最終話 触手の輪
世紀の対決であるオークキング拳vs女騎士拳。
その激闘から一ヶ月程経った頃、傷の癒えたショクシュ子は荷物を纏めて、空港へと辿り着いた。
「…一年にも及ぶ中国での武者修行も、今日で最後ね!名残惜しいけど…皆、今まで本当にありがとう!」
搭乗手続きを終えたショクシュ子が、共に過ごした仲間達に最後の挨拶をする。
「象形拳発祥の地である中国での修行は、本当に沢山の事を学べたわ!自分の未熟さも、触手の奥深さも…そして仲間の大切さも、本当に沢山の事を学べた充実した一年だったわ!皆、改めて本当にありがとう!」
「れ、礼なんか要らないわよ!私達が勝手にやったことだし!あ、あんたの触手も本当に凄かったから、礼なら私達の方が…」
「そうそう、怠けてた私もショクシュ子ちゃんと出会わなかったら今頃、もっと怠けてただろうし。それにあの触手は本当に凄かったし…」
照れ臭そうに礼を述べるショクシュ子に、同じ様に照れ臭そうにする裴多や李羅達。
だが、華の態度だけは違った。
「ふん!いい気になるなよ!貴様ごときの触手では太刀打ち出来ない猛者など、世界中に幾らでもいるのだからな!たまたま私に勝てたからといって、慢心してどうする!いつまでも甘ったれた…」
華のツンデレっぷりに苦笑いするショクシュ子。
本当に自分の事を心配してくれているのだと、理解しているからこそ、華の優しさが手に取るようにして分かるのだ。
華が周りを見渡すと、全員が華に苦笑い。
顔を真っ赤にした華は、照れ隠しに別の話を切り出した。
「そ、それより日本には一度、帰らなくていいのか?いつまでも武者修行の旅では両親が心配するだろ?まあ、私には両親など居ないも同然だから、心配する両親など知ったことでは無いがな!」
「それなんだけどさ、この前両親に連絡したのよ、一旦帰国しようかって。でも、帰って来なくてイイって、逆に釘を刺されちゃったの。だから暫くは武者修行の旅を続ける事になったのよね」
「帰ってくるなって…なんだ、ショクシュ子も両親とは仲が悪いのか?」
「ううん、そうじゃ無いの。例の激戦が世界中に配信されたじゃない?それで触手の素晴らしさが世界レベルに浸透して、両親が立ち上げた触手道場に入門希望者が殺到してるのよ」
象形拳48ドームでの激戦は、モザイク無しで世界中に配信されたのだ。それを見て触手道を邁進したいと思う格闘家が激増。
触手拳発祥の地である触手道場を聖地とし、聖地巡礼さながらの長蛇の列が出来上がる程に、賑わっているのだった。
「嬉しい悲鳴だけど師範となるのが両親だけだから、私も手伝いに帰国しようとしたけど…私が触手拳を使えなくなってるのを見抜かれてるみたいだったし、指導者としてでは無く、武者修行で強くなれって釘を刺されたのよ」
父である岸ベシローにとって、娘の目覚ましい成長ほど喜ばしいものはない。
それも自身の手で究極の奥義と成し得なかった奥義を、娘の手によって究極の奥義へと昇華されたのだ。嬉しくない訳が無い。
道場運営に娘の力があれば、どれだけ心強いことかと思いながらも、娘の成長を何よりも優先したい両親は、ショクシュ子の帰国を全面拒否。
まだ見ぬ猛者達との出会いで、更なる高みへと目指すことを望んだのだ。
遠い異国の地に居ようとも、触手によって繋がった愛は失うことは無い。
それが両親とショクシュ子とを繋ぐ絆でもあった。
そしてそれは、中国での出会いも一緒である。中国で出会った者たちとの絆も、別れたところでいつまでも繋がっていると、ショクシュ子は確信していた。
…しかし、腑に落ちない事がある。
「ねえ、皆…見送りに来てくれたのは有難いんだけどさ…なんか皆の荷物、えらく多くない?」
そう、先程からショクシュ子が気にしているのは、見送りに来てくれた仲間達の大量の荷物。
