第47話 薄ら笑い
不毛なる大地。
ぺんぺん草一本、生えていない不毛なる大地。
だが、よく見ると一輪の花が咲いている。
まだ、小さな蕾だと言うのに、ピンクの蕾は愛らしい姿で咲き誇る。
その儚くも力強く咲き誇る蕾を前に、思わず手を伸ばしてしまうのは、自然の成り行きと言えよう。
無防備にも蕾に手を差し出してしまった糜路。
我に返った時、腕と首に華の鎌化した両脚が絡みついていた。
三角締めの要領で完全に華の脚が、糜路の首に食い込んでいる。
脚が細く絞め技に用いるにはもってこいの華の脚。それが一瞬にして首に食い込み、意識を即座に刈り取るのであった。
鎌による攻撃は、斬撃のみにあらず。
本来、鎌とは刈り取る為のもの。
故に、華は意識を刈り取る為の絞め技として、蟷螂拳の鎌を用いたのだった。
華は武道着を切り刻まれる事をあえて利用し、弱点である筈の急所をさらけ出すことにした。
それは触れる物全てを切り刻む…愛を知らぬ頃の華では、考えられない行為であった。
己の弱さを知られたく無い一心で、人との交流を避け、近づく者は全て敵と見なして切り刻む、そんな弱さを隠し続けていた華。
それが今ではあえて弱点である急所をさらけ出すのだから、変われば変わるものである。
格闘家には相手の急所を目掛けて攻撃する習性がある。それを利用した象形拳が鴨葱拳。
ウィークポイントに攻撃を誘い、相手の攻撃を自分の思うがままに誘導。
そしていつの間にか、自分たちにとって有利な状況へと追い込むのだ。
修行中の華は自分とは対象的な鴨葱拳から、蟷螂拳では学ぶことの無かった事を学び、蟷螂拳を覚醒昇華させたのだ。
己の弱点を晒して敵を誘い込み、一瞬にして鎌によって締め上げ、意識を刈り取る。
これこそ、華が覚醒昇華させた新たなる象形拳、花蟷螂拳が奥義「秘恥締め」である。
己の弱さを知り、孤独との決別によって人としても格闘家としても成長した華。
防刃武道着と詡王へのリンチで強くなったと勘違いしている糜路とは、まさに正反対であった。
そんな防刃武道着を、倒れている糜路から戦利品とばかりに拝借して着込む華。
「無抵抗のオークへのリンチと、こんな服を着るだけで強くなれるなら、世話無いわよ」
気を失っている糜路に吐き捨てるも、その声は届く事は無かった。
◆
大乱闘の会場を、モニター越しに見ているのは、控え室で出番を待っていた詡王である。
この数ヶ月、毎日の様にリンチを繰り返して来た連中の、その中心人物である糜路の敗北。
それを目の当たりにしても、詡王は微動だにしなかった。
虚ろな目で笑みを浮かべる詡王にとって、糜路の敗北など眼中には無い。
この数ヶ月間、リンチによって溜めに溜めまくった傷と疲労とストレス。
その蓄積された負のエネルギーは、一人の獲物を目撃するやいなや、一瞬にして快楽物質へと変貌。
眠っていたドM属性が凄まじい勢いで息吹を上げるのであった。
岸ショクシュ子という最上級の獲物を捕捉した時点で、詡王の頭の中にはショクシュ子への凌辱衝動のみに埋め尽くされていた。
今更、愛の無いリンチしか能の無い連中の事など、どうでもいいのだ。
ただ、自分の元に駆け付けて来る獲物のみが、自身の興味の対象なのだから。
「ショクシュ子ちゃん…」
再び笑みを浮かべる詡王。
しかし、その笑みは今までのイジメられっ子が持つ特有の『にへら笑い』などでは無く、凌辱者が持つ特有の『薄ら笑い』なのであった。




