第四十八話:怨念を断ち切る覚悟
更新がまたもや遅れてしまい申し訳ありません。何をしていたかというと……
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はい、どうしても書きたいものができてしまい、別の連載のプロットを組んだり書き溜めをしていました。
双方とも完結までの骨組みはできているので、未完結で永遠に放置、なんてことはしません。素人の作品ですが、これからもお付き合い頂けると幸いです。
……上の作品にも目を通していただいたり、ブクマ・評価を頂くと作者が歓喜します。
四方八方から放たれる暗い光線を掻い潜り、魔力によって大幅に強化した脚力で上空へと飛ぶ。弾丸の如き速度で射出されたターナは、彼女を撃ち落とそうと迫りくる魔法を斬り落としながら、宙に浮遊する“ユアン”へ剣を向けた。
「またですかっ!?」
しかし、冷気を纏った斬撃がユアンの身体を切り裂く直前にその姿が掻き消え、何も無い空間を素通りしていった。短距離ながらも二点間を予備動作無しに瞬間移動する転移魔法。連続使用に制限のあったユアンと違い、“ユアン”の肉体は際限無く空中を飛び回り続けている。
彼が気づいているのか、いないのか。この行いがターナの内面に焦りを生み出していた。
今のターナは二つの魂の魔力を扱い膨大な力を手に入れている。その魔力による身体強化で空中に浮き続ける“ユアン”の元へたどり着くことはできるのだが、それだけでは転移魔法ですぐに逃走を許してしまった。
そして、今の状態は決して長続きするものではない。大量の魔力を未熟なターナの魂は持て余しているのだ。あまりに無茶を続けていれば、身体の方が耐え切れずに何が起きるか分かったものではない。
この身体がターナのものでは無い以上、そんなこと決してあってはならなかった。
「いい加減に、失せろッ!!」
空中で無防備になっていたターナを全方位から魔法陣が取り囲む。嫌というほど見た光景を踏み、そこから魔力の奔流が放たれ──ターナを飲み込む直前に氷の結界がそれと正面からぶつかり合った。
拮抗は一瞬。与えられた時間も一瞬。だが、ターナが脱出するには十分。
多少のダメージを覚悟し、下方向の魔力を強引に跳ね退けながら地上へ半ば落下のような形で飛び出していく。頭上で魔力が爆発したのを意識の端で感じながら、空中で身を捻り危なげなく着地した。
ふと視線を向けてみれば、異空間の地面でクリスが穴に落ちないように立ち回りながらも、必死に“ユアン”の隙を見出そうと睨みつけている。
しかし、剣と盾による接近戦が売りの彼では、空中に鎮座する“ユアン”への攻撃手段はほとんど持っていないのだ。やはり、ここはターナ一人で状況を打開するしかない。
未だその方法は見つからないが、決意を新たにして、
「ターナ。全部一人でどうにかしようとするな。俺だって、ただ見てるだけのつもりは無いぞ」
「ですがクリスさんでは……」
「何言ってんだ。こいつだって、あと一回ぐらいは使える」
そう言って右手に構える盾を揺らして見せる。一度はユアンを撃破する直前にまで辿り着きかけた土属性の刻まれた魔法の盾である。確かにそこに内包される術式を使えば、クリスにだって魔法を扱うことはできる。
「クリスさんの魔力ではあと一回が限界でしょう? それも限界まで振り絞って……意識を失いかねません」
しかし、それは諸刃の剣だ。騎士としては高い潜在能力を持つクリスの身体も、魔法使いとして落第生。そこらの一般人と保有量は大して変わらない。一度発動させただけでも彼の魔力は半分近く消費されていた。
一般的に言われる魔力の消耗の危険ラインは半分なのだから、これ以上の消費は負担が大きすぎる。何かの間違いで空になってしまえば──その先は考えたくもない。
そんなターナの心配は十分に理解しているだろうに、クリスはそれでも意志を曲げずに、
「俺は何もできないと思われてるみたいで、こっちに飛んでくるのはターナに撃ったやつの流れ弾ぐらいだ。せっかく相手にされてないなら、活用しない手は無いだろ?」
それに悔しいからな、とクリスは最後に付け加える。その姿を見てターナはため息と小さな笑みを零れるのを感じた。誰にでも優しく、他人に任せるのを良しとしない責任感の強いのがクリスと言う男なのだ。
そんな友人が、ターナに全てを任せるわけがない。断ったところで勝手に行動に移すのは目に見えている。そうだとしたら、クリスのことを信用してみるのだって悪くない。
「無理はしないでくださいよ」
