第42話 覚醒昇華
「元々、アイドルグループを作って象形拳の宣伝に活用する計画はあったのよ」
と、話すのはショクシュ子と組手を繰り広げる裴多。
相変わらずの神速の組手だが、ショクシュ子もそれに対応して必死で捌き切る。
裴多と違って喋る余裕も無いので、一方的に裴多が喋っていた。
「私と李羅ちゃんと華ちゃんを、三人の天才格闘少女として祭り上げて、アイドル化するのが当初の目的。でも、私達三人はそんなのに興味は無かったからね。私はチャラチャラしたアイドルなんて興味無いし、李羅ちゃんは怠け者だし、華ちゃんは嫌われ者だし。それで頓挫した計画がこんな形でスタートしたのよ。負け犬である私達と決別して、そのイメージを払拭する代わりに作られたのが、象形拳48って…こと!」
言い終わると、裴多の前蹴りがショクシュ子の急所にて寸止め。
触手拳を使えなくなったショクシュ子は、裴多を相手に為す術も無く、翻弄されるだけの組手となっていた。
へたり込むショクシュ子。そこでやっと裴多に質問が出来た。
「象形拳48の事は分かったけど…詡王ちゃんの処遇はどう言うこと?」
「詳しくは分からないけど、父親の倉韋ってのは悪名高い男で有名よ?ピンクの象の本部乱闘事件は未だに語り草だし。オーク拳と仲良く手を取り合って、お互いにお金儲けするとは到底思えないわよね。多分だけど、父親がお金をせびって、そのツケを娘が支払わされてるんじゃないかしら?まあ、今日にも戻ってくる飛萬ちゃんの報告を聞けば、詳細は分かると思うけどね」
そう言って、今度は他の者と組手を始める裴多。
ショクシュ子はその場で大の字に倒れて休憩。体力は完全に回復したものの、やはり思うところあって修行に身が入らない。
触手拳を使えなくなったことだけでは無く、オーク拳の使い手である詡王が、この様な処遇であることにも不満があるのだ。
モヤモヤとした思いがショクシュ子の中で渦巻くが、なんの解決にもならない。
そんなヤル気が出ないまま、夕方になった。
そして帰還した飛萬からの詳細を受けて、裴多の推測通りだと判明。
ショクシュ子は益々、詡王の処遇に不満を募らせる。
それを見ていたメンバーの一人が、面白くなさそうにショクシュ子を睨んでいた。
◆
翌日の昼休みを終えて、いざ修行に励もうかとするショクシュ子に話しかける者がいた。
蟷螂拳の使い手、拝 華である。
華は特訓をするから着いてこいと、半ば強引にショクシュ子を連れ出すのであった。
華とショクシュ子、二人は何も言わずに山奥へと向かい、中腹にある原っぱへと辿り着いた。
「…それで、特訓って何をするのよ?」
華の態度に不信を抱きながらも、ショクシュ子は特訓の内容を問い質す。
「その前にショクシュ子…あんた、本当に触手拳を使えなくなったのか?」
「前に言った通りよ。私はもう、二度と触手拳を使えないわ。全身の触手化が出来なくなった以上、触手拳の使い手とは言い難いからね」
「それで?諦めたお前は今後どうするのだ?」
「どうもしないわよ。修行して強くなることしか私には残されてないし、ここで皆と修行に励むしか…」
「お前は本当に触手拳無くして、強くなれると思っているのか?あの見事なまでの触手捌きの使い手が、本当に触手無しで強くなれるとでも?」
「そんな事、私だって分かってるわよ!でもね、そうは言っても触手拳が使えなくなったんだから、仕方がないじゃない!」
「私は断言する。お前は触手拳を無くして強くなんか、なれる訳がないとな」
「だからなんだって言うのよ!そうやって現実を突き付けて何が楽しいのよ!」
「…触手拳が使えないのなら、もうお前に価値は無い。己の弱さを嘆きながら…死ぬがいい!」
華のポケットに入れたままの手が僅かにぶれる。
大気を切り裂く見えない斬撃がショクシュ子に襲い掛かるが、触手拳を使えない今、回避するしか手立ては無い。
「ちょっ…いきなり…何を…」
死に物狂いで回避を続けるショクシュ子であったが、華は無言で鎌鼬を繰り出し続ける。
回避し続けたところ、後ろにある岩にぶつかり、自分が追い詰めらた事に気付いたショクシュ子。
逃げ道は無い。それを見据えて鎌鼬を繰り出し続けた華が、ゆっくりとショクシュ子に近づいて来る。
「私を倒した女が、見るも無残な姿ね。もういいわ、私の手で引導を渡して上げるから…そろそろ楽になりなさい」
ショクシュ子と距離を縮める華。漲らせている殺気は本物である。
言葉による説得は皆無。逃げ場も無い。目の前の殺気に満ち溢れた華を倒すしか、生き残る術は無い。
ショクシュ子の額に汗が滲み出る。
修行では得ることの出来ない、殺気を漲らせた死闘によってのみ、覚醒する生存本能。
それがショクシュ子の中で激しく燃え滾る。
生への執着と敗北への嫌悪から…ショクシュ子は今までにない構えをとって見せた。
対峙する二人。
蟷螂拳の構えを取る華と、初めて見せた構えを取るショクシュ子。
一触即発の二人が同時に前に出た。
一瞬の交差の末に待ち受けていたのは、背を向けながら立ち尽くす二人。
交錯する刹那、華の斬撃を全身に浴びたショクシュ子。
その身体からは無数の切り傷が浮かび上がると、勢い良く血飛沫が舞う。
対して華は無傷。全くの無傷。
決着はついた。
その場に華がへたり込むことによって、ショクシュ子の勝利となったのだった。
「な…一体何を…」
へたり込む華が驚愕する。
無傷でありながら、立ち上がることが出来ないのだ。
下半身がガクガクと痙攣して力が入らず、そして地面に広がる大量の体液。
紛うこと無き触手による攻撃。しかし、ショクシュ子は触手拳を使用してはいなかった。
触手拳では無い、別の象形拳によって華を戦闘不能へと追いやったのだ。
驚愕する華よりも驚いたのは他の誰でもない、ショクシュ子であった。
無我夢中で死中に活を見出したショクシュ子は、触手拳の更なる高みをここに覚醒。
そんなショクシュ子に笑顔を向ける華。
それを見て、やっと華の本意に気が付いた。
「あの…華ちゃん」
「ふんっ!だから言っただろう、触手拳無くして貴様は強くなれないとな!」
死中に活を見出させる為に、本気で襲い掛かってきた華。
その目論見は予想以上の結果を、生み出したのであった。
最強でありながら敗れた触手拳を、更なる高みへと覚醒昇華させたショクシュ子。
その手に残る感触に、新たなる触手の力を確信したショクシュ子は、オークに対抗し得る力を得たとも確信した。
一人で立ち上がれない華を背負いながらショクシュ子は下山。
「ねえ、華ちゃん」
「なによ」
「ありがとね」
「ふんっ!礼など要らん!腑抜けた貴様が無抵抗のままなら、そのまま八つ裂きにしたのだからな!」
「ねえ、華ちゃん」
「だからなに?」
「大好き♪」
「う、うるさい!茶化すな!」
顔を真っ赤に染める華。
あの日見た茜色の空よりも更に赤い夕日が、下山する二人を真っ赤に照らし出すのであった。