まるでショクシュ子と共に、武者修行の旅について来ると言わんばかりの荷物である。
だが、そんなショクシュ子の問い掛けを受け流す様に、裴多達は勝手に話を進める。
「触手拳の本場である日本に行けないのは残念だけど、ロシアの軍隊格闘術『システマ』の使い手に、天才格闘少女と呼び声高いのが居るそうよ。まずは手始めにロシアからってのも悪くは無いわね」
「いやいや、最近のモンゴルでの女性格闘家の台頭も捨てがたい!ブフ(モンゴル相撲)の使い手も男だけではないのだからな。私の張り手もどこまで通じるか試してみたいものだ」
「インドのカラリパヤットはどうだ?器械武術を取り入れて武器の使用もあるが、私の斬撃や女騎士拳には通じぬ筈。素手による武器破壊でトランスが、また大惨事を引き起こすかも知れないがな」
ショクシュ子をそっちのけで、既に武者修行の旅の同行が決定していた。
呆れるショクシュ子であったが、悪い気はしない。
一人での旅路より、仲間との旅路の方が楽しい事は、既に立証されているのだから。
「それで…そこの後ろに隠れてるつもりのも、一緒に同行するのかしら?」
ショクシュ子が話しかけたのは裴多…の、小さい身体を盾にして、必死になって隠れる様にしている詡王であった。
かつて武者修行の旅に同行し、そして雌雄を決する激戦を繰り広げた元マネージャーであり、ライバルとも言うべき詡王。
それがショクシュ子の前に再び姿を現したのだ。
裴多の後ろに隠れながらではあったが。
「あ、あの…ショクシュ子ちゃん…わ、わたし…」
「はい、ウザいですよ〜」
そう言うと詡王の頭に拳骨をお見舞いするショクシュ子。
初めての対峙の時の様に、ウザったい詡王に対して同じ様に拳骨をお見舞いするのだった。
だが、その拳骨を喰らっても、ショクシュ子からの嫌悪は感じられなかった。
拳骨を喰らう度に恍惚とした笑みを浮かべる詡王にとっては、それは御褒美でしかないのだから。
そして御褒美を沢山貰い、興奮覚めやらぬ詡王は鼻息荒く、ショクシュ子に思いの丈をぶち撒けるのであった。
「ショクシュ子ちゃん!私もショクシュ子ちゃんと一緒に旅がしたい!ねぇ、駄目かな?うん、そうだよね。駄目だよね。私、ショクシュ子ちゃんにとっても酷い事をしたんだから!でもね、ショクシュ子ちゃん…私、駄目だって言われてもついて行くから!一緒に旅をしながらショクシュ子ちゃんの【ピーーーー】を【ピーーーー】したり、あまつさえ…ブケロゲギャッ⁉︎」
暴走する詡王の顔面にショクシュ子の鉄拳が炸裂し、詡王は勢い良く吹き飛ばされるのであった。勿論、恍惚とした笑みを浮かべながら。
「ねえ、仲睦まじいのは後にしてさ、電光掲示板をちょっと見てよ」
詡王と戯れるショクシュ子に、裴多が電光掲示板の変化を伝える。
先程まで行き先と離陸時間などが表示されていた電光掲示板。その全てが、いつの間にか運航中止と表示されているのだ。
しかもそれだけでは無い。先程まで賑わっていた空港に、ショクシュ子と詡王、そして34名の仲間達以外の者が忽然と姿を消していたのだ。
「ちょっと、アレを見て!」
仲間の一人の声に、全員が空港の外を見る。
するといつの間にやら空港は大勢の人によって取り囲まれていた。
その数、およそ五万人。その全てが何らかの格闘技経験者と思われる佇まい。
「ええっと…これは沢山のファンが見送りに来てくれたって事かな?」
現実から目を背けたいショクシュ子が、一縷の望みと共にファンでは無いかと聞いてみた。
「んなわけ無いでしょ。武器を持ってる連中が多数居るのに見送りって…恐らくはピンクの象と、そのバックについてる狂産党が、復讐にでも来たんでしょ」
