第41話 象形拳48
「…と、この様にCDの売り上げもさることながら、各流派の入門者数は推しメンの数に比例して増加の一途を辿り、各流派もこぞって象形拳48への門下生の輩出に励み、どの流派も前年度から10〜20%に増して入門者数を獲得しています。そして来月、完成予定の象形拳48ドームでの杮落としのコンサートも、前売りチケットは即日ソールドアウトと、ネットでは30倍の値で取り引きされてる模様です」
中国象形拳組合ピンクの象の本部で開かれている定例会議。その内容は好景気に湧く報告のみで埋め尽くされていた。
ピンクの象が象形拳の宣伝とお金儲けの為に企画したのが、各流派から選出された女子を集めて作り上げられたアイドルグループ「象形拳48」。
どこかで聞いた様なグループ名だが、中国人はそんな事は気にしない。
お金が儲かるかどうかこそ、一番気にしなければならない問題なのだから。
そして企画はものの見事に成功した。中国狂産党との太いパイプが、大きく影響したからだ。
狂産党への多額の賄賂によって得たバックアップは、僅か半年で人気アイドルグループを育て上げることに成功。
そこから派生して得られる収入が多額の賄賂をものともしない財源となり、今やピンクの象の屋台骨となっていた。
象形拳48ドーム。その不動の人気を象徴するが如くのドーム建設は急ピッチで行われ、突貫工事で作られたドームがついに完成の運びとなったのだ。
これにより、更なる収入が見込まれる事になる。ピンクの象は杮落としを絶対に成功させねばと、各方面へのアプローチに万全を喫した。
ネットによって世界中へと象形拳48のコンサートの模様を配信する計画に始まり、北京オリンピックの開会式セレモニーの出演、半年間に渡るワールドツアーにて、各国首脳を歓待。
3年先まで組まれた計画は、ピンクの象と象形拳48を世界に知らしめる為の、そしてお金儲けの為の壮大なる計画なのであった。
「さて、ここまで組まれた計画に異論は無いとは思うが…質問のあるものは挙手を」
理事長の発言にしばし沈黙が流れるが、一人の幹部が手を挙げた。
「あの、計画に異論はありませんが、例の豚の処遇について質問が。評判の悪さが相変わらずで、ピンクの象との繋がりに難色を示す者も多数居るかと思われます。このまま繋がりを維持するとなると、計画への弊害を齎す可能性も…」
「豚の処遇については今は保留。悪名が轟く事は懸念材料ではあるが、その為の子豚の投入であるだろう?子豚の方で何か問題があったのか?」
「いえ、当初より従順な姿勢を示しており、悪役である事にも不満を言わずに、その役に徹しています。しかし、あの倉韋が娘ともなれば用心に越したことは無いかと」
ここで言うところの豚とは倉韋の事であり、子豚は娘の詡王の事を指していた。
倉韋が触手拳を撃退した功績にと、ピンクの象は実権の無い名誉職である相談役の地位と、多額の報酬を支払っていた。
無法者の倉韋に対しては敵対関係はとらず、取り込むにしても内乱の火種とならない様、肩書きだけを与えて穏便に済ませる事にしたのだ。
酒と女とお金を与えられ、上機嫌の倉韋をそのまま堕落させる事によって、動きを封じるのが目的。
各流派の鼻つまみ者を一同に集めてオーク拳の門下生とし、形だけでも道場の体を成す。
これにより、全てが自分の思うがままになったと、倉韋は御満悦。
しかし、そのしわ寄せが娘の詡王へと、向けられているのであった…。
実際に触手拳を撃退した詡王は、何もしていない倉韋とは真逆に、酷い処遇の元にいた。
詡王はオーク拳の宣伝の為にと、ピンクの象からの申し出である、アイドルグループ象形拳48に加入。
倉韋は詡王をタダ働きさせて、自分が働かずに贅沢が出来る環境に御満悦。
父親に逆らえない詡王は、タダ働きとして象形拳48のメンバーの一員となったが、その環境は余りにも酷かった。
醜悪なるオークがミュージカル仕立ての演武にて、象形拳48のメンバー達に一方的に袋叩きにされるだけの役。
この何とも不条理な役に大抜擢されたのが、オーク拳が使い手、詡王である。
醜悪なるオークがアイドル達によって打ちのめされる。それをファンは大喝采。
完全なる悪役として定着した詡王は、毎回コンサートにて一方的な暴力を受けるだけの、やられ役となっていたのだ。
何を好きこのんで殴られるだけの役なんぞ、やらなければならないのか?
