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銀の天使とイツワリノカラダ  作者: 閲覧用
第三章 混沌の天使
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第四十話:天使の嘲笑

 背後から隠しきれない膨大な魔力の奔流を感じながら、リカルドは正面の洞窟を見据えていた。一応周囲に魔力が漏らさないための術式を組み込んでいるが、大勢の魔法使いが魔方陣を触媒に発動する儀式魔法の余波を完全に遮断することはできないのだ。

 或いはその気配を感じ取り不審に思った敵勢力が様子を見に姿を見せるかと思われたが、洞窟の暗闇から人影が現れることはない。


 本当に力を手に入れただけの素人集団なのかと改めて認識させられた。だが、それを理由に油断することは許されない。常に全力をもって任務を遂行するだけだ。


「魔力の充填を完了。洞窟の崩落及び森への引火対策も完了。いつでも撃てます」


 リカルドの隣に並んだ兵士が作戦開始可能なことを報告してきた。既に夜明けは始まっており、リカルドの指示を待つ兵士たちの気力も十分。これ以上にコンディションが良いことは無いだろう。


「作戦を開始する。炎が引いた時点で『耐熱レジスト・フレア』の魔法を受けた兵士は突撃だ。かつての英雄たちの肉体を持つ奴等の戦力は圧倒的だが、それを扱うのは所詮素人。個人の武力だけでは戦いには勝てないと思い知らせてやれ!」


 そこで一度言葉を区切り、兵士たちを見渡す。一人一人がリカルドに忠実で優秀な部下だ。そんな彼らもリカルドの命令で戦いが始まれば傷付き、死者が出る可能性も低くない。

 部下の命を背負うとはそう言うことである。リカルドの指示によって全員を生かすことも、殺すこともできる。決して慣れない、慣れてはいけない緊張感。

 だが、その葛藤をリカルドは呼吸一つで飲み込んで見せた。


「戦略魔法をぶちかませ! 作戦開始だ!!」


 背後の魔力が最高潮に達し、決壊する。それは魔法使いたちの手によって指向性を与えられ、巨大な炎となって洞窟へと殺到した。

 直後、耳をつんざくような轟音と共に衝撃をもたらす。直接受けなくてもこの被害だ。衝撃を逃がす先の無い洞窟は地獄絵図と化しているだろう。


「突撃部隊は俺に続け!!」


 身体が魔力によって暖かに包まれたと確認すると、リカルドは真っ先に未だ魔法の余波が残る洞窟へと突撃した。一瞬遅れて兵士たちが背後から着いてきているのを音だけで確認しながら、リカルドは視界の悪い洞窟の通路を駆け抜ける。


 背後の部下が前方を照らしてくれているため、明かりには困らない。だが、土煙が視界を妨げるのだ。

 不意打ちを受けかねない状況。それでもリカルドは通路を迷い無く走り、やがてルーカスからの情報にあった大広間にたどり着いた。


「今の爆発はてめぇらか!? こんなことしやがってNPCごときが調子に乗るんじゃねぇぞッ!!」


 通路同様に土煙の舞う大広間に足を踏み入れた途端、投げ掛けられたのは全身に火傷を負った大男の罵声だ。見れば彼の足元には苦しげにうめき声をあげながら倒れ伏す人間が大勢いる。

 驚くべきはその中の誰もが息を残していることか。大男と同じく多少の被害のみでまだまだ余力を残している者は少なくなく、遠巻きに固まってこちらの様子を伺っていた。直撃した者もいるだろうに大した頑丈さだ。


「黙ってるんじゃねぇぞ! お前ら全員ぶっ殺して、がぁっ……!?」


 早口に罵る大男は、リカルドの背後から飛来した魔法の弾幕で強制的に口を閉ざされる。突然の攻撃に唖然とした表情を浮かべた大男。だが、すぐさま状況を理解するとその鋭い瞳に憤怒を浮かべて、


 ──先程よりも出力を上げた魔法が再び大男を飲み込んだ。


 全身を炎に包まれた大男は膝から崩れ落ち、動かなくなる。あとは悲鳴をあげることもなく、肉の焼ける不快な音と臭いが広がるのみだ。


「く、くそ! 一体何なんだよっ!?」


「俺はラーチェス私兵団の兵士長リカルドだ。どうして襲われているのか理解できないはずは無いだろう?」


 リカルドとその背後に並ぶ兵士たちを遠巻きに警戒していた男がヒステリックに叫ぶ。それにリカルドは冷たく言葉を返すと剣を構えた。

 背後の兵士たちは元より臨戦態勢に入っている。戦意を張り巡らせる兵士たちに、戦いなどしたこともない転移者たちは何を思ったのか。


「所詮相手はNPCだ。数で負けてるからと言って、勝てないはずはない」


 遠巻きに怯える集団、その中の一人が周りを宥めるように声を放つ。細く鋭い目付きにボサボサな髪の毛。傷だらけに見えながらも不思議な圧力を感じる着物を着た男だ。


「兵士長、あいつは……?」


「ああ、何十年も前に巨大なゴブリンの群れが発生する事件があったな。下手をしなくても都市一つを滅ぼしかねなかったそいつを、たった一人で殲滅した冒険者だ。だが、あれは形だけが同じ紛いもの。本物はとっくに死んでいる。恐れる必要はないぞ」


