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銀の天使とイツワリノカラダ  作者: 閲覧用
第三章 混沌の天使
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第四十二話:賢者と愚者

更新遅れてしまい、申し訳ありません。

 不気味な空間で幕を上げたターナ・クリスとユアンの戦いは、お互いに決定打が見つからないままに時だけを刻んでいた。


 魔法陣から次々と放たれる禍々しい光線は破壊そのものを内包し、あらゆるものを消し飛ばすような一撃だ。地面や壁に着弾したはずの光線は吸収されるようにかき消えてしまっているが、生き物に当たったときにも同じような優しい反応を期待することはできないだろう。


 魔法陣が虚空に描かれ、一秒と満たない僅かな時間を置いて破壊が発現する。その一瞬の間にターナとクリスは光線の軌道をそれぞれ判断すると、その脅威が届かない場所に左右に分かれて身体を逃がした。

 素早く身体を起こした二人は次の行動へと即座に移ろうとし──時計の針の音よりも短い間隔で次々と魔法陣が浮かび上がっていく。それがただの見せかけのハッタリだったらどれほど良かっただろうか。

 残念ながら現実はターナには優しくなく、魔法陣から大量の光線が容赦なく撃ち出された。


「──ッ!!」


 当たれば必死の魔法が雨あられのように襲い掛かる光景に、ターナは言葉にならぬ叫び声を上げながら全力で回避行動へ移る。

 強化魔法によって、ただの少女からアスリートも真っ青な超人の肉体へと変化したターナの身体は、実にアクロバティックな動きで光線を掻い潜っていった。


 正面から放たれる光線を最小限の動きで回避し、左右から挟む二発を高く飛ぶことでやり過ごす。それを見透かしたかのように宙に飛び出したターナに向けて、八つの魔法陣が向けられた。

 地面から足を離したターナは身動きができず、八方向からの集中砲火に対して反応することはできない。だが、極限状態に追い込まれたターナは即座に完璧に近い回答を叩きだす。


 足の裏に魔力を集め、世界に新たな現象を書き加えた。そうして生み出されるのは氷の足場だ。空中で発現した即席の足場を蹴り飛ばすと、ターナの身体は自由落下を遥かに上回る速度で地面へ突っ込んでいく。


 ──魔法の包囲網を抜ける。


 直後、ターナが先ほどまでいた位置に破壊が集中し、膨大な魔力が物理的な圧力さえ纏って吹き荒れた。取り残された氷の足場が、その余波に巻き込まれて消滅したのを奇跡的に視界に収めて、背中に冷たいものが走る。


「あ、危ない……ギリギリだった……!」


「ちくしょう、驚かせるなよ! あれに巻き込まれたのかと思ったぞ!!」


 思わず口にしながら空中で身を捻り、危なげなく着地した。その地点にいたのは同じく攻撃を捌き切ったクリスであり、ターナの姿を認めると頭上の大爆発を指差して怒りを露わにする。

 クリス視点からも今の動きは危険に見えたのだろう。心配をかけた自覚はあるため素直に謝罪しようとして──二人のやり取りに水を差すように一際大きな魔法陣が発現。光線が放たれるが。


「させるかッ!!」


「当たれっ!!」


 自然体で警戒を続けていたクリスが即座に盾を構えて向かい打ち、生まれた安全圏でターナが四本の氷の槍を光線とすれ違うように撃ち込んだ。冷気を辺りにばら撒きながら、四本の槍は弾丸の如き速さで目標に迫っていく。

 その目標は空中よりこちらを見下ろしていた魔法使いユアン。彼はターナの反撃に気が付くとすぐさま魔法の制御を放棄し、空中で回避運動を行うと自身を狙う魔法を次々とやり過ごしていく。

 同時に向かってきた二本は高度を下げることで回避し、その先で心臓を狙う三本目を宙返りすることで避ける。それらの動きの隙を狙った最後の一本は、魔法で火炎を放つことによって相殺されてしまった。


「さっきから何度も何度も! その程度の魔法が、バカみたいに同じことを繰り返して当たると思っているのですか!?」


「同じかどうかはこれを見てからですよッ!」


 煽るユアンに言葉を投げ返しつつ、右手に持った剣を指揮棒のように振るう。それをユアンが怪訝そうに見つめ──彼の背後へ通り過ぎた三本の氷の槍が急カーブを描き、無防備な背中へと再び牙を剥いた。

