第43話 にへら笑い
ショクシュ子と34名の猛者達が対峙している。
触手拳を新たなる高みへと覚醒昇華させたショクシュ子の、完全復活を確認する為の組手が、今まさに始まろうとしているのだ。
34名の猛者達はこの数カ月の間に飛躍的に強くなった。
同じ天才達が一堂に会して修行を積んだのだ。強くならない訳が無い。
そんな34名を相手にショクシュ子一人で立ち向かうのは、些か無謀と思えるかも知れない。
しかし、34名の猛者達の中で無謀だと判断する者や油断する者など、誰一人としていなかった。
何故ならば目の前に居るのは紛うこと無き、天賦の才を持つ岸ショクシュ子。
触手拳を新たなる高みへと覚醒昇華させたのが事実だとすれば、34名では足りないぐらいだと認識していた。
このメンバーの中で唯一攻撃を受けた事のある華が、冷や汗を垂らしながら対峙。
あの日から一週間が経ち、ショクシュ子が新たなる力を完全に自分の物としているのなら、あの時よりも更に威力が増しているはず。
想像だに出来ない程の大量の体液の放出。
それを思うだけで、急所から大量の冷や汗を垂れ流すのであった。
張り詰めた空気の中、示し合わせた様に34名が一斉にショクシュ子に襲い掛かる。
そして34名の合間を、一陣の風が通り抜ける。
ショクシュ子の後ろに34名の猛者達。そして一斉にその場にへたり込む。
抑えることの出来ない全身の痙攣と、地面に広がる大量の体液。
「ば、馬鹿な…あり得ない!なんだこの象形拳は⁉︎いや、何故…何故、この象形拳なのだ!」
驚愕する裴多にショクシュ子は言葉少なく「ケジメ」だと答えた。
◆
ショクシュ子達が長きに渡る修行を終えた頃、象形拳48もまた新たなるステージへと到達していた。
その日のコンサートも無事、終了した。
連日、満員御礼でメンバーが楽屋に戻っても、アンコールの声が鳴り止まない。
象形拳48のメンバーは売れっ子アイドルとして着実にファンを増やし、その名を中国全土に広めて行った。
その人気と比例して、悪役の座を不動の物にしたのが、隅っこでボロボロになっている詡王であった。
毎日の様にオーク化しては演武と言う名のリンチを受けて、観客からは大喝采。
そして楽屋に戻ってもメンバーからイジメを受けて、スタッフから大喝采。
そんな自分のポジションを確立した詡王は、ボロボロになりながらも、卑屈な笑みを浮かべていた。
イジメられっ子が持つ特有の卑屈な笑み。
それは見るもの全てを不快にさせる、にへら笑い。
まるで更にイジメてくれと言わんばかりの笑みであった。
今日もまた、楽屋に戻ったメンバーから詡王へのイジメが始まるかと思いきや、プロデューサーの登場でメンバー全員が畏る。
プロデューサーが簡単に挨拶を済ませると、メンバーの前で重大発表を始めた。
遂に象形拳48ドームが完成。
そして杮落としと、その後の北京オリンピックのセレモニー参加やワールドツアーなど、アイドルとしては破格の待遇が予定されているのだと説明。
メンバー全員が歓喜の声を挙げた。人生の勝ち組が決定した様なものなのだから、喜ぶのも無理はない。
中国のアイドルとして売れると言うことは、枕営業が待ち受けている訳だが、お金持ちになる為なら、その様なことは屁でもない。
それどころか、枕営業により権力者との深い繋がりが持てるのだ。喜ばない訳が無い。
そんな歓喜のメンバー達の中で、一人喜びを分かち合えていない者がいた。勿論、詡王である。
象形拳48が落ち目になれば、リンチをされるだけのこの役も、いい加減に降ろされて自由の身になるとばかり考えていた詡王。
にも拘らず、これからドンドン売れるとなれば、解放されるのはいつになるやらと落胆するのも無理はない。
場の空気が悪くなる様に落胆する詡王を、後ろから蹴り上げるメンバー。そしていつも通りに、にへら笑いで謝る詡王。
そんな詡王を見て、枕営業に期待して笑みを浮かべてんじゃねぇと、更に追い打ちの蹴りが見舞われる。
目に涙を浮かべながら、にへら笑いをしている詡王が、枕営業なんぞ望んでいるわけが無い。
しかし、適当な理由を付けてでも詡王を蹴り飛ばさないと気が済まないのか、その後も執拗なまでに蹴りが飛び続けるのであった。