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銀の天使とイツワリノカラダ  作者: 閲覧用
第一章 騎士の終わりと少女の始まり
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第三話:慣れぬ体

「さあ、ここがうちの村だよ」


 実に淡々と自分の村を紹介するミリアを声を聞きながら、目の前の風景を眺める。木造の家々、どれも現代日本のそれと比べれば小さい。道は簡単にしか整備されておらず、もちろん街灯なんてものは無く非常に暗かった。そんなどこかのRPGでよく見るような土地にあえて感想を付けるならば、


「何と言うか……村ですね」


「もうちょっと他に言葉は無かったのかい?」


 まるで心の籠っていない言葉にミリアが突っ込みを入れる。明かりは空高くに浮かんでいる満月の光のみで、視界の確保さえままならない。そのことから判断した限り、時刻は真夜中の零時付近だろう。あくまで月の動きが地球と同じだったらの話だが。


「さて、家に行って服でも取ってこようか。さすがにその格好のままにはいかないからね」


「そこまでは……いや、すいません、お願いします」


 そこまで迷惑をかけるわけには、と言いかけたが自分の格好を見てすぐに言葉を改める。体中に小さな傷があり、何よりも血塗れだ。どうしてそんな格好で倒れていたのか理由は不明だが、このまま他人の家に入るなどかえって失礼だろう。

 そのままミリアの案内に従って歩くと、一つの民家の前で立ち止まる。軽く見た限り、村の建物はどれも小さかったのだがこの家は他に比べて大きい。


「ちょっとここで待っていてくれ」


 どうやらここがミリアの家らしく優理に指示を出すとドアノブに手をかけた。その瞬間、


「お母さん! おかえりー!!」


 元気良く声を上げる茶髪の少女が飛び出してきた。年齢は恐らく十と少し。大きな目が印象的で、ニコニコ笑う姿はどこか子犬染みたものを感じさせる。肩辺りで切り揃えられた茶髪を揺らしながらその少女はミリアを見上げ、ふと隣に立つ優理に気づくと首をかしげた。


「お姉ちゃんだれ?」


「お姉ちゃん、お姉ちゃんか……。えっと、近くの森でミリアさんに助けてもらってね」


 お姉ちゃんという呼称に若干ダメージを受けながらも質問に答える。そのやり取りを聞くとミリアは疲れたように口を開いた。


「マリー、何でまだ起きてるの? お皿片付けて先に寝ててって言ったよね?」


「だって何かあったんでしょ? 面白いことかなって思ったら寝れなくて」


 特に悪気なく言い放つミリアの娘らしき少女──マリーにミリアは大きくため息をつく。本当にあんたって子は、と呟くのを聞く限りいつもこんな調子なのかもしれない。


「面白いことか、変わった拾い物なら確かにあったんだけどね。とにかく明日教えてあげるからもう寝ること。母さんはもう少しやることがあるからね」


「はーい……。そっちのお姉ちゃんも明日教えてね!」


 最後の最後まで元気一杯なマリーは勢い良くドアを開けると家の中へ戻っていった。突然現れ、勢い良く帰っていく。まるで嵐のような子である。


「ごめんね、いつもあんな感じでさ。誰に似たのやら」


 そう小さく謝罪したミリアも家の中に入っていき、すぐに質素なワンピースと布切れを持って出てきた。

 自分が借りる服なのに何故女物、と一瞬疑問に思うが今の優理の姿ならそれが適当なのだろう。今後のことを考え、悲しみに駆られる優理をミリアはまたもや不思議そうに見ていた。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 ──見張ってるから早く済ませてきな


 そう言われて村の端にある小さな湖に優理は来ていた。背後へ顔を向けると辺りに気を配っているミリアの姿が見え、言葉通り見張りを全うしているようだ。先程のような魔獣に襲われるのは勘弁だが彼女がいれば安心できた。


「ようやく、血を洗い流せる」


 まずは顔と髪に付いている血を流そうと湖を覗き込み、そこに映った女性の顔を見て今の自分の姿を思い出す。一体どんな顔になっているのだと純粋な疑問を抱くとそのまま水に映る顔を観察した。


 年齢はかなり若返っており見た目だけでの判断なら十代後半と言ったところ。整った鼻筋に形の良い眉、大きな碧眼の付いた顔はもしかしなくても美人か人によっては可愛いと称すかもしれない。今は血が付いており輝きを失っているが絹のような銀髪は背中にまでかかっている。


「え……」


 変化した顔が不細工じゃなくて良かった、と言う安堵の前に内藤の心に生まれたのは驚愕と困惑だ。なぜなら内藤はこの顔を知っている。知っているどころかこの顔を作ったのは──ゲームで設定したのは自分なのだから。


 ここで目を覚ます前に参加していたオフ会、あの集まりこそ今の内藤の姿である”ターナ”を二人目のキャラクターとしてプレイしていたMMORPGのギルドメンバーだ。内藤は男性の二刀流剣士である本命キャラ”アベル”と、女性の魔法剣士”ターナ”二人を自身の分身としてそのゲームを遊んできた。


 そのターナの姿に何故かなっているのだ。サブカルチャーの世界では物語の主人公が異世界へ行ったり、ゲーム世界に入り込むことはよくあることだが現実であるわけがない、はずなのだが現にこうして”ターナ”の肉体になってしまっている。