 これにはさすがにユアンも目を剥き、続く行動が大きく遅れる。いくら空を飛べようとこれは回避できるまい──それはユアンの移動手段が飛行だけだった場合だが。


 ユアンの背中を槍が貫く直前、景色ごと彼の周辺の空間が歪むと魔法使いの姿が掻き消える。目標を見失った魔法の槍はそのまま地面へと落下し、衝撃によって粉砕。魔力へと還り消滅していった。


「これでも当たりませんか……!?」


「転移魔法が厄介すぎるな。こっちの攻撃が掠りもしない」


 肩を落とすターナとクリスの視線の先でユアンは傷一つなく、こちらを先ほど同様に見下ろしている。その位置は先ほどよりも数メートルほど横にずれており、それがユアンの扱う転移魔法による緊急回避の結果だ。

 “天使狩り”が扱っていたと思われる長距離転移と違い、数メートルしか移動できないこちらの転移魔法は、高等技術ながらもこの世界で術式が確立されている魔法である。


 やはりユアンは肉体だけでなく、その技術まで引き継いでいるのだろう。最も先ほどの弾幕の時点で分かり切っていたことではある。


「クリスさんは飛び道具を持っていませんし、“僕”の魔法だけじゃとても撃ち落とせない……」


「だからと言って逃げるのも、助けを呼ぶのも無理だ。やっぱり俺たちで何とかするしかない」


 ユアンの魔法による弾幕は今のところ全て回避できている。それでも危ない場面は何度もあり、その危ない綱渡りもいずれは失敗するだろう。

 だからと言って、早期決着を付けようにも有効な攻撃手段が限られている状況では実行することは不可能だ。本来ならば、アリシアとリオンに遠距離攻撃を担当してもらうはずだったのだが、分断されてしまったのが痛い。


「あいつの魔力が切れるまで逃げ回るのはどうだ?」


「それも厳しい……と思いますね」


 上空に浮かぶユアンに意識を集中してみるが、彼の周囲を漂う魔力が減っている様子も微塵も無い。戦闘状態の魔法使いが纏う魔力は、あくまで魔法の準備を終えて体外に放出された待機状態のものであり、実のところそれを見ただけでは残魔力を把握することは無理だ。

 しかし、残魔力を敵に知られるのは魔法使いにとっては致命的であり、基本的には隠している。ミリアに教わったターナも、ユアンだって当たり前のようにそれをしていた。

 例外として他者の体内に残っている魔力まで知るには、両者の間にそれ相応の信頼関係が築かれているか、よっぽど魔法使いとしての格差がある場合のみだ。


 残念ながらどちらの条件も満たしていないターナでは、ユアンの残魔力を正確に盗み見ることはできていなかった。むしろ、ターナの方が覗かれている可能性があるぐらいだ。


「魔力は本当に命の源みたいなもので……これは経験してみないと分かり辛いんですが、魔力の使い過ぎは大量に血を抜かれるような気分なんです。だけど、あの人は苦しそうな表情を全くしてない」


 それがユアンの魔力が無尽蔵であることの根拠だった。強化魔法によって遠くまで鮮明に広がった視界の中で、ユアンは変わらずこちらを嘲笑っている。

 表情に出していないだけかもしれない。だが、魔力の使い過ぎによるあの脱力感を受けて、眉一つ動かさずにいられるとは到底思えなかった。


「なるほどな。体力勝負もダメか」


 ターナの説明にクリスも納得の色を浮かべる。幸いにもユアンの攻撃の手は止まっていた。こちらがどう足掻くのか、自らの絶対的な優位性を信じて見下しているのだろうか。

 その余裕を絶対に圧し折ってやろうと、ターナにしては珍しい攻撃的な感情が芽生える。


「最初から転移魔法を使わないで、可能な限りは飛行でターナの魔法をかわしてた……どうしてだ?」


 ブツブツと思考を声にして垂れ流しながら考え込むクリス。意識がそちらへと偏り始めているのを察すると、ターナは一歩前に出てユアンの攻撃に備える。

 そうやって立ち位置が変わったことに気が付いているのか、いないのか。突如、顔を上げたクリスはターナの背中に向けて、


「妄想の域を抜けない賭けだけど……付き合ってくれるか?」


 本人も半信半疑なのか、迷うように提案してくる。普段の調子からはあまり想像できない、弱々しい声だ。しかし、彼が確証も無しに友達を危険に巻き込むような性格で無いことはいくらでも知っていた。


