第十三話:冒険者と近衛騎士
場所は再びアルフレッド宅。正確に言えばアルフレッドの無駄に広い家の客間に属する場所だ。客人をもてなす部屋だけあって簡素ながらもテーブルやイスなどが並び、本来なら居心地の悪くない空間のはずだ。しかし現在、その部屋の居心地は最悪の一言に尽きた。
「……」
理由は明白、こちらをチラチラと盗み見る騎士たちの視線だ。綺麗に横一列にイスを並べて着席している五人の騎士のうち、キール以外全てがそのようなことをしてくるのだから気分が悪い。彼らのまとめ役のその青髪の青年も注意しないのはどういうことなのだろうか。
だからと言って、身内のミリアはここには居ない六人目の騎士に治療をしてもらっている最中であるし、アルフレッドは我関せずとばかりに船を漕いでいる。
唯一の癒しはマリーだけであり、膝の上に座らせた茶髪の少女の頭を撫でることだけが精神力の補給手段である。しかし何故こうもターナが注目されるのだろうか、それが分からない。顔に何かが付いているかは確認済みだし、変な格好をしているわけでも無い。いつも通りの質素な無地のワンピース──それをいつも通りと思ってしまったことに中身が男としてどうかと思った。
(高潔な騎士様が人を不快にさせるってどういうことなんだか)
ターナの胸に背を預けるマリーを撫でながら、心の中でついついぼやいてしまう。既にこの状況に入ってから体感で三十分程度。もうそろそろミリアの治療が終わるはずであり、早く戻ってくるよう祈っていたときドアの開く音が静かな部屋に響いた。
「お母さん、ちゃんと治った?」
「ああ、おかげ様でね」
治療術師らしい女性の騎士と共に入室してきたミリアにマリーが早速声を掛ける。ミリアはそれに小さく返事をし、すっかり夢の世界に旅立っているアルフレッドを見つけると一切の躊躇無く魔法を発現。
「冷たッ! 何するんだよ!?」
ごく小規模の吹雪が生まれ、顔面に冷気を叩き付けられたアルフレッドがイスを倒しながら飛び起きた。
「来客があるのに寝てるって何を考えているんだい?」
お決まりのやり取りを行い、それからこちらに視線を向けてくる。どうやら居心地を悪く感じていたのはミリアにバレバレだったらしい。苦笑を返してそれを肯定すると今度は騎士たちを眺め、大きくため息をついた。そんなリグル村出身組の実にマイペースな会話で、多少なりとも悪い空気が払拭されたような気がした。
「遅れましたがミリア様、初めまして。王国第一騎士団・第二大隊長キールと申します。この度は突然の来訪申し訳ありません」
そしてその身内トークに怖気づくことも無く、割り込んでくるのはキールだ。ミリアの正面にまで歩み寄ってくると、これぞお手本とばかりな優雅な動作で頭を下げる。
「治療を頼んだのはこっちの方だから別に構わないさ。それにしても、近衛騎士団の第二大隊長……ずいぶんと大物が来たね。こんなお使いに出す許可がよく出たもんだ」
それに対してミリアの方は遠慮が無い。じろじろと騎士の青年を頭のてっぺんから足の先まで観察し、驚いたような表情をする。
「あんたは“天の落とし子”でも長命の種族でも無いんだよね? その年でそこまで鍛えるとはね……今度模擬戦でもしてみないかい?」
「ちょっとアグレッシブ過ぎませんか……?」
思いのほか好戦的なミリアの発言に顔を引きつらせながら突っ込みを入れた。これぞ冒険者気質なのか、相変わらず男勝りな一面を見させてくれるのが彼女だ。
「“氷の魔女”と手合わせするのは良い経験になりそうですが……さすがに保護対象と模擬戦とはいえ戦闘を行うのは許可が下りません」
「保護対象?」
「はい。"天使狩り"はかなり慎重に行動しているようでして、基本的に狙われた対象は死亡しているか消息不明です。なので奴の情報を持っているあなた方は貴重、事が落ち着くまで匿わせていただきます」
キールは淡々と相変わらず事務的に説明する。ミリアはそれを黙って聞いていたが、話が終わると同時にテーブルへ手を叩き付けた。
「ふざけるな。知っている限りの情報はやる。だけど保護だなんて余計なお世話でしかないよ」
