団の上を見てみると満面の笑みを浮かべた少女──マリーがこちらを見ていた。


「おはよー! お母さんから聞いたよ、今日からここで暮らすんでしょ?」


「え、う、うん。しばらくお世話になるって」


「ほら、早く行こ!」


 ターナに乗ったままペシペシ何度か体を叩くと、元気良く立ち上がりさっさと部屋から出ていってしまう。何がそんなに嬉しいのか分からないが朝早くから元気なものである。

 ふと窓を見てみるとかなり強めの日の光が差し込んできている。時計がないため分からないが、既に結構な時間かもしれない。人様の家なのに自由すぎたかと心の中で反省するとベッドから立ち上がった。


「やっぱり違和感が……」


 昨日はあまり気にならなかったが改めて意識するとやはり目線が低い。この体がゲームの設定そのままだとしたら、165cm前後と女性にしてはやや高めの身長のはずだが元々の"優理"は180cm近くあった。15cmも身長が下がったのなら違和感を感じるのも仕方がない。


「お姉ちゃん、まだ!?」


 丁度そのタイミングで階段からマリーの声が聞こえる。これ以上家主とその家族を待たせるわけにはいかないと、そう考えながら部屋を出た。



 マリーに続き階段を下りるとミリアが椅子に座り、腕を組んで待っていた。ターナが二階から降りてきたに気づくと顔だけでこちらに振り返る。


「おはよう、疲れてるのかと思ってしばらく寝かせておくつもりだったんだけどね。村長がお呼びだから起こさせてもらったよ」


「すいません、気を使わせちゃって」


 本当は疲れていたのではなく、ただ朝が弱いだけなのだが訂正はしない。それより村長の呼び出しの方が大事だろう。


「村長の家はすぐ目の前だから、今からいくよ。マリーは洗濯をしておいてくれ」


「はーい!」


 元気の良い返事と共にマリーが部屋の隅に置いてある服の入った篭を持った。彼女の小さな体では運びづらいようで少しふらふらと玄関へ向かう。その可愛らしい姿が家を出ていくのを見届けるとミリアも立ち上がった。


「さあ、着いてきな」


 ミリアが玄関を潜るとそれに続いた。直後、顔に日の光と爽やかな風を感じる。辺りに機械などの環境に悪そうな物が一切無いからだろうか、それらは日本とは比べ物にならないほど綺麗なものだった。

 やや離れたところから元気の良い声が聞こえそちらを見てみると、洗濯篭を持ったマリーが同じく洗濯篭を持った数名の女性と共に歩いていた。彼女の元気の良さはどこでも発揮されるようで楽しげに会話している。


「ターナ、悪いけど村の見学ならあとにしてくれ」


 微笑ましい光景を見て思わず立ち止まっていると、ミリアから咎められてしまう。慌ててお互いの距離を駆け足で無くすと、小さく頭を下げてからミリアの横についた。

 今度はしっかり遅れないよう注意しながら村を観察してみる。現代日本とはまるで違う土地の人々の生活は見てるだけでも好奇心が刺激され飽きなかった。


 建てられている家は一つの例外無く木造で、多くは一階建ての小さなもの。ちらほらと二階建てのものも見えるがその比率は大きくない。一つだけやけに大きな建物があり何かと思ったが、家畜小屋のようで一人の青年が世話をしに大きな扉を開け入っていくのが見れた。


 そのように忙しなく目線を動かしていると村人と何度か眼が合った。どうやら普段見ない顔であるターナが気になっているようだ。それは仕方ないことなのだが、好奇心と僅かに警戒の混じった眼でそこら中から注目されるのはあまり気分の良いものではない。あちこち好き勝手に観察していたターナが言えたことではないが。


 周囲からの視線に耐えながら数分ほど歩くと村の中で一際大きな建物が現れる。他の家同様木造なのに違いは無いが小さな民家が多い村の中にあるとちょっとした屋敷のようにも見えなくもない。先ほどの家畜小屋もなかなかの大きさだったが、壁と屋根しか無いような非常に簡素なものだった。

 それに比べてこちらの村長宅は他の家には無かった錠前が付いてるなど中々に機能も充実している。


「ここが村長の家だよ」


「随分大きいですね」


「村の中ではかなり立派なものだけど、都市ならいくらでも建っているんだけどねえ」


 他愛のない会話をしながらさらに少し歩けば村長宅の正面玄関にはすぐにたどり着いた。やはり他の家より僅かにだが質の良さそうなドアをミリアが数回ノックする。しかし反応がなく、少し間をおいてから再びノックしても家の内部で動きがあるようには見えない。

 留守なのではないかとターナが怪しんでいるとなんの前触れなくミリアがドアを開けた。この村では貴重なはずの鍵付きのドアは何の抵抗もなくあっさりと客人を歓迎する。

 いくら小さな村とは言え、住民のリーダーである村長の家のセキュリティがこんな適当で大丈夫なのか。ターナの心の中でまだ見知らぬ村長の株が下がった。


「これはいつものかね。全く良い年してだらしないんだから」


 どこか呆れたような口調のミリアはそのまま村長宅へ上がってしまう。


「え、ちょっと、入っていいんですか?」


「平気、平気。いつものことだから」


 心配げなターナに対して軽い口調で着いてくるよう促してくる。中身が日本人のターナとしては許可無く他者の家に入るのは躊躇われたが、ミリアを無視することもできず恐る恐る玄関を潜った。