「はい、あの性格の悪い顔に一発お見舞いしてやりましょうよ!」


 だから、その背中を押してやるためにターナは力強く頷いて見せたのだった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 ──馬鹿々々しい。


 それがユアンの率直な感情だ。眼下、空を飛ぶユアンの足元では、青年と少女が必死の形相で魔法を回避する姿がある。

 あの二人組にはお互いの技量差も分からないのだろうか。


 ユアンはこのゲームが始まった当初からやり込んでいる、言うなればプロのプレイヤーだと自負している。それに比べてあの二人は何だ。装備は見るからにNPC売りの安物。青年の盾と、少女の剣だけはそこそこのものではあるようだが、それでも大した性能では無い。

 目を凝らせば自然と脳裏に浮かぶステータスを見ても、中堅程度のプレイヤーと言った平凡なものである。


 一つのものに集中することができずに、仕事と両立しようと中途半端になった社会人プレイヤーとユアンは推測する。ユアンにとって彼らは負け犬だ。ニートには言われたくないと、ゲーム内のコミュニティでも、匿名の掲示板でも時々言われたことだが、間違っているのはあいつら。たった一つに人生を捧げる自分こそ、尊い存在だと本気で信じていた。


 ──そうやって相手を見下すことでしかコミュニケーションの取れないユアンが、致命的な状況に気づけなかったのも当然のことなのだろう。


「ん? またバカみたいに、豆鉄砲でも撃つつもりなのですかね?」


 足元の二人の動きに変化が生じ、ユアンは僅かに警戒する。青年が前に出て、少女がその背中に隠れる。

 接敵直後から時々繰り返される立ち回りだ。そうして手の空いた少女が、こちらへ魔法を撃ち込んでくるのはお約束になっていた。


 正にバカの一つ覚え。同じ手口を何度も受けるのは間抜けだけだ。どうしてか侮辱されたような気分になり、ユアンは敢えて真正面から光線を撃ち込む。

 案の定、光線は青年によって受け止められてしまい、その背後で魔力を集中していた少女の元から大量の氷のつぶてが放たれた。


 速度は銃弾に迫るほどであり、射程の伸びた散弾銃と言ったところ。だが、一発一発の威力はこれまででも最低だった。さっと右手を振りかざし、炎の壁を生み出すと氷の弾丸を迎え撃つ。

 分厚い炎の防御に対して氷は一発たりとも突破することは叶わずに、全て魔力へと還って霧散していった。


「全くもって魔力の無駄。さっさと投降すれば殺しはしないと言っているのに、いつになったら諦めるのやら」


 あまりに意味の無い行動にユアンは呆れ半分怒り半分でため息を付くと、役目を終えた炎を撤去する。視界の大部分を炎が埋めていたせいで二人を見失ってしまった。

 この空間から逃れるためにはユアンを倒さなくてはいけないため、逃げられる心配はない。故に、ユアンはのんびりとした動作で辺りを見渡して人影を探し、


「──ッ!! っち、生意気ですね!」


 足元、ユアンが浮遊している地点の真下から大きな魔力を感じて、咄嗟に回避行動を始めた。だが、死角から放たれた一撃からただの飛行で逃れるには遅い。

 苛立ちを胸に、それでも素早く転移魔法の術式を発動させると、前方へ瞬間移動。景色が一瞬で変わる奇妙な感覚を受けて、魔法が成功したことを確認する。そのまま振り返り、不意打ちをしてくれた魔法の正体を見てやろうとして、


「なっ!?」


 地面から競りあがる石柱と、その頂点から剣をこちらに向ける銀色の少女と眼が合った。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 クリスが持つ魔法金属の盾には土魔法の術式が刻まれていた。あくまで道具に刻まれたそれは、通常の魔法と比べて柔軟性に欠けるうえに、使い手であるクリスの魔法に対する適性が皆無なため準備にも時間がかかる。

 しかし、クリスの立てた作戦では絶対に必要なことだった。


 まず第一段階として、ユアンに転移魔法を無駄遣いさせること。


 この条件は以下のクリスが提示したある推測から決定した。

 ターナやクリスと違い、ゲームの能力をそのまま受け継いでいるユアン。そのメリットにばかり意識を向けていたが、ここでクリスがその推測にたどり着く。


 ──メリットを引き継ぐのであれば、デメリットも引き継いでいるべきでは無いのだろうか。


 今回の場合重要なのは、ゲームでは当たり前のように存在するCD(クールダウン)だ。魔法を──スキルを使用した後、決められた時間、同じスキルは使えないゲーム特有のシステムである。

