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銀の天使とイツワリノカラダ  作者: 閲覧用
第二章 悲劇を生む大魔法
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第二十一話:想定外の干渉

 作戦に同行することとなったターナたちは、お尻の痛みに悩まされていた。現在、乗り込んでいるのは騎士団の馬車、しかし王都へ行く際に利用したものとは違う物資運搬用のもの。馬に乗ることができないため、仕方なく物資と共に移動しているのだ。

 人が乗ることは想定されておらず、激しく揺れる馬車の乗り心地は最悪の一言に尽きた。ちなみに即席とはいえ同じ小隊として扱われているミリアも同席している。


「乗馬なんて、できるわけないからな」


 ターナの表情から考えていることに気づいたのか、クリスが残念そうに呟く。周辺を見回してみれば、颯爽と馬を走らせ隊列を組む騎士たちの姿があった。

 彼らも彼らで体力を使っているのだろうが、あのように乗りこなすことができたらと、つい思ってしまう。


「その点、リオンの頭の上は快適だよ。柔らかい髪質で良かった、良かった」


「人の髪の毛をベッドにみたいに……」


 唯一、馬車の衝撃を受けないフウだけはいつも通り、リオンの頭の上に鎮座している。


「ここまでは順調、問題が起きなければもうすぐ到着だよ。そして明日の朝には作戦開始だ」


 和やかな雰囲気になっていたところにミリアの言葉を聞き、ターナたちは改めて気持ちを引き締める。長い移動期間ですっかり緊張感も緩んでしまっていたが、目的地は敵の拠点なのだ。そこに近づいてきた以上、油断大敵である。最も視界の開けた平原の中、警戒を続ける騎士団に攻撃を仕掛けてくるとは思えなかったが。


「ミリアさんのお仲間の方は、いつ合流するんですか?」


「人数が少ない分移動はあっちの方が早いから、もう到着してるんじゃないかね。それにここまで近づけば……ほら、来たね」


 ミリアの視線の先へとターナたちも意識を向ける。そしてよく目を凝らしてみると森の入り口当たりで、季節外れのコートをまとった男が堂々とした様子で立っていた。騎士団を説得する際にも現れた人物だ。

 オリヴァーはとっくに分かっていたのか、気が付くと部隊は減速していた。そして一糸乱れぬ動きを見せる騎士団は、男の前に隊列を一切崩さずに止まる。


「そちらの偵察部隊と合流したのはいいんでやんすが、いまいち信用してもらってないみたいで。これから一緒に戦う人たちと雰囲気悪いのは勘弁したいんで、団長さんお願いしやすよ」


「ずいぶんと早い迎えだと思っておりましたが、そういうことですか。突然の共同戦線だったとはいえ申し訳ない」


 頼みやす、と小さく頭を下げると、男は続いてこちらを、正確にはミリアがいることを確認すると安心したように振り返り、先導するように歩き出した。

 オリヴァーを先頭に騎士たちも、森に入るため馬を降りると彼に続いていった。



 森へ入り、無事に先行していた偵察部隊と冒険者の一向に合流すると、後はスムーズに陣は築かれていった。邪魔な木々は『静寂』の魔法を掛けた上でなぎ倒し、できたスペースにテントを建てていく。

 ルーカスたちのことを疑っていたという偵察部隊の騎士たちもオリヴァーに直接説明されたのか、少なくともあからさまに不満を見せるものはいなくなっていた。


「今更でやすけど、あっしがクラン“晴天の掃き溜め”の現サブマスター、ルーカスでやんす。ミリアの姉御が元々サブマスターをやっていた冒険者クランでやんすね」


 作業を進める騎士たちには悪いがターナたちにできることは無い。そのため、冒険者たちとの顔合わせをしていた。


「つまりミリアさんとは先輩、後輩ってことなの?」


「そうでやんすね。姉御は先輩にして恩人っす」


「それなら姉御って呼び方も納得だぜ。尊敬できる相手には兄貴か姉御が定番だよな」


「分かっていやすね! ただお嬢ちゃん相手だと一緒にうまい酒は飲めそうにありやせんが」


「嬢ちゃんって呼ぶなッ!!」


 気に食わない呼び方に、全身で怒りを露わにするが黒髪ポニーテールの少女の姿では可愛らしいとしか思えない。せいぜい言っても威嚇する子猫だ。実際、ルーカスも頬を緩めるだけである。