 村長宅は外観から見た通り中々の広さを持つようだ。部屋の大きさこそミリアの家の居間とそこまで変わらないが複数ドアがあり、多くの部屋があるのが分かる。もちろん階段も備え付けられており二階建てだ。

 しかしターナの眼にはそんなことは映っていなかった。何故なら部屋のど真ん中を陣取るように大柄な男が寝ていたから。


「……」


 年齢は見たところ三十代後半から四十にギリギリ達しているかと言ったところ。金髪生えている顔は整っているがあちこちに傷があり、黒い組織の頭領だと説明されても納得できるだろう。大柄な見た目通りその体には鎧のような筋肉がこれでもかと盛られていた。

 そんな男が村長宅で酒樽を抱きながら寝ているのだ。しかも幸せそうにニヤニヤとした寝顔を浮かべている。


 ──絶対に不審者だ。


 そうとしか思えなかった。それを肯定するように、ターナと同じような冷たい目線を寄越していたミリアが小さく唱えると男の顔の上に拳大の氷塊が発現し、


「さっさと起きろ」


 声量は小さいのにも関わらずやけにその冷たい声は響き、魔法が放たれた。たかが氷と侮るなかれ、十分な大きさと速度をもった雹なら車のボンネットさえも平気で破壊する。

 情けない男の悲鳴が村の中に轟いた。





 ☆ ☆ ☆ ☆





「オレはリグル村の村長、アルフレッドだ! よろしくな!」


 無駄に大音量の声で不審者は自己紹介を始めた。親指を立て、キメ顔をしているが、額から止めどなく流れている血のせいでこの上なく無様な姿だ。


「すいません、聞き違いだったとおも」


「オレはリグル村の村長、アルフレッドだ!」


「ミリアさん、この人頭打っておかしくなってません?」


「残念だけどそいつの言葉に嘘はないよ」


 さすがに何かの間違いだろうと確認をとろうとしたが返ってきたのは彼の言葉が真実だということだけ。ミリアがふざけたことをしない性格なのは一日だけでも分かっていたし、この場で冗談を言っていることはないだろう。


 ターナのなかでの村長像とは腰は曲がり、髭を生やしたよれよれの老人でありながらも、精神は未だ若者のように強くて思わず頼ってしまうようなカリスマ溢れる存在だ。

 勿論、現実でそんな都合の良い人物がいるなど思ってはいない。しかしだ、ここは異世界、少しぐらいの期待をしてしまってもバチは当たらないはず。どんな人物か内心楽しみに訪れ、箱を開いてみたらこれであった。


「ただの酔っぱらいじゃ……」


「ははは、嬢ちゃんも随分とひどいことを言ってくれるな!」


 思わず漏れた悪口を聞いても軽く笑い飛ばすだけだ。どう見ても集団の上に立つ人間には見えなかった。精々気の良い酒好きのおっさんでしかない。


「気持ちは分かるけど一旦下がっててくれ」


 ターナが複雑な感情を持て余していると二人の会話を黙って聞いていたミリアが前に一歩出た。そして何の前触れなしに右手を伸ばすと、アルフレッドの髪を掴み強引に引き寄せた。


「あんた、自分で呼び出しておいて気持ち良く酔い潰れてるなんて良いご身分だね?」


「やめろ、やめろ、髪が抜ける! こんな村じゃ酒ぐらいしか楽しみが無いんだから仕方ないだろ!?」


「同じ条件の村人が我慢しているのに村長が欲まみれだなんておかしいと思わないのかい?」


 "こんな村"と村長が言ってしまって良いのだろうか。非常に疑問であった。


「それに原料の栽培から加工まで全部一人でやってるんだから、誰にも迷惑かけてないっての!?」


「確かに村の皆に迷惑をかけてないどころか、エルフ族特有の魔法には助けられてるけどね」


 わざとらしい溜め息をつくと、ミリアは諦めたように手を離した。解放されたアルフレッドは顔を歪めながら頭をさすっている。

 僅かに沈黙。話が一区切りしたと判断したターナは一連の会話の中で気になったことを尋ねてみた。


「アルフレッドさんはエルフなんですか?」


「ああ、これでも今年で421歳になるエルフ族の一員だ」


「背が小さかったら完全にドワーフだけどね」


 エルフ族と言ったら細身な一族とイメージがあるため半信半疑だったが、どうやらアルフレッドが例外のようだ。これでエルフがアルフレッドのように筋骨隆々な一族だったのなら、村長像に続いてエルフのイメージまで崩されることになっていた。


「で、あたしたちを呼んだ用件はなんだい?」


「用事と言っても、お前が面倒見るっていう嬢ちゃんを確認しておきたかったぐらいだからな。あとはお前の方からあるだろ?」


「──そこだけはさすがだね、話が早くて助かるよ。ターナ、私は少し話があるから先に戻ってマリーの手伝いでもしておくれ」


「わ、分かりました」


 これだけのために歩いてきたのかと少し思わなくもなかったが、素直に従い玄関のドアに手をかけ、それを潜る前にアルフレッドへ頭を下げる。


「何かあったら来いよ! ミリアが怖くなったときとか……うぉ!? あぶねえ!」


 背中の向こう側で魔法の放たれる音が聞こえたがそれは聞かなかったことにした。

2016 7/11 村の名前が間違えていたのを修正

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