 そうは言いつつもリカルドは内心で首をかしげていた。男が着ている着物に違和感を覚えたのだ。

 最初は爆発に巻き込まれたことで傷だらけになったのかと思ったのだが、よく見ると焦げ跡のようなものは一切無い。


 あれは爆風に炙られたことによる傷ではなく、元から傷のついていた着物と考えられる。何故わざわざそのような服装でいたのか。

 嫌な予感と共にリカルドの勘へ妙に引っ掛かった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 睡眠と気絶、それぞれからの目覚めは同じようで大きく違う。人体の機能である睡眠からの目覚めは、当たり前だがスムーズに行われる。

 ターナは寝起きが悪いものの、それは起きてから行動の開始が遅いだけであり、起きること自体はスムーズだ。

 それに対して気絶は、脳の血流の低下などによって起きる強制的なもの。つまり異常な事態であり、そこからの目覚めが素早く行われるはずがない。


「……ナ! ターナ、ターナ! おい!! 大丈夫か?」


「うぅ……」


 そのため朦朧とした意識の端にクリスの声を聞き取れた時には、彼の声は僅かに掠れ始めていた。それでもターナがゆっくりと身体を起こすと、クリスは安堵したように息を吐く。


「無事か? 全然反応しないから、このまま起きないんじゃないかと肝が冷えたぞ」


「すみません……」


「そうすぐに謝るなって、お前の悪い癖だぞ。立てそうか?」


 クリスの言葉を聞き、身体の様子を確かめる。両手を握りしめ、足に力を入れてみる。まだ本調子では無いが、歩き回るぐらいなら問題はなく思えた。


「ん……大丈夫です」


 目の前に差し出されたクリスの手を掴み立ち上がる。思っていた通り問題は無い。


「良かった。無理はするなよ……って言いたいところなんだけど。そう言うわけにはいかないみたいだ」


 困ったような表情を浮かべ、周囲を見渡すクリスにつられてターナも視線を動かす。そして思わず悲鳴をあげそうになった。

 ターナとクリスのいる場所は、床から壁まで毒々しい紫に染まった気持ちの悪い空間だった。


 床は不思議な紋の刻まれた石畳のようなものであり、色にさえ目をつむればまだまともだ。

 しかし、壁の方はまるで生きているかのように脈動する肉壁となっていて生理的な嫌悪感が先立つ。それを確認できるのも、壁の所々が発光していると気がつけば気分の悪さは倍増しだ。


 天井の方は高すぎるのか、或いは存在しないのか。少なくとも視認することはできなく、空間の広さは球技の大会でも開けそうなほどには広かった。


「何ですか……ここは。こんなところに留まっていたら気がおかしくなりそうですよ」


「全くもって同感だよ。ここがどこなのかは俺も分からない。ただ、俺が何かを踏んだときにルーカスが『空間魔法の術式で分断される』って言ってたから、敵の罠でどこかに転移させられたってことなんだろうな」


「転移魔法はこの世界には存在しないはずですが……」


「状況からして“天使狩り”が長距離転移をしてた可能性は高いんだろ? それにゲームの時には俺たちも使えたんだから、向こうの転移者が方法を見つけていてもおかしくないさ」


 柔軟な思考をするクリス。確かにその通りだとターナも自分の考えを改める。最も今重要なことは他にあった。


「……この壁を壊したら外に出れたりしませんかね?」


「ターナも大人しそうに見えて、意外と暴れるよな。けど、やってみる価値はありそうだ」


 何度辺りを調べても出口らしきものは見当たらない。それなら後は、別の方法を試してみる他無いだろう。

 ターナが青い刃の剣を、クリスが片手剣と魔力を纏う盾をそれぞれ構えると、向き合って頷き合う。

 そしてお互いに魔力を、集中力を高めていく。それが最高峰に達した時、特に合図もなく二人は同時に得物を振り上げ、


「クリスさん!」


「任せろ!」


 背後から音も無く迫ってきた暗い光線からターナを庇うようにクリスが前に出る。そして淡く光を放つ盾で光線を危なげなく受け止めた。

 瞬き一回分だけ拮抗した光線も、クリスが盾を傾けることで上空へと受け流される。その余波が無くなることさえも待たずに、入れ替わりで前に踏み込んだターナが光輝く剣から青い刃を飛ばした(・・・・)