「それで僕たちは何をすればいいの?」


「そこらへんは団長さんとも話し合う必要がありやすが、恐らく廃墟の中にあるはずの魔法陣の調査がメインっすよ。リオンなら精霊の補助でそこそこ……それでもはっきり言って力不足でやすし、他のみんなも敵の主力が出てきたら危ないでやんすからね」


「まあ……そうだよな。ここまで連れてきてもらっただけでも感謝しないとダメか」


 残念そうに肩を落とすクリス。妙に日本へ帰ることに固執している彼だが、近衛騎士たちの人外染みた動きを見ていれば、実戦に混ざるのは危険だと分かっているのだろう。そこを忘れるほど頭の固い人間では無い。


「みんなも素質はありやすから、鍛えればいくらでも強くなれるっすよ。あっしだって直接戦闘は苦手でやすから」


 謙遜かと思ったが、歯痒そうにしている様子を見ると本当にそうなのかもしれない。それでも今のターナたちでは赤子の手をひねるように倒されそうであるが。


「それと戦況次第じゃ、ジェシカの治癒魔法は役立つかも知れないでやんすから、準備してくれるとありがたいっす」


「こいつが活躍できておれが力不足なのは……理解できるけど、納得はいかねぇ」


「まあ、まあ、怪我したらじっくりねっとり、ちゃんと治してあげるからね」


「まじで、勘弁してくれ……」


 アリシアはすっかりトラウマを植え付けられた様子で、普段の強気な態度も一瞬で萎んでいく。だが、彼女の犠牲はターナへの被害を抑える役割があるため助け舟を出すつもりはない。他のメンバーも見ていて面白いため同じだ。


「ルーカス、それにターナたちも作戦を説明するからこっちに来てくれ」


「さてと、行きやすかね」


 そうやって雑談に興じていると、騎士団と話し合っていたミリアがひょっこり顔を覗かせる。ルーカスが立ち上がり、そちらへ向かっていくのにターナたちも続いていった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





「これより作戦を開始する。やつらはこちらに気づいていないはずだが、ミリア様より奇妙な術を使うとの情報もある。仮に予定外のタイミングで接敵しても戦わずにすぐに報告しろ! いいな?」


「了解ッ!!」


 時刻は太陽が昇るかどうかといった明け方だ。陣を張っている場所とは反対側の森の入り口に騎士団と冒険者、そして転移者たちは集まっていた。そこから見えるのは巨大な廃墟。聖地と言うことで建設されたものの、維持できずに放棄された教会である。

 森から出てきた魔獣による犠牲者が後を絶えなかった、狂信者のよる大量虐殺があったなどその原因にはいくつか噂があるが、そんなこと今はどうでもよいだろう。


 オリヴァーの号令によって騎士たちと冒険者はそれぞれ分隊単位で散らばっていく。残ったのはオリヴァーが直々に率いる第一中隊と、ルーカスを含む冒険者一チーム、そして転移者であるターナたちだ。他にも予備の物資を保管してある陣を護るために騎士と冒険者から小隊を一つずつが待機していた。


 オリヴァーはしばらくこの場で指揮に集中し、廃墟を包囲した時点で突入する。散らばったメンバーは厳重に隠密系の魔法を掛けているため、ある程度の距離までなら気づかれずに移動できた。

 ターナたちは転移者として、主に魔法陣の調査が主になるため、安全を確保できてから移動を開始する。また何かトラブルがあったときに陣内で待機している部隊へ報告する役割も持たされていた。ルーカスたちは戦力に乏しい転移者チームの護衛兼、緊急時の救援の担当である。


「第六小隊及び、第八から十一小隊まで確認。冒険者第二チームからも確認」


 オリヴァーの部下がいくつもの小ぶりな水晶がはめ込まれた金属の板を見ながら随時報告する。これは魔力を流す量によって、ペアとなっている水晶と同じ色に輝く魔道具だそうだ。これによって離れていても、簡単な意思疎通が可能になる。


「全部隊より、配置完了を確認しました。どこにも異常は見当たらないそうです」


「全く気づかれていないのか? ……少し気になるが作戦通りに正門より突入する。全部隊に合図を出せ」


 そして全ての水晶が緑色に染まる。あまりに上手くいきすぎていることにオリヴァーは眉を潜めていたが、すぐに心の中に引っ込める。そして部下に指示を出すと、ターナたちの方へ振り返った。


