第二十二話:真実を知る者たち
朝日が昇りつつある辺り一面の平原。その中心に孤島のように鎮座しているのは既に放棄され、今にも倒壊しそうにさえ見える廃墟の教会だ。その廃墟の裏側にある非常出口に、第二大隊長キールは張り込んでいた。
「団長のいる本隊はもう侵入したはずですが……特に動きは見られませんね」
「抵抗するか、一目散に逃げるか……どちらかかと思っていたが、最悪のパターンもあり得るかもしれない」
何重にも隠密魔法を掛け、そのうえで生い茂る草に隠れているのだから、滅多なことではバレないはずだ。そのため話しかけてくる部下と会話しても、小声なら問題ない。
「こちらの動きが見え見えで、待ち伏せしている可能性ですか」
「気づかれるとしたら平原を移動中、とはいえ怪しい人影も使役された生物も見てない。恐らく大丈夫だと……!? 全員伏せろッ!!」
巨大な魔力の動きを感じ、キールはすぐさま声を張り上げた。直後、廃墟が光に包まれその余波の雷撃が僅かながらもキールたちの元にまで牙をむいてくる。
「しっ!」
だが、所詮は流れ弾。一発直撃コースのものが混ざっていたが、騎士剣を振るって打ち消した。そのままの勢いですぐさま立ち上がり、奇妙なことに気が付く。
「結界、なのか……?」
恐らくは今の雷撃と同時に展開されたのだろう。廃墟を囲うように半透明のドーム状の防壁、高等魔法技術の結界が張られていた。見た目はキールもこれまでの任務で何度か見た結界に違いない。なら、どうして疑問形かと言えば、
「魔力を感じない……それに術式も見当たらない。隊長、一体これは?」
困惑した様子で尋ねてくる女性騎士だが、こっちの方が聞きたいとキールは心の中で思わず愚痴る。それでも何か行動しなくてはと、使命感に突き動かされ結界の正面に立った。そして短く詠唱すると、結界に向けて巨大な火球を放つ。
「……ただ固いって訳じゃないな。どちらかと言えば空間魔法の類みたいだ」
大木程度なら消し飛ばせそうな威力の魔法であったが、結界には目立ったダメージは無く、キールにも手ごたえが全く感じられない。そのことから、外部からの干渉そのものを拒絶している特殊なものだと判断した。
「まずい。中に本隊が残っているはずだし、確実に敵勢力の仕業だ。何とか突破して救援に……」
「隊長! 魔獣の群れです!! 魔獣の群れがこちらに向かってきます!!」
叫び声を上げる部下の指さす方へ、視線を向ける。言葉通り、そこには様々な種類の魔獣が我先にと廃墟に向かって集まり出していた。しかも、狼、猪、鳥、僅かにだが翼竜などの危険な魔獣までもが混ざっているのだ。
「……二人、他の分隊に連絡しろ。恐らくあの魔獣群は敵勢力の制御下にある。絶対に本隊がいる廃墟に侵入させるなっ!!」
構築する術者の技量にもよるが、このような結界は侵入できるものと、できないものをある程度選別することができる。この状況、ほぼ確実にあの魔獣が敵の差し金と言うのなら、結界を通り抜けられる可能性が高かった。
そうなれば孤立しているオリヴァーたち本隊が、危険に晒される。今のキールには少しでも魔獣を減らし、オリヴァーたちの無事を祈るほかなかった。
☆ ☆ ☆ ☆
「あの時と同じやつだ……」
痛みを訴える頭に左手を添えながら、ターナは呟く。味方は半数が無力化され、敵はそれぞれ圧倒的実力を持つであろう、魔法使いのアーネット司教と、剣士の“天使狩り”。一瞬にして修羅場と化した廃墟の中で、ターナは以前にも感じた奇妙な感覚に襲われていた。
特に“天使狩り”を見ていると襲われる、自分の中から別の何かが飛び出してきそうな感覚だ。正直言って気分が悪い。
「最初に聞いておくが……オリヴァー、俺たちと手を組む気はないか?」
