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銀の天使とイツワリノカラダ  作者: 閲覧用
第三章 混沌の天使
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第二十八話:商業の街ラーチェス

 自治都市ラーチェスから少々離れた平原にて。盗賊の襲撃を特に危なげなく返り討ちにした冒険者たちは、捕縛した三十人近くもいる荒くれ者たちをどうするか相談していた。


「くっそ! てめえら、速攻で負けてるんじゃねえよ! このまま豚箱行きは嫌だッ!!」


「お前は戦えもせずに降伏したじゃねえか!!」


 その中、空気を読まずに喚くのは手首と足を縄で縛られた転移者の男だ。すかさず他の男に突っ込みを入れられ、何も言い返せずに黙る羽目となる。


「全員運ぶのは……ちょっと危険っすね」


 冒険者集団のリーダーとなっているルーカスが困ったように考え込む。現在の編成では六人または五人を一つのグループとして馬車を振り分けており、詰め込むだけなら可能ではあるだろう。幸いにも都市へはさほど時間を掛けずに到着する距離だ。

 だが、いくら縄で縛ったところで暴れ出す可能性を否定できなかった。狭い移動中の馬車で魔法でも使われれば、怪我人だって出てしまう。ルーカスだって不要な怪我人を出すのは本意ではない。


「少し面倒だがよ、こいつらを馬車に詰め込んでおれたちは周りを固めながら歩けばいいんじゃねぇか? 徒歩でも日暮れには間に合うだろ」


「それもありでやすが、問題は門が閉まる時間っすよ。特に都市長一家誘拐だなんて事件が起きてやすから、普段より閉門が早まってる可能性は高いっすね」


 宿を目の前に野宿は嫌だろうと、さらに付け加える。太陽が示す限りでは正午を少し回ったかという時間だ。これがもっと少人数での旅であるか、平常時の閉門であれば余裕を持って到着できただろう。だが、今はどちらの条件も満たしておらずアリシアの提案も良いものとは言えない。

 では、どうするべきかと再び一同が悩み始めた時、意外な人物が声を上げた。


「たぶんだけど、閉門が早まったりはしてないぞ」


 気まずそうに顔を横に逸らしながら話すのは縄で縛られた若い男。襲撃の際にターナたちの馬車を襲った転移者だ。盗賊が何があって情報を寄越してくるのか、ルーカスでさえも怪訝そうな表情をしていたが、すぐに男の元へ向かうとしゃがみこむ。


「ちゃんとこっちを見るっす」


「……もうちょっと丁寧に扱えっての」


 それでも目を合わせようとしない男の顎を掴み、ルーカスは強引に正面を向かせる。そのことに小さく抗議されるが無視すると、冷たい顔つきに表情を切り替えた。


「些細なこととはいえ、あっしたちにどうして教えてくるっすか? それが分からないと信用もできないっす」


「……本当だったら、この地方からはとんずらするつもりだったんだよ。だけど、最後の最後で欲に眼眩んで捕まっちまった。どうせ牢屋行きになるんだったら、全部吐き出しちまおうってな」


 そういって不敵に笑う。かっこよく見せようとしているが、実際は捕まる前に仲間を売っているだけであり、最低の男であることは変わらない。だが、その様子からすると他にも有益な情報を持っていそうな雰囲気があった。


「今気づいたんだけど、情報渡す代わりに罪を軽くしてもらえねえか?」


「吐き出す内容とこれからの態度によるっす」


 その言葉を聞いた盗賊たちは俯かせていた顔を上げ、表情を明るくする。男も例外では無く、気持ち悪いにやけ面を浮かべていた。隣の中年の男にうまく売りつけろよ、と縄で縛られたまま器用に身体をぶつけられると再びルーカスへと向き直る。


「おっし、ちゃんと約束は守れよ!」


「それで一体何を知っているんですか?」


 何だかもどかしくなりターナが思わず続きを促すと、ようやく男も真面目な表情を取り繕う。日常から真剣に取り組むことが無いのか、妙にその表情が似合わなかったが口にはしなかった。


「お前らが探してる都市長誘拐のグループ。あいつらは俺たちと分裂した元々同じ集団だ。内部情報、色々と欲しいだろ?」





 ☆ ☆ ☆ ☆





「ギリギリ間に合ったってところだな」


 日が沈み始め、辺りが暗くなっていく中クリスが何気なく呟いた。この世界では既に寝ている家庭もいるような時間。今いる都市の門から続く大通りもあまり人通りは多くない、というのは間違いだ。

 商業によって成長し、国内外問わず様々な商品を武器にした商人の集まるこの都市には夜でさえ静寂など存在しない。ひたすら活気に溢れているのがここ、自治都市ラーチェスであった。


「当たり前のようにみんな生活してる……でも、これが一番いいのよね」


「そうでやすね、下手な混乱を起こすよりかはマシっすよ」


「ただ、僕たちにぐらい伝えてくれてても良かったんじゃないかな……?」


 二十四時間活気のある都市でも、さすがに都市長が誘拐されたと広まれば何かしら影響ができるだろう。しかし、それが今の光景からはうかがえない。つまり盗賊たちが話していた通り、今回の事件については秘匿にされているようだった。

