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銀の天使とイツワリノカラダ  作者: 閲覧用
第二章 悲劇を生む大魔法
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第十六話:騎士団の思惑

前回の十五話に加筆が入りました。具体的に言いますとクリス達との再会時、ターナが少し泣きそうになったことです。たった一行のことですが、後々混乱させてしまいそうなのでこの場で報告させていただきました。

 およそ三週間ぶりとなる日本の友人たちとの再会から数時間。楽しい雑談は時間を忘れさせ、ふと時計──魔力で動く時計を見てみると時刻は午後三時を回っていた。若干寝坊気味だったことを考えても、ずいぶん長い時間を浪費してしまったものだ。

 たまにはこのような過ごし方も良いだろうとも思ったが、昼食と朝食を取っていない。一度意識してしまえば今にも腹の虫が鳴りそうなことにも気がつく。さすがに夕食まで何も口にしないのは勘弁したいと一度席を外そうとしたとき、談話室の扉が開かれた。


「ターナ、ちょっと来てもらえるかい?」


 そこから顔を覗かせたのは長い茶髪の女性、ミリアだ。どうやら食事を取れるのはもう少し後になるらしい。


「少し外しますね」


「おう、また後で」


 クリス達以外にも部屋にいたギルドメンバー全員に見送られながら部屋を出ていった。そして扉に背を向けたまま閉めると、ミリアに向かい合う。その背後にはマリーやアルフレッドもいたがちょうど良い。


「あの……嘘を付いていてごめんなさい」


 彼女らが何か言う前に、頭を真っ直ぐ下げ謝罪する。ターナはこの世界に来てミリアと出会ったとき、咄嗟に記憶が無いのだと嘘をついた。その判断は悪くないと思っている。初対面のあの時に別の世界の人間だと言っても、信じてもらえないか頭のおかしい奴と思われるのが関の山だ。

 しかし今ここで元気に過ごしていられるのは全てミリアとリグル村の皆のおかげである。そんな命の恩人たちに悪意が無かったとは言え、自分の都合で嘘を付いているのは心のどこかに棘となって刺さり続けていた。


 本当はある程度の信頼関係を築けた時点でこうしていればよかったのだ。それが出来なかったのは嘘を付いていたことによってミリア達に軽蔑されるのが怖かったから。ターナの精神的な弱さが原因だ。──その程度のことで優しいミリア達が激怒するわけなど無いと、分かっていたはずなのに。


「ターナは……悪意があったわけじゃないんだよね?」


「はい、それだけは絶対にありません」


 顔を上げしっかりと目を見て返す。真っ直ぐとミリアと見つめ合うこと、ほんの一分にも満たない。しかしその短い時間でもミリアは満足げに頷くと、


「必要だったからしたことで、誰かに迷惑をかけたわけでも無い。ちょっとだけ驚きはしたけどそれだけだよ。私はターナが何か悪いことをしたとは思わないけどね」


 そうゆっくりと優しげな笑顔を浮かべながら話し、背後のアルフレッドにも目線を送る。それを受け取ったアルフレッドも苦笑しながら一歩前に出た。


「あんまり深く考えるなって。ミリアも言った通り、誰かが困ったわけでも無い。気にすることはねえよ」


「お姉ちゃんは悪い人じゃないもん!」


 二人に続くように相変わらず曇りのない笑顔でマリーは言い放つ。その三人の優しい言葉を聞き、涙腺が緩むのを感じて慌てて頭を下げなおした。この世界に来て最初に出会ったのが彼女らで本当に良かったと思う。こうしてターナが顔を上げるまで黙って待っていてくれることにも優しさを感じることが出来た。


 今の姿が少女のものだとしても、ターナの中身は正真正銘の成人男性だ。情けない姿は見せたくない。軽く目に触れ、普段通りに戻っていることを確認すると改めて顔を上げようとし、


 ──ぐぅー。


 緊張が解けたせいか盛大に腹の虫が騒ぎ出した。唐突な出来事に反応できず、状況を飲みこめたのはちょうど顔を上げ切った後だ。もちろん真っ直ぐ向かい合って話していたのだから、三人と目線は綺麗に合う。


「お姉ちゃん、おなかすいてるの?」


 そしてマリーが何の悪意も無く首を傾げ、いろいろと決壊した。顔面の血圧が上がり熱くなっていくのが、はっきりと自覚できる。


「いや、その朝から何も食べてなかったから……」


 普段から保っている敬語が崩れ、若干素の口調になりながら両手を振って必死に誤魔化しにかかる。この程度で狼狽えることなど無いと思っていたが、実際に体験してみると想像以上に恥ずかしい。この世界に来てから衝動的に叫んだり、涙ぐんだりと、感情的になっているような気はする。