「王国に牙を剥いておいて、今さら何を? お話になりませんな」
「俺が回収した“天の落とし子”については諦めろとしか言えん。だが、あれは必要な犠牲だった」
「身勝手な殺しが必要なこと? 馬鹿馬鹿しいにも程があるぞ、貴様」
実に腹立たしいとオリヴァーは吐き捨てる。今さら交渉で解決する話ではないのは明白だが、それでも"天使狩り"は言葉を続けた。
「お前らの中にも“天の落とし子”が十人前後いるはずだ。そいつらに聞くが、騎士になるまでお前らはどうだった? きっと大半が貧民街にでもいたはず。当たり前だ、いくら戦う力があっても所詮は寄る辺のない子供。そんなやつらに用意されている場所などないのだからな」
その言葉にミリアが、数人の騎士が僅かながらにも反応を見せる。
「そして思わなかったか? こんな人生など要らなかったと。親もいない、兄弟もいない、イツワリの世界にイツワリの生を与えられて……行き場のない怒りを持たなかったか?」
その言葉に肯定する声も、否定する声もない。それは"天使狩り"の言葉が的はずれで無いこともあったが、それ以上に何とも言いがたい熱意がこもっていたからだ。
「一体あなたは何をしようとしているんですか……?」
「復讐だ。こんなイツワリだらけの世界を創り、不幸しかない人生を与えた神を、何も知らずに傍観するだけの天使を、ここに引きずり下ろしてやるんだッ! 戦うためだけに創られた俺たちにはそれぐらいしかできない! そうだろ、オリヴァーッ!!?」
「貴様、まさか……」
「ごちゃごちゃと、男が一々うるさいんだよ」
人を切るとき以外、常に感情を見せず冷静沈着な態度を保っていたのが“天使狩り”だ。それが突然、声を張り上げ憤怒の形相で叫ぶ姿にこの場にいる全員が飲みこまれる。しかし、唯一ミリアだけがその中で呆れたように言葉を発した。
「お前も“天の落とし子”だろう。今の話に何か思うところがあったはずだが?」
「確かに私もこの世界に生まれたばかりの時、王都のスラムで泥水をすすって生きていたよ」
「それなら、俺たちに協力する気は」
「──だけどね」
“天使狩り”が最後まで言い切る前にミリアが言葉挟む。何かを堪えるように俯き、呼吸を整えてから上げられたその顔には、怒りの表情が張り付いていた。
「ルスベルが、マスターがあの地獄から救ってくれた。楽なことばかりじゃなかったけど、アルフレッドが手を差し出してくれた。あいつらを……これまでの人生を、イツワリだったなんて断じて認めるわけにはいかないんだよッ!!」
怒りの叫びに練り込まれていた魔力が乗せられ、“天使狩り”とアーネットの上空に放たれる。膨大な魔力は世界へと干渉し、その姿を直径数メートルはありそうな氷塊へと変化。巨大な質量が容赦なく二人の男に襲い掛かった。着弾と共に爆風が起き、衝撃波だけでターナは思わず目を閉じると腕で顔を庇う。
「あらあーら。使途様、交渉は決裂かな?」
「少なくともこの状況で寝返る奴はいないだろうな。まあいい。非常に不本意だが、これから降ろす天使から協力する奴を探せばいい」
「あなたがそういうのなら! では、手筈通り限界まで狩ってから起動で?」
「ああ、それでいい」
元々、倒壊寸前だった廃墟はミリアの魔法の余波であちこちの壁が崩れ出す。しかし、それをもろに受けたはずの二人の男は全くの無傷で、当たり前のように会話をしていた。よく見れば爆心地となった祭壇付近の、彼らが立っている床のみが原型を留めている。
「ね、ねえ! あんなにたくさん魔獣が!?」
状況を見て臨戦態勢に入る冒険者や騎士たちの中、ジェシカが悲鳴を上げた。所々にできた壁の穴から外を覗いてみると、大量の魔獣がこちらに向かってくるのが見える。それを少しでも減らそうと奮闘する騎士たちの姿もだ。
