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銀の天使とイツワリノカラダ  作者: 閲覧用
第三章 混沌の天使
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第三十九話:初めましてをもう一度

 それから三日後の早朝──。


 都市庁舎に含まれる兵舎のすぐ近く、訓練場にもなっているその場所に多くの兵士たちが集っていた。全員が定められた制服を身に纏い、足の指先まで伸ばして待機する姿は中々に圧巻の光景だ。

 だが、そのような彼らの隣にそれぞれバラバラな服装をした戦士たちも佇んでいた。戦闘に立つのはスキンヘッドの男、短剣使いのルーカス。つまりその後ろへ並ぶ人物たちはクラン“晴天の掃き溜め”の冒険者たちと言うことになるだろう。


 都市の兵士と共に冒険者が動く。言葉にすればたやすいが、国の人間である兵士と世間的には荒くれ者扱いされる冒険者では簡単では無いことだ。それを可能にしているのは、“晴天の掃き溜め”の名声に他ならない。

 大部分の冒険者たちが荒くれ者扱いされる中、一部の大きな功績を残した冒険者たちは英雄と崇められることも少なくないのだ。そのうえでこの世界では珍しい、間接民主主義を採用している実力主義の自治都市だからこそ、この光景は成立していた。


 ちなみにターナたちは便宜上、冒険者グループに属しているためルーカスたちに紛れ込んでいる。場違いなことを自覚するターナたちはそれぞれの顔に緊張を貼り付ける──ことも無く静かに作戦の開始を待っていた。

 一度とはいえ戦場に立った経験がターナたちの精神に少なからずの成長を促していたか、明らかに以前よりも緊張に強くなった自覚がある。短期間でずいぶんと野太くなったものだと、ターナは一人で思わず苦笑する。


「全員揃っているようだな」


 兵士たちの正面に現れた男性が力強く言葉を発した。会議の時にもターナたちに配慮してくれた軍人の男性だ。やはり高位の軍人であったかと納得をしつつ、ターナ自身も気を引き締めてその声に耳を向ける。


「今から一週間ほど前、我らの主である都市長バジス殿とそのご家族が誘拐された。それも犯行現場はこの都市の中枢だ。最も警備を厚くすべき場所であったのにもかかわらず、まともな対応もできず状況を飲みこんだのは既に犯人が逃亡した後だった」


 その言葉に兵士の中から僅かにうめき声が上がる。


「未だにバジス殿一家の救出はできていない。少なくない時間が経ったというのに、何もできていない。それは我らの恥ずべきことだ。だが、恥じてばかりいて俯き続けるのが我らの仕事か?」


 その挑戦的な質問に返事は無い。否、兵士たちからの返事は確かにある。言葉では無く眼から。それぞれに強い覚悟を決め見返してくる兵士たちを見て、満足げに頷くと男性は続けた。


「兵士諸君、我らの仕事は主を護ることだ! その仕事を完遂することはできなかったが、過去を振り向いていても仕方がない。その失態を挽回し、今回の任務に全力を注げ!!」


 一斉に敬礼する兵士。それを見届けると続いてターナたちの方向、冒険者のグループに身体を向けた。


「まず遅れてしまったが名乗らせていただきたい。俺は都市の兵士長を務めるリカルドだ。本来部外者であるあなた方の協力に感謝する」


 言われてみれば男性の名前を聞くのは初めてだ。少なからず言葉を交わしたはずだと言うのに今更だった。

 リカルドは兵士たちの手前、頭を下げることはしない。兵士と冒険者との間に序列がある訳では無いが、立場上容易に頭を下げることはできないのだ。


「元はと言えば、あっしたちの逃がした“天使狩り”が今回の事件の原因。この事件だってあっしたちは無関係では無いっすから」


「そう言ってもらえるとありがたい。それでは作戦の最終確認とさせてもらおう」


 冒険者を代表するルーカスと短く会話を切り上げると、改めて兵士たちと冒険者たち、この場にいる全員に向き直る。


「知っての通り、今回の目的はバジス殿とその一家の救出だ。だが、それを実行したもの不遜な輩を放置してはいけない。よって今回の任務では人質の救出を最優先に、同時に犯行グループの殲滅を行う。バジス殿に危険が及ばぬよう電撃作戦を採用、速攻で方を付けるぞ」


