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銀の天使とイツワリノカラダ  作者: 閲覧用
第三章 混沌の天使
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第四十六話:後ろ向きな勇気

更新遅れて申し訳ありません

 死者を操る女の撃退に成功し、撤退するリオンはあまりに遅い行軍速度に危機感を抱いていた。数週間にわたる監禁生活で都市長バジスの体力は限界まで削られており、兵士の方を借りなければ歩くことさえままならない。

 もう一人の兵士は明かりの確保に手が塞がっていた。緊急時には剣を抜くだろうが、どうしてもワンテンポ行動が遅れてしまうだろう。

 故に、敵に対して即座に対処できるのはリオンと精霊のフウ。そして、共に監禁されていた盗賊の頭領ホルガーだけなのだが、


「……ホルガーさん、大丈夫ですか?」


「ああ、問題ねえ」


 その獣人の顔は真っ青を通り越して、真っ白にさえ見えるほどだった。素人のリオンでも分かる。すぐにどうかという訳ではないが、この状況を放置すればホルガーは遠からず倒れる。

 とても戦闘は不可能だろう。フウの治療で傷はほとんど塞がっていても、失った血と体力まで回復できるほど魔法は万能ではない。


 事実上、戦闘が可能なのはリオンとフウだけだった。それ故に、リオンは敵との遭遇に怯えている。

 前後から挟まれたらどう動くべきか。フウとの連携はどうするのか。今にも奇襲されるのではないか。


 ──誰かを見捨てる判断をすべきだろうか。


 まだ目の前には来ていないはずの危機を思い浮かべ、リオンは震える。


「リオン、落ち着いて。ボクが付いてるから」


「う、うん……」


 いつもなら傍にいてくれるだけで絶対の安心感を提供してくれるフウの言葉も、恐怖を払拭するには足りなかった。リオンの力はさほど大きくない。確かに保持する魔力と、使役する精霊の格は相当なものだが、それを操るリオン自身の技量が伴っていないのだ。

 フウとリオンで一人ずつ敵を抑えても、三人以上の敵に襲われたら対処できる気がまるでしなかった。


「……バジス。走れるか?」


「すまないが、少々厳しい。どうしたんだ?」


「──来るぞ」


 短くホルガーが言い切ったのと、リオンとフウの索敵に反応があったのはほぼ同時だった。何かが背後より急速に接近しており、咄嗟に風の魔法を放ったリオンは目の前で細切れになる生きる屍を見て、言葉を失う。

 そうしている間にもこの世ならざる怪物たちは、先ほど通ったばかりの暗闇を切り裂き次々とリオンたちへ襲い掛かってきた。


「坊主、フウ。俺が漏らした分を頼む。バジスはお前らが守れ!!」


 精霊使いコンビに協力を頼み、バジスに肩を貸していた兵士には逃げるように命じる。盗賊の頭領が都市所属の兵士に命令するのはどうかと思われそうだが、それが正しいというのも理解していたのだろう。

 もうすぐ他の兵士と合流地点だ。可能なら先行させて逃がしてしまいたいが、最も戦力として優れるホルガー、リオンとフウから離れさせては万が一の際に対処ができない。


「ホルガーさん、あまり無茶はしないで!」


「しないで済むならそうするがな!!」


 殿を務めるホルガーは、満身創痍とは思えない動きで次々と敵をひき肉へと変えていく。それでも彼を抜けてくる敵は多い。それを迎撃するのはリオンとフウの仕事だ。

 足元を駆け抜けようとした三つ首の犬を魔法で両断し、ホルガーが捌き切れなかった巨大蝙蝠の突撃を落ち落とす。


「はあ、はあ、はあ……クソッ……!」


 そんな援護もあって何とか敵を押しとどめているホルガーだが、加速度的に動きが鈍り始めていた。それを見てリオンの危機感はどんどん膨れ上がる。

 今、敵を押し込めているのは良くも悪くもホルガーの働きが大きい。ここで彼が戦闘不能になれば、数分と持たずに戦線は崩壊するだろう。その先に待っているのは包囲からの全滅。それだけだ。


「フウ! 合流する兵士さんたちまであとどのくらい!?」


「向こうも走ってきてるからあと五分もかからないよ!」


 索敵に最も優れている精霊フウに尋ねるが、あまり著しい報告は来ない。たった五分。されど五分。戦場では十分に長く感じるその時間、今の状況を保つのは無理だ。少なくともホルガーの体力が先に尽きる。