 だが、その事件を解決の手助けのために来たルーカスたちにまで知らされていないのは納得いかない。混乱していたのは分かるが、こちらへ向かって出発したのは事件発覚から二日後。落ち着いて情報を整理し、伝えてくる時間程度はあったはずだ。


「それについては、ひとまず都市長が雇ってる私兵の人らに会わないと分かりやせんね。事件からもうすぐ三日。そろそろ有益な情報を掴んでるかもしれなでやすし、こっちにもあるっすからね」


 そう言って顎で示す先にあるのは盗賊たちを押し込めた馬車だ。身なりからして汚らしい彼らを下手に人目に晒すのは不都合が多いため、盗賊たちを詰め込んだ数台の馬車を目的地に着くまで周辺を固める様に一行は歩いている。

 馬車は貴族から借り受けた高価なものであり、周囲を冒険者の護衛で固めた金持ちにしか見えないはずだ。中に縄で縛られた盗賊たちが物のように詰め込まれているとは、まさか思わないだろう。


「ちゃんと上の連中には話通してくれよ。頼むからな!」


「うるせぇ!! バレたら面倒なんだ、大人しくしてやがれっ」


 窓から顔を少し覗かせ、釘を刺してくる男の眉間へアリシアの小さな拳がクリーンヒット。そのまま馬車の中へと倒れながら消えていく姿に、ターナたち思わず苦笑いした。

 平和な日本暮らしから平然と盗賊営業に馴染んでいたというのに、変なところで度胸は無いらしい。だが、周囲の人間にバレたら困ることに違いは無いので、アリシアには引き続き盗賊を押し込める役割に専念してもらおう。


「アリシアさん、ちょっと目立ちすぎですからね」


「……気を付ける」


 最もそれで下手に注目されては本末転倒。やりすぎないように一言いっておくと、気持ち肩を落とす。そのようなやり取りをしていると、一際大きな広場へと出てきた。中央には大きな噴水があり、そこから五つの方向に大通りが分かれている形だ。

 既に夜と言っていい時間帯であることもあり、宿の店員らしき客引きも多くいた。そんな中央広場のできる限り邪魔にならない位置へ馬車を停車させると、ルーカスが冒険者たちに簡単に指示を出しそれからターナたちへ振り返った。


「あっしとクランの主要メンバーの何人かはこれから都市長の屋敷へ向かいやす。そこであっしたちは宿を取らせてもらいやすが、さすがに全員は受け入れられないそうでやして……悪いっすが個人で宿を探してもらって構わないっすか?」


「あたしは平気よ。ちょっとした旅行とでも思っておくわ」


「うん、大丈夫じゃないかな」


「ボクはリオンの頭があればどこでもー」


 申し訳なさそうに尋ねるルーカスへ、ジェシカたちは特に抵抗なく肯定する。


「急がないと部屋が埋まっちゃいそうなぐらいか。ターナとアリシアも平気だよな?」


「はい、“私”も特に問題は無いですよ」


「おれもだ。ベッドだったら、もうどこでもいいぜ」


「じゃあ、決まりだな」


 まとめ役のクリスがそれぞれの意見を尋ね、特に否定の反応が無かったことを確認する。そしてルーカスへそれを直接伝える前に、ところで、とターナに対して切り出した。


「今、ターナの話し方に違和感あった気がするんだけど気のせいか?」


「──? 変なこと言ってましたっけ?」


「いや、勘違いだったらいいんだ。大したことでもないしな」


 言われてから自分の言葉を思い返してみるが、特におかしな点は見当たらない。きっとクリスの聞き違いだろうと結論付ける。


「悪いっすね。とりあえずこれを。そこそこの宿に泊まっても、六人と……五人と一匹で三日分の額はあるはずっすよ」


 その間に話は終わったようで、クリスはルーカスから小さな袋を受け取っていた。ちゃりちゃりと金属特有の音を鳴らすそれには、かなりの金額が入っているはずだ。断るべきかとも一瞬思うが、何だかんだこっちの世界に来てから一度も貨幣を得ていない。

 クリスも同じように判断したのかどうか、恐縮しながら受け取ったようだった。


「できる限り、向こうの三番通りに面してる宿で頼むっす。変なところに行くとぼったくり店とか、強盗の類が徘徊してることがありやすからね」


「分かった、気を付けさせてもらう。それと明日はどこかに集合したりするのか?」


「それなら心配ご無用っす。みんなの気配は覚えてやすから、見れば泊まった宿は分かりやす。いつでも動けるように待機してもらえれば」


 人間離れしたことを当たり前のように言ってのけるルーカスに、ターナは思わず苦笑い。これが誇張でもなんでもなく、事実であるのが少し怖かった。


「それじゃあ、時間も迫ってるのであっしたちはお先に。まさかあり得ないと思いやすが、この事件“天使狩り”が介入してくる可能性もあるっす。一応警戒は怠っちゃいけないでやすよ」