 相手が混乱しているうちに決着を付ける。こちらの攻撃に身構えているのならともかくとして、自分たちが犯した罪の意識に欠ける転移者たちには効果的だろう。恐らく自分たちが皆殺しにされるなど考えてもいないはずだ。

 いくら一人一人が強者でも、まともな作戦も対策も無く物量で押し切られればただでは済まない。


「まず、俺と各部隊長が率いる兵士で正面の洞窟入口から一気に攻め込む。それと同時に小規模での戦闘を得意とする冒険者の方々は、別の入り口から洞窟内部へ侵入しバジス殿の救出と逃亡する敵勢力の排除を行っていただく。こちらの部隊は冒険者一グループと兵士二名、合計八名を一部隊としての行動だ。これは兵士と冒険者間の情報を共有しやすくするためと、合流したバジス殿に円滑に話を通すためとなる」


 それぞれの装備を身につける冒険者ははっきり言って、見た目だけでは味方であるのか判別しづらい。そのために身分がすぐに分かる兵士を付けるのだろう。敵味方の判断ができずに信頼されなければ、守れるものは守れやしない。


「既に詳しい任務の概要は伝達しているはずだが、質問は無いな?」


 一応、と言った様子で尋ねるが、疑問を持ち出す者は現れない。少しの間待機していたリカルドだが、本当に質問は無いと判断する。


「兵士諸君、そして冒険者の方々も。この任務に失敗は許されない。必ず最善の結果をつかみ取るぞ。それでは出陣する!!」


 声高らかに宣言され、続々と兵士たちが移動を開始する。それを眺めながらターナは腰に装備した新しい剣の柄に触れた。鞘の奥から僅かに魔力を感じる神秘の刃。はっきり言ってターナの身の丈にはとても合わないほどの剣だ。

 不相応な武器を渡され困惑する気持ちもあったが、その分働かなければならない。未熟な身でどこまでできるかは分からないが、全力を尽くす。

 そう心に誓いながら二度目の実戦に向けて、己の心を整えていた。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 それからさらに数日の行軍を終え、再び犯行グループが潜伏する洞窟付近へクリスたちはやってきていた。以前と違うはターナとジェシカ、二名の兵士が同行していること。洞窟への侵入口を見張る役割を任された、隣の都市の援軍の兵士が一個小隊いることだ。


 目の前で暗闇を覗かせる洞窟の入り口も、前回ルーカスが潜入したものよりかなり小さい。ルーカスや兵士が確認した限りではこの入口が使われている形跡は無いらしい。つまり、敵側も把握していない侵入経路である可能性が高いということである。


「それで、今回も俺たちと一緒でクランの方は平気なのか?」


「大丈夫っすよ。元々姉御の依頼で呼び寄せただけで、あいつらも普段は自分たちのパーティーで勝手に動いていやすから。あっしがどうこう言わなくても問題は無いっす」


「だからと言って、貴重な戦力のルーカスさんを“僕”たちの安全のために割く必要は……」


 申し訳なさそうなターナの言葉が、クリス、アリシア、ジェシカ、リオン、転移者組全員の代弁でもある。能力的には単独でも行動できそうなルーカスも、未熟なターナたちに付き合っていれば行動の幅が狭まるだろう。


「別にターナたちにだって働いてもらう気は満々っすから。それにあんたらも決して弱くは無いでしょう?」


 もうちょっとだけ実戦経験があったほうがいいっすけどね、と付け足すルーカス。それがこちらの気を使っての言葉なのは分かっている。だが、本当に何も出ないほどの足手まといであれば、彼は無理やりにでもターナたちの同行を拒否したはずだ。