「まあ用が済んだら何か食事を取ろうか」


 苦笑しながら提案するミリアの眼は非常に生暖かいものだった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 アルフレッドの先導でターナ達は渡り廊下を渡った先、王城の中にいた。と言っても寝泊まりしている宿舎から王城に入ってすぐの位置である。これ以上奥には見張りの兵士が行かせてくれそうになかった。


「よし、じゃあ開けるぞ」


 そして目の前の扉──第一騎士団団長室と書かれた扉をアルフレッドが開け放った。第一騎士団、別名近衛騎士団は王国最強ともいえる集団だ。その団の長つまりは王国最強の騎士の仕事部屋がここになる。

 自然と身体が強張ってしまいアルフレッドが確認を取ってくれたのはそれを見てだろう。最も場慣れしているであろうアルフレッドとミリアはともかく、何をするのかよく分かっていないマリーまでもが自然体だ。結果、緊張しているのはターナだけであり不甲斐無く思う。


 そんなターナの自責はさておき開かれた部屋の奥、豪華なテーブルとイスに座って書類仕事に精を出している初老の男性がいた。この世界では珍しい黒髪を程よい長さで切り、口には立派な髭が生えている。左目を斜めに切り裂くように大きな傷が出来ており、一体どこの漫画のキャラだと思わず突っ込みたくなった。強面の顔はうんざりと言った様子で歪められており、案外ユーモアのある人物かもしれない。


(この人どこかで……)


 その姿にターナは見覚えがあったが、はっきりとは思い出せない。見たことがあるとしたら間違いなくゲーム時代のことになると思うが、残念なことにMMORPGのミッションクエスト、つまりはストーリーで騎士団と関わるシナリオは無かった。それが違うとなれば特に思い当たることは無く、手詰まりだ。


「来ましたか。わざわざ足を運んでもらって申し訳ない」


 部屋に入ると男性──恐らくは騎士団長であるオリヴァーが強面に似合わない、柔らかな笑みを浮かべた。口調からも優しげな印象を受けるというのに強面である。これほどまで外見と性格が一致しないとはいっそのこと不憫だ。

 ターナが失礼なことを考えていると、リグル村の長であり一応はターナ達の代表者となっているアルフレッドが一歩前で進み、


「よう、相変わらずだな」


 まるで親友同士ように気安く声をかけた。いつも適当な性格をしているがまさか目上の人間にまで、このような態度を取るとは。いくら温厚そうな人物とはいえ、さすがにこれには怒りを見せるかと恐る恐る顔色を窺う。


「貴殿もな、アル。村の運営の方はどうだ?」


「今年は実りが多くて助かってる。だけどトラブル続きで疲れもしてるな」


 ターナの心配は杞憂に終わり、オリヴァーもアルフレッドに親し気に接していた。状況についていけず硬直するターナにアルフレッドが気づくと、遠慮なく笑う。


「さすがのオレも国の人間にはちゃんとした口調で話すぞ? ただオリヴァーとキールは顔なじみだからな」


「知らなければ普通は驚くだろう。ターナ様が不憫だ」


 それに追従する王国最強の騎士。仲良く笑いあう二人はそれだけ見ると、仲の良いおっさん二人組にしか思えない。王国最強の騎士と言ったら近寄りがたい厳粛な人物ではないのだろうか。アルフレッドと初めて会った時も村長のイメージを叩きつぶされたが、まさか二発があるとは予想外だ。


「後ほど時間が空いたら久しぶりに飲もうじゃないか。今は真面目な話をさせてもらうぞ」


 おうよ、と軽い感じで答えたアルフレッドが下がると、オリヴァーからふざけた雰囲気が霧散するのを肌で感じられる。一度騎士団長として真面目な態度を取ればなるほど、そこから放たれる迫力は正しく騎士団のトップなのが窺えた。最初からこうだったら良かったのにと心の中で呟くが、もう遅い。


「キールから話は聞いているはずですが、あなた方を保護したのは“天使狩り”の情報を得たいということが大きい。奴に襲われ、五体満足で生還したものはほとんどいないものでしてな」


「聞いちゃいるけど……お聞きしていますが本当なのでしょうか? 私が相手した限りA-、いやB+ランク程度の冒険者か、騎士団の中隊長レベルなら撃退は難しくても逃走なら可能じゃな……可能だと思うのですが」