「ステータス……って出てくるわけないよな」


 試しに以前読んだゲームの世界へ転生する小説を参考にステータスと唱えてみたが何も起きない。当たり前だ、人間の能力が数値化して浮かび上がるなど創作の中だけだ。


 こうなってくると次々と疑問が湧き上がってくる。なぜ最も時間を使っていた本命の”アベル”では無くサブキャラクターの”ターナ”なのか。なぜ血塗れで倒れていたのか。ゲーム時代持っていた装備やポーションなどは存在するのか、存在していたとしてどうにかして取り出せるのか。そもそもこの世界は何なのか。


 様々な疑問が浮かび上がり、そのたびに現状では確認のしようがないという答えで両断されていく。思考は堂々巡りするばかりで──


「大丈夫かい?」


 遠くからミリアの心配気な声が聞こえた。その声に意識が現実へ引き戻され、いつの間にか無意識に頭を押さえていたことに気づく。


「すいません、少し考えることがあって」


「それならいいけど……何かあったら言うんだよ」


 その気遣いに感謝すると優理は意識的に気持ちを切り替えた。今のこの状況が何であれ、考えても仕方がないのだ。それなら今は放置するのも一つの手。思考の放棄ではないが時には開き直るのも良いのだ。

 それなら今やることはさっさと体を洗うこと。それを全うすべくボロボロの騎士服に手をかけて、


「いやいや、これアウトじゃない……?」


 破れた服の隙間から見える本来ないはずの双丘に気づき顔を赤くしながら手を放した。元二十三歳男性 内藤 優理 恋愛経験は高校生以来一切無し、無論女性の体に対しての免疫も皆無である。


「今は自分の体なんだからセーフ、大丈夫何も問題はない」


 心臓の音が加速していくのを努めて無視し、自分に言い聞かせながら今度こそ服を脱いだ。

 白を基調とした騎士服とその下の丈夫そうなアンダーウェアが無くなり姿を見せるのは、上下の下着(・・・・・)と男のものとはまるで違う滑らかで白い肌だ。

 それを、特に局地的な布で包まれた二つの丘を、見ただけで顔が火照るのを止められない。だが体のあちこちに付着している不快な血はさっさと処理したいのも本音。


「ああ、何でこんなことしてるんだろう……」


 覚悟を決め、その下着も取っ払う。主に上の下着を取るのに苦労したがそのことは最早あまり覚えていない。そうして生まれたままの姿になるとなるべく他に目線を向けながら湖の中に入っていった。

 ふと何気なく下に眼を向けてしまい水面に写ったのは羞恥から顔を耳まで真っ赤にした少女だ。そのせいで余計に顔が熱くなるのを自覚しながら、さっさと終わらそうとゆっくり体を擦り血を洗い落としていく。


 ただそれだけでも体質なのか緊張しているからなのか妙にくすぐったい。何とか目立った体の血は綺麗にして、次に意識を向けたのは背中にまでかかっている銀色の髪だ。

 服越しだった体と違ってその銀の絹は直接、盛大に赤く染まっている。多少水をかけるだけでは落とせないと判断し、思いきって水の中に顔ごと潜った。


 幸いにも気温は低くなく、冷たくは感じるが凍えるという訳でもない。そのまま息を止めながら髪の血も全て洗い流した。長い髪はただその作業だけでもかなり労力を要し、暇があれば切ってやろうと心に誓う。


 湖から上がるとミリアから借りた布切れで体を拭き、今度はワンピースと下着に意識を向けた。さっきまで履いていたはずのその白い二つの布を見て盛大にため息をつく。

 羞恥心が限界を超え始め、おかしな悟りを開きそうになりながらもひとまず下の下着を履く。その落ち着かない感覚を務めて無視し今度は上の下着を指先で持ちあげた。下の方も十分に恥ずかしいが、形が違うだけと言い訳が出来たからまだマシだ。だがこちらはどうやっても言い逃れが出来ない。


(そもそもどうやって着けるかも分からないし)


 心の中で言い訳していると着けないという魅力的な選択肢が浮かんでくる。そうだ、こんなもの二十年以上着けたことなんて無かったのだ。いくら体が変わったとはいえ、そんな予定も無かったのだがらこのまま無視しても良いのでは──


「さすがにダメだよなあ……」


 一度は思った都合の良い考えを息に乗せて吐き出す。いくら何でも着けないで過ごすのは変態だろう。中身が男なのに女物の下着を着ける時点で変態な気もするが、どちらにせよ変態なら客観的にはまともな変態を選択をするべきである。


 ようやく決心をし、その白い布切れを見様見真似で胸に当てる。もう何だかどうでもよくなってきた。そうして無心のままもうまく着けることに成功した。


 最後に残ったのは質素な無地のワンピースだが、これまでの羞恥に比べてしまえば女装など最早何も思わない。上から被るようにその質素なワンピースを着て、自分の体を見下ろしてみる。

 明らかに目線は低くなり、体は華奢で胸には女性特有の膨らみが付いていた。

 それはとても自分とは思えず、その上に生まれて初めてであり、また一生あり得ないはずだったワンピースの着用はやっぱり落ち着かない。


 ──大事な物を色々無くしてる気がする


 血とは別の要因で赤く染まった顔でとぼとぼとミリアの元へ戻る。長い銀髪を揺らしながら歩くその背中はどこか悲哀感に包まれていた。

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