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銀の天使とイツワリノカラダ  作者: 閲覧用
第三章 混沌の天使
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第三十五話:疑問と違和感を抱えて

「本当に、びっくりするぐらい平和だな」


 転移者の集団が潜伏していた洞窟からやや離れた森の川。腰の高さほどの比較的小規模のそこから地面に上がりつつクリスは呟いた。彼は周辺に油断なく目線を送りつつ、続いてくる仲間たちを待つ。

 隊列二番目であるルーカスは負傷しつつもしっかりとした足取りで地面へ足を付ける。だが、三番目のアリシアはそうもいかない。

 腰の高さほどと言っても成人男性であるクリス基準。本人は認めたがらないが、小柄な少女である彼女の身長では胸ほどまで水に浸かってしまっていた。


 そのため歩くだけでも苦労しており、地面へ上がるのはそれ以上だ。うまく足を運べないもどかしい動作に最後尾のリオンは苦笑を浮かべると、彼女の前へ躍り出てその手を掴んだ。


「ほら、しっかり掴んで」


「そんな子供みたいなこと情けねぇからいらな……あーあ、分かったよ! ありがとうなっ!」


 一度は断って手を振りほどこうとするが、悲しそうな表情を浮かべるリオンを見て動作が止まる。続けてクリスから向けられた責めるような視線を受けて、ようやくアリシアは折れた。

 納得いかないと機嫌の悪そうに眉をひそめながらも、リオンの先導の元ようやく陸へ降り立つことに成功した。


「近くにあっしたち以外の人間は無し。匂いも消して獣人やテイマーによる追跡も潰した。これで完全に巻いたはずっす……そもそも追手が居なかった気がしてなりやせんが」


 全員が無事揃っていることを確認し、ルーカスが胡散臭いとばかりに言い放つ。洞窟へ潜入した際にルーカスは攻撃をされているし、クリスたちも入り口付近で派手に魔法を撃ち込んだりしている。

 敵にこちらの存在はバレているはずなのだ。都市長を誘拐するなどと言う罪を犯しているのだから、侵入者が都市から送られてきた偵察であることぐらい予想するのは容易。

 敵側からしてみれば絶対に逃がしてはならないはずなのに、追手の影も形も無かった。ルーカスにとっては都合が良いのだが、キナ臭さを感じられずにはいられない。


「いや、あの様子じゃそれも考えすぎっすか……」


 荒い視界の中で垣間見た洞窟内の惨状を瞼の裏に思い返す。あれでは本当にただの宴会場だ。暴挙と言っても過言では無いあの様子では、組織としての機能は全く働いていないと見ても良い。


「さっきの魔獣は許さないね。おかげでこんなにびしょ濡れだよ」


 真面目にルーカスが思考を巡らせている中、リオンの頭の上に鎮座していたフウが犬のように身体を震わせる。彼のフワフワな白銀の毛はどうやら水の吸収性も抜群らしい。小さな身体から面白いほどに水がまき散らされ、主にアリシアの顔面へと降りかかった。


「濡れるだけで済んだんだから、それぐらい我慢してくれよ。水の中で襲われたときは正直肝が冷えたぞ」


 あれは死ぬかと思ったと、クリスがしみじみと答える。さきほど川の移動の中間あたりに差し掛かったところで、木々の合間から猿の魔獣がクリスたちへ飛びかかってきたのだ。幸い跳躍力が足りなかったのか一旦川の中へ着地し、次に飛びかかるときにはフウの魔法を受けて真っ二つになっていた。

 しかし、さすがの風を司る精霊様も水の奇襲には反応し切れなかったようで、風の守りも展開し切れず全員ずぶ濡れと言う訳だ。


「うーん、こっちの方が早いかな」


 いくら身体を震わせても一向に乾ききる様子は無く、ポツリと呟くとフウの身体が崩れるように光の塵となる。緑色のそれはキラキラと舞いながらリオンの胸の辺り──正確に言うならばリオンの心臓へと収束していった。

 まるで力尽きて消えるような光景だが、再びリオンの元から光の塵が放出され、彼の頭の上に少しずつ小さな龍の輪郭を築き上げていく。それがはっきりと見慣れた精霊の姿を描き切ると、実体化しすっかり水っ気の無くなったフウが現れていた。