 敬語には慣れていないのか、素の口調が見え隠れしながらミリアが質問する。不敬にも取れるその態度にオリヴァーは特に気にした様子も無く続けた。


「確かに真正面から向かい合えばそうでしょうな。ですが相手のやり方は正に姑息。襲うのは周囲に人が少ない冒険者ギルドが指定している所謂“ダンジョン”内ばかり。魔獣や魔物との戦闘中の隙を突いて一気にパーティーを壊滅へ追い込むのですよ」


「ずいぶんとずる賢いやつだな。それが出来ちまうのも困りもんだが」


 話を聞いただけなのに本気で嫌悪感をむき出しにするアルフレッドに全員が無言で同意する。“ダンジョン”がゲーム内と同じ場所を指すとして、そこに単身乗り込み奇襲を成功させるのが、どれほど難易度が高いのかは何となく理解できる。それを幾度となく成功させているのもまた驚きだ。


「でも、私たちは村で襲われた。そこまでしてた“天使狩り”がどうして無防備に?」


「それが分からなくてね。何か特別なことがあったりしませんかな?」


「特別なことって言うと……ターゲットにされていたのが既に亡くなっている人だったことと、魔獣が突然動き出したことですかね」


 思い当たることをそのまま口にしていく。それ以外に何か特殊な状況と言われても思いつかなかった。最もそれはこの世界の住民でないターナの考えであって、ミリア達なら別の見方もあるのかもしれない。


「死体が……ミリア様の主人の遺骨が持ち去られたのは聞いております。ですが魔獣が動きだしたとは?」


「ああ、オレの『輸送』じゃ伝えきれなかったが、あの男が来る直前に村が魔獣の群れに襲われたんだ。それだけなら掃討の得意なミリア一人で充分だったんだけどな。そこにあいつの奇襲を喰らっちまって」


 アルフレッドの説明を聞きオリヴァーが興味深そうに頷く。


「偶然、にしてはおかしいな。ミリア様はどうお考えで?」


「私もあれは人為的な何かが働いていたと考えます。だけど、それが技術的に可能なのかは……」


「普通は無理でしょうな。しかし奴らに魔獣を操る術があるのだとすれば、魔獣の住処の真っただ中で冒険者を襲えたのも納得がいく。可能性としては考えておくべきです」


 この手の話には慣れているのであろう三人はあれやこれやと仮説を立てていく中、ターナとマリーは手持ち無沙汰である。一方はこの世界を間接的にしか知らなかった人間で、もう一方は村から出たことのなかった子供だ。

 このように高度な議論には全くついていけるわけがない。退屈そうに口を大きく開けあくびをし出したマリーは同じように暇そうにしていたターナを見ると、ミリアの元を離れこちらに駆け寄ってきた。


「おっとっと」


 ターナの前まで来ると反転し、もたれかかる様に身体を預けてくる。それを咄嗟に支えるのもこの三週間で慣れたものだ。押し返したり、角度を付けてみたり親が子供にやる様に遊んでやって時間を潰していった。


「──ターナ様が?」


 議論から離れて五分ほど。前触れなくオリヴァーに名前を呼ばれたことで少々驚き、倒れかかってくるマリーを受け止め損ないそうになる。うぎゃあっ、とバランスを崩しながら悲鳴を上げたマリーの抗議を軽く流し、こちらに視線を移した三人と向かい合った。


「えっと……何ですか?」


「“天使狩り”分身を倒した時のことターナは覚えてないって言ってたよな?」


「え、ええ。途中で気絶させられて、気が付いたら全部終わった後でしたから」


 マリーの話によればターナが本体ではないと言え“天使狩り”を圧倒して倒したとのことだが、ターナには全く覚えが無い。マリーを最後まで護りきれず気が付いたら事件から三日後。正直マリーの勘違いか何かではないかとさえ思っていた。


「ふむ……ようやく該当者が来たか」


「オリヴァー、お前何か知って……いや、何でもねえ」


 小さな声で納得したかのように呟いたオリヴァーをアルフレッドは見逃さない。そのまま問い詰めようとした彼だが、オリヴァーに真剣な目で見つめられるとすぐに引き下がった。何か旧知の仲だからこそ分かる何かがあったのだろうか。


「話は充分に聞けました。ご協力感謝致します」


「ちょっと、まだ話は終わっちゃ……」


 議論も急に打ち切り、オリヴァーが退室を促す。話の区切りが悪かったのだろうかミリアはその場に残ろうとするものの、


「ほら、さっさと戻るぞ」


 アルフレッドが半ば強引に腕をつかみ引っ張っていってしまった。二人が出ていってしまえば反抗してまで部屋に残る勇気はターナとマリーには無く、オリヴァーに頭を小さく下げてから続いていく。最後までこちらを探る様に見つめてくる騎士団長の瞳が妙に気にかかった。


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