第32話 遅すぎた緊急対策会議
中国象形拳組合ピンクの象。
この日は本部にて、緊急対策会議が開かれていた。
集まった34の流派の代表者は、皆が一様に会議室の重たい空気に耐えかねている。
「全く…何たる不始末!」
理事長を務める蟷螂拳からの代表者、鎌 黄李は先程から幾度となく愚痴をこぼす。
蟷螂拳はピンクの象の流派にて最も門下生の数が多く、理事会での発言力が最も強い。
その為、必然的に理事長の座についていた。
そんな理事長に意見出来るのは、一部の役員だけである。
「しかし、どこの流派も隠蔽するのは仕方が無かったのかと、思いますぞ?蟷螂拳の華の敗北も組合には通達されてませんでしたしね」
理事長に意見するのは副理事長の鶴 瀬古。
門下生の数が2番目に多く、蟷螂拳に次いで発言力がある白鶴拳の代表者である。
ピンクの象の緊急対策会議。それはショクシュ子によるピンクの象への宣戦布告とも取れる、猛者達への決闘に対する遅過ぎる対応であった。
この4ヶ月、触手拳なるイロモノ象形拳がピンクの象に属する象形拳の、名だたる猛者達を次々と撃破していたのだ。
それも反日感情が高まる中国にて、日本人の少女が連戦連勝を重ねる…あってはならない失態である。
ピンクの象の看板娘として活躍していた三大天才格闘少女を皮切りに、数々の猛者達を撃破して来たショクシュ子。
その存在にピンクの象が気付いたのが、つい最近だと言うのだから笑えない。
そもそも4ヶ月もの間、ピンクの象の本部に情報が行き届かなかったのには理由がある。
一つは詡王の力を借りて、巧みに部外者を排除して決闘を行った事。
これによって、風評が拡がるのを最小限に抑える事に成功していたのだ。
そしてもう一つ、ピンクの象が一枚岩では無いことが原因であった。
34の流派を束ねるピンクの象。その中で発言力を持つのは門下生の数もさることながら、各流派の猛者の強さも発言力に影響を与える。
つまり、日本人のイロモノ象形拳である触手拳に、自分達の流派の猛者が敗北したことが広まれば、理事会での発言力に多大な影響を及ぼす事になるからだ。
門下生の数が最も多く、最強の使い手である華が在籍する蟷螂拳に至っては、華の敗北は何としてでも隠蔽するべき事件であった。
理事長の椅子に未練があれば、なおのこと隠蔽以外は考えられない。
そんな隠蔽体質がショクシュ子の快進撃を許す結果となったのだ。
4ヶ月もの時間が経ってから、徐々に日本人のイロモノ象形拳の使い手が連戦連勝をしていると噂が流れ始め、事件は発覚。
どの流派もショクシュ子の決闘が、自分達のところだけでは無かったのかと気付く訳だが、後の祭り。
緊急会議で情報を集めると、既に33の流派は時すでに遅く撃破され、残り一つの流派の確認を待っているところである。
そんな事務員からの報告待ちの会議室。空気は異常なまでに重い。
理事長も自身の進退がかかっているから、先程から愚痴が止まらない。
自分の流派の事は棚に上げて、他の流派の不甲斐なさをネチネチとボヤキ続けるのだ。
勿論、逆らえば目を付けられるので、殆どの役員はだんまりを決め込む。
相手にするのは副理事長ぐらいであった。
殺伐とした空気の中、遠くからドスドスと大きな足音が近付いてくると、重ぐるしい会議室の扉がノックも無しに開いた。
皆が一斉に扉の方を見るが、そこに立つのは事務員では無く、豚の様な体型と顔立ちの醜い中年男であった。
「ブシシシシシ!久しいですな、皆様方!ご機嫌麗しそうで何より何より♪」
「貴様は…倉韋かっ⁉︎20年も昔に破門になった男が、今更ピンクの象に何の用だ!」
会議室に突如乱入して来たのはその昔、乱闘事件を起こしてピンクの象から追放された筈の男、倉韋であった。
20年振りだと言うのに変わらぬ、その醜悪なる豚の様な顔と下品なる笑い方。
一度見たら誰もが忘れない、そして忘れたい男であった。
「ブシッ?何の用だとはご挨拶な。古巣のピンクの象が何やら大変そうだと聞き及んで来て見たら、部外者が難無く会議室に辿り着ける程の有様!いやはや、心配して駆け付けた甲斐がありますなぁ〜この様な弱者の集まりが中国を代表する格闘団体では、先が見えますからねぇ〜」
「ふざけるな!警備員がいた筈だろう!またしても貴様は…」
怒鳴り散らす理事長の脳裏に20年前の悪夢が甦る。
今の理事長が副理事長の座に居た頃、倉韋が今回同様に会議室に乱入。
警備員達は全員が全治半年以上の大怪我を負わされた。
更には会議室でも暴れて、当時の理事長は怪我と責任から引退を余儀無くされたのだった。
そんな20年前の悪夢の再来か、追放された倉韋が再び会議室に乱入して来たのだ。
当時の事を知る役員達は、頬を冷や汗で滲ませる。