「完璧」


「それができるなら、おれにぶっかけた意味は何だってんだ……?」


「気まぐれかな」


「燃やしてもいいか?」


 指先に小さな炎を発現し、割と本気な目をするアリシア。その炎もフウが風を吹きかけるとあっさりかき消されてしまった。


「向こうで遊んでるのはほっといて、ルーカス。怪我は大丈夫なのか?」


 ムキになってフウをわしづかみにしようとする少女、飛んで逃げ回る精霊、それらをなだめる少年を呆れたように一瞥し、クリスはルーカスへ尋ねる。

 フウの治療を受け何ともなかったように活動しているルーカスだが、赤く腫れた肌が服の穴から覗いて酷く痛々しい。


「見た目が派手だっただけで大きな怪我は無かったっすから。合流できなくてもすぐに走ることぐらいはできやしたよ」


 心配げなクリスにルーカスは苦笑しつつ、肩を回して快調であることをアピール。その姿からは本当に大した怪我を負っていないように見えた。それを見てようやくクリスも納得した。


「──それで、あっしの身体のことよりよっぽど重要なことがありやすが……こっちからも質問していいっすか?」


「お、おお。なんでも平気だぞ」


 それまでの程よく脱力した様子を捨て去り、ルーカスの声色はやや冷たいもの。そのような雰囲気にクリスは少々圧倒されつつも何とか言葉を返した。

 許可を貰ったルーカスは一つ息を吐くと、


「クリスたちはこっちの世界の記憶……元の身体の持ち主の記憶を持っているわけじゃないんすよね?」


 改めて聞くにしてはおかしな内容にクリスは心の中で首をかしげる。それは何度も説明した話だ。今更、確認しなおすことに違和感を覚えつつも返答は忘れない。


「ああ、さっぱりだ。唯一例外はターナだけど……あいつは記憶を持っているというより二重人格になってるからな」


 元男性、現少女の友人を思い浮かべる。体調不良──はっきりとは言わないが女性特有に不調によって都市に待機することとなった彼女は、どういうわけか元の身体の持ち主の意識が残っていた。

 恐らくターナが危険に晒されると表に出てくるようだが、クリスたちにはそのような兆候は一切見られない。何故かと聞かれたら困ってしまうが、ターナ特有の症状なのだろう。


「……本当に都市長をさらった連中は転移者なんすか?」


「それはどういうことだ?」


 会話の前後の繋がりが見当たらず、クリスは困惑する。


「あっしを感知したり、攻撃したり、あいつらは魔法を当たり前のように使ってきやした。それに動きも素人臭さが無かった……クリスたちと同じで記憶が無いっていうなら一体どこでその技術を覚えたんすか?」


 ルーカスの言葉でクリスもようやく気付く。今でこそアリシアやリオンは魔法を扱っているが、それは相応の指導を受けたからだ。実際、やり方さえ教わってしまえばある程度の魔法は簡単に発現することはできた。

 洞窟内に巣くっていた転移者たちも誰かから教えを、街の人間と友好的な接触ができていなかったとしても、フウのような連れの精霊から教わった可能性は十分にある。だが、その練度はまた別の話だ。


 ベテランの冒険者であるルーカスの隠密を見破ることや、多数の警備の眼を盗み都市長の一家を騒ぎ無しで誘拐するだなんて芸当できるわけがない。少し考えてみれば当たり前なのに、なぜ今まで疑問に思わなかったのだろうか。


「そもそも都市長を誘拐する目的自体が不明瞭なんすよ。最初は見知らぬ土地で生きるために身代金を要求してくるもんかと思っていやしたが、その様子も無し。そもそも洞窟内は宴会状態。食料に困っている様子もありやしませんでした」