「あの時と、村の時と同じです!」
「本当に魔獣が人間に従いやすか……これが広まったらあっしたちは商売あがったりっすよ。団長さん、指示を」
短剣を構えたルーカスがオリヴァーへ一瞥くれると、皆の視線も集中する。オリヴァーはそれを受け取り、軽く目を閉じて一瞬だけ思考。そしてすぐに開く。
「ミリア様とルーカス殿はアーネット司教の相手を。可能な限り捕縛してもらいたい」
「分かったよ」
「了解でやんす」
素直に従うミリアとルーカス。彼らにとって“天使狩り”は憎い相手であるが、この状況で個人の感情を優先させることはしない。それをすれば生存率が大きく下がるとことを知っているからだ。
「“天使狩り”は……私が相手をさせていただきます」
「一人で? 中隊長の一人ぐらい連れていった方が……」
「それでも良いのですがあの数の魔獣。外にいる部下たちだけでは、いずれ捌き切れなくなる。負傷者とターナ様たちの護衛にある程度の戦力が必要です」
「姉御は建前を聞いているわけじゃないでやんすよ?」
図星だったのか、オリヴァーは前を見据えたまま黙り込む。数秒の間そうしていたが、ふと申し訳ないような表情を浮かべると、
「……確かめたいことがあるのです。そのためには邪魔が入られては困る」
「まあ、下手を撃たなければ何でも構わないよ。あんたが優先させるほど大きい何かなんだろう?」
ミリアは若干呆れたようにため息を付き、改めて短杖を構えた。オリヴァーたちは先ほどから会話しながらも、それとなく殺気を掛けて“天使狩り”を牽制していたのだが、それも限界だ。
今にも始まろうとする殺し合いのために、各々の得物を握る手に力を加えていく。それはこの戦場の中で明らかに場違いなターナたちも同じ。ターナは長剣を両手で握り、クリスは片手剣と小型の盾。アリシアは小さな背丈に不釣り合いである重厚なグレートソードであり、リオンとジェシカはそれぞれ無手だった。
「ターナ様。何か、思い出すことは無いですか?」
「思い出す……? ここに来るのは初めてですが」
「……やはりダメか。変なことを聞いてしまいました、忘れてください」
意味の分からない質問にターナは首をかしげるしかない。だが、それについて思考する暇は与えられなかった。
「治療術師は負傷者を一か所に集めて手当てに専念しろ! 他はその護衛だ。常に分隊規模を保ち、決して隙を見せるなッ!! ターナ様たちは自分の身を護ることに集中を!」
オリヴァーが最後の指示を出すと同時に走り出し、“天使狩り”の姿が溶けるように消える。そして、オリヴァーが聖堂のちょうど中心辺りにたどり着くと頭上の景色が歪み、そこから白銀の剣を構えた姿で再び現れた。
「そちらから来るとは結構。貴様の素顔、確認させてもらう」
「……」
剣技をぶつけ合う甲高い音が響く中、もう一つの戦いも始まる。大量の氷のつぶてを高速で射出するのはミリア。アーネットはふざけた言動とは裏腹に丁寧に一つずつ、純粋な魔力弾で撃ち落としていく。
それだけを見るのなら魔力が尽きるまで終わらない、互角の撃ちあいに見えただろう。しかし、熟練の魔法使いであるミリアの眼はアーネットの周囲の魔力の流れが、捻じ曲がる様にうねっているのを捉えていた。
「周囲の魔力をかき集めてる……? 長期戦は不利かね」
奇妙な光景であり、このまま放置するのは危険だ。だが、冒険者という生き物は必要とあらば何でもする職業であり、今回の戦いは一対一では無い。
「おっとっと!!」
「──ッ!?」
アーネットの背後に突如としてルーカスの姿が現れると、右肩を斬り落とす勢いで短剣を振るう。空気を切り裂きながら放たれた斬撃はしかし、魔力を収束させて生成した白い盾に弾かれる。
