第三十話:付き添いの暴走にはご用心
投降遅れてしまい申し訳ありません。単純に忙しかったり、プロットの修正などがあり遅れてしまいました。なるべく早くの執筆を心がけますがしばらく更新間隔が開くかもしれません
「それじゃあ、俺たちは行くから。大変だろうけど、早く元気になれよな」
「すみません、今回は任せます」
ターナはベッドから僅かに身体を起こしたまま、ドア越しにクリスたちを見送っていた。彼らと共に行動できないのは心苦しいが、今の体調で戦闘になっても確実に足を引っ張ってしまう。冷静にそう判断できる程度には落ち着いたターナは、今回の作戦を辞退したと言う訳だ。
「まあ、敵の拠点を割り出すのが目的で、攻撃を仕掛けるのはもう少し後なのよね? その時から参加すればターナちゃんにも活躍できる場面はあるわよ」
部屋に備え付けられていた椅子に座りながらジェシカが確認していた。彼女の言う通り、未だ都市長を誘拐したという集団が潜んでいる拠点は特定できていないのだ。
捕虜──冒険者一行を襲おうとしたマヌケな盗賊たちから聞き出した情報で、いくつかの候補が分かっているだけ。だが、手掛かりがあるだけ良い方だろう。数が多いのが問題だが、そこは都市長が雇っていた私兵たちと協力すれば数日でしらみつぶしにできるそうだ。
「おれも近いうちにあるのか……嫌だ、マジで嫌だ……」
「もうそろそろ落ち着いて。ただ女の子として成長するだけだよ!」
「それ全く慰めになってないよね、リオン」
そうやってシリアスな会話をしている横で、アリシアとリオン、フウの漫才が聞こえてくる。珍しく大きな声を出しているリオンだが、フウの言う通り完全に逆効果だ。
少々、いやかなりずれまくっているリオンのフォローによって、余計に肩を落としていくアリシアの姿が用意に想像できる。
「クリス! もうそろそろ出発するでやんすよ!」
「っとそれじゃあ今度こそ行ってくるな」
窓の外からルーカスの声が聞こえ、最後にクリスが一言残すと三人分の足音が遠ざかっていった。それを確認し終えると改めてベッドに身体を預ける。当初に比べればよっぽど落ち着いているが、体調が良いとはとても言えないし、ちょっとしたことで気持ちが暗くなっていくのは自覚していた。
「宿の延長は大丈夫みたいだし、今日はゆっくり寝てたほうがいいわ。手続きとかはあたしがやっておくから」
「今日ばっかりはお言葉に甘えさせてもらいます」
早速、その手続きを行うのだろう。ドアを開けて廊下へ歩いていく後姿を確認すると、何となく天井を見ながらボーっとしてみる。
まさかこのようなことで体調不良など、一か月と少し前までは考えもしなかった。元の世界への帰還方法にも目途が立っていない現状、この経験だって一度で済まされるとは思えない。
──最悪、一生続いていく可能性だって……。
「やめやめ。悲観になりすぎだっての」
強引に思考を止めるべく、枕に顔を埋め込むとそのまま目をつむった。
☆ ☆ ☆ ☆
そうやって寝るだけで過ごした日の翌日。一日中寝ていただけに、さすがのターナも寝ぼけずにシャキッとした起床に成功していた。首の後ろで、右ひじを左手で持つとそのまま身体を伸ばす。
小さくうなり声を上げながら身体を伸ばし終え、息を付くと既に起床していたジェシカと眼が合った。
身体を起こしたターナの姿をじっくり観察する。それも数秒程度で完了させると、満足げに頷きようやく挨拶だ。
「おはよう、だいぶ良くなったみたいね」
「おはようございます。おかげさまで、昨日と比べればかなり好調ですよ」
言いながら軽く身体を動かしてみる。昨晩まではあった身体のだるさはかなり改善されているし、精神的にも落ち着いているように感じた。それでも運動を、ましてや命を賭けた戦闘などできないだろうが、日常生活を送る分には問題なく思える。
