第37話 失われた触手拳
完全なる敗北であった。
最強の格闘技である筈の触手拳が、偉大なる両親によって育まれた触手拳が、娘であるショクシュ子の手によって、その覇道に終わりを告げる事に…。
生まれて初めての、まさかの敗北。
負けることなど微塵と考えずに、中国に渡ったショクシュ子。その精神的ダメージは、計り知れないものがあった。
触手拳と共に歩んで来たショクシュ子の人生、それはたった一度の敗北によって失う事となる。
触手拳が使い手、岸ショクシュ子はこの敗北によるショックから、二度と触手拳が使えなくなったのだ。
あれ程、愛してやまない触手拳を使えなくなる。
自分でも信じられない事であったが、目を背けることの出来ない現実。
ショクシュ子は敗走してからこれまでに、一度たりとも触手拳を使えずにいるのであった。
現実を受け入れたく無いショクシュ子は、必死で全身の触手化に挑む。
だが、どれだけ努力しても全身の触手化はなし得ない。
身体の一部なら何とか触手化は出来る。しかし、触手拳は全身の触手化によって成り立つ象形拳である。
一部を触手化させるだけなら、誰にでも出来る程度の事。触手拳の使い手を名乗るのであれば、全身の触手化が必須条件なのだ。
逆に言えば、全身の触手化が出来なくなった時点でショクシュ子は、触手拳の使い手では無くなったと言うことに。
触手拳が使えなくなった今、ショクシュ子は身体の一部を触手化しているタダの格闘家。
詡王へのリベンジなど、夢のまた夢。
それどころかショクシュ子は、いつこの部屋に詡王がやって来て、自分を凌辱するのではないかと怯えるしまつ。
…そんなショクシュ子のいる部屋にノックの音が。
ビクッと警戒し、音のするドアの方へと視線を向けるその姿は、かつてピンクの象の猛者たちを相手に、連戦連勝し続けたショクシュ子とは、掛け離れた姿であった。
敗北から10日が経過したにも拘らず、未だに何かに怯える様に部屋から一歩も出ないショクシュ子。
顔色もかなり悪い。回復の兆しも感じられない。
そんな状態のショクシュ子であったが、部屋に入って来た人物を見て、小さく安堵の溜息を漏らす。
部屋に入って来たのは食事を運んで来た裴多であった。
「どう?全身の触手化は何とかなりそう?」
裴多の質問に、暗い顔をするショクシュ子。
返事は聞かなくても、その顔を見れば一目瞭然。
敗北のショックから未だに立ち直れていないのは、誰の目にも明らかであった。
「まあ、焦ることは無いわ。ここなら誰も来ないしね。そんなに怯えなくても、完全復活まで面倒は見てあげるから」
「…ねぇ、裴多ちゃん」
「なによ?」
「なんで…私をこうまでして面倒見てくれるの?あの時、助けてくれたのもそう。裴多ちゃんが来てくれなかったら、私…」
「それは何度も言ったでしょ?私がリベンジ目的で必死であなた達の後を追跡してたら、あの場面に出くわしたんだって。私を打ち破った格闘家が惨めに体液を垂れ流しながら敗北するなんて、認めるわけには行かないのよ!」
裴多がショクシュ子を連れて逃走。その後は裴多の知り合いによる隠れ家を拠点に、今はショクシュ子の回復を待っているのだ。
触手拳が使えなくなったショクシュ子に、親身になって接する裴多。
ここまでしてくれる義理は無いであろうに。それでも献身的な介護を申し出る。
裴多は触手拳によって敗北を喫した。にも拘らず、何故かショクシュ子の為に尽力を厭わない。
それが不思議でならないショクシュ子なのであった。
生まれて初めて敗北を知ったショクシュ子。それでも同じ様に敗北した、裴多の気持ちがわからない。
何故、裴多は自分に敗北を与えたショクシュ子に対して、この様に優しく接する事が出来るのか?
触手拳が使えた頃のショクシュ子なら、気付いたかも知れない。
しかし、今のショクシュ子は触手拳の使い手では無い。故に気が付かないのだ。触手の本質と言うものを。
「…あんなに見事な触手責めをしておいて、今更忘れるなんて事、出来るわけが無いだろう!」
部屋を出てから、ショクシュ子に聞こえない様に呟く裴多。
そう、裴多はショクシュ子の触手責めによって、触手渇望症を発症していたのである。
リベンジなどでは無く、忘れられないショクシュ子の触手を追い求めての、4ヶ月間にも渡る追跡。
しかし、追いついたと思ったら、そこには凌辱目前のショクシュ子。思わず助けに入ったのだ。
こうしてショクシュ子の奪還と保護に至った訳だが、当のご本人が触手拳を使えなくなっているのでは話にならない。
触手渇望症を発症した裴多。
親身になってショクシュ子の、完全復活の手助けをすることになるのであった。