第二十話:報復と帰還への手がかり
左肩に目掛けて放たれた斬撃に、ターナは自分の剣を合わせるとその衝撃を利用して後方へ飛び下がった。視線は正面を見据えたままに着地し、即座に剣を構えると腕に魔力を集中させる。
この一週間で練習し続けている強化魔法だ。短期間の訓練ではまだまだ未完成としか言えないが、多めに保有している魔力のごり押しで何とか発動だけは可能になっていた。
腕に力がみなぎるのを感じながら、追撃を仕掛けに駆け寄ってきた相手へ剣を振り下ろす。しかし、普段を遥かに上回る威力、速度の斬撃は、相手が右手に装着した盾で受け流され、がら空きになった懐へ飛び込まれた。
あらぬ方向に弾かれた剣を引き戻すのには時間が圧倒的に足りず、回避することも剣を振った直後の体勢ではままならない。故に詰み。相手の切っ先がターナの程よい大きさの胸に迫っていき、
「よし、俺の勝ちだな」
「……降参です」
振れるかどうかの位置で剣──正しくは訓練用の木剣が止まった。数秒の停滞の後、勝利を宣言したのは木剣と盾を装備したクリスだ。膝を付くような体勢になっていたためターナが手を差し出すと、クリスはそれを掴み立ち上がる。
「これで十二勝十敗だ。ターナも慣れてきちゃったから気を付けないと追い抜かれちゃうな」
「たった今勝った人が言っても嫌味ですよ? でも、必ず逆転しますからね」
良い意味での対抗心をお互いに燃やしあう。ターナが騎士団の元で生活を始めて既に一週間が経過した。当初はこの世界について学びつつ、元の世界への情報を騎士団が持ってくるのを待っているつもりだったのだが、その予定は変更され見ての通り魔法や剣の訓練漬けの毎日だ。
理由としてはクリスに提案通り、独立した際に危険な世界で少しでも自分の身を護る能力を得るため。幸いにもMMORPGの自身のキャラクターを元にされているであろう今の身体には、十分以上に戦うためのポテンシャルはあった。後はそれを扱う技術さえあれば良いのだが、平和な日本暮らしだったターナたちではそう簡単に技量は伸びやしない。
「おわ、アッツ!!」
「何やってんのよ!? 早く見せて!!」
少し離れたところで制御に失敗したのか、腕から炎を噴き出したアリシアがジェシカと共にバカ騒ぎをしていた。割と危険な大きさの火柱が起きたように思えたのだが、ジェシカも治癒魔法の練習になるしちょうど良いのかもしれない。
他にも転移者たちが剣を振ったり魔法の練習をしているのがちらほらと見えた。ターナたちは騎士団の訓練場の一角を借りているため、中には現地人の騎士に教えを乞う転移者も少しだがいる。
彼らは皆、ゲーム好きの人間だ。そんな彼らがファンタジーな世界に飛ばされて、強靭な肉体や魔法の素質を手に入れた。剣技や魔法に興味を持つのは最早、決定事項とも言えるだろう。もちろん長続きせずに止めてしまったものもいるがそれでも大多数が訓練を継続していた。
「そうそう、目の前の空間に集めて……それが世界に干渉するイメージだよ」
「うーん……」
別の場所へ視線を動かせばリオンとフウの精霊使いコンビが瞑想をしていた。ターナと同じく彼も基礎的な魔法なら扱えたはずだが、少しばかり難易度の高いものでも練習でもしているんだろうか。
「フウも不思議だよな。俺たちがこっちに来た時に生まれたと思ってたけど、魔法に詳しかったり元からこの世界にいたみたいだ」
「確かに言われてみるとそんな感じはしますけど……本人に聞いてみればいいんじゃないんですか?」
「実はもう聞いてみたことはあるんだよ。でもはぐらかされちゃってな。『僕から話すことは許されていない』って」
「話すことを許されていない?」
