第48話 あっちゃん
「奥義!荒冴昇龍!」
龍昇拳が使い手、龍 籠徳が相手の懐に潜り込むと、そのまま天を穿つが如く、顎に向かって一直線に回転突きを繰り出した。
荒ぶる龍が天に昇る姿を思わせる、その一撃は車のサイドミラーを粉砕する程の威力で顎に命中。
象形拳48のメンバーは竜巻に巻き込まれた様に、勢い良く回転しながら吹き飛ばされるのであった。
「奥義!覆躱忌飛出耳!」
黒兎拳が使い手、兎 瀬杵が両の掌を耳に見たてて、相手の視界を覆う。
視界を覆われ反射的にそれを避けた顔に、瀬杵の得意とする飛び膝蹴りが顔面に炸裂。
アイドルである象形拳48のメンバーは、生命とも言える顔を歪めながら吹き飛ばされるのであった。
「奥義!助手撃蠍!」
赤蠍拳が使い手、蠍 型芽は三本目の手と思わせる、スコーピオンキックを用いて敵を翻弄。
両手で相手の両手を塞げば、上半身の手数が多い方に軍配は上がる。
両手を塞がれ、あり得ぬ方向から襲いかかるスコーピオンキック。
対峙しながら相手の後ろから頚椎を攻撃されては、防ぎ様の無い攻撃と言えよう。
毒の尻尾に攻撃されたが如く、頚椎に蹴りが入るとそのまま卒倒。
当て身の要領で戦闘不能へと、追いやるのであった。
「奥義!爆乳圧殺悶死昇天撃!」
牛挟拳が使い手、牛 智置の持つ聳え立つ二つの山が、相手を容赦無く挟み込む。
男を相手に無敗を誇る牛挟拳であるが、相手が女であってもその威力は凄まじかった。
挟み込まれた象形拳48のメンバーは、安らかなる顔にて昇天。
それを見た他のメンバーも己の意思とは裏腹に、谷間へと吸い寄せられる様に顔をうずめていくのであった。
他にも後ろ蹴りを得意とする馬脚拳が、防御に特化した亀甲拳が、遠吠えによる威圧から敵を翻弄する吠狼拳が、アル中の予測不可能な動きから攻撃と回避を繰り返す酔八仙拳の使い手が、象形拳48のメンバーをことごとく撃破。
数の差を物ともしない天才格闘家達による快進撃が、とどまることを知らずに象形拳48のメンバーを打ち倒して行く。
それを見ているファン達は唖然としていた。
てっきりサプライズのイベントかと思いきや、蓋を開けてみたら乱入者達との本気での激しいバトル。
しかも主役である筈の象形拳48が、敗色濃厚の防戦一方。
何とか対等に渡り合えていたのが田魯と糜路の二人であったが、糜路は裸のロリの絞め技によって撃破されるしまつ。
乱入者と渡り合えるのは、センターの金 田魯のみという有様。
もしも田魯まで撃破されては象形拳48は総崩れとなり、象形拳48ドームの杮落としが乱入者達に敗北するという、不名誉なる結果で幕を下ろすことになる。
劣勢の中、李羅と対峙する田魯は激しく憎悪の炎を燃やす。
「散々、私の人生をメチャクチャにしておいて…それでも飽き足らず、今度は象形拳48までメチャクチャにしてくれるとはね!貴様は悪魔かっ⁉︎」
「…ああ、クマだ」
田魯の憤慨に、李羅は秀逸なるダジャレにて対応。
勿論、それは火にガソリンを注ぐ結果となるのだった。
顔を真っ赤にした田魯の右手が鉞化し、李羅に向かって襲い掛かる。
それはかつて熊掌拳の使い手であった者には、あり得ない動きであった。
鉞を巧みに躱し、得意の発勁によるカウンターを打ち込もうとするが、李羅の本能が激しく警鐘を鳴らす。
本能に従いカウンターを直前で止めると、それが功を奏して李羅は紙一重で田魯の攻撃を回避。
田魯は李羅のカウンターを読み、カウンターにカウンターを合わせる、カウンター返しを狙っていたのだ。
「熊掌拳のカウンター攻撃をカウンター返しで対応…それに、その鉞化した腕。対熊掌拳用に特化した象形拳と言ったところか?」
李羅の推測に田魯はニヤリと笑みを浮かべて答えた。
「その通り!これは憎っくき熊掌拳と貴様を屠り去る為だけに開発された象形拳、鉞拳なり!新たなる象形拳が触手拳やオーク拳だけだと思ったら大間違い!熊掌拳に対してだけ絶大なる威力を発揮する、憎悪から生まれた呪われた象形拳、それが鉞拳!」
「なるほど。私が道場を辞めた後、熊掌道場に一人で殴り込みをかけて、僅か半刻で半壊させた象形拳の使い手が居たそうだが…それが貴方だって訳ね」
「ほう…詳しいじゃないか。だが、これも知ってるか?お前は触手拳に敗れて道場を追い出されたと思ってるかも知れないが、本当は私が出向くことを知った門下生が、お前を逃がす為に道場を追い出したことをな!」
「ふざけるな!そんな訳が…」
李羅はそこで言葉を詰まる。確かに自分が道場を追い出される時、門下生達の態度はおかしかった。
あからさまに戻って来るなとか…戻って来るなら真の強さを手に入れてからとか、李羅を道場から追い出すよりも、避難させる様に遠ざけていた。
李羅が道場を追い出されてから、暫くして道場が半壊した事を知る。
自分を追い出したバチが当たったと、深く考えてはいなかった李羅だったが…もし、対熊掌拳用の象形拳を携えた者が、道場に来訪する事を知っていたら、門下生達はどうするだろうか?