「……お気持ちは分かりますが、あなたほどの魔法使いが奴等に狩られる訳にはいかないのです」
保護が正確にどのようなことをするのかは知らないが、行動が制限されるのは間違いないだろう。そしてミリアの今の目的は"天使狩り"の討伐だ。身の安全が約束されても自由に動けなければ意味がない。
「じゃあこうしようじゃないか。さっき言った通り手合わせをしよう。私が勝ったら自由にさせてもらう。その代わりあんたが勝ったなら着いていってやるよ。保護するなんて言うのなら私よりか強いんだろう?」
「おいおい、何言ってんだよ。国の人間に喧嘩売る気か?」
アルフレッドが呆れた様子で注意するがミリアはそれを完璧に無視。ただただ、鋭い視線でキールに返事を促す。それを正面から受ける青髪の騎士は同じように感情の読めない冷静な眼つきで迎え撃つ。お互いに比類なき力を持つ人間同士のにらみ合いに誰かの息を呑む音が聞こえた。
「……父さんに見つかったら面倒なのですがね。分かりました、受けて立ちましょう」
そして数秒の停滞の後、キールは初めて騎士でなく一人の青年としての感情を零しながらミリアの決闘を受け入れた。
☆ ☆ ☆ ☆
村から少しばかり離れた平原の中で騎士と魔女が向かい合っていた。それを周りから眺めているのはアルフレッド、マリー、ターナや騎士たち、そしてリグル村の人々だ。娯楽の少ない生活だからこそ、このようなイベントを嗅ぎ付ける力はものすごく、あっという間に村人全員が集合してしまっていた。
「仕事は大変だけど少しサボったくらいどうとでもなるから。まあ面白いことがあるのなら飛びついちゃうのが人情よね」
「はぁ……」
そう言い、ウキウキの様子で観戦に興じるのは以前の洗濯での騒ぎに居合わせた村の女性だ。実はアルフレッドが崩壊させた家の持ち主であり、村長宅に寝床を借りていた家族の一人は彼女のこと。つまり何が言いたいかと言うと、十中八九この決闘の情報を流したのはこの女性だということである。
「先に決定打を入れたほうが勝ちで構わないね?」
「えぇ、問題ないです」
周囲の視線をものともせず二人はそれぞれの得物を、短杖と騎士剣を構えた。準備運動もせずに臨戦態勢を整えた二人は同時にアルフレッドへ視線を送る。
「はいはい、分かったよ。んじゃ、お互い怪我はさせないように寸止めでな」
一応は村長らしく簡単にだが注意をすると右手を掲げた。再び視線をお互いの決闘者へ向けるのをアルフレッドは確認すると、声を張り上げて右手を振り下ろす。
「始めッ!!」
平原に決闘の始まりを告げる声が響き渡るのと、両者が動きだすのは同時だった。それは偶然にも同じ動作──魔法の詠唱であり、僅かに早く術式を完成させたミリアが発動句を叫ぶ。
「『氷槍』!!」
直後、彼女の正面空間から巨大な槍が三本発現される。ターナが使用するものよりも圧倒的に、大きさも数も強度も詠唱の速さも高レベルにまとまっていた。これが試合だということを忘れさせるような威力に、観戦している村人の中から小さく悲鳴が上がる。そしてその暴力がキールを貫く直前に彼も詠唱を完了させた。
「『氷炎』」
氷の槍が着弾する寸前で急激に溶けだし、白い煙が視界を防ぐ。風によって水蒸気が霧散し、再びキールの姿が晒されると観戦者たちからどよめきが起きた。
キールの周りに漂っている青い炎がそれの原因だろう。彼の青い髪と同じような色合いの炎が水のように形を不規則に変えながら、ただしキールを護るように命令を待ち続けていた。
「複合魔法……氷だけだったら利用してやろうと思っていたのに、ずいぶんと高位の魔法を使うんだね」
「私は魔力が少なくて、質で補う必要があるのですよ。消耗が多いこれも本当は使いたくなかった。自分の非才さを思い知らされます」
「剣術と魔法をここまで極めておいて、非才だなんて。謙遜も度が過ぎればただの嫌味だよ」
短い言葉の投げ合いを終えると今度はキールが先に動いた。騎士剣を構えながら走り、それを牽制すべくミリアは氷の刃を連続して放つが、
「くそっ! 面倒くさいね」
