第十一話:脳筋エルフvs天使狩り
ターナが男の分身から逃走しているちょうど同時刻。ターナがマリーを連れて逃げ出したのを見届けたアルフレッドは何とか状況を打開しようとしていた。
男の足元には重傷を負ったミリアが倒れており、その命は完全に男の手の上だ。重傷を負っているとはいえ、ミリアが魔法を行使することは不可能ではないのだから危険要素を潰すのがセオリーである。
──そんなこと男にだって分かっているだろうに、何故かしない。
剣を振り上げて、降ろす。その間に何か行動されることを警戒するにしても、たったそれだけの隙、男の実力なら躊躇う必要はない。
(何か理由……誘拐が目的だったのか? いや、あの怪我を放置していたらミリアは死ぬ。身柄を目的にしているなら、無力化で済ますはず……)
故に、アルフレッドは何か止めを刺せない理由があるのではと考えた。男からは決して目を離さず、そうしながらも全力で頭を働かせる。
「うぅ……!」
お互いに静寂を保っていた中、ミリアが押し殺した声を上げた。一瞬だけ目線を動かし彼女を見てみると背中の傷が氷で覆われている。
傷口を凍結させる力任せな止血である。必要な措置とはいえ、傷口に塩を塗るような行為は耐えがたい痛みをミリアに与えているはず。それでも悲鳴を上げない辺り、怪我することが日常茶飯事な元冒険者だったことが窺えた。
「どうした? 早く行動しないと逃げていった二人が俺のコピーに殺されるぞ?」
「はっ! あの二人だって魔法使いの端くれだ。地理的にも十分に逃げ切れるだろうよ」
これは本音ではない。正直言ったところ、アルフレッドは二人の生還が絶望的だと判断している。だが、この場に残しても今の状況で護りきれる自信がまるで無く、生還が絶望的どころか不可能だった。それなら僅かにでも希望のある選択に賭けたのだ。
「地理的に、か。この村は魔獣に包囲されているのだが気づいていないな?」
「ハッタリだ。魔獣にそんなことする知性、あるわけが……」
「ハッタリじゃ、ない。村を小さ、な魔力の……群、れが囲んで、る……!」
「それは本当……いや、無理するな。喋らなくていい」
まさかの身内からの事実確認にアルフレッドは歯噛みする。しかし冷静になって考えてみれば、タイミングの良すぎる襲撃など魔獣の進行が人為的なものだと考えれば辻褄があうのだ。
(どうしてそれをわざわざ教える……?)
自分の優位な立場を使ってこちらを弄んでいるのか。例えば、先ほど一瞬だけ見せた歪んだ笑み。それを思えば自らよりも弱い者を苛め抜く気分の悪い趣味、という可能性も高そうだが、
(時間稼ぎか……)
男は会話を長引かせ、時間を稼ごうとしているのだとアルフレッドは判断した。盤面だけ見れば圧倒的に男の優勢で、時間を稼ぐ理由も不明。それでもアルフレッドは長年生きながら研ぎ澄ませていった己の判断力を信じることにする。
どうせ、何か行動しないと助からない可能性が高いのだ。それなら分の悪い勝負に命を賭けるぐらい安いもの。
決断したアルフレッドはすぐに行動へ移した。地面に触れている足から密かに送っていた魔力を操作し、隷属化した者たちへ指令を送る。それと同時に、男に悟られぬよう呼吸を整えると一気に飛び出した。
アルフレッドの動きに合わせてミリアの身体が、ミリアの周りの草や土が独りでに動きだし、彼女の身体をアルフレッドの方へ弾き飛ばす。エルフ族のみが使える自然に干渉する魔法だ。最もアルフレッドには魔法の才能がまるでなく、人一人押しのけるのが限界だったが今はそれで十分。
男との戦いに巻き込まれない位置まで転がったミリアを見届けると、その男へ両刃斧をすくい上げる様にして切り上げを放った。対して男の方は意外にもミリアのことには一切意識を向けず、アルフレッドの迎撃に集中する。
悔しいがアルフレッドの実力では男に遠く及ばない。だからこそ力強く放った一撃も捌かれる前提で動き、
「くっ!」
「はぁ!?」
予想外のことに男はアルフレッドの両刃斧を長剣で受け止め、そのままの勢いで上空に打ち上げられた。反撃を回避することには備えていても、追撃することは全く考えてなかったアルフレッドは呆気にとられたまま男が地面に墜落するさまを見る。