「おっかしいですね。完全に不意を打ったつもりだったのですが」


 冷気を纏った衝撃波は宙に浮かぶ人影を両断──することはできずに軽口を叩かれながら、容易に回避されてしまった。

 しかし、ターナもクリスも今の一撃で勝負を決めるつもりはない。特に落胆する様子も無く、お互いを補助するように臨戦態勢を整える。


 その光線を放ったらしい人影は、不思議な紋章を刺繍で縫い付けられた紫色のローブを纏った若い男だった。この部屋と同系色のものであり、少々悪趣味な印象を受けてしまうような格好だ。

 男は剣を構える二人の様子を見ると、その眼に明らかな軽蔑の色を宿す。


「そうやって仲良く剣を構えて……主人公とヒロイン気取りですか? プレイヤーの癖にNPCに屈するような弱者が私に勝てるわけ無いのに」


「なっ……ヒロインはいくらなんでもないですよ! 今でこそこんな姿になっていますが、“僕”は男だって──」


「ターナ、変なところに反応するなよ」


 クリスに呆れたような視線を向けられ、襲ってきた男にまで怪訝な表情をされる始末だ。わざとらしく咳をしてクリスに仕切り直しを求める。


「まあ、気にしないでくれ。ちょっと変わったやつなんだ」


「よく分かりませんが……まあいいでしょう。それで投降する気はありませんか? 今なら同じプレイヤーとして対等に扱ってあげますが」


 宙に浮きながら言動的にも物理的にも男はこちらを見下していた。その態度が妙に鼻に付く。


「もちろん投降なんてしませんよ。むしろそっくりそのまま言葉を返させてもらいますが?」


「誰にそのようなことを言っているのか、笑いがこみ上げてきますよ。私が誰なのか知っているでしょうに」


 自信満々な男の姿をもう一度観察する。頭のてっぺんからつま先まで、何度見ても悪趣味な姿だ。一度見れば忘れなさそうな、しかし該当する記憶は見当たらない。


「クリスさん、あの人って有名人なんですか?」


「少なくとも俺は知らないな。それにしてはずいぶんと自慢げだけど……ちょっと勘違いが入ってるのかもしれない」


「わざと声を大きくしていますね!? 聞こえているのですよ!!」


 そうとは言われても知らないものは仕方がない。ゲーム時代の記憶も掘り起こしてみるが、現実となったこの世界ならまだしもゲームの時では変わった衣装も珍しくなかった。

 一度すれ違った程度のことを覚えているはずがない。


「……そのローブ、もしかして『虚空のローブ』ですか? この世界でそんな装備を手に入れることはまず無理なはずですが」


「もちろんこの世界で新しく手に入れるのは不可能でしょうね。店に並んでいるものもせいぜいランクC。BかAぐらいなら探せばあるかもしれませんが、このローブのようなランクSSなど存在すら怪しいです」


「それならどこから持ってきたんだよ」


「──? 私たちはプレイヤーですよ。インベントリに入っていたものを取り出しただけですが」


「インベントリって……」


 何かがおかしい。お互いの会話にズレが生じている。そもそもターナたち転移者はこの世界に肉体を与えられても、それ以外のゲーム時代の事象は何一つ反映されていない。

 消耗品や装備品はもちろんのこと、戦うための技術もましてやインベントリ、ステータスの確認と言った現実ではまずあり得ない機能など影も形も無い。


 店で見た装備のランクを断定しているあたり、男には武具のステータスを確認できているようにも思える。考えてみると違和感は他にもあった。

 男は当たり前のように宙に浮かんでいるが、風のなどの力で物理的に浮かんでいるようには見えない。つまり重力を操作したりしているようなのだが──そのような高位の魔法を素人同然の転移者が扱うことなど可能なのだろうか。

 まず不可能だ。多少とはいえ魔法を扱っている身なら分かる。重力への干渉などミリアでさえできるかどうか微妙なほどの高等技術だと。


「まあいい、話を戻しましょう。私は賢者……っと“こっちの記憶”じゃない。私はGvGギルド『異次元の軍勢』マスターのユアン。PvEしかしない格下どもに戦いと言うやつを教えてあげますよ」


「その名前って……うわあ、あの時々噂になってるギルドか」


「やっと思い出しましたか。では、人を馬鹿にした報いを受けてもらいましょうか」


『異次元の軍勢』と言えば、暴言や嫌がらせ上等。構成メンバーは全員ニート。名前がダサい上に痛すぎるなど、悪評高いことで有名なギルドだ。そのギルドのトップはクリスの発言の意味を勘違いしている様子だが、一々訂正する気も余裕も無い。


「クリスさん、様子がおかしいです。気を付けましょう」


「分かった。だけど色々と気になることもできたからな。できる限り捕まえて聞きだすぞ」


 呑気な会話もここまでだ。それぞれの魔力と集中力は高まり続けており、いつ戦闘が始まってもおかしくない。クリスと短く言葉を交わして、おしゃべりの時間は終了。

 何度やっても慣れそうにない命の奪い合いの雰囲気をすぐそばで感じながら、ターナとクリスは飛来する光線に立ち向かっていった。

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