「心配するなって。元の世界に帰るまで俺は絶対に死なないさ」
再び“ユアン”の攻撃が激しくなるのを皮切りに、クリスとの会話も終了。次にゆっくり語り合うのは“ユアン”を撃破した後だ。
牽制代わりの氷の槍を撃ち込みながら急いでクリスの元を離れる。やはりターナだけを脅威と判断されているようで、クリスへ直接放たれる魔法は皆無だった。
クリスからしてみれば非常に歯痒いことだろう。そして、その雪辱を払える状況を作れるかは、ターナに掛かっている。
力強く駆け抜け、敵の弾幕から逃げ回りながら魔法の詠唱。得意になりつつある氷の槍を同時に顕現させる。それぞれの槍は一度大きく分かれていき、先ほどのお返しとばかりに“ユアン”を全方位から取り囲んだ。
包囲するように迫る槍が“ユアン”の身体を串刺しにする──直前に彼の姿が消え失せる。目標を失った槍たちはお互いにぶつかり合って氷の破片になり、そのまま魔力へと還っていった。
そして“ユアン”の身体が数メートル離れた地点に出現し、
「貴様ッ……!?」
「はあぁっ!!」
そこにはターナ本人が待ち構えている。
“ターナ”から与えられた知識の一つの中に、大まかな転移魔法の原理も存在した。曰く、転移魔法とは空間を歪ませ二点間の距離をゼロにする術式なのだと。転移の出発地点だけでなく到着地点にも魔力による干渉は行われているのだ。
つまり、魔力を観測することで転移先を予測することは可能ということ。ターナにでも感じられるほど魔力が高まるのは発動前のほんの数秒だが、先回りすることは十分にできる。
──転移魔法に連続使用の制限は無くとも、発動には詠唱及び意識の集中が必要だ。
両手で握りしめた吹雪の長剣を目の前の男へ叩き付け、転移魔法の詠唱を行わせない。いくら何百年も生き続けた文字通りの賢者でも、致死的威力の斬撃を目の前に精密な動作などできやしない。
それが出来るのは感情の無い人形や道具程度だ。数百年の時を経て精神が擦り切れても、憎むという感情を持つ“ユアン”には恐怖という感情だって残っている。
収束した暗い魔力の壁に斬撃が受け止められるのも大した意識を向けず、即座に足元へ氷の足場を顕現。重力に従い落下していくそれを足掛かりに、さらに上空への推進力を得る。
それをひたすら繰り返して“ユアン”の周囲を回る様に飛び跳ね、詠唱の妨害を続ける。次に同じことを狙っても、“ユアン”は必ず対抗策を持ち出すだろう。チャンスは、これが最初で最後だ。終わるまで、この間合いから外れてはいけない。
「報いを受けろッ! 傲慢な、“天使”どもが!!」
超至近距離で暗い魔力の奔流と氷の剣がぶつかり合う。溢れ出る魔力がお互いの肌を焼いていくが二人の戦士は一切気にかけない。気にかける余裕など無い。
氷槍が魔力の渦に巻き込まれ消滅し、あらゆるものを飲み込むはずの光線が氷の結界に受け止められ、闇の塊と氷刃が正面からせめぎ合う。
総合的な実力なら“ユアン”の方が上、しかし接近戦に持ち込めばほぼ互角だ。
「そろそろ、終わりにさせてもらおうか……!」
それを理解しているからこそ、“ユアン”は状況の打破に乗り出していた。“ユアン”の頭上にいつの間にか漆黒の球体が鎮座している。徐々に膨れ上がっていく球体は、圧縮された魔力の塊だ。
あれが内包する力を開放すれば、周囲にどれほどの衝撃が放たれるのか。最もそれをターナに向ければ“ユアン”自身も相応の被害を受けるはずなのだが、
「それすらも覚悟の上ですか」
「死なない程度の怪我なら問題無いのだよ」
これが初めてではないのだろうか。冷たい微笑を浮かべて“ユアン”は勝利を確信する。仮に耐え切ることができても、この魔力が弾け飛んだ時点で二人の距離は大きく開かれるだろう。
そうなっても、“ユアン”の勝利は揺るがない。
サッカーボール程度の大きさにまで成長を遂げた魔力の球体が、ゆっくりとだがターナへ向かって突き進む。すぐさま氷のつぶてを放つが、
「ダメですか……!?」
弾き返すことなど不可能で、全て魔力へと還り吸収されてしまった。僅かに球体の大きさがさらに増したのも気のせいでは無い。
思考に焦りが募っていくが、対抗策は思いつかない。このままではどう足掻こうと“ユアン”に勝利することは──
「────」
ふと地上から金属同士を叩きつける音が、ターナの鼓膜を揺らした。その心地よい子音の方向へ視線を向ければ、クリスが己の剣と盾を叩き合わせている。
彼は必死に目と音からターナに何かを訴えかけていて、
──それだけで意思の疎通は十分だった。