何とも意味深な言葉である。許されていないということは、やはりターナたちがこちらの世界に来る前から存在していたのだろうか。それとも生まれた時から持っている使命的な何かなのか。魔法が存在する以上、何があってもおかしくないため推測さえもままならない。しかしそれ以上に気になったことは、
「妙に声マネ上手ですね」
「暇な時に練習してる隠し芸なんだ。有名どころと友達なら大抵はいけるぞ?」
宴会芸としてなら役に立ちそうな技能をクリスは誇らしげにする。逆に言えば宴会以外では実用性が皆無であるのだが、それを指摘するのは悪い気がした。
「よしっと、今日はもう一回やるか?」
「そうですね……、それじゃあリベンジと言うことで」
いつまでもこうやって雑談に興じていても仕方がない。クリスの提案に乗って再び木剣を構え、腕に魔力を流す。お互いに木製の切っ先を向けると、特に合図も無く同時に飛び出した。
☆ ☆ ☆ ☆
「あれ、どうしたんだ?」
隣で水分補給をしていたクリスが疑問の声を上げた。彼が木製の水筒を置くのを横目に素振りをしていたターナも、クリスの視線の先に意識を向ける。そこにいたのは騎士の集団。それだけならここは騎士団の訓練場なのだから、クリスが驚くことは無い。だが、その様子がおかしかった。
「ずいぶんと物騒な様子で……どこか仕事にでもいくんですかね」
それを視野に収め、ターナも思わず引きつった顔で答えた。騎士の人数はおおよそ二百名。着ているのは白を基調とされた騎士の制服であり、胸に縫い付けられている紋章は第一騎士団、つまり近衛騎士団のものだ。
王家直属にして最強と名高い騎士団のエリートの実に半数近くが集合している計算である。そんな彼らが背筋を伸ばし、無表情で行進してくる姿はそれだけでかなりの迫力を誇っていた。
「何だかおっかないわね」
それを同じく不思議に思っていたのだろう、ジェシカとアリシア、リオンとフウもそれぞれの訓練を切り上げるとこちらに寄ってくる。
「団長と副団長までいるじゃねぇか。まじで何かやばいことでもあったのか?」
アリシアが指さす集団の先頭を見てみると、確かにそこには団長のオリヴァーと副団長のキールの姿があった。
片方だけならともかく両方が出撃するとなると、王城の警備が薄くなってしまうはず。そこまでして戦力をかき集めると言うことは、それだけ危険な任務なのかもしれない。
「ん? あの人ってターナさんと一緒に来た……」
「魔法使いのミリアさんだね」
リオンとフウの言う通り、宿舎からミリアが姿を現すと──何を考えているのか城門に向けて行進する騎士の集団を遮る様に躍り出た。
「ミリアさん何やってるんだ!?」
「何だか分かんねぇけど、面白そうだな!」
「ちょっと、クリス、アリシア!」
慌てたように何故かクリスがミリアに向かって走り出すと、野次馬根性丸出しのアリシアも続いていく。その二人をジェシカも追いかけていき、取り残された形になるのはターナとリオン、そして傍観を決め込むフウ。二人と一匹は困ったように顔を見合わせると、ため息をつきながら騒ぎに飛び込んでいった。
「ミリア様、申し訳ないのですが、そこをどいていただけませんかな?」
ターナとリオンがたどり着くと、その場には重苦しい雰囲気が流れていた。三桁にも上る騎士たちに視線を集中されながらも、ミリアは腕を組み余裕な表情を崩さない。
「ターナ、悪いけどあんたたちはどこかに……いや、やっぱり好きにしな」
完全に野次馬にしかなっていないターナたちを見て追い返そうとするが、何かを思い出したかのように撤回した。そして改めてオリヴァーに向かい合う。
「オリヴァー殿、あんたたちがこれから行うのは“天使狩り”の討伐、正確には“天使狩り”の所属している召喚魔法を扱う組織への攻撃ですね?」
“召喚魔法”その言葉にターナたちは、特にクリスが大きな反応を見せるが、ミリアもオリヴァーもそれを横目に流す。
「否定は……しませんが、それがどうしたのですかな?」