怠けていて鍛錬不足。その上、触手拳に敗れて間も無い。
道場の最後の切り札が、勝てる状態でないのは明白。ならば闘わせぬ為に、追い出す形で逃がした可能性だってあるのだ。
その考えに至った李羅の表情を見て、田魯は不敵な笑みを浮かべる。
「フハハハハ!やっと気付いたのか、この愚か者は⁉︎いいか、私がピンクの象にスカウトされた時、出した条件は一つ!恨みある熊掌拳の壊滅だ!だがそれを良しとしないピンクの象は拒否。仕方ないので実力を示すのと同時に、道場を壊滅させようと私が出向いたって訳よ。それを知った門下生があんたを追い出し、身代わりになって道場諸共半壊したのが真相よ!今では鉞拳の支配下となり、熊掌道場の門下生は奴隷の様にこき使ってあげてるわ!」
田魯の嬉々とする笑い声を聞いて、李羅はハッと思い出す。
「そうか、思い出したぞ…貴様は…」
「やっと思い出したか⁉︎」
「前○敦○?」
「違う!」
「いや…そうだ、熊掌拳に器械武術を取り入れんとして追い出された、オカッパデブの金 田魯!」
「そうだ!そのオカッパデブの…って、誰がオカッパデブだ!」
「熊掌拳は素手により最強の破壊力を追求する象形拳。それを破壊力の追求のみにとらわれ、武器を使った器械武術など取り入れようと発言する愚か者が…聞き分けが無いから確か、決闘で決着つけたのだったな?」
「そうよ!普通に闘ったら私に分が悪いから、相撲で決着をって話だったのに…あんたの容赦ない突き飛ばしで、私は遥か彼方に吹き飛ばされたのよ!」
「そうそう、思い出した。何やら偉そうに御託を並べてたから、有無を言わさず突き飛ばしたんだった。そして星になったのだったな?」
「ええ、あんたのお陰で青空に笑顔でキメッよ!そのあと、私がどんな目にあったか分かってるの⁉︎」
「いや、知らん。知りたくも無い。どうせ勝手な逆恨みだろう?」
「あんたのせいで無一文のまま夜の街に出て働く様になり、裏社会の…」
「知りたくも無いと言っただろう?そんな事はどうでもいい。私が興味あるのは不甲斐ない私を信じてくれた、熊掌道場の門下生達の…想いを汲む事だ!」
李羅の纏う殺気が膨れ上がる。
自身が追い出されたと思っていた道場の門下生達が、自分の事を想って…そして信じて託してくれていたのだ。この鉞拳を撃破する事を。
その想いに報わんと李羅は身構える。
対峙する田魯も身構える。
この日の為に対熊掌拳用に特化した象形拳、鉞拳の構えによって。
一触即発の二人。先に動いたのは李羅であった。
修行により、瞬発力は全盛期よりも増している。一気に間合いを詰め、必殺の奥義を繰り出した。
「奥義!白威☆熊!」
白熊をも一撃で屠る、胸部への諸手の掌底打ち。
発勁の力を用いて破壊力は更に増す。
しかし、そんな熊掌拳が奥義を、田魯の鉞拳が弾いて無効化。
「奥義!鉞闘包!」
田魯が全身に闘気を纏い、熊掌拳を完全に無効化する奥義で対応。
李羅の繰り出す奥義はなすすべ無く、その全てを不発に終わらせるのであった。
攻撃が駄目なら防御だと、李羅は防御に特化した奥義に切り替える。
「奥義!後闘☆熊!」
カウンター狙いの完全なる迎撃態勢。しかし、この奥義も田魯の前では無力化するのであった。
「奥義!斧!」
対熊掌拳用に特化した象形拳とは、伊達では無かった。田魯は李羅のカウンターにカウンターを合わせて奥義を無効化。
これで熊掌拳の奥義の全てを攻略した事になる。
防戦一方の象形拳48。その中で、センターを務める田魯だけが善戦。
象形拳48ドームに集まったファン達も、自ずと田魯の動きに注目する。
他のメンバーも田魯の善戦に続けとばかりに、必死で劣勢を盛り返してきた。
観客席から田魯への声援が飛び交い始め、いつしか会場は田魯コール一色に。
大声援を受けながら、田魯は我が物顔で勝利を確信した。
「どうだ、この大声援は⁉︎これが私と怠けることしか能の無いバカ熊との差だ!人気、実力、共に私の足元にも及ばないことが立証されたな!さあ、今こそ我が遺恨を晴らす時が来た!貴様を討ち取り、全てを清算してくれるわ!」
アウェイだけに李羅にとっては会場の全てが敵である。
逆にファンに囲まれた田魯にとっては、会場の全てが自分の味方となる。
大声援の後押しと共に、鉞拳の必殺の奥義が繰り出されるのであった。
「奥義!飛翔蹴飛!」
田魯に蹴り飛ばされた李羅を、鋭利なる鉞が襲い掛かる。
そして鉞は…容赦無く一刀両断。
その直後、会場から今まで以上の大声援が、送られるのであった。