 もちろん、これはゲームバランスを取るために作られた“現実ではあり得ない概念”であり、どんなに難易度の高い魔法でも集中力と魔力さえ続けば、この世界の魔法使いはいくらでも連射できる。

 しかし、ユアンは転移魔法をギリギリまで出し惜しみしているように見えた。あれだけ光線を大量に撃っておいて、今更魔力の出し惜しみをするものか。それならば他の要因、つまりCDの問題で無駄うちができない、そう考えた。


 もちろんこれらは全てただの推測。妄想と言っても良い。だが、肝心な部分、転移魔法を連射できないという点だけは確信があった。


 故に一つ目の条件。


 そして第二段階は、ターナあるいはクリスがユアンに接近戦を仕掛けることだ。

 いくら転移魔法を封じたところで遠距離から魔法を撃ち込んでも、大きく戦況を動かすことはできない。

 それならば、有利を取れる剣の間合いに入ればよい。非常に単純で、空を飛ぶユアン相手には難しいことだったが、クリスが盾に刻まれた術式を発動することで即席の足場の生成には成功。見事、ターナを上空へと送り届けた。


「はあぁぁぁッ!!」


 剣の射程に入れば、魔法使いのユアンに抵抗することは難しい。今もなお伸び続ける石柱から躊躇無く飛び降り、前方数メートル先に転移したユアンへ飛び掛かる。


「驚かされましたが、最後の最後で甘いんだよッ!!」


 驚愕を顔に貼り付けながらも、ユアンの対応は早かった。即座にターナから距離を取る様に飛行する。さほど素早くない移動速度だが、ターナの間合いから逃れるには十分すぎた。

 飛距離が不足して目標を見失ったターナの身体は、真っ逆さまに地面へと落ちていき──そうなる前に空中に生み出した氷の足場を踏みつけ、一歩分追加で飛距離が伸びる。たかが一歩、されど一歩。強化魔法の施されたターナの脚力を舐めてはいけない。


「終わりですッ!!」


 人を斬ることに迷いは未だにある。だが、覚悟は決めた。両手で握った剣を構え、ターナは自らを鼓舞する様に宣言する。


「私は賢者と呼ばれるほどの魔法使い! お前らみたいな負け犬に!」


 最後の足掻きに魔法を詠唱するユアンだが、いくら彼ほどの魔法使いでも剣一振りよりかは発動に時間を要する。結局、彼の最後の魔法が発現することは無い。そのまま無様に吼えるユアンへ向かって、ターナの太刀筋が迫り、


「ふざけるな! ふざけるなぁ!! 私がお前らなんかに負けて──全く、我の身体でどこまで恥をかくのやら」


 勝利を確信したターナの鼓膜を酷く冷めきった男の声が揺らした。違う、今のはユアンの口から発された彼の声だ。

 突然、目の前で起きた予想外の光景にターナは嫌な予感を覚えながらも、斬撃は止めない。そのまま悪寒を振り切る様に、雄たけびを上げて、


「──ぇ」


 剣が届く直前、目の前からユアンの姿が消え失せていた。同時に背後から魔力の奔流を感じて──実体の無い何かに押されるように、ターナの身体が急降下を始める。


(やばい……)


 身体と魂が危険信号をうるさいほどに鳴らす。それに従い、ターナは強化魔法を限界まで高めた。制御しきれない魔力が身体を蝕み、全身に激痛が走る──それを感じることさえできずに地面へと勢いよく墜落した。


「ターナッ!! 防げ!!」


「──ッ!?」


 内側と外側、両方からのダメージで身体が軋む。その痛みから立ち直る暇も無く、クリスの焦燥に駆られた叫び声が耳に届いた。まともに動かない身体、今にも閉じそうな意識、揺れる視界。それらに鞭を打ってどうにか目を開いて、


 ──上空より暗い光の奔流が迫っていた。


 咄嗟に光の進行を妨げるように、氷の壁を発現する。だが、意識のはっきりしない状況では大した耐久性も期待できず、即座に光に飲みこまれた。


 ──ならば二枚目、僅かに拮抗し飲みこまれる。三枚目、ほとんど耐えることも無く飲みこまれる。四枚目──視界が闇に包まれていく──飲みこまれる。五枚目──最早、魔力を集中することもできない──発現すらしない。


 ──六枚目、七枚目、八枚、九枚、十……



 ターナの身体は闇に中へと飲まれていった。


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