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第40話 敗者の末路、勝者の末路



 その日もショクシュ子を含む35名の猛者達が修行場にて、更なる高みを目指して鍛錬に励んでいた。



 そんな中、裴多とショクシュ子がウォーミングアップがてらにと、組手を繰り広げていた。


「ねえ、裴多ちゃん」


「なによ?」


「…本当に良かったの?」


「今更なにを…ここに居る全員が望んでココに居るのよ?誰も不満なんてあるわけ無いじゃない。ほら、無駄話してると舌を噛むわよ!」


 そう言うと、裴多はウォーミングアップの組手の速度を一段上げる。

 常人の目では追えぬ程の凄まじいスピード。それを触手拳が使えなくなったショクシュ子が、必死になって捌ききる。


「…でも…ほら…裴多ちゃんは…兎も角…他の人は…って、速すぎるよ裴多ちゃん!」


「まだまだ遅い!ほら、もっとスピードを上げるわよ!」


 ショクシュ子の話を遮る様に、裴多は容赦無く組手の速度を上げて行く。


 流石のショクシュ子も裴多の猛攻に、喋る暇無く必死に対応。


 無我夢中で組手を続けるが、ショクシュ子の首筋に裴多の前蹴りがピタリと止まり、組手は終了。


 その場にへたり込むショクシュ子であったが、組手は終わっても話はまだ終わってはいない。


「裴多ちゃん、誤魔化さないでよ!本当は私に恨みのある人だって居るんじゃないの⁉︎だって…破門になった人だって居るんでしょ?」


 ショクシュ子が詡王と共に連戦連勝し、それによって敗北したピンクの象を代表する面々。


 その殆どが日本人の、それもイロモノ象形拳である触手拳に敗れた事により、不遇の処置を受けたのであった。




 白鶴拳の裴多は責任を取って自ら白鶴拳を去り、怠けていた熊掌拳の李羅も道場から追い出される様に道場を辞めることに。


 他のメンバーも事情は異なるものの、ショクシュ子に敗れて道場を去ることになったのだ。



 そんな事情を聞かされて、それでも自分の為に尽くしてくれた猛者達に、ショクシュ子はどうしていいのか分からなかったのだ。

 恨むことはあっても、助けてくれる義理など無い筈なのだから…。


 申し訳なさそうにしているショクシュ子に、裴多は触手の素晴らしさに開眼したからだと、同じ説明で煙に巻こうとする。


 しかし、ショクシュ子はもう二度と触手拳を使えない。

 そう説明したのだが、誰も去ることも無く修行に明け暮れている。

 触手拳が使えなくなった今、もう解散してもいいとは思うのだが、一向に誰もここから去る者はいなかった。



 裴多に聞いても逃げる様に誤魔化すし、他のメンバーも同じ様に取り繕うだけ。

 皆の本心を知りたいだけなのだが、誰もが黙して語らない。


 そんな皆の態度に不満気なショクシュ子。その後ろから声を掛けたのが、熊掌拳の李羅であった。


「ショクシュ子ちゃん、手が空いてるなら食料調達、手伝ってよ」


 ここにいるメンバーは、皆が協力して自炊をしている。

 李羅は今日の食料調達の当番なので、一人暇そうにしているショクシュ子に声を掛けたのだ。


 誘われたショクシュ子は気晴らしにと、李羅と共に食料調達へと出かけるのであった。







 李羅と共に山中を歩きながら、ショクシュ子は不満を漏らす。

 皆が本心を打ち明けてくれないのは、どうしたものなのかと。


 そんなショクシュ子に、李羅は大きな溜息を吐くのであった。


「はぁ…本当にショクシュ子ちゃんは何て言うか…空気が読めないと言うか…天然と言うか…」


「ちょっと、それどう言う意味?」


「あのね、ショクシュ子ちゃん…ここの修行場、誰の為にあるか知ってる?」


「李羅ちゃんの為にあるんでしょ?ここは李羅ちゃん家の私有地だし」


「中国では個人の土地の売買は無いから、土地の所有者は全て国が…つまり狂産党の持ち物ってことなの。それを土地使用権って形で個人が使ってるんだけどね。そして今の使用権は私にあるの」