「だよね〜全員が殺気立ってるもんね〜あれだけの事をしたのに一ヶ月の間、音沙汰が無かったのはこれだけの面子を集めて、復讐する為の準備期間だったって訳ね」
華のツッコミに溜息交じりに返答するショクシュ子。
と、そこで空港のアナウンスが流れ始めた。
『…あ〜テステステス。触手拳の使い手のショクシュ子、並びに糞豚野郎。それとピンクの象を裏切った34名の反逆者達に告ぐ!お前達は完全に包囲されている!無駄な抵抗はやめて出てこい!空港内にはもう誰も残っては居ない。つまり、人質を取ることも出来ない!中国各地から集結した猛者、五万人を相手にしたく無かったら、速やかに武器を捨てて投降しろ!』
空港内にアナウンスが響き渡り、その後に残る静寂。
その静寂は、恐れをなした者達が作り上げる静寂では無く、呆れ果てた者達が呆気に取られて作り上げた静寂であった。
「え?何よこれ?五万人も集めて、何をビビってるの?とっとと突入でもして、襲い掛かってくればいいのに」
ショクシュ子の言うことは最もである。たかが36名を相手に、五万人もの人手を集めることもさることながら、集めてすら及び腰になっているのだ。
ここまで来ると逆に哀れ。
自ら五万人も集めたところで、勝てないと言っている様なものなのだから。
しかし、ピンクの象とて、このまま引き下がれないのが現状。
ショクシュ子達によって象形拳48ドームの杮落としは大失敗に終わり、それによって得られる筈の収入を失うことになったのだ。
しかも、それだけでは無い。ドームにて暴れる事により、突貫工事による手抜き工事が発覚。
補修工事でもままならない程の手抜き工事。象形拳48ドームは杮落としの当日、取り壊しの決定がなされたのだった。
これによって総被害額は日本円で数千億円にも上り、ピンクの象とそのスポンサーであり、バックについていた狂産党にとって、引くに引けない状態となったのだ。
そして五万人もの猛者を集め、空港を閉鎖し、大規模な復讐劇が幕を開けたのだった。
…しかし、そんな復讐劇はショクシュ子達の前ではタダの茶番劇。
それどころか、ショクシュ子達の新たなる武勇伝のひとつとして、歴史に刻まれることとなる。
「私ね、武者修行の旅に出るのに飛行機に乗るのは、何か違うかなぁって思ってたのよね。やっぱり修行な訳だし、移動は足を使わないとね!」
そう言うとショクシュ子は持っていた航空券をビリビリと破き、その場に撒き散らす。
紙吹雪が舞う中、ショクシュ子は詡王と向き合い、その覚悟を問い質す。
「私はこれから武者修行の旅に出るけど、もしついて来るなら…それはマネージャーとして?それとも一人の格闘家として?」
ショクシュ子の問いに、詡王は笑顔で即答するのであった。
「勿論、肉奴隷として!!…って、ブケロゲギャッ⁉︎」
本心を述べた詡王の顔面に、再びショクシュ子の鉄拳がめり込んだ。恍惚とした笑みを浮かべながら、詡王はその場にへたり込む。
仕方ないのでショクシュ子は、詡王の返答などお構い無しに話を進める。
「私がこれから歩む道は、長く険しい武者修行の旅路。共に歩む者はマネージャーなんかでは無いのよ。勿論、肉奴隷でも無いから!私と共に歩むのは同じ志を持った同じ格闘家。それが嫌ならついて来るべきではないのよ!」
ショクシュ子は詡王に厳しく吐き捨てる。それを言葉責めと勘違いした詡王は、目を潤ませてショクシュ子を見上げる。
そんな詡王にショクシュ子は、右手の人差し指と中指のみを立たせた状態を見せつけた。
聖剣ショクシュカリバーを作り上げた手刀の構えである。
そして今度は、そのまま小指も立たせるのであった。
それが何を意味するのか、一亀☆頭閃の直撃を受けた詡王には、すぐに理解出来た。
つまり、究極の奥義である一亀☆頭閃ですら、まだまだ改良の余地があるという事。