 ホルガーを見捨てるか。現在は後退しながら戦っているため、彼に足を止めて死に物狂いで暴れてもらえれば他のメンバーは助かるだろう。


「ダメだ……そんなこと絶対に」


 一人の犠牲で残り全員の命を救えると考えれば、合理的ではある。ましてや、その中の一人は都市長のバジスだ。彼の身柄を最優先にするとして、最も安全策と言えた。

 だが、命を数で計算できるほどリオンは冷酷にはなれない。これを愚策だと判断するのなら、他にある方法はただ一つ。


「わがままだって分かってるけど……フウ。付き合ってくれる?」


 覚悟を決めて、顔を向けずに声だけを相棒へ届ける。その言葉にフウが僅かに驚いた様子を見せるのを感じた。だが、それもすぐに収まると、頼れる精霊は仕方がないとばかりに大きく息を吐いた。


「いいよ。ボクは本当なら死んでいたはずなんだ。パートナーの、パートナーの忘れ形見の為なら命を賭けるよ」


「ありがとう……。ホルガーさん! 後退してください!」


「無理だ! 誰かが前に出ねえと……」


「僕が代わりにやります!」


 そう叫び、許可を待たずにホルガーの前に飛び出した。フウ以上に驚きを露わにするホルガー。彼を無視して次々と襲い掛かる怪物を率先して撃破していく。

 生きる屍も、巨大蝙蝠も、小型の悪魔も。どれもこれも恐ろしくてたまらない。精霊使い“リオン”の身体がそれらを撃退しうる力を持っていようと、リオン本来の弱い魂が逃げたいと泣き喚いていた。


 だが、それ以上に目の前で人が死ぬ方が怖くて仕方がない。どっち恐怖の方がましかとネガティブな思考で、リオンは戦っている。だから、こうして危険を率先して背負うのはリオンのわがままだ。


「おい、待て! 接近戦は得意じゃないだろ! 俺が盾になるから早く下がれ!!」


「嫌だ! 全員で生き残るんですよ!!」


 気の弱いリオンには珍しい頑固な姿勢。リオンの決心は堅いと察したのか、ホルガーは痛み身体を引きずるようにリオンから少し下がったところで、討ち漏らしを相手にし出した。


「このアンデットと悪魔たちの狙いはバジスになっている。そう術者に命令されているんだ。だから、無理はしないで一匹一匹、可能な範囲で倒していって!」


「分かった!」


 フウのアドバイスはしっかりと守るつもりだが、“可能な範囲”を決めるのは自分自身。だから多少の無茶はしてやると、屁理屈を心の中で考えながらリオンは暴風を放った。

 まとめて攻撃することを優先したため、ダメージは少ない。せいぜい薄皮一枚を切り裂く程度だ。しかし、それを受けた怪物たちは、一斉にリオン目掛けて飛びかかってきた。


 正面から飛びかかってくる三つ首の犬の頭をまとめて切り裂き、その余波で上から迫る巨大蝙蝠を墜落させる。右側面から放たれた顔への殴打をしゃがむことで回避し、それを放ったアンデットの足を吹き飛ばす。

 顔面に腐った血肉が降りかかるが、一瞬湧く嫌悪感を気合で押し込めた。それよりも四匹でまとめてくる悪魔への迎撃へと集中して、


「おっと、させないよ」


 フウの放った風の刃が見事に撃ち落とす。翼の機能を奪う最低限の威力で、限界まで魔力の消費を抑えた一撃だ。思わず惚れ惚れするような完璧な一撃に舌を撒きながらも、他の怪物へ狙いを定めた。


 先ほどからやっているように、何も全てを殺す必要は無いのだ。足や翼を破壊してあとは捨てておけばよい。一々倒していては魔力がとても持たない。


「いたぞ! 二個小隊はバジス殿を回収して脱出しろ。もう一個小隊はリオン殿ともう一人の撤退を援護だ!」


 それから数分。背後より待ち望んでいた声が聞こえた。一瞬だけ振り返ると、狭い通路が終わりを迎えた先の大きな部屋のような空間で、兵士と冒険者が臨戦態勢を整えていた。それを見て僅かに緊張感が抜けるのを自覚すると、慌てて集中し直す。そのまま後退する隙を見定めようとして、