勿論、父である倉韋のせいである。
倉韋に逆らえない者達が、詡王で鬱憤を晴らすため、そして倉韋に支払ってる多額の出費の穴埋めにと、散々詡王をこき使っているのだ。
傍若無人の倉韋と、その尻拭いをする従順なる娘の詡王。その詡王の処遇に危惧したのが、ピンクの象の幹部。
しかし、そんな危惧も理事長の一言で、簡単に済まされるのであった。
「あの子豚、詡王だったか?あれは…ドMだろ?」
「はい、真性のドMです」
「なら大丈夫じゃね?」
「そうですね、ドMですし」
◆
ピンクの象の本部にて話題に挙げられていた詡王が、コンサート会場の控え室で膝を抱えて蹲って居た。
そんな詡王を邪魔臭そうに蹴り飛ばす、象形拳48のメンバー。
「そんなトコに居たら邪魔だろ、この糞豚野郎!」
「ご、ごめんなさい…」
何も悪い事をしていない詡王に、言いがかりをつけるメンバー。
それに逆らうことも無く、従順なる態度の詡王は部屋の隅へと移動。
しかし、移動した先でも他のメンバーに蹴り飛ばされ、邪魔者扱い。
再び別のトコに移動すると、ウロチョロするなと、再び別のメンバーに蹴り飛ばされる。
完全なるイジメである。
しかし、逆らうことは出来ない。
父である倉韋の尻拭いの為に、殆ど休み無く働かされている詡王は、イジメから逃げることも逆らうことも出来ずに、服従するだけの日々を送っていた。
悪名高い倉韋の娘であり、ピンクの象の鼻つまみ者。コンサートではヒールとしてメンバーに袋叩きされながらも無抵抗。
そして極め付けが常軌を逸した「イジメてオーラ」の存在。
詡王をイジメるなと言う方が無理な話である。
コレだけイジメを受けても、ドMだからと済まされる。しかし、当の詡王はドMだからと言って、今の処遇に満足している訳では無い。
それどころか不満を募らせている。
ドMだからこそ…いや、真性のドMだからこそ、この様なおざなりの苦痛に不満を覚えるのだ。
「ショクシュ子ちゃん…」
目に涙を浮かべて、かつての友の名を呟く詡王。
思い起こすのは二人で旅した4ヶ月。詡王の人生の中で、最も幸せだった時間である。
あの時の詡王は本当に幸せの絶頂であった。自分の様なド変態を友達と呼んでくれて、一緒に行動を共にしてくれたのだ。
時折、ツッコミと言う名の拳骨を喰らう度に急所が熱く滾り、ショクシュ子の全てを受け入れたいと、本気で願っていた。
それがどうだろうか?二人がついに一つとなる時、双頭の鶴による邪魔が入り、その願いは叶わず。
それだけでは無い。
父である倉韋が報酬とばかりに多額の金銭を得ると、その代わりにと詡王が無償で働かせられることになったのだ。
大して可愛くも無いアイドル達の、一方的な殴られ役としての毎日。仕事の後も、イジメによる体罰。
己の置かれた現状を鑑みて、思わず泣き出してしまった詡王。
そこにたまたま通りかかったスタッフが、泣きじゃくる詡王を目撃。
スタッフは後ろからそっと詡王に近寄り…そして、容赦無く蹴り飛ばす。
「うぜぇからそんなトコで泣いてんじゃねぇよ、この糞豚野郎が!」
四面楚歌に、泣く事も許されない詡王は必死で笑顔を取り繕って対応。
その笑顔に唾を吐きかけて、スタッフは去って行った。
ただ一人、その場に残された詡王は…再び己の置かれた状況に泣き出すのであった。
今日から最終話まで毎日22時に投稿変更します。
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