あれだけの激戦の後にも、ショクシュ子は更なる高みを目指しているのだ。ショクシュ子の思考は常に最強になることのみで、そこに詡王の入り込む余地は無い。
そう考えると少し淋しい詡王であった。
マネージャーとしてでも、肉奴隷としてでも、ショクシュ子と共に歩む道は無いのだから。
詡王が自分の気持ちを理解してくれたと判断したショクシュ子は、自身の事だけでは無く、オークキング拳についても語り始めた。
「あのね、詡王ちゃん。オークキング拳ってさ、奥義の存在しない象形拳でしょ?それってさ、まだまだ伸び代があるって事だと思うの。つまりね、詡王ちゃんはまだまだ強くなれる可能性があるんじゃないかな?」
「ショクシュ子ちゃん…本当に、そう思う?私、まだまだ強くなれるかな?」
そんな詡王の問い掛けに、ショクシュ子は笑顔で答えるのであった。
「勿論!私が保証するわ!詡王ちゃんはまだまだ強くなれるってね!」
「ありがと!ショクシュ子ちゃん!私、強くなるわ!そして…オークキング拳を更なる高みへと昇華するの!そう、新たなる象形拳、肉便器拳としてね!」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇ!!何、聞き捨てならない事を言ってんのよ!何よその、肉便器拳ってのは⁉︎」
「ショクシュ子ちゃん専用の肉便器拳だよ♪」
「あんた本当に狂ってるんじゃないの⁉︎要らないわよ、そんな訳の分からない専用の象形拳なんか!」
「でも私、肉便器拳で最強になるから!それならショクシュ子ちゃんと共に、歩む事が出来るでしょ?」
「前言撤回!あんたキモい!ウザい!近寄るな!このドMのド変態が!」
見誤った詡王のド変態っぷりにドン引きのショクシュ子は、逃げる様にして五万人が待ち受ける滑走路へと飛び降りた。
「私が求めるのは最強への道、ただ一つ!ド変態はお呼びじゃないのよ!」
そう言うとショクシュ子は右手の手刀を聖剣ショクシュカリバーへと変化。
そして全身に纏う神々しいオーラが、見事なまでの甲冑と化する。
そして滑走路に降り立った女騎士が、五万人の猛者達に単騎で斬り込んだ。
聖剣ショクシュカリバーによる横一閃の斬撃。
一度に十人もの猛者達を斬りつけるがダメージは無い。
しかし、斬り込まれた十人は、一斉に急所を抑えてへたり込み、その場で痙攣しながら泡を吹く。
触手耐性の無い者の、哀れな末路であった。
そんな単騎で斬り込むショクシュ子に続けと言わんばかりに華や裴多、李羅達も参戦。
そして一人取り残された詡王は、目を潤ませながら呟くのであった。
「私…ショクシュ子ちゃんと出会えて本当に良かった!言葉責めとか放置プレイとか、もう…本当に私が喜ぶ事しか、してくれないんだもん!だから私も応えるわ、究極の肉便器拳の使い手としてね!そう、ショクシュ子ちゃんが汚物を見る様な目で蔑む様な、立派な肉便器拳の使い手になるんだから!」
屈折した決意を新たに、詡王もまた滑走路に飛び降りて、ショクシュ子達の後に続くのであった。
後に世界をまたにかけて活躍する、女武者修行集団『触手の輪』。その旗揚げは取り囲む五万人もの猛者達を、僅か36名にて撃破するところから始まった。
触手によって繋がった女格闘家達が集う、最強の武者修行集団、それが触手の輪。
メンバーは女騎士拳の使い手である岸ショクシュ子を中心とし、四天王となる鶴々拳が使い手、鶴 裴多…熊猫拳が使い手、熊 李羅…花蟷螂拳が使い手、拝 華…そして肉便器拳が開祖の、王 詡王。
世界屈指の実力者に成長した裴多、李羅、華、詡王の支えによって、触手の輪は最強の武者修行集団として、世界にその名を轟かせる事になるのだった。
最終章 完