さすがに受け身を取り、攻撃を受けたのが剣を介してだったため怪我は無さそうだが、思ってもいなかった状況にアルフレッドは開いた口が塞がらない。
「さすがに三人は厳しいか……」
そして立ち上がり再び長剣を構えた男はポツリと意味の分からないことを零す。少なくともアルフレッドの方が突如不思議なパワーに目覚めたなんてことは無い。つまり男の方が弱体化したということだがその理由が分からなかった。
しかし良い方向に風向きが変わっている、それだけ理解できれば理由など今はどうでもいい。
「よく分からねえが、一気に終わらしてやるッ!!」
防戦一方だった先ほどまでと違い、今度はアルフレッドから攻める。薙ぎ払い、振り下ろし、切り上げて、時に身体ごと回転させ破壊をひたすらに叩き付ける。
高い重量を誇る両刃斧の一撃は使い手の技量と腕力も合わさり、まともに当たりさえすれば竜の首さえ落とす一撃だ。欠点は一々大振りになってしまい隙が大きい点だが、戦況をこちらが支配し反撃する暇も無く攻撃を続ければそれも関係ない。
事実、男はアルフレッドの猛攻を避けるだけで精一杯の様子だ。それさえも時々捌き切れずに長剣で受け流そうとし、少しずつ疲弊していた。当初の圧倒的実力からは想像もつかない動きである。それでも未だアルフレッドに決定打を取らせてない辺り、決して弱くは無いのだが。
「はぁっはぁっ……、凍れ……!」
しかし、そんな横着状態も長くは続かない。怪我を負い、倒れていたミリアが何とか詠唱に成功し魔法を発現させたからだ。魔法とはイメージによって形作られるものであり、激痛に呑まれている今のミリアではまともな集中などできっこない。できないのだが、ミリアほどの魔女が簡単な魔法を行使するのにまともな集中など必要なかった。
普段とは比べ物にならない魔力の変換効率や魔法の規模。それでも使い方次第で戦況などいくらでも動かせる。
男が上げていた足を地面に戻した途端、そこから氷が広がっていく。それは男の足を地面に張り付かせ、数秒もしないうちに解放された。たったそれだけの効果。
「おらああぁぁぁ!!!」
だが、ほんの少しだけの影響をアルフレッドは勝利への切符に昇華させる。今日一番の力を込めて振り下ろした両刃斧は隙だらけの男に向かって何者にも阻まれることなく、その身体へ破壊を刻み込む。当たれば確実に倒せると自負する一撃が、確実に当たる状況。その瞬間にアルフレッドは勝利を確信し、
「なっ!?」
甲高い音を立てて必中のはずの一撃が弾かれた。双方の間に現れた不可視の何かがアルフレッドの渾身の一撃すら弾き返し、重すぎる得物に引っ張られた彼の身体が大きく仰け反る。命のやり取りの真っただ中にあってはならない大きすぎる隙。完全にがら空きになった胴体に男の斬撃が繰り出された。
「くっそッ!! いってええな、おい!?」
直後に上がるのは巨漢のエルフが大地に倒れ伏す音、と痛みを訴える大声だ。男の斬撃はアルフレッドの上半身の服を楽々と切り裂くが、鎧のような筋肉は表面を僅かにひっかく程度に留まっていた。
得物に振り回される形になったアルフレッドは、あえてそれに逆らわずに背中から地面に倒れ込む形で回避したのだ。しかしそれと男の能力の低下を合わせても、今の状況で凶刃から免れられるはずは無い。つまり、第三の要因があるわけで、
「もうここまで影響を強めているのか……思っていたより馴染むのが早いな」
それは男自身の判断の遅れだった。珍しく僅かながらも動揺した声で呟く。
「影響……? ターナのことと言い、てめえは一体何をやってるんだ?」
「最初に言ったはずだぞ? お前たちが知る必要はない」
「はっ! だったら力ずくで聞き出しやる!」
短い言葉の投げ合いで時間を稼ぐと立ち上がり、両刃斧を構えなおす。そしてアルフレッドが男に向かって飛び出すと後は殺し合いの再開だ。依然として男の能力は下がったままであり、アルフレッドが有利に戦況を進めるが、先ほどのようにひたすら攻撃を続けるようなことはしない。
(次にあの防御で弾かれれば確実に隙を突かれる。だが、発動の条件が分からねえ。危険を承知でもう一発ぶち込んでみるか?)