 次々と疑問がルーカスの口から零れていく。そのいずれにもクリスは答えを持たない。だが、放置できる疑問でも無い。


「“天使狩り”が俺たちの前に現れたのも奇妙だ。確かに色々とおかしな点が多すぎるな」


 突然現れ、不可解な行動でクリスを惑わしていった“天使狩り”。クリスたちを殺していくわけでも無く、これもまた説明できない疑問だ。


「……情報が足りなさすぎるっす。他の偵察もそろそろ戻り始めてると思いやすし、ここじゃのんびりと考えることもできない。早く都市に帰るっすよ」


 クリスは強く頷き、いつの間にかこちらの話へ耳を傾けていたアリシア、リオン、フウの三人も真剣な表情で同じく首を縦に振る。新たなに湧いた疑問に小さくない危機感を抱きながら、クリスが先頭を歩き始める。

 それに続いていき正面ばかり見つめる一行には、ルーカスの表情を見ることはできない。


 ──最悪の想像をし、悲痛な様子で表情を歪める暗殺者の姿は。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 それから行きよりも僅かに時間を縮めて、クリスたちは都市へ帰還した。ルーカスは報告のために城門で別れ、残った転移者組はターナとジェシカが宿泊している宿に戻っていた。

 男性陣の部屋はまだ取り直していないため、女性陣が借りていた部屋に集合したものの如何せん狭すぎる。


「おかえりー。無事だったかしら、特にアリシアとか一人で突っ込んだりしなかった?」


「さすがのおれもそこまではしねぇよ。怪我だって一つも無かったぜ」


 再開するや否や、憎まれ口をたたき合うジェシカとアリシア。喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったものだと、他の全員が思い浮かべる。


「無事に帰ってきて何よりです。それで何か収穫はありました?」


「僕たちのところが当たりだったみたいだね。転移者がたくさん洞窟に潜んでいたらしいよ」


「ルーカスの話を聞く限り、潜んでいたってのは語弊があると思うけどね」


 リオンとフウの説明を受け、ターナは驚いたような表情。


「余計に無事で良かったですよ。それなら次は一気に攻撃を仕掛けるんですかね……今回役立たずだった分、働きますよ!」


 ベッドに腰かけたまま力こぶを作る仕草をしつつ、声を上げるターナはやる気十分。よっぽど今回の作戦欠席が悔しかったのだろうか。その様子に申し訳なく思いつつも、リオンは彼女のやる気に水を差す。


「それは分からないかな。ルーカスさんが気づかれちゃったみたいだし、色々と問題が出てきてるんだよ」


「問題?」


「うん。“天使狩り”がやっぱり関わっていそうなのと、何故か転移者とは思えない動きをする人が居たりするって」


「“天使狩り”……今回もやっぱりあいつが絡んできますか……」


 忌々しいとばかりに“天使狩り”の名前を口にする。普段から敬語を心掛け、柔らかな性格をしているターナには珍しい姿だ。実際、ターナたちを日常から引き離し、何度も煮え湯を飲ましてきたのだから当たり前ではある。

 顔を僅かに俯かせ、怒りに震えていたターナはふと顔を上げた。その視線の先にいるのは何やら考え込む様子のクリスだ。


「クリスさん、どうかしました?」


「いや、何でも無い……訳じゃないんけど。ターナの顔を見たら何か引っかかってな」


「“僕”の顔に何かついてるんですか?」


「いや、そういう意味じゃ無くてな」


 何とも抽象的な物言いのクリスにターナとリオンは首をかしげるだけだ。クリス自身も自分が言いたいこと分かっていない様子であり、それ以上の追及は無駄だと判断した。


「まあボクたちだけじゃ何も判断できないよ」


「元も子も無いことを……間違っちゃいないのが痛いところですが」


 あっさり過ぎるフウの言葉にターナは抗議しようとするが、何一つ間違いでは無いため直後には諦める。ターナたちだけでは状況を判断する頭も、経験も、力だってない。

 結局できることは“天使狩り”を追うルーカスたちや王国の騎士に付いて回って、あわよくば元の世界への帰還方法が見つかることを祈るだけなのだ。


「確かにそうだな。俺は部屋を手配してくるよ」


「ええ。疲れているでしょうし、今日は休んだほうがいいですよ」


 出元不明の違和感を振り払い、クリスは立ち上がる。宿に着いてすぐターナとジェシカへ無事を報告しに行ったため、まだ男性陣の今晩の寝床を確保していないのだ。

 チラリとリオンへ着いてくるよう催促すると、じゃれ合うアリシアとジェシカを横目に受付へと向かっていった。


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