「今から、我々は目標地点に突入します。今のところ敵に気づかれている様子はありませんが、ここに奇襲を仕掛けてくるとも分かりません。ミリア様とルーカス殿がいれば滅多なことにはならないかと思っておりますが、油断なさらぬように」


「ああ、ここは任せておきな」


「了解でやんす」


 既に敬語など影も形も無くなってしまった二人の返事を受け取ると、オリヴァーは部下を引き連れて廃墟に向かっていった。


「あとはその玉の色が変わるのを待ってればいいのね?」


「そう言ってたな。緑色になったら俺たちも突入、逆に赤色になったらすぐに逃げろって話だったな」


 クリスがあらかじめ受け取っていた青い水晶を指差しながらジェシカが確認する。魔法が発展しているこの世界だが、電話や無線のように携帯できる通信機器は開発されていなかった。


「今無くすと困るし、結構高価なものだから気を付けておくれよ」


「え、そんなに貴重なものなのか……?」


 スマートフォンなどと比べたら見劣りしてしまう性能のため、日本出身には理解しづらい。だが、遠隔地と簡易ながらも意志疎通ができるだけで十分に有能な道具だ。この魔法世界は発展しているところと、していないところの差が激しいため混乱しそうになるのも分かるのだが。


 それっきり話題も無くなり、三十分ほど経過しただろうか。普段なら雰囲気を明るくしようとするクリスも、緊張感からかその長所を発揮できずにいる。


「来たね」


 そして前触れなくクリスの手の中で水晶が一度光ったかと思うと、その色を緑へと変化させていた。


「緑なら作戦は順調ってことですね。戦っている気配もないし……敵はもう逃げっちゃったんじゃないんですか?」


「ターナ、そうやって油断するのが一番危ないんだ。慌てて隠れただけでどこかに潜んでる可能性もあり得るんだよ」


 正論すぎる言葉にすいません、と一言だけ謝り、前言を撤回する。


「それではあっしたちも行きやすか」


 その言葉を切っ掛けにターナたちも廃墟へ移動を開始した。移動は隠密のエキスパートであるらしいルーカスの指示で行われた。ターナたちははっきり言って戦力外だ。仮に今ここで“天使狩り”に襲われた場合、足手まとい五人を抱えていては犠牲者が出る危険もある。

 だからこそ、王城の敷地にさえ平然と侵入して見せるルーカスが護衛として選ばれていた。


(息をすることさえ忘れそう……)


 しかし、いくら対策を練られていようと殺される可能性が少しでもあるだけで、精神的負担は計り知れない。誰もが一切口を開かずに移動し、それは杞憂に終わった。


「奇襲は……無かったな。本当に誰もいないんじゃねぇか?」


「騎士団の情報だと、召喚魔法の魔法陣が設置されている場所もここのはず。私たちに気づいていたとしても、近衛騎士団一個中隊を壊滅させるような奴らが素直に逃げるとは思えないけどね」


「それは入ってみれば分かるさ。少なくとも水晶は緑のままだし、団長さんたちが安全の確保はしてくれてるんだろ?」


 努めて明るい声でクリスが言う。その声は隠しきれない怯えと緊張感で震えていたが、そうやって周りに気を使えるだけ余裕はある方だ。そのままの調子で巨大な教会の正面扉に手をかけ、


「──動くな……ってお前、クリスか?」


 開いた瞬間、クリスの首へ剣が突き付けられた。その剣の持ち主は顔見知りでもある年配の騎士だ。相手が仲間だと分かると、彼はすぐに剣を降ろし鞘へ納める。


「やばい、本当に死んだかと思った……」


「クリス殿? 合図はまだのはずでしたが、何故?」


 膝をつくクリスを見てターナたちも慌てて中に入ると、そこにいたのは臨戦態勢を取っている騎士たちだ。先頭に立つオリヴァーは咎めるような口調で問い詰めてくる。


「なぜも何も、合図は送っただろう? ほら、水晶も緑色に染まってる」


 ミリアはクリスが持っていた水晶を取り上げると、全員に見えるよう掲げて見せる。その色は確かに緑色のまま。オリヴァーがこちらへ指示を出した何よりの証拠であり、それを見た騎士たちは怪訝そうに顔をした。