一度目は男自身にとっても予想外だったために難を逃れることが出来た。しかし次に大きな隙を見せれば今度こそ追撃を受けることになる。その警戒も大事であるが、いつまでも横着状態を続ければ男が何らかの策を講じるかもしれない。
(だったら、その前に終わらせるッ!!)
男が牽制で放つ斬撃を両刃斧の腹で受け止める。本来ならそのまま受け流すのだが、それでは男の隙を作るには不十分だ。そしてこれ以上ミリアに負担を掛けたくもない。だからこそアルフレッドが得意とする方法で無理やり作り上げる。
普段は両手で扱う両刃斧を左手一本で保持し、右手を自由にする。単純に普段の倍の負担が掛かり、左腕が悲鳴を上げるが意図してそれを無視。自由になった右手で両刃斧とぶつかり合っている長剣に触れると、
「おりゃあああ!!」
「っ!?」
両刃斧の腹と右手で長剣を挟み、力任せに上へ跳ね上げた。突然勢いよく打ち上げられた長剣を男は思わずと言った様子で手放し、無手になる。そこにすかさず、アルフレッドが力強く踏み込んだ。長剣は頭上高くを回転しながら舞っていて、仮に例の防御で弾かれたとしても致命的な反撃は受けないはずだ。
──故にアルフレッドは躊躇わない。
再び放たれる渾身の一撃。それは男の胸へ吸い込まれるように放たれ──弾かれることも無く斜めに切り裂く。男の身体は悲鳴ごと、後方に真っ赤な尾を引きながら吹き飛んで行った。そして一軒の民家の壁を貫通し、その倒壊に巻き込まれていく。
「はぁっはぁ、今度こそ……!」
負担が掛かった左腕に強い痛みが走り、思わず顔を歪めた。これではしばらくの間、まともに武器を振るえないだろう。だが、敵は既に打倒した。ここでまさかの援軍が登場したらさすがに厳しいが──。
「嘘だろ?」
瓦礫へと成り果てた元民家の残骸の中から上半身を大きく切り裂かれた男が、確かに自分の足で姿を現した。内臓を傷つけたのか口から血を垂れ流し、左足をやや引きずっているように見える。外套は土汚れや真っ赤な血などで染まり、元の白を探す方が大変だ。
そんな満身創痍は姿でも、男は確かに自力で歩ける程度には余力を残していた。
「ここまでやられるとは、完全に予想外だった」
血塗れなことが加わり、相変わらず感情の無い男の声はより不気味さが増す。奇跡的にもフードの全壊は免れており、未だ素顔が確認できないのも一つの要因だろうか。淡々と呟き、瓦礫の中から脱出した男は自身のボロボロな身体を見下ろして、それから遠くへ──“ターナ”が男の分身と戦っている方向へ顔を向ける。
「一人回収できないのは心残りだが……面白いものも確認できたのだから十分だろう。俺は撤退させてもらう」
「待てッ! オレの村に手を出しておいて逃がすとでも……」
「どうかな、その左腕はしばらく動かないだろう? 無理に戦いを続けてもお互い損しかないと思うが?」
男からのまさかの正論にアルフレッドは押し黙る。実際その通りで村長として村とその住民を護るのがアルフレッドの役割だ。私情で無駄な危険を作る必要はない。
「逃げるならさっさしやがれ。オレは我慢するのが苦手なんだよ」
吐き捨てるように言いながら得物を構えて警戒だけは続ける。それを見た男は最後に民家の壁にもたれかかるミリアを──逃した獲物を目に焼き付けるように見つめる。それも数秒で終わらせると男の姿が周りの景色ごと歪み、次の瞬間には誰もいなくなっていた。
遠めに見れば魔獣たちが、思い出したかのように一斉に村から離れていく姿が目に移る。それは魔獣と男の襲撃が終わったことを示していた。
「ミリアを……いや、先にマリーとターナの方か」
いつの間にか気絶していたミリアを一度は見たが、すぐに考えを改める。彼女は既に自力で止血している。何より起きていたら自分よりも娘のマリーやターナのことを優先するだろう。
そう思い至り、ターナが逃げていった方向へ足を運ぶ。男から聞いた様々なことを考察するのは村を日常に戻してからにしようと、心の奥にしまっておいた。今はただ自分の責任で危険に晒してしまった、二人の少女の無事だけを祈って。
2016 7/28 八話以降での 両手斧 を 両刃斧 と表記を変更