「へぇ〜私と同い年なのに土地の使用権とか持ってるなんて、本当は凄いお金持ちなの?」


「ううん、私が幼い頃に両親を無くしてね…それをそのまま私が受け継いだから、遺産として所持してただけなの」


「あ、ごめんなさい。なんか聞いちゃいけないことだったみたいね」


「気にしなくてイイよ、両親が亡くなったのはもう昔の事だから」


「お父さんとお母さん、両方亡くなったの?」


「うん。昔、熊を倒しに両親が山に登ってそのまま…」


「え?じゃあ、熊に返り討ちに…」


「ううん。熊は秒殺して倒したけど、その帰り道に毒キノコを食べて二人とも帰らぬ人に…」


「…そ、そう。それは御愁傷様ね」


「それでね、他界した両親が幼い私に残してくれたのが、この修行場って訳なの。幼い私が強くなる為にって、作ってくれたんだけど…それが両親の遺産となって、私が受け取ることになったのよね」


 李羅と両親にとっては、家族で共に修行する為の修行場であった筈。

 ショクシュ子も両親と共に道場破りの旅に出るまでは、家族で山籠りをしていたので、その気持ちは良く分かる。


 家族で過ごす筈の修行場。それがただ、娘に託すだけの遺産となったのだ。

 託された李羅にとっては家族との居場所では無く、一人で過ごすだけのつまらない場所へと成り果ててしまったのだ。


「一人で修行場に居ても仕方ないから、道場に住み込みで暮らしてたけど、道場に居るのは弱い連中ばかりでつまらないし、退屈してたところに触手拳の使い手が現れたのよ」


「そっかぁ…それであれだけヤル気が無かったのね」


「別に負けた言い訳をしてる訳じゃ無いけどね。ただ、負けた時に食べた蜂蜜の苦さが、私を変えるきっかけとなったのは事実。でも、ヤル気を出したのに道場からは追い出されるし、ここに帰ってきたら両親の残した修行場は荒れ放題。自分の不甲斐なさにもう一度泣き崩れたって訳よ」


 李羅は照れ臭そうに笑いながら自分の事を語り、更にこう続ける。


「そんな時に現れたのが、ショクシュ子ちゃん達を追いかけてる裴多ちゃんだったの。愛用のセーラープーン号に乗って、ショクシュ子ちゃんの情報を聞き出したら、すぐに後を追いかけて行ったのよ。その後は裴多ちゃんを中心に負け犬同盟が結成。でも、ショクシュ子ちゃんとは再戦するどころか、オーク拳に敗れて再起不能で私達の前に担ぎ込まれて、今に至るって訳よ」


「…ゴメンね、私が不甲斐無くて。再戦するどころかこうやって迷惑かけてさ。これで最強を目指してたんだから、ちゃんちゃら可笑しいわよね」


 自暴自棄に、自虐的になるショクシュ子に李羅はムッとする。


「これだけ説明しても、まだ分からないのか?」


「分からないって…何が?」


「ふう…いい、ショクシュ子ちゃん。私は…いや、私達はショクシュ子ちゃんに感謝しているのだ」


「はぁ?なんで今の話で感謝とかなるわけ?」


「今、説明したでしょ?この修行場は両親の残した場所であり、私はそれを荒れ放題にしてたって。そんな場所を皆で使える修行場に復活させて、今は名だたる猛者達が修行に明け暮れてるのよ?感謝しないわけが無いでしょうが!」