「こちらの水晶は青のままです。術式にも問題は見当たりませんし、リンクされていることに間違いはないはずですが……」


「分かっている。お前たちが誤って破損させるなんてミス、するわけがない」


「だとしたら、どういうことなの?」


 ジェシカの当たり前な疑問に答えられる人物はいない。何かがおかしい、誰もがそう思い当たり始めた時、オリヴァーが思い出したかのように顔を上げた。


「外部から術式への干渉、まさか……すぐに全部隊へ撤退の指示を送れッ!! 作戦は中止だ、ここまでの過程が全て敵の手の平の可能性がある!!」


「敵も見当たらないのに撤退? 召喚魔法の手掛かりがすぐそこにあるっていうのに……」


 鬼気迫った様子のオリヴァーに騎士たちは素早く撤退を始めようとする。しかし、クリスは諦めきれないのか反発した。


「クリス、黙っていうことを聞くでやんす。戦場じゃ、判断の遅れたやつから死んで」


 気持ちは分かるが、今の状況ではわがままに過ぎる。それをルーカスが咎めようとし──その言葉が最後まで言い切られることは無かった。


「総員、対魔法防御ッ!!」


 ──直後、体育館ほどの大きさを誇る教会の聖堂へ雷が迸った。視界が真っ白に染まり、同時に何か冷たいもので身体を包まれる感触。

 その感触さえも瞬き一回の間に消え失せ、気が付くとターナは自分が倒れていることに気が付いた。慌てて身体を起こし、辺りを見渡してみると身体を痺れさえ、倒れ伏す騎士たちの姿がちらほらと見える。


 オリヴァーや、ミリアにルーカスなどの主力を始め、素早く反応できた半数ほどの騎士と、クリスたち転移者組は全員無事なようだ。身体に付着している氷を見たところ、ターナたちはミリアに護られたようである。不幸中の幸いは、致命傷を負っているものがいないことぐらいだ。


「ほほーう! 今の奇襲に半分以上が反応し、死者に至ってはまさかのゼロぉ!? さーすが近衛騎士団と言ったところだね!」


 しかし、その現状を飲みこむ前に場違いな声が廃墟に響いた。いつの間にか祭壇の前に立っていた中年の男がそれの主であろう。

 真っ白なローブで身体を包み込み、右手には辞書のように分厚い本を抱えている。色素が完全に抜けきってしまった白い髪は、絶滅寸前。右目にモノクルが付けられており、それだけを見るのなら知的な印象を受ける。男の言動が全てを無駄にしているが。


「あんたはアーネット司教……! 教会の幹部がこんなところで何をしてるんだい!?」


「どうしても何も、ここは我らが創造神を崇めるシャンデル教の聖地だよぉ? そこに所属している私が居て、不思議なことは無いはずだ!」


「こんなボロボロの廃墟でやすけどね。いくら巨大な権威を持つ教会でも、国の人間に攻撃を仕掛けるなんてただじゃすみやせんよ?」


「それなら心配無用! このことを伝える人間はもうすぐいなくなるからさっ!!」


 いくら半数が行動不能にされたとはいえ、これだけの戦力に囲まれた男に勝ち目はないはずだ。それなのに男はふざけたような余裕の態度を崩さない。


「……扉は開くか?」


「ひ、開きません! 訳の分からない結界で……術式の無い結界なんて!?」


 オリヴァーと脱出経路を確保しに行った騎士とのやり取りだ。小声で行われたそれだが、ターナたちが聞き取るには十分であり、騎士たちの中で絶望が広がる。


「索敵は抜かりなかったはずだ。それでも尚、我々の警戒を突破し退路も塞がれた。つまり」


「お前たちを上回る戦力を用意しているということだ」


 オリヴァーの言葉を引き継ぐ、新たな声。ターナにだって因縁浅くない無機質な男の声、“天使狩り”が中年の男と並ぶように空間を割って姿を現した。

 周辺を固めていたことが仇となり、他の部隊とは孤立。ただでさえ、少なくなっていた騎士の半数が無力化され、残ったメンバーのうち足手まといが五名。


 そんな状況の中、敵は超級の実力を持つ“天使狩り”に、一撃で騎士を半壊させた魔法使いの男だ。召喚魔法の手掛かりを目前に、絶望的な戦いが始まろうとしていた。

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