「良かった良かった。それじゃあ、寝起きで悪いけど少ししたらどこか出かけない?」
「うーん、でもみんな頑張っている中、遊んでいて良いんですかね?」
この提案は正直ありがたい。だが、体調不良を理由に休ませてもらった手前、街へ繰り出すのも忍びなかった。布団の中で小さくなりながら悩ましくするターナの姿を見て、ジェシカは腰に手を当てると顔を突き出す。
「アリシアたちが帰ってくるのだって、明日とかじゃないでしょ。それまでベッドに閉じこもるなんて退屈だと思うわよ?」
「退屈でも休養だから……」
「あーっ! ターナちゃんはホントに生真面目過ぎるのよ!!」
もどかしいとばかりにジェシカは頭をかき乱しながら叫ぶ。生真面目過ぎると言われても、子供のころからの性格を今さら直すのは困難だ。時に優柔不断とも取れるこの性格は欠点だとターナ自身も認識しているのだが、だからと言ってすぐに治せる話では無い。
「この都市って商業の街って言うじゃない。歩いて店を眺めてるだけでもきっと楽しいからさ……ターナちゃんが行ってくれないとあたしもここから動けないんだけどなー」
「うっ……それを引き合いに出すのはずるくないですか?」
意地悪そうにこちらを見るジェシカに対し、ターナは思わず言葉を詰まらせた。周りに申し訳ないという気持ちで断っていたのに、そうしたら自分が困るぞと脅されているのだ。今のターナを頷かせるためなら満点に近い言葉選びである。
「さあ、行くならさっさと行きましょ! 一昨日到着したときもそうだったけど、早めに動かないと人の数が凄そうよ」
「ちょ、近いっ近いですって!?」
ターナが傾き始めたのを見るや否や、早口で押しまくってくる。ベッドに身を乗り出し、顔をぐいぐい迫らせて来るジェシカに思わず身を引いてしまった。
見た目が十代後半の少女で、大人しい性格をしていても中身は二十代の男に変わりない。ちょっと前に出ればおでこを当てられそうな距離感は心臓に悪すぎる。ターナが襲いでもしたらどうするつもりなのか──今の身体では不可能そうなのだが。
「で、どうするのよ?」
「じゃ、じゃあ行きましょうかね……?」
結局、先に折れたのはターナの方だった。若干語尾が怪しかったが、返答を聞くや否や支度を始めるジェシカが気にしている様子は全く無い。
活発過ぎる彼女の姿を少しだけ羨ましく思いながら、ターナも寝癖を治すべく水道で向かった。
そんなわけでターナはジェシカと共に中央広場にやってきていた。相変わらずというか、前回夕方にここを訪れた時にも凄い人通りであったが、昼前の現在はもっと凄い。
大通りの中心はそれぞれの方向へ向かう二車線を馬車が絶えず走っており、道の両側に徒歩で移動する人々がいる。もう少し街の端の方へ向かえば平気だろうが、都市の中心であるここでは向かい側に渡ることも困難だ。現代社会の信号機のありがたみを痛感させられる。
もちろん通行人の数も尋常では無く、ちょっと目を離した隙に隣に立つジェシカとはぐれてしまいそうだ。しかし、それは活気のある都市だという裏付けでもある。
「都市長が誘拐されても、本当に平和ねえ」
「自治都市なだけあって実力主義な街らしいし、トップが不在でも最低限回る様にそれぞれの部門の人が頑張っているってところですか……でもそう長いこと誤魔化せませんよ」
都市長が危険に晒されている中、住民は何も知らずに日常を過ごす。残酷に思えるかも知れないが、政治的にはこれが一番良い。だが、それも都市長が無事に尚且つ一定期間以内に帰ってくることが前提だ。