「坊主、助けが来たぞ! 一発でかいのをかましてこっちに逃げて……」


「──うふふ。追い付いた」


 悪夢の延長を告げる声が響いたのはその時だった。バジスを保護していた兵士たちと、部屋に踏み込んだばかりのホルガーのちょうど真ん中。空間に亀裂が入ったかと思うと、死霊使いの女がその隙間から現れる。


「貴様、冒険者でもないな! 今すぐ降伏しろ!」


「悪いけど、今は仕事中なの」


 兵士の一人がそう呼びかけるが、女はそれを無視。短く詠唱すると魔法陣が浮かび上がり、新たな悪魔たちが一斉に襲い掛かった。

 奇襲に近い攻撃に狼狽える様子を見せつつも、素早く兵士と冒険者たちが迎撃する。


「おいおい、なんでこっちに来るんだよ」


「あちらはあの子たちに任せてあるし、都市長さんはもう捕まえられなさそうだから。せめてそっちの男の子だけでも始末しないと」


 だが女はそのまま反転すると、孤立してしまったホルガーとリオンの元へ意識を向けていた。主が来たことが関係するのか、ぴたりと背後から追ってきていた怪物たちはその場を動かなくなる。

 それを見てリオンはホルガーの隣に向かうと、魔力を練りながら女へ視線を向けた。背後の怪物はフウに任せば良い。それ以上に、この女の方が危険だと判断したのだ。


「後は、あなたに会いたがってる子たちがいるからね」


 そう言って女の周りにさらに魔法陣が追加された。そこから生ける屍が、人間のアンデットが次々と召喚されていく。その姿を見て、リオンは違和感を覚えた。

 アンデットたちが妙に綺麗なのだ。言い換えるならば、生前の姿を保っているというべきか。ともかく、先ほどから何匹も倒したものとは何かが違った。


「ふざけるな、どうしてこいつらが!? 俺の代わりに部下は全員逃がしたって話はどうなった!?」


 疑問を浮かべるのはリオンと同じ。しかし、ホルガーは別の疑問と共に激しい怒りを見せていた。獣人らしく、まるで荒れ狂う獅子のように女を睨み付けるホルガー。

 戦いなどしたことが無い人物なら、それだけで失神してもおかしくないほどだ。それを真正面から受けながら女は涼しい顔で、


「この洞窟からは出してあげたわよ? その後、運悪く悪魔の群れに襲われちゃったみたいだけど。それと、死体になったら約束は無効よね」


「────」


 当然のように言ってのける女の言葉にホルガーは何も返さない。怒りが膨れ上がりすぎて落ちついているようにさえ見えた。詳しい事情をリオンは知らないが、会話の内容からあのアンデットたちが生前はホルガーの仲間であったことは理解する。


「ひどいことを……!」


 そして、その胸の内には義憤が宿っていた。目の前のふざけた所業を実行した女は絶対に許してはいけない。どちらにせよ、彼女を何とかしなくては撤退も厳しいのだ。人間の女性の姿をしたこの狂人を、倒しても悪いことは何もあるまい。


「坊主……俺はあいつを殺さなきゃならない。俺に任せて、お前は逃げろ」


「嫌です。もう、目の前で誰かが死ぬのは見たくない……」


 この世界へ転移直後。魔獣と魔物の巣窟で逃げ惑っていたリオンとフウは、偶然探索していた冒険者の一団に保護された。そのおかげで命を拾ったものの、リオンを狙っていた野良アンデットの集団に襲撃され冒険者グループは半壊した。

 あの時の光景は何度も夢で浮かび上がってくる。リオンを庇って血の海に沈む剣士。魔力が尽きるまで戦い続け、最後には首を食いちぎられた魔法使い。何とか地上までリオンを守り切り、未だ意識を取り戻さないという戦士。


 もうあんな経験、こりごりだった。


「さっきも言った通り、戦うのは僕のわがままです」


「ボクはリオンについていくだけだよ」


 中々に不純な理由をはっきり述べる精霊使いコンビ。それにホルガーは何も返さずに静かに拳を構えた。その無言を肯定と判断して、リオンも魔力を練る。


「仇は取ってやるぞ……!」


 小さく誰にも聞こえない声量で呟くと、怒りに燃える獣人は飛び出す。獣人の雄たけびが、兵士たちの叫び声が、悪魔たちの喝さいが、洞窟に大きく響いていた。


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