第53話 闘争と逃走
あり得ない。それがオークの思考だった。
女騎士がオークを滅する?それは自然界ではあってはならない不条理。
当然のことながら、女騎士とはオークに凌辱される為の存在であり、オークとは女騎士を凌辱する為の存在である。
その世界の理であり不文律を根底から覆す、ショクシュ子の作り上げた女騎士拳。
まさに神をも恐れぬ所業と言えよう。
しかし、その恐るべき象形拳によって自我の崩壊を目前に迫ったオークにとっては、悠長な事は言ってられない。
詡王の自我が完全に覚醒する前に、勝負を決めなければならないのだ。
そして防御も回避もままならない現状では、前に出るしか無い。
なりふり構わず女騎士と化した岸ショクシュ子に、猛然と襲い掛かるオーク。
しかし、その攻撃は全ていなされ、聖剣ショクシュカリバーによって反撃を喰らう。
詡王の自我が触手渇望症によって更に胎動を始め、それに比例してオークの崩壊が勢いを増す。
攻撃も防御も勝ち目が無い。だが、負ける訳にはいかない。
オークとしての本能が、雄叫びとなってショクシュ子に襲い掛かる。
「ブヒヒヒヒィィィィィ!!!」
オークの咆哮とも言える雄叫び。それを聞いた女騎士は、凌辱願望に屈してその場にへたり込む。
それが自然の成り行き。
完全なる女騎士と化したショクシュ子も、その場にへたり込む…筈ではあったが、携えているのは聖剣ショクシュカリバー。
その聖なる力によって、雄叫びに屈する事は無かった。
それどころか、咆哮をも斬撃にて断ち切るしまつ。
あり得ない程の女騎士の戦闘力に、後ずさるオーク。凌辱するどころか、存在を消滅させられる危機に瀕している。
…オークは万策尽きた。いや、残された手段は一つだけ存在した。
迫り来る女騎士を相手に、攻撃も防御も勝てぬのならば…そう、逃げればいいのだ。
対峙するショクシュ子から踵を返し、脱兎の如く逃げ出すオーク。
まさかのオークの逃亡に、ショクシュ子は唖然として追撃の手を止める。
あれ程の脅威を感じたオーク拳。それがまさかの逃亡によっての決着とは、ショクシュ子としては不満が残る闘いであった。
後味の悪い勝利に歓喜することも無く、臨戦態勢を解こうとした、その時…ショクシュ子は自身の詰めの甘さを呪うことになる。
普通に考えれば、オークが女騎士から逃げ出すなんてことは有り得ないのだ。凌辱対象である女騎士からの逃亡など、オークの理性が許さないからだ。
しかし、オークは逃げ出した。それはオーク化の崩壊が進むことによって、オークの理性をも崩壊し始めたからの結果である。
そしてそれによって、新たなる局面を迎えることになる。
オークの逃げ出したその先には出口では無く、乱入者である華や裴多、李羅達が立ち尽くしていた。
それを見て、オークの真意に気が付いたショクシュ子は、咄嗟に叫んでオークの目論見を阻止しようとする。
「ダメッ!逃げて!!」
叫びながらオークを追いかけるショクシュ子。しかし、その声が届いても、オークの目論見が阻止される事は無かった。
女騎士から逃げ出すオークが、苦し紛れに勝てそうな敵を巻き添えにする。
そう見えてしまう程に、オークは満身創痍だった。
だからこそショクシュ子の声が届いても、逃げ出す者は一人として居なかったのだ。
「女騎士から逃げ出して、私達なら勝てるとでも思ったのか?舐めるなっ!手負いのオークに後れを取る程、私達はヤワじゃ無いわよ!」
迫り来るオークに攻撃を仕掛ける華と、それに呼応する様に、裴多達も攻撃を繰り出した。
修行によって得た最高の攻撃力を誇る奥義が、オークの全身に炸裂…してしまったのだ!
「「「「「奥義!!」」」」」
龍昇拳の奥義が顎に、河馬拳の奥義が指に、赤蠍拳の奥義が頚椎に、飛燕拳の奥義が足首に、熊猫拳の奥義が胸部に、鷹爪拳の奥義が全身の経絡秘孔に、黒兎拳の奥義が顔面に、馬脚拳の奥義が鳩尾に、花蟷螂拳の奥義が首筋に、蛇毒拳の奥義が急所に…。
見事なまでの奥義の数々。一撃必殺とも呼ぶべき、最高の奥義であった。
だからこそ、ショクシュ子は歯噛みする。これがオークの望むべき、結果であったのだから。
オークの全身に常軌を逸した激痛が迸る。
そう、ドM属性を持つ詡王の精神に、御褒美と言える程の最高の激痛が迸ったのだ。
詡王の自我は一瞬にして覚醒した。しかし、その覚醒は触手渇望症による覚醒では無い。ドM属性による、最高の快感によっての覚醒なのであった。
詡王の急所から溢れ出す体液を見て、華達も自分達がしでかした悪手に、今更ながらに気が付いた。
目覚めさせてはいけない眠れる獅子を…いや、眠れるドMを目覚めさせてしまったのだと言うことを。
触手渇望症を発症した者は、触手無しでは生きられなくなるとさえ言われている。
それ程までに、触手とは魅力的なものなのだから、仕方の無いことと言えよう。
しかし、そんな触手渇望症を発症した者が、思わぬ形で克服することになる。それが詡王の持つ、ドM属性であった。
詡王は触手渇望症を発症しながらも、最高の激痛を最高の快感へと変換し、触手による快感を凌駕。
まさかの力技で、触手渇望症を払拭する事に成功したのだった。
全身に漲る激痛と言う名の快感。これにより詡王は自我を覚醒。
しかし、それだけでは無い。本来であれば相反する筈のオークの自我すら、覚醒したままなのだ。
詡王とオークの自我。両立することの無い二つの自我が、最高の快感と最高の女騎士への凌辱衝動、これによって一つの自我として完全なる融合を果たした。
崩れかけていたオーク化が、再び禍々しいオーラによって再構築。それも今までよりも、更なる進化を遂げて、巨大なるオークへと変貌を遂げた。
「ショ〜クシュ〜ゴヂャァァァ〜ン…リョオォォォォジョグ〜ジマジョォォォォ〜!」
雄叫びを挙げることしか出来なかったオークが、ショクシュ子へと呼びかける。
醜悪なる、卑下たる笑みを浮かべながら。
天才達との出会いによって覚醒昇華したショクシュ子達ではあったが、詡王もまた同じ天才なのである。
天才達による攻撃によって、詡王もオーク拳を新たなる高みへと覚醒昇華を成功させた。
目覚めさせてはいけない、最強のモンスター。それが目覚めてしまった…。
女騎士拳vsオークキング拳。
岸ショクシュ子と王 詡王による闘いは、遂に最終局面へとむかうのであった。