それら全てはキールへ着弾する前に青い炎に包まれ、白い煙を吐きながら魔力へと還っていく。自身の魔法が無力化されていることに歯噛みしつつも、ミリアは冷静に短く詠唱すると短杖を構えた。いつの間にか魔力の集中していたそこから伸びるのは氷製の刃。
急ごしらえの手槍のようになった杖でミリアはキールを迎え撃とうとし、それが愚策だったとすぐに悟った。キールの握る騎士剣に例の青い炎がまとわりついているのだ。それは斬撃の威力を一段階上のものに昇華させる意図も含まれていたが──それ以上に炎で剣筋が見えない。
キールが騎士剣を振り上げる。ミリアは悲鳴も忘れて身体を右方向へ転がし、直後に目標を見失った騎士剣が地面を切り裂く。その周辺の草木は炎で焼かれるのでは無く、凍り付いていた。
「あれは……」
遠めに何とかその様子を見ることが出来たターナは思わず呟いた。別の属性同士を混ぜる魔法は、ターナもゲーム時代の知識で知っている。この世界はそのMMORPGに酷似しているのだから実際に使われていても今更驚きはしない、しかしそれを扱うキールの実力は別だ。
キールの使った『氷炎』はゲームの時にも、その中二心くすぐるネーミングやエフェクトから人気のある魔法だった。しかしその習得条件は非常に厳しく、稀に見る使い手に嫉妬の視線を送るのが大半のプレイヤーのお約束である。
どこまでゲームと情報を共有しているのかは分からないが、会得が難しいという点に関してはきっと変わりないだろう。少なくとも魔法使いとしては見習いのターナでは、どういった原理で発現させているのかさっぱり分からない。
「やっぱり火と氷の複合属性……!」
ターナとはやや違ったベクトルで驚愕の声を上げながら、ミリアは素早く起き上がると身体を覆うように氷の壁を発現。生まれたばかりの氷壁にキールの追撃が放たれ、今度は圧倒的熱量で見る見るうち氷を溶かしていった。
しかしそれを突破するために一秒足らずの猶予が生まれ、その隙にミリアは立ち上がると騎士剣の間合いの外に脱出する。
「もういいでしょう。実力は十分示したと思いますが」
「ははは……。引き際を忘れるやつはすぐに死ぬのが冒険者さ。だけど命の危険が無ければ意地汚く諦めないのも冒険者だよ」
キールが降参を促すがミリアは遠まわしにそれを拒否した。だが誰の眼から見てもミリアにとってキールとの相性は最悪だ。単発の炎の魔法であれば発動の隙間を狙い撃つこともできるだろうが、常にまとわれていてはミリアの氷魔法は全て防がれてしまう。ミリアの得意としている魔法での飛び道具は、ほぼ無意味と化してしまっていた。
ただ杖を構えるだけのミリアをキールはしばらく眺めていたが、打つ手を失ったと判断すると再び騎士剣を構えて走り出す。彼に付きまとう青い炎が再び騎士剣を覆い、横なぎの斬撃が放たれた。狙いはミリアの肩。もちろん真正面からの攻撃は氷の盾で防ぐが、すぐにそれを突破してくる斬撃を回避するべくミリアは体勢を崩すだろう。
氷の盾が魔力へと還り、騎士剣を阻むものが無くなる。そして体制を崩すミリアを、最速で追撃するよう身構えたキールは──懐に飛び込んできた彼女を見て一瞬硬直した。
「ッ!?」
あろうことか魔法使いのミリアが接近戦を挑んできたのだ。さすがに予想外であった行動にキールの動作がワンテンポ遅れる。そしてミリアの持つ短杖に未だ氷の刃が残っているのを見ると、慌てて青い炎を身体の前面への防御に割り当てた。
騎士剣を振るえる間合いでは無いが、ミリアの氷ではキールの防御を突破できない。それ故に落ち着いて攻撃をさばき、もう後には引けないミリアから決定打を奪えばキールの勝利だ。
「それにはこの不意打ちも含まれますがね」
前面へ集中しがら空きになっていたキールの背中へ、氷のつぶてが高速で飛来してくるのを騎士は見逃さなかった。両手で持つ騎士剣を器用に背中へ回し、それを目視しないままで弾く。
「ダメだったかい……」
奥の手を見破られたミリアにできることは何も無い。すぐに首へ刃を当てられた彼女は地面を強く拳で叩き付け、悔しさを露わにした。
──近衛騎士団・第二大隊長キールと元冒険者“氷の魔女”ミリアの決闘はキールの勝利で終わった。