「ブシシシシシ!何を警戒しているんだか!揃いも揃って相変わらず、臆病なこって大変ですな〜」
警戒する一同の前で平然と役員達を侮辱する。だが、誰も手出しが出来ない。
倉韋はブサイクな上に、品性も礼節も持ち合わせてはいない。だが強い。それも恐ろしく。
20年前にたった一人でピンクの象の本部に押し入り、思うがままに暴れた話は未だに語り継がれている本部の黒歴史。
役員なら直接の対峙が無い者でも、倉韋の名を聞いただけで、その恐ろしさを理解出来るほどに。
そんな傍若無人の倉韋の後ろの扉が、再び勢い良く開かれる。
「理事長、大変です!警備の者達が何者かに…」
飛び込んで来た事務員が叫ぶと同時に、目の前の倉韋に気が付いた。
「貴様が賊か⁉︎覚悟!!」
「待て!手を出すな!」
理事長が咄嗟に止めに入るが、事務員とてピンクの象の関係者。本部にいるのは誰もが象形拳の使い手である。
理事長の制止も間に合わず、事務員は倉韋に奥義を繰り出した。
「奥義!獅子怒界!」
獅子拳の使い手である事務員は、全身の氣を高めて身体能力を一時的に増加。
高まった氣が怒髪天となり、獅子の鬣が如く靡かせながら、倉韋へと襲いかかった。
百獣の王である獅子に敗北は許されない。敗北するぐらいなら、相討ちを狙った方がマシだと考えるのが獅子拳の教えであった。
そんな獅子拳の奥義は、氣を高めて一時的に身体能力を増加させ、破壊力を増すのが特徴である。
身体能力を無理矢理に増加…しかし、それは諸刃の剣でもあった。
人は常に全力を出さない様に、知らず知らずのウチに力をセーブ。
それは身体が壊れない為の配慮なのだが、獅子拳はそれを無視して100%の力を出し切る。更には氣を練り、100%以上の力を出すのだ。
攻撃のたびに身体が壊れ続ける、狂気の奥義。
事務員もまた賊の討伐の為に、自身の肉体の崩壊など顧みずに奥義を繰り出した。
鬣を靡かせて倉韋に繰り出される、猫パンチならぬ獅子パンチ。
常人が喰らえば骨をも粉砕する程の破壊力である。
勿論、獅子拳の使い手も拳の骨が砕け散る事になるのだが…。
会議室にグシャリと木霊する破壊音。事務員の拳が潰れた音だ。
しかし、潰れたのは事務員の拳だけ。当の倉韋は無傷であった。
拳が砕けた激痛と、相討ちにすら持ち込めない戦闘力の差。
驚愕する事務員に、倉韋が無造作に丸太の様な右腕を振り回す。
事務員は咄嗟に防御するが、そんなものはお構い無しにと、裏拳が炸裂。
壁まで吹き飛ばされた事務員は、壁にめり込みながら倒れ込む。
一撃で完全なるグロッキーであった。
「ブシシシシシ!どうにも躾がなってない様ですなぁ。この俺様に襲いかかるよりもまず先に、やるべき事があったのでは?そう、例えば…最後の飛燕拳も撃破されたとかの報告をね」
「倉韋!何故それを⁉︎まさか貴様が…」
理事長が驚くのも無理は無い。
先程から事務員の報告を待っていたのは、最後の飛燕拳の使い手の安否なのだから。
これで34の流派、全てが討ち取られた事になる。
だが問題は、事務員よりも先に情報を入手していた倉韋。そしてこのタイミングでの乱入。
倉韋が今回の事件の黒幕だと思うのは無理も無い。
それを察した倉韋が再び笑い出す。
「ブシシシシシ!俺様は関係無いですよ、俺様はねぇ〜」
意味あり気にニヤつく倉韋。勿論、関係が無いわけが無い。
ピンクの象を追放された恨みもあるだろうし、ピンクの象を壊滅させる為に倉韋が裏で暗躍している可能性だってあるのだ。
しかし、倉韋は壊滅させる為では無く、不甲斐ないピンクの象を救う為にやって来たのだと説明。
自分を救世主様だと自慢気に語る倉韋。無法者の倉韋など誰も救世主だとは思ってはいないが、その恐ろしいまでの戦闘力の高さは誰もが認めている。
「貴様が…触手拳を撃破するとでも?」
理事長の問いかけに倉韋は笑いながら否定。
「ガキのヤンチャに大人が出張ってどうする?ガキにはガキで対処ってぇのが筋でしょうが。つまり、俺様の娘がピンクの象を救ってやるってぇ話」
「倉韋の娘?」
「ああ、そうだ。この俺様の娘、詡王が触手拳を撃破してやるって話だよ!」
第3章 完
ここまで一ヶ月、お読みになって下さいまし、ありがとうございます。
予約投稿してるのは正月ですが、予約に失敗しない限り毎日更新している筈です。運営に垢停喰らわなければですが。
次話からは更新が週2日となります。次は2月6日(土)から毎週火曜日と土曜日の23時に更新となります。応援の程、よろしくお願いします。
…3話投稿している現在(正月)、全く読者が居ないので、一ヶ月後のこの投稿を誰にも読んで貰えてない可能性はあります…少なからず読者の方がいたら、知り合いにでもこの小説を紹介してもらえると助かります。
いや、本当に読者が居ませんのでねぇ…。