今はまだ事件から短いため一般人には漏れていないものの、都市長が長い間人前に姿を現さなければ不思議に思う人々は必ず出てくる。そして誘拐事件が発覚すると、それが一番まずい。住民に暴かれるぐらいなら都市側から告白した方が、まだ混乱は少ないだろう。
「こう言っちゃうと悪いけどね、別にターナちゃんとあたしがいたからって大きくは変わらないでしょ? 今回は大人しくみんなに任せて、次からその分頑張ればいいわ」
「……そうですよね」
その大事な救出作戦に参加できないことを申し訳なく思っていたが、ジェシカにはバレバレらしい。ターナの心情はいつも友人たちの誰かに気づかれているのは偶然だろうか。
「そんじゃあ、せっかく来たからには色々忘れて楽しみましょうー!」
「お、おおー?」
ターナの手を掴むと、ジェシカは両手を掲げて満面の笑み。それにつられて何とも微妙な声が出てしまった。直後、周辺から視線が特に男のものが集まってくるのを感じてターナは思わず身震いした。
文字通り、作り物染みているターナとジェシカの容姿は控えめに言っても美少女あるいは美女だ。いくら人が多いとはいえ、一度存在を認知されれば気色の悪い視線を送ってくる男はいくらでも湧いて出てくる。
「ちょっと離れようか」
嫌がっているターナに気づいたのか、掴んだ手をそのままにジェシカは歩き出した。ジェシカにだって同じような不快感はあるはずだが、さほど気にしている様子はない。
元の世界でもそこそこ美人であったし、耐性でもあるのだろうか。側だけのターナと違い女性としての経験値の差が垣間見える。
「どこに行くかとか全くのノープランなんだけど、見たい店とかある?」
「見たい店、武器屋とかどうですか!?」
「男の子ね……その外見で言われても違和感だらけよ」
尋ねられて気が付いたが、せっかくのファンタジー世界だと言うのにそれ特有の店など一度行けていないのだ。一度気が付けば、男として回ってみたい場所などいくらでも思いつく。
傍から見たら武器に興味津々の年頃の娘という、変わり者にしか見えないだろうが知ったこっちゃないのがターナの正直な感想である。
かっこいい武器を想像して眼を輝かせる少女へ、ジェシカは残念なものを見るような視線を送る。
「確か向こう側に通りに冒険者向けの店が並んでいたはずだからそっちに……」
「ん? どうしたんですか?」
ふとジェシカが立ち止まり、ターナは首をかしげながら尋ねる。その声に反応してか一度振り返ったジェシカはターナの姿を観察すると、再び正面を向いた。何なら思案する様にブツブツと何か呟いているが内容までは聞き取れない。
「よし、やっぱり予定変更よ! 時間はあるし、武器屋は遠いから悪いけど後回しで。先に向こうの店に入りましょう!」
「え、構いませんけど、一体どこの……?」
突然テンションの上がったジェシカに困惑しつつも、再び掴まれた手に身を任せて引っ張られていく。だが、肝心の目的地が今いち分からない。相変わらずの人混みで中々目的の店を確認できず──視界に映ったときには手遅れだ。
「うげっ」
思わず変な声を出してしまったターナとジェシカの前に鎮座しているは洋服店。それもかなり女の子的な趣味を前面に押し出した店だ。ジェシカの狙いが何となく分かってしまい、元来た方向へ逃げ出そうとするが遅かった。
即座に動きを察知したジェシカにがっちりと腕をホールドされると、もう逃場はない。動きを制限されたまま、にやりと笑うジェシカに眼を合わせられ、気分はライオンに捕まった兎のそれだ。
「さあ、着せ替えショーの始まりよ!! 武器屋は後で行ってあげるから安心していいわよ」
「安心したいのはそこじゃないんですよねッ!?」
悲鳴を上げる少女と、それを捕まえる少女のじゃれ合いを通行人は目の保養とばかりに見ていたとか。