「ここが貴様らの墓場だ!!」
直後、ターナと“ユアン”の間で魔力が解放される。薄い魔力の波が先行し──それを追うように黒い嵐が巻き起こった。
もちろん、その力に抗うことはできず、二人は爆心地の外側へ吹き飛ばされる、はずだった。
「──っ!?」
「あ、くっ……」
地上から巨大な石柱が生え、“ユアン”の背後へ現れていた。退路を塞がれた“ユアン”は爆発の勢いで石柱に身体を押し付けられてしまい、そのまま爆風の威力をその身に受けている。
そして、それはターナも同様だ。自身の背後に氷の壁を顕現させたターナは、あろうことか自ら爆心地の中心付近に留まっていた。“ユアン”の想定を外れ、爆心地に取り残された二人だが──僅かにターナの方が浮ける被害が大きい。
“ユアン”もただでは済まない怪我を次々と身体に刻まれていくが、致死量には届かないだろう。
──ならば、最後の一仕事をしようでは無いか。
「き、貴様ッ!?」
吹き荒れる魔力の奔流の中で、ターナは自身を押さえつける氷の壁に足の裏を向けると垂直に立ち上がり、あろうことか身体を正面へと飛ばして見せた。
限界まで筋力と魔力を振り絞り、嵐の圧力に逆らっていく。勢いが消えれば再び氷の壁を生み出し、前へ進む。
もちろん、真正面から受ける魔力の嵐は容赦無くターナの身体を破壊していった。腕に痛々しい裂傷が生まれ、白い肌は所々焼きただれていく。地獄のような痛みの中で、それでもターナは前進した。
怪我を心配するよりも、覚悟を示す。この身体を預けてくれた“ターナ”へも、そちらの方が報いとなるはずだ。
「これ、でっ!!」
爆心地を通り過ぎ、前から押し寄せていた嵐が、逆にターナの背中を押した。そうなってしまえば、後は勝手に真正面の“ユアン”へと辿り着く。残された仕事は、とどめの斬撃を放つことだけだった。
「ふざけるな……! 我の積年の恨みを、我の歴史を、“天使”どもがぁ!!」
石柱に押し付けられ、身動きの取れない“ユアン”へ一直線に飛んでいく。腕の中にある剣を確かに感じて、どうにか振り上げた。狙いを細かく定める余裕など無い。
我武者羅にただただ全力を込めて剣を振り、
「──っ!」
確かな手応えが刃を通して手に伝わり、その結果を見届ける前に嵐に歪が生まれる。一瞬だけ魔力が収束したかと思うと──これまでとは違う規模で弾け飛んだ。
“ユアン”を拘束していた石柱も粉砕され、二人の身体は地上へと落下していく。大小、三つの落下音が響き、その一つへクリスが慌てて駆け寄った。
「ターナ! 大丈夫か!?」
「ははは……何とか動けますよ。最後の爆発は予想外だったので、正直死ぬかと思いましたけどね」
軽く冗談を口にしつつ、弱々しいながらも笑みを見せてみせる。その姿を確認して、クリスが安心したように脱力。それから思い出したかのように、残り二つの落下点に視線を向けて、
「あいつは……死んだか?」
「手応えはありましたが……いや、息はありそうですよ」
左肩から先を無くした“ユアン”が僅かに身じろぎするのを見て訂正する。見れば少し離れたところに男性の左腕が落ちており、それはターナの斬撃の結果だろう。
辛うじて息はあるようだが、肩からの激しい出血で処置をしなければ長くは持たない。そう彼の容態を遠くから判断する。
(聞こえてるかな?)
「……! ええ、聞こえていますよ」
「ん? どうしたんだ?」
自分の内側から響いてくる声に一瞬驚きを露わにするが、すぐに“ターナ”のものだと気が付いた。心の声で感情が伝わるのかどうか定かではないが、何やら申し訳なさそうな感情を声に乗せて“ターナ”は続ける。
(少し身体の主導権を貸してほしいの。“ユアン”と話がしたいから)
「分かりました。今変わります」
言い終わると同時に魂の奥底に眠る“ターナ”の意識を表に引っ張り上げる。今までに感じたことの無い奇妙な感覚であったが、自然とやり方は理解できた。
身体から力が抜けて操作権が“ターナ”に移ったのを自覚し、
(あっ……)
疲労からか、そのまま視界が暗転していく。しかし、まだ役割は終わっていない。ここで眠る訳には──
「もう十分頑張ったんだから、後は任せてもらって構わないよ」
(……すみません。少しの間お願いします)
優しげに聞こえてきた“ターナ”の声に、決意が緩んでしまったのを感じる。だが、眠気に身を任せるのはひどく魅力的な選択肢だった。
そのまま言葉に甘えて意識を手放していく。ゆっくり魂の底に沈んでいく感覚は、達成感と混じりあい決して悪いものでは無かった。