「それは分かるけど…でも、皆がここに残って修行をする理由にはならないでしょ?だって私、もう触手拳は使えないんだし」


「だ〜か〜ら〜…なんで分からないのかな、これだけ説明してるのに?」


「分からないわよ!なんで皆、いつまでもここに残ってるのよ!残る意味なんて無いじゃない!」


「これ以上言わせないでよ…」


「だから言ってくれなきゃ…」







「あ〜も〜…あのねぇ、ここに居る皆はね、ショクシュ子ちゃんの事が好きなの!大好きなの!好きな人の為に残ってるのに、理由なんか必要ないでしょうが!」


「……」


「まだ分からないの、皆の気持ちが?あれだけ皆でショクシュ子ちゃんを触手で責めても、まだ伝わらなかったの?嫌いな人にあれだけタップリ、ネップリ、ヌップリと触手で責める訳が無いでしょ?皆の気持ちがショクシュ子ちゃんに全く伝わってないから、誰もがヘソを曲げてるの!いちいち言わせないでよ、こんな事!」


「……」


「……」


「いや、ありえないでしょ?なんで皆が私を好きになるわけ?だって私は皆に敗北を与えた、むしろ嫌われる存在でしょ?」


「…そう思いたかったら好きにして。私は本心を言ったまでだから、どう受け止めるかはショクシュ子ちゃんの自由。ただ、嫌っているなんて思われたら心外だって話」


「…だって、私に負けて道場を追い出された人だって居るんだし」


「じゃあなに?敗者は勝者を憎むのが正しいって言うの?今まで繰り広げてきた死闘の数々は、恨みや憎しみしか残さなかったってわけ?」


 李羅の問いに答え倦ねるショクシュ子。


「死闘を繰り広げた者たちに恨みや憎しみしか残らないなら、誰もここには残らないわよ?触手拳は恨みと憎しみを撒き散らすだけの象形拳なの?それとも愛に満ち溢れた象形拳?」


 …何も言い返せないショクシュ子。李羅もそれ以上は、何も言わなかった。




 そうこうしているウチに目的の蜂の巣に到着。二人は襲い掛かる蜂を蹴散らかして、蜂蜜と蜂の子をゲット。


 採れたての蜂蜜を二人でつまみ食い。李羅は甘い蜂蜜に舌鼓。

 ショクシュ子も同じ蜂蜜を舐めるが、若干苦い蜂蜜であった。


「どうだ、ショクシュ子ちゃん?苦い蜂蜜もオツなものだろ?」


 今更ながらに気付かされた、触手拳の素晴らしさと皆の気持ちに、大粒の涙をこぼすショクシュ子。

 その蜂蜜のほろ苦さは、生涯忘れることはないだろう。







 敗北を通じて仲間意識を高めた35名の猛者達。

 世間から見たら負け犬達が群れを成して、お互いの傷を舐め合うだけの惨めな存在なのかも知れない。


 しかし、ここに集いし35名の猛者達には、一点の曇りもない眼差しがある。

 負け犬が持つには、あり得ない程の鋭い眼光。


 触手を通じて繋がった絆。それは誰にも断ち切ることの出来ない大いなる力となり、後に世界にその名を轟かせる事となるのであった。







 そんなある日のこと、修行場に一枚のチラシが舞い込んだ。最近結成したアイドルグループのコンサートの告知である。


「象形拳48?何よこれ?何処かで聞いた様なアイドルグループ名よね?」


 そう言いながら、つまらなそうにチラシを見るショクシュ子。


 それを否定するのはチラシを持ち込んだ蝙蝠拳の(バッ) 飛萬(トマン)

 諜報を得意とする象形拳であり、日本のくノ一に通じるものがある象形拳だ。


 その使い手である飛萬は、情報収集から帰ってくるやいなや、チラシをショクシュ子に見せたのだった。


「そこじゃ無くて、ここよ」


 指を差すのは、チラシの隅っこにあるミュージカルについて。

 歌って踊れて闘える、そんなコンセプトの象形拳48は、コンサートでミュージカル仕立ての演武を披露。

 それが人気を支える一つでもあった。


「へぇ〜ミュージカル仕立ての演武ねぇ?でもそれが…」


 ショクシュ子はそこで言葉を止めた。


 ミュージカルの出演者に名を連ねているのが、見覚えのある名前だったからである。





【醜悪なるオーク役:王 詡王】


 かつてのマネージャーであり、苦楽を共にした友達であり…触手拳を打ち破った、張本人の名が記されているのであった。



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