「何にしてもできることをやるだけだぜ。今更無いものねだりしたって強くはなれねぇんだ」


「たまには良いこと言うじゃない、アリシア」


「たまには余計だ」


 今ここに連れてきてもらっている以上、邪魔だとは判断されていない。それならばターナたちにするべきことは、アリシアの言葉通り現状でできることを全力で行うことだけ。

 決して自分の無力を恥じて、下を見つめ続けることでは無い。


「もうそろそろ作戦開始時間です。皆さん準備を」


 そこにこれまで沈黙を保っていた兵士が時間を知らせてくる。木々の隙間から空を見上げれば、遠くから太陽の光が世界に差し込みだしているのが分かった。

 日の出、それがこの作戦の開始の合図だ。


「もうすぐ洞窟の一番大きな入口から兵士長さんたちの部隊が突撃。それを合図に僕たちも侵入、だったよね?」


「はい、その通りです。本隊が敵の注意を引き付けている間に、都市長の救出をすることが我々の役目。少しでも悟られるのを遅くするために、鉢合わせた敵を迅速に処理することも必要です」


「処理、か……」


 事務的に説明する兵士が扱った単語を拾い、リオンは複雑そうに呟く。いくら魔獣を殺すことはできても、人を殺すことに未だ躊躇いはある。リオンはターナたちの中でもそれが顕著だ。

 ターナ、クリス、アリシアは仲間が危機に晒されれば、手を血に染める覚悟はきっとできる。

 既に命のやり取りを目の前で体験している。仲間を護るためという大義名分がある。魔獣とはいえ命を奪った経験がある。そのような理由を重ね、さらに後日激しく後悔するだろうが、それでもその場ではきっと腹をくくる。


 だが、気の弱いリオンにそれができるかは未知数だ。さらに言えば剣を使って直接魔獣を殺しているターナたちと違い、リオンは魔法による遠隔的な攻撃しかしていない。

 直に肉を切り裂く感覚を知ってしまった三人と違い、その経験が無いのは大きな要因だ。


「最悪、ボクがリオンの代わりをするから。そこは心配しないで」


 そのターナの懸念に気が付いたのか、リオンから離れた精霊のフウが耳元まで飛んでくる。心配ではあるが、常にリオンの傍らにいる子龍が気にかけてくれるのならば、任せてしまっても問題ないだろう。

 それにこの世界に留まり続けるつもりが無い以上、殺しなど経験しない方がいいのだ。誰かがやらなければならないなら、最年少であるリオンを避けるべきかもしれない。


 こっそりとクリス辺りにも話を通しておこうと振り返り──巨大な爆発音が轟いたのはその瞬間だ。

 大地そのものが揺れているのではないかと言うほどの衝撃で思わず身体をふらつかせる。一瞬遅れてターナたちの元にまで弱いものの熱風が吹き荒れ、慌ててそちらの方向へ視線を向けた。

 顔を向けた方向には太陽が熱く燃えており、否、太陽では無く巨大な火柱だ。強大な炎系統の魔法でもぶち込んだのだろう。陽動も兼ねている本隊は派手に暴れまわると聞いていたがここまでとは予想外だった。


 あそこまで大規模な爆発を起こせば、森に引火するのではないか、洞窟が崩れるのではないか、と様々な不安が湧き出てくるが、兵士たちがそれに気づかないわけがない。きっと何かしらの対策をしているだろうと勝手に納得すると、隣に立つクリスと向かい合い、頷き合う。


「準備は終わっていやすね。あっしたちも突入するっすよ!」


 ルーカスの号令に従って、ターナたちは洞窟の暗闇へと飛び込んでいった。



 先頭に立つクリスが用意していた魔水晶を懐から取り出すと、真っ暗闇だった視界が照らされる。歩き回るには十分、しかし剣を振り回すなど戦闘を行うには少々心もとない照明だ。