「私をその作戦に連れていってほしい」
「お話になりませんな。あなたも“天使狩り”に狙われている身。それにいくら実力があっても連携できない魔法使いを連れていくのは……」
「──姉御との連携ならあっしたちがどうでやんすかね?」
言い争う二人に割り込むのは変わった口調の男性。声が聞こえるのに姿は見えず、ターナたちが首をかしげているとミリアの横の景色が歪み、そこから声の主らしき人物が現れた。グレーのコートを身にまとい、頭をスキンヘッドにまとめている二十代後半程度の男性だ。
「あなた、冒険者ですね。どこから侵入したのですか?」
ミリアの知り合いのようだが、ここは王城の敷地内。彼の行いはそこへの不法侵入であり、許されることでは無い。それゆえに今まで沈黙を保っていたキールが一歩前に進み、威圧をかけるように質問を投げつける。
「魔法使いの探知に兵士と騎士による目視による警備。確かに厳重でやんしたが、あっしみたいに姿も魔力も隠せるならこの通りでやんすね。まあ、ちょっとでも悪さしようとしたら気配ですぐにバレそうでやしたが」
知人と雑談するような気軽な様子で話す男に、キールは無表情のまま腰の剣に手を掛けた。一触即発の事態にただでさえ重苦しかった空気が、実際に質量を持ったかのように全身に絡みついてくる。
大した力を持たない転移者組はそれだけで呼吸することさえも忘れかけ、強者であるミリアもすぐに対処できるよう僅かに身構えると、
「ミリア様、魔力を練るのはやめていただきたい。あなたが暴れればこちらも無傷ではすみませんから。キールお前もだ」
「……申し訳ありません、団長」
それを収めたのは騎士団長のオリヴァーであった。一瞬、命令に逆らおうとした様子だったがすぐに思い直して元の場所へと下がる。
「あんたも出てくるタイミングを考えな? 合図はまだだったろ」
「すいません。だけど今出てくるのが最善でやしたよね?」
「まあ……確かにそうだね」
ミリアと男はやはり親しい真柄なのか気安い会話。
「それで、そちらの要求は私たちの作戦に同行することと?」
「ああ、それで間違いないです。こちらが用意できるのはクラン“晴天の掃き溜め”から……どこまで用意できたかい?」
オリヴァーから再び男に視線を移したミリアが、情報の共有ができていなかったのか尋ねる。すると男が一歩前に進み、口を開いた。
「それじゃあ、あっしが代わりを。こっちが出せる戦力はあっしたちのクラン“晴天の掃き溜め”から冒険者五チームにミリアの姉御を加えた三十一人。最低でもランクC以上の精鋭でやんす。あんたたち近衛騎士団には見劣りしやすが、足手まといにはなりやせんよ?」
何も考えていないのか、話し方を知らないのか国の人間に対して、敬語も使わずに堂々とした様子である。不法侵入からこの態度に不敬だと、即座に切り捨てらても文句は言えない。
そう考えると先ほどのキールの対応が真っ当なはずだが、オリヴァーは特に気にした様子もなさそうに顎に手を当てると、目をつぶり思考していた。
「なぜこうまでして参加を? 今から私があなたを捕縛してもおかしくないのですよ」
「あいつらに遺骨を持ち去られた兄貴……ルスベルの兄貴はあっしたちのクラン全員の恩人でやんす。それに他にもクランから二人、“天使狩り”の被害者がでていやす」
「だが、あなたたちだけでは奴らに報復するには戦力が足りない……。それで私たち近衛騎士団との共闘ということですな」
「悔しいけど、そういうことです。私だけじゃあいつには勝てない。そのうえ裏にどんな奴が控えてるか分からない現状、戦力はいくらでも欲しい。それがあなたたち近衛騎士団なら猶更ね」
男の発言から意図を読み取ったオリヴァーをミリアが肯定する。それから目を伏せ、再び考え込み、