「いやいーや、“あの方”に授けられたこの聖典が無かったらとっくに死んじゃってるね!」
「ルーカス、こいつの魔法何か変だよ! 気を付けな!」
「分かってやすよっ!」
短く、情報を共有するとルーカスの姿が見えなくなる。音も、においも、何もかもが周囲の生物に認知されなくなる。
「怠けてたつもりはないけど……今はルーカスの方が巧いね」
引退して腕の落ちたミリアとは逆で、より洗練された動きを見せるルーカスにほんの少しの悔しさと、頼もしさを彼女は感じていた。
そのような戦場より少し下がったところで、ターナたちはそれらを震えて見つめていた。目の前に広がっているのは、同じ人間とは思えぬ圧倒的強者たちの世界だ。
それ以外にも魔獣から放たれる咆哮や殺気が、そこら中から発生する。いくら肉体が強靭でも精神が一般人を抜けきれないターナたちには荷が重すぎた。
「そろそろ討ち漏らしが来るぞ……。全員身を引き締めろッ!」
しかし、無情な現実は弱者を待ってくれることなど無い。オリヴァーの次に高い階級を持つ騎士が士気を高めるために声を張り上げると、崩れた壁の穴から様々な魔獣が侵入してくる。外の騎士たちが大型のものは仕留めてくれたのか、小さな種類のものばかりであるがそれ以上に数が危険だった。
「くそったれッ!! おれたちは通れねぇのに魔獣どもは何で入ってこれるんだよっ!?」
思わずといった様子でアリシアが叫ぶが、それで脅威が去る訳でも無い。むしろ叫んだことで注目され、一斉に襲い掛かってくる。よだれをまき散らしながら走り、人間を餌としか見ていない獣を真正面に捉えてしまったアリシアは動けない。
震える少女を喰らおうと、彼女の目の前に降り立った猿の魔獣は異様に伸びた腕を振りかざし、
「おりゃああぁぁぁ!!」
盾を構えて突進するクリスに横から吹っ飛ばされる。他の魔獣はアリシアに接近することさえ叶わず、全て騎士たちの剣の餌食になっていた。
「ようやく、手がかりを見つけたんだ! みんなで日本に帰るんじゃねえのかよ!?」
「ク、リス……?」
「俺たちの身体は今、ゲームのキャラクターだ。そして相手はせいぜい中盤の雑魚。俺たちでも十分戦えるはずだッ!!」
ターナたちを鼓舞する様に、否、自分を鼓舞するためにクリスは吠える。震える身体を根性でねじ伏せ、剣を構えるその姿にターナも何か吹っ切れたような気がした。
「僕も直接は戦えないけど、フウと一緒なら……!」
「あたしも騎士さんたちの治療を手伝うわ。でも、ちょっとでも怪我したらこっちに来なさい。すぐに治してあげるから」
「ずっと足手まといは、嫌ですからね!」
「ははは……おれだけぶっ倒れてたらかっこ悪りぃよな……!」
「──ボクも、もう後悔したくないからね。それに親友との約束を破る訳にはいかない」
「……フウ?」
方向性は微妙に違うが、何かを決意する様に呟くのは精霊であるフウも同じだ。隣で浮遊する相棒に見つめられ、リオンは困惑したように名前を呼ぶが返事は返ってこない。だが、決意は同じだということだけは伝わり、今は考えないようにする。
「いくぞッ!!」
血の匂いが充満し始め乱戦へと移行する初陣に、転移者たちは飛び込んでいった。
──お願い、代わって!!
ターナの内側から響く、もう一人の自分の声を幻聴だと勘違いしたまま。それが致命的なことだと、気づかぬままに。
ここ最近忙しいため、もしかしたら一週間ほど更新できないかもしれません。遅くとも九月末には再開できますが、ご了承下さい。プロットは完結までできていますし、執筆は楽しいのでエタることは絶対にしません。