 しかし、あまり強い明かりを使って敵に先手を打たれるわけにもいかないため仕方がない。


「リオン、フウ。そっちの索敵はどのくらい働いていやすか?」


「えっと……ごめんなさい。僕は洞窟の中じゃまともに使えないや」


「ボクもかなり精度は下がっちゃうなぁ。範囲もいつもの三割程度が限界」


 小声で二人と一匹は確認し合う。リオンとフウの索敵は風の魔法によるものらしく、屋内では著しく効力が落ちてしまうのだ。フウの実力でようやく実用的なレベルである。


「それじゃあ索敵はあっしがやるっす。リオンとフウも一応でいいっすから最後尾で索敵を続けて。兵士さん二人はリオンの支援をお願いしていいっすか?」


「了解しました」


 二人の兵士がリオンを挟むように配置すると、ルーカスは再び正面を向く。今回の隊列は戦闘からクリス、ルーカス、ターナ、ジェシカ、アリシア、リオン、兵士二人となっている。ジェシカが真ん中なのは言うまでも無く、治癒術士であり最も戦闘力に劣るからだ。だが、同時に唯一怪我を治すことができる重要な立場でもある。


「それじゃあ進むぞ」


 ルーカスの指示が終わったのを確認すると、クリスが再び先導しだす。洞窟内は非常に複雑な構造となっていて途中でいくつにも道が分かれていた。

 何も考えずに歩けば二度と地上に出られなくなるのではと、思わず考えてしまほどの自然の迷宮。そこでベテラン冒険者であるルーカスの出番だった。


「今は詳しく説明できないっすが、覚えておいて損は無い技能っすよ」


 彼は分かれ道にたどり着くたびに、壁に短剣で目印を付けた上で魔道具らしき何かで簡単な作業を行っていく。それが何をしているのかさっぱりだが、少なくともルーカスが居れば帰れなくなることは無いだろう。


 逆にこの洞窟が本当に目的地に繋がっているのか、と言う心配もあったがそれも杞憂に終わった。


「ずいぶんと派手にやりすぎじゃないかしら」


 先ほどからずっと響いてくるのだ。何度もなる爆発音や悲鳴、時たま刃同士をぶつけ合う音まで反響してくる始末である。間違いなく本隊と敵がぶつかり合っている証拠であり、この洞窟が彼らの潜伏地まで通じていることの裏付けだ。

 後はその音の方向へ警戒しながら進んでいくだけ。いつ敵に襲われるか分からない緊張感の中、クリスとルーカスに先導される一行は黙々と行軍をすすめ、


「結局、誰にも会わなかったな」


 数十分ほど移動し続けた先で、壁に魔水晶による明かりの付けられた開けた空間に出た。しかし、その空間の奇妙さに一行は思わず声を失い、部屋全体を見渡す。


「この机、どこから持ってきやがったんだ……?」


「床も明らかに加工されていますね。都市長の誘拐以外では略奪とかの報告は無いのに、どうやってこんなことを?」


 さすがに壁は天然の洞窟のままのデコボコであったが、床が気持ち悪いほどに整えられていた。どうやら大理石か何かのタイルを引き詰めているようで、壁さえ目に入れなければここが洞窟とはとても思えない。

 そうして造られた床の上にカーペットやテーブル、クッションなどが置かれれば立派な休憩所の完成だ。


「それにただタイルを並べるだけじゃ、ここまで綺麗にならないっすよ。床も平らにしないと……風の魔法で切り裂くか、エルフ族が居れば可能かもしれやせんが」


 ルーカスも目の前の光景に怪訝な表情を隠さない。彼からしてみてもこのようなことがそう簡単にできるとは思えないのだろう。一体どこから材料を調達し、どうやって作業を行ったのか。


「……考えても今はどうしようもないな」


 クリスの言葉が答えだった。今でも戦闘音は洞窟を反響し続けており、ターナたちの任務は不可思議な部屋の調査では断じてない。我に返らされたターナたちは再び隊列を組むと、入ってきた側とは別の通路へ足を向ける。

 既にここは敵の居住区らしき場所、つまりどこから襲われても不思議では無い。ルーカスが黙っていた以上、近くに敵が居なかったのだろうが今の行動は褒められたものでは無い。