「……分かりました。“晴天の掃き溜め”からは特に問題行動も報告されていませんし、あなたの人柄も信用に値する。ですが、そこの男が不法侵入したことに変わりはありませんな」
オリヴァーが右手を軽く上げると、背後に整列していた騎士から五名が前に出て男を囲い込む。そして無駄の一切ない動きで男を組み伏せると、一瞬のうちに拘束して見せた。しかし当の本人は困ったように笑うだけで、動じる気配はない。
「任務について確認しておきたいが、我々はこの後すぐに王都を出発。途中途中で野営を挟みながら七日後には目標地の西にある森へ陣を張る。そこで偵察隊と合流した後、半日の猶予を持って一斉に攻撃を仕掛ける。そういう予定だったな?」
「その通りであります、団長」
わざとらしく部下に“確認”をするオリヴァーだが、その意図は言うまでも無いだろう。ミリアと男が口には出さずに目線で感謝の念を示すのを見るとオリヴァーはもう一度部下に命令する。
「その男を追い出せ、こっそりと裏門からな」
男を組み伏せていた五人の騎士のうち、二人が片腕ずつを掴むとそのまま連行していった。
「さて……かなり時間を使ってしまいましたな。お前ら、遅れを取り戻すぞ!」
「ま、待ってくれ!」
ミリアも行軍に加え、再び移動を始めようとした騎士たちを止めにかかったのはつい今まで黙っていた、否、強者たちの圧倒的威圧の余波で黙らされていたクリスだ。彼は緊張感から強張った表情をしながらも、呼吸を整えながらオリヴァーと向かい合う。
「俺も連れていってください!」
「理由は、聞くまでも無いですな」
「もうここにきて一月が経ちそうです……俺はこれ以上留守にするわけにはいかない!!」
そう叫び頭を下げる。大の男が息も絶え絶えで祈願する姿はいっそのこと無様だ。しかし、必死な様子のクリスをそう称すのは無作法というものだろう。
「しかし、ミリア様と違いあなた方の力では……」
「私が言うのもなんだけど……許可を出してくれないかい?」
そんなクリスに援護射撃をしたのは意外にもミリアだった。彼女は頭を下げ続けるクリスの肩に手を乗せる。
「クリスの事情は私も知らないけど、きっと大事な何かがあるんだろうさ。自分で言うのは何だけど、私が戦う理由は夫を汚したやつへの報復。私なんかよりもよっぽど志は高そうに見えるよ。それとターナ」
「え? は、はい」
「あんたたちも来てくれないかい? 私を加えて六人いればちょうど冒険者一チーム、言い方を変えれば近衛騎士団一個分隊。それなら危険もかなり減らせるだろう」
クリス、ミリアにターナ、ジェシカ、アリシアそしてリオン。これで六人であり、確かにクリスが単独でいるよちもよっぽど安全だろう。
「おれは良いぜ。さっさと元の身体に……元の世界に帰りたいしな」
「直接戦うのはあたしには無理だけど、治療なら任せなさい!」
「僕もみんながいくなら……ちょっと怖いけど」
それを聞いていた三人は皆、ミリアの誘いに肯定的だった。そうとなればターナも迷っていては仕方がない。
「自分も参加しますよ、許可が出ればですけど」
そして全員の視線がオリヴァーに集中する。彼からすれば決定権を持つはずの自分を差し置いて、勝手に話を勧められた形のはずだ。困ったようにため息をつくと、しかし直後に小さく笑みを浮かべた。
「全く、何が起きてもお前たちは変わらないな……。分かりました、あなたたちの動向も許可しましょう。ですが、前線に出すわけではありませんからな?」
前半は誰にも聞き取れないほど小さな声で、後半ははっきりと断言する。その言葉にクリスは表情に喜色を浮かべると、再び頭を下げた。
これによって騎士団と冒険者は戦場へ、未熟な戦士たちと共に向かうこととなる。この時のそれぞれの選択が今後の運命を大きく変えるとは、まだ誰にも予想できなかった。