「分かりました。人通りの少ない場所はなるべく避けておきましょう」


 わざと口にして胸に刻みこむターナの姿に満足したのか、ルーカスは冒険者たちの方へ向かうとそこから一部をお供に馬車の御者台へ乗り込む。最後にターナたちと冒険者たちに小さく会釈すると、馬を操り大通りの人混みへと消えていった。


「俺たちも早く宿を探そうか」


「本当はそんな余裕ないけど、やっぱり旅行気分になっちゃうわね。一度行ってみたかったのよ、友達と一緒に海外旅行」


 海外どころじゃないけどね、と困ったように笑いながらジェシカは付け足す。本当に遠い土地へ来てしまったものだ。だが、ターナは一人では無い。こうして友人たちと共に過ごせるだけ、むしろ運が良い。


「まあ、ずっと気を張っていても良いことは何も無いからさ。今ぐらい楽しんでいたらいいよ」


「さすが風の精霊様、説得力が違うぜ」


「この姿で活動しているのは“リオン”と出会った十年前ぐらいからだけど、合計でならボクは二百年近く生きているんだよ。年長者のありがたい言葉を受け取るがいいさ」


 人間で言えば胸を張るような仕草をする白い小型の竜だが、アリシアの話している意味を完全に取り違っている。恐らくアリシアの指摘は、真面目な場面を除きいつもリオンの頭の上で怠けている姿のことのはず。

 意識の切り替えが早いのは長所とも取れるが、今のアリシアの言い方は確実に悪い意味で冗談交じりに言っていた。それを一々訂正する気はターナにも、この場にいる誰にでも無いのであるが。


「ほら、みんなさっさと行くぞ」


 さすがに足を止め過ぎたか、クリスに軽く咎められてやっとターナたちは宿を探して歩き始めた。




 ☆ ☆ ☆ ☆





「まさか、どこも満室とはさすがに予想外でしたね」


 宿を探して一時間超。ようやく息を落ち着けることができたターナは荷物を置くとそのまま仰向けになった。広場であれだけ客引きが居たのだからと、何だかんだで油断していたのだが、どれも少し大通りから外れたものばかりだったのだ。

 ここが日本であれば妥協しても良いのだが、治安が悪いとあれほど釘を刺された手前、そう易々と決断はできなかった。こうして現在は部屋を確保することができたため、結果的には正解だったのだろうが。


「疲れたってのもあるが、おれは腹が減った」


「昼間に軽食を食べた以来だものね」


 当たり前であるが男女で分かれており、部屋内にいるのはターナにアリシアとジェシカの三人だけだ。ターナとアリシアを女性に分類するのは少々疑問であるが、肉体を基準にすれば間違えてはいない。

 しかし、女性部屋だというのに正真正銘の女性が一人しかいないとは、中々に歪んだ状況だ。


「でも、今の時間じゃ混雑もピークじゃないですか? 席に座れますかね」


「確かに怪しいな。でもやることも特にねぇし……これまずい奴だ」


「ふふん、やることならあるじゃない」


 胡坐をかいたアリシアが上機嫌な様子のジェシカを見て、少しだけ身を引く。ターナにだって分かった。突然、ジェシカの機嫌が良くなる時は大体アリシアに不幸が起きる。既にお決まりとなりつつある事柄だ。


「さっき廊下の掲示板みたいなところに貼ってあるのを見たんだけど、ここ大浴場がついてるらしいのよ!」


「夜中に一人で行かせてもらうッ! 大体、他の客だっているだろうが!」


 近衛騎士団のところに世話になっていたときは、時間帯によってほぼ貸し切り状態にできていた。ターナもアリシアも女風呂に入ること自体願い下げなのだが、身内だけであればまだマシであった。

 しかし、満室近く埋まっているこの宿では夜中でもない限り、誰かしら他人が利用していると考えるべきだろう。未だ男だと自負している二人にとって、見知らぬ女性の裸を見るのは罪悪感と羞恥心が混じりあい精神衛生上よろしくなかった。


「平気、平気。今は正真正銘の女の子なんだから問題ナッシング! やることも無いのなら今からでも行くわよ!!」


「え、ちょっとジェシカさん!?」


「お前、どっから力出してんだよ!?」


 寝転がっていたターナを強引に引っ張り上げ、もう片方の手でアリシアを引き寄せると引きずりながら廊下へ出ていく。


(あ、これ強化魔法使ってる……)


 不安定な体勢のまま連れ出されたターナはジェシカの腕に少ないながらも魔力の流れがあるのを感じ取った。戦闘力が低い代わりに魔力の余りがちな彼女には強化魔法が使いやすいだろうと、護身術として教えていたのだ。

 もちろん本気で強化したターナにジェシカは敵うはずもないのだが、女性相手に大人げない気もしてしまう。結局、アリシアと共にされるがまま連行されていった。


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