 その失態を挽回する様に再び緊張感を高めて、クリスから順に部屋から退出していき──クリスの足が何かを踏み抜いた。


「やっば──」


「なっこんな罠見たことが……!! 全員、近くの奴と手をつなぐっす! 空間魔法の術し──」


 ルーカスは最後まで言い切れたのか。すぐさま発生した光の奔流と術式が起動したことによる騒音で聞き取ることはできなかった。できたのは咄嗟にこちらに振り向いたクリスの手を右手で取ることぐらい。


「ルーカスさん!!」


 続いて次に近くにいたルーカスに手を伸ばそうとしたときには、既に視界は真っ白となっていた。手探りにでも何とかしてルーカスの腕を掴もうと、精一杯に腕を伸ばす──ことさえできない。


「一体何がどうなって──」


 重力を失ったかのように身体が浮き上がり、一歩踏み出す動作すらも行えなかった。後ろに続いていた仲間たちがどうなったのかは確認さえできず、ターナはクリスの手を離さぬようにすることしかできない。


 そのまま為すすべなくターナは術式に巻き込まれていった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





「してやられた……!」


 床に倒れ僅かに意識を失っていたことを自覚したルーカスは、素早く立ち上がると辺りに警戒を巡らした。そして周囲に敵意が無いことを確認すると、口から零れるのは後悔の言葉だ。

 先ほどの罠は恐らく空間魔法の類。それも見たことのない術式だった。そしてルーカスが倒れていたのは洞窟内の開けたスペース、だが見覚えの無い場所だ。そのことから推理すれば、恐らく別の地点へ転移させられた。そのようなことが可能だとは半信半疑だが、事実そうなってしまっている。

 視界が確保できているのは先ほどの部屋同様、照明が壁に設置されているからである。


 さすがにここまでも床がきれいに加工されて、家具が置かれている、なんてことは無くただ照明が設置されただけの空間だ。


「幸いにも変な場所に飛ばされはしやせんでしたか」


 “天使狩り”とアーネット司祭の扱っていた奇妙な魔法に対処できずに、煮え湯を飲まされたのは記憶に新しい。見たことの無い罠だったのだから反応できなくても仕方がない。そう開き直ることもできたが、相手が不可思議な魔法を使ってくることぐらい分かっていたはずなのだ。

 それを失念し、油断していた自分が恥ずかしい。最悪、二度と出てこられぬような異次元に飛ばされてもおかしくは無かったのだから。


 だが、リカルドが作戦決行日に話していたように後悔しても何も好転はしない。ひとまずクリスたちを探し出そうと、部屋から伸びる通路へ目を向けて、


「まあ、ここまでしておいて素直に逃がしてくれないっすよね……」


 その先から歩いてくる何者かの気配を感じて短剣を抜き放った。それを油断無く構え、明らかに敵意を振りまく気配に、すぐさま対応できるように身構える。

 いくら照明があるとはいえ、ここは太陽の届かぬ暗闇の洞窟。ある程度の距離に迫るまでその姿をはっきりと視認することはできない。下手に動くわけにもいかなく、気配の主の顔が確認できるまで静かに警戒を続け、


「……ぇ」


 確認した途端、ルーカスの集中力は霧散していた。男性としてはやや長めに伸ばされた茶髪。かなりの高身長でルーカスより僅かに高い背丈。成人しているはずなのに、どこか子供っぽさが残る顔立ち。

 良く笑い、それがとても似合う顔だ。いつも乱暴ながらも優しげな言葉を紡ぎ、悪さをすれば厳しい言葉放つ口だ。


 知っている。ルーカスは知っている。知らないわけがない。


 ──十年前には毎日のように見ていた顔なのだから。


「さあ、ルーカス。まずは一つ質問をするぞ」


 この世で一番と言っていいほどに聞き慣れた声で、男性は唖然とするルーカスへ問いかける。


「──“初めまして”と“久しぶり”。どっちがいいんだ?」


 ただ一つ、その声に隠し切れない悪意が含まれていたことだけが、記憶とは